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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方

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九重連太郎

「あの。冬野つぐみさん、ですよね?」


 九重(ここのえ)連太郎れんたろうがビルから出て見つけたのは、一人の女性。

 以前に見た資料の写真の顔と一致したのを確認し、連太郎は声を掛ける。


 冬野つぐみ。

 黒い水の事件の関係者であり、落月の発動者の毒を受けながら生還した人物。

 当初は事件後、記憶消去の予定であった。

 だが、友人を亡くしたというショックにより、心の安定が難しいため危険と判断。

 そのため落ち着くまでここでリハビリを兼ねて、品子の手伝いをさせている。


 直前に読んだ資料データを、連太郎は思い返していく。


『やはり年の近い子と交流した方が回復も早いと思うんだ。よかったら、彼女の話し相手になってもらえないだろうか? 私からも、君達が話しやすいように手段を講じておこう』


 品子からそう言われたのが数分前。

 今から二人で、品子に頼まれた資料を取りに行くと聞いている。


 彼女を被害にあわせた、落月からの追及は恐らくない。

 だが、念のため護衛も兼ねて同行をという依頼内容だ。

 相手を緊張させてはいけない、柔らかな口調を心掛けよう。

 そう考え、苦手ながら笑みを浮かべ、彼女へと話し始めた。


「はじめまして。じぶ、……僕は二条所属の九重連太郎と申します。僕が荷物持ちを手伝うという話を伺っています」

「あ、あのはじめまして! 冬野つぐみです。すみません。あ、あの私、すごく緊張してしまうタイプで。失礼のないよう頑張りますので、よろしくお願いします!」


 つぐみはがばりと音が出そうなくらい大げさに頭を下げてきた。

 頭をあげた彼女の顔は、目が合うと、すぐさま赤く染まっていく。


『彼女ねぇ、すごい恥ずかしがり屋なんだ。でも話すのは好きらしいから。よかったら、君からいろいろと話をするようにしてくれると助かる。余計なこと喋っちゃったとしても、彼女はもうすぐ全て忘れてしまうから、気にせず話しかけてやってくれるかい?』


 なるほど、品子が言ったとおりの女性だ。

 では、こちらから会話をリードしていくとしよう。


「僕は高校二年生です。冬野さんは品子様の学校の生徒さんだそうですね」

「はい、そうです。九重さんはしっかりしていますね。何だか私の方が年下みたいです」


 にこりと笑う無邪気さは、確かに年相応に見えない。

 品子に言われたこともあり、妙に庇護欲(ひごよく)がかきたてられる。


「あの、それでですね。今日はここから少し離れた本屋さんに、先生から頼まれた本を取りに行くのです。往復で四十分程かかると思うのですが、お時間を頂いても大丈夫でしたか?」

「もちろんです。いろいろ話しながらなら、すぐだと思いますよ」

「はい、ではよろしくお願いしますね」


 話がそう得意ではない連太郎でも、つぐみはとても話しやすい。

 こちらの話が終わるまで静かに聞き、話に対する相槌(あいづち)はとても気持ちよく感じるものだ。

 気が付けば自分が話してばかりなのだが、それが全く苦にならない。


 目を合わせようとすると、少し困った様子ながらも真っ赤になった顔で連太郎を見上げてくる。

 その様子は、本当に年上とは思えない。

 知らなかったことに対して驚いたり、話を聞き漏らさず受け止めようとする雰囲気があまりに居心地がよく、つい聞かれるままに次々と答えてしまう。


「白日の人達は、仲良しが多いのですか?」

「仲良しってすごい表現ですね。一応、仕事なのでそう言った関係はちょっと」

「では皆、仲が悪いのですか?」

「そうではないですが、どうしても悪く言われてしまう人もいるのは確かですね」

「とても残念ですね。どうしてそうなってしまうのでしょう?」

「そうですね。どうしても上の人達が悪く言っている人には、よくない印象を持ってしまいます」

「うーん、確かに自分の上の方がそうだったらと考えると。やはり仕方がないものなのでしょうか」

「あ、でも惟之様や出雲さんは違います! そんな話を、決してあの方達はしません!」


 二人を悪く勘違いされては困る。

 自分にとって、素晴らしい上司達なのだから。

 だからつぐみにもそう思われないように伝えなければ。

 その気持ちが連太郎の声をいつもより大きくさせる。


「ふふ、お二人とも素敵な方達なのですね。あら? となるともっと上の人が、こっそり悪いことを言ってしまっているのでしょうか?」

「そうなんで……、いや、いけない! あの、内緒にしてもらえますか。今の話。多分、惟之様が聞いたら悲しみそうなので」


 いけない。

 こんな話を、ぺらぺらと話してしまうなんて。

 無意識のうちに、どうも話し過ぎてしまうようだ。


「うーん、なるほど。気を付けるようにします。でも何か私だけ内緒の話を聞いてしまうのはずるいですね。では思い切って、私も秘密を告白します。実は昨日の夕飯は焼き魚でした。そこで一番焦げてしまった魚を、昨日食べに来てくれた靭さんに黙って出してしまったんです。やっぱりこれって、悪い人間になるでしょうか?」


 真顔で言っている辺り、これは冗談でなく本気で言っているのだろうか。

 たまらず笑ってしまう。


「はは。わ、悪いのレベルが違いすぎて、どう言ったらいいものか……」

「あら? という事は先程の上の人達の悪さに比べたら、大したことないのですか?」

「比べるという次元ではなく、相手に悪意があるかという点で……。いや、この話はもうお終いにしましょう」

「そうですね、ちょうど本屋さんが見えてきましたし」


 彼女が指差す先に、本屋が見えた。

 店に無事に着いたことにほっとしながらも、余計な話をしすぎたと連太郎は反省する。


 数分後。

 戸惑いの表情を浮かべたつぐみが、本屋から出て来る。


「冬野さん、どうされたのですか?」

「あの、先生に頼まれていた本なのですが」


 そう言って彼女は一冊の本を取り出すと、連太郎へと差し出して来た。

 赤髪の可愛らしい女性が微笑んでいる表紙に『アマリア様の旅』とタイトルが書かれている。

 意味がわからずぽかんとしていると、彼女は不思議そうに自分を見つめてきた。


「あ、あれ? 先生から九重さんはきっとこの本を見て抱き締めたあと、頬ずりするよ〜。だから見せてあげてね〜って言われていたのですが」


 ここに向かう前に、品子から聞かされた言葉を思い出す。


『私からも君達が話しやすいように、手段を講じておくから』


 ……これか。

 これが、その手段だというのか。


 確かに、本の表紙の少女は可愛らしいといえる。

 だが、高校生の自分が頬ずりなど考えられない。

 羞恥心が襲い来るが、せっかく品子が自分の為に考えてくれた作戦だ。

 ここは指示通りに行動するのが、組織の人間としての正しい姿だといえる。


 想定外のことを、きちんと出来るように。

 品子は、これを学ばせようとしているのだ。

 ならば、それに相応しい行動をしよう。

 そうだ、この出来事によって自分はきっと成長してみせる。


 強い決意とともに、連太郎は震える手で本を掴もうとする。

 だが、それを見たつぐみはくすくすと笑いだすのだ。


「もー。私、先生にまた(だま)されてしまいました。おかしいとは思ったんですよ。最初の九重さんの反応からして。九重さんも真面目だから多分、先生に何か言われていたんでしょうけど、騙されては駄目ですよ」


 騙されていた。

 その言葉に、連太郎は思わず赤面してしまう。

 黙りこくった自分に気を遣ってくれたようで、帰りはつぐみの方から話しかけてくれた。

 とはいえ帰り道の会話も共通する話題と言えば、どうしても組織の話になってしまう。


「白日の中でも、同世代の集まりとかはあったりするのですか?」

「集まりではないですが。二か月に一度は同世代の人間が集まって、研修のようなものを行っています」

「難しい勉強とか、するのですか?」

「確かにこの組織の、成り立ちや構成も学びますね」

「えっと、先生のいる三条? とかのお話になるのですか?」

「はい、そういった話もしますね」

「では、同じ三条のヒイラギ君やシヤちゃんもその研修に?」

「彼らは、……あまり来ないですね」


 逃げ(うさぎ)、負け犬。

 彼らが集まりの度に掛けられる、残酷な言葉。

 連太郎はそれらを発していないとはいえ、言葉を否定せず傍観(ぼうかん)している自分は十分に同罪。

 誰だって、自分達を悪く言ってくる人や場所に来たくはない。

 その場にいる同世代に限らず、あろうことか一部の上の人間達もそれを言ってくるのだから。

 思わず目を伏せてしまう連太郎に、つぐみは言葉を掛けてくる。


「そこは、苦しいですか? その場所はヒイラギ君達にとっても、……九重さんにとっても?」


 唐突な問いかけに、つぐみへと視線を向ける。

 連太郎にとっても、苦しい場所。

 つぐみからの言葉に、思考が止まる。

 それに対して、答えが上手く出てこない。

 彼女は一体、どうしてそんなことを言ってくるのだ。


「どうして何も悪くない人達が、苦しまなくちゃいけないのかと思ってしまって。ヒイラギ君達や九重さんも」

「じっ、自分は、別に苦しんでは……」

「九重さんはとても優しい方です。だから苦しんで欲しくないのです。私がどうしたらいいか分からないけど。……そう、思いました」


 なぜ、その言葉を言った彼女が。

 連太郎よりも悲しそうな、苦しそうな顔をしているのだ。

 目を合わせているのもつらくなり、連太郎は目を逸らす。

 そんな沈黙が続き、ようやく帰るべきビルが視界に入ってきた。


「ビルが見えてきましたね。冬野さんを無事に、送り届けることが出来てよかったです」

「……はい、今日はありがとうございました」


 とても褒められたものではない別れ方をして、連太郎は二階へ、彼女は三階へと戻っていく。


『彼女はもうすぐ全て忘れてしまうから』


 階段を上りながら、品子の言葉を連太郎は繰り返す。

 そうして思うのだ。


 自分は彼女に忘れて欲しいのだろうか。

 それともこのまま憶えていて欲しいのか。

 今まで見ないようにしていた、木津兄妹に自分がしてしまったことを改めて理解してしまった今。


 ――自分は一体、どうしたらいいのだろう。


 答えが出ないまま、連太郎は二条の部屋の扉を開くのだった。

お読みいただきありがとうございます。


作中に出てきた本ですが、青浦鋭ニ様の作品

「転生の糸使い」

の登場人物及びお話の中にも出てくる本であります。

わがままを了解して頂き、登場してもらいました。くふり。


さて、次話タイトルは「繰り返しで」です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 分かります。 とても良く分かります。 ええ、私も良く他人に一番焦げた魚を出すタイプですのでつぐみちゅあんの気持ちがよーくわかります。本に頬ずりもしちゃうので連太郎くんの気持ちも分かります。…
[一言] 事前に知っていたとは言え、実際に投稿されたのを読むと照れますなぁ。 世界や作品を超えて繋がるのが、なんというかこう不思議な感覚がありますが、嬉しいものです。ありがとうございます! あと、本…
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