靭惟之は覚悟を聞く
知らないことを知ろうとする行為は、正しいといえるのか。
惟之は自分に問いかけながら、資料のページを次々と捲って読み進めていく。
この時ばかりは、自分が情報解析の二条にいてよかったと思う。
今まではあえて触れようとしなかった事件。
その資料を読み終え、内容を思い返す。
十年前に起きた、品子の妖艶発動暴発事件。
この件に関わった俳優の陣原周、三条事務員である斉藤領介、江藤貴喜。
資料によれば彼ら三人は、やはり行方不明という扱いになっていた。
斎藤、江藤の両名は事件の二日後に消息を絶ち、その翌日に彼らの服と大量の血痕のみが発見された。
残された血液から二人の特定がなされたが、その後の捜査はどういったわけか打ち切られてしまっている。
更にその翌日。
品子の事件の四日後に陣原も同様に姿を消した。
彼に至っては服や物証などもその後に現れることなく、こつぜんと消えたと記されているのみだ。
とはいえ、陣原はさすがに『行方不明になりました』で済む話ではない。
そういった訳で表向きは、彼は以前よりの持病により療養。
その後、ひっそりと引退という形にされたようだ。
事件を調べ直している。
この事実を感づかれるとまずい相手が、果たしてどれほどいるのだろう。
それも踏まえ自分は、静かに事を進める必要がある。
今回は自分自身だけで、出雲にも知らせない方がいい。
あくまで個人での行動だ、彼女を巻き込むわけにはいかない。
何者かが近づいて来る気配を察した惟之は、そう考えながら立ち上がる。
――静かに、資料があった場所へと足を進める。
棚へ資料を戻し、数歩すすんだところで扉の開く音が聞こえた。
「おーい、惟之~。野球しよーぜ」
「そうですよ~、惟之さん。しましょうよ、野球!」
二条の資料室の扉が開いたかと思うと、ニヤニヤ顔の品子と明日人が部屋へと飛び込んでくる。
行動が間に合った事に息をつくと、惟之は二人の顔を見て口を開く。
「もう今更、お前達にツッコむ気力もない。お前達は本部での用件はもう済んでいるのか?」
「僕はもう片付けました! あとは惟之さんのお財布にダメージをあたえるのが、今日の僕の最後の仕事ですね!」
「さすが明日人は、笑顔で残酷なことを言うなー。よし、ささやかながら私もそれに参戦しよう!」
いつも通りと言うか。
この二人が並ぶと、にぎやかを越えてやかましいだな。
そんなことを思いながら、惟之は部屋の時計を眺める。
そろそろ本部を出る時間だ。
彼らはそれを伝えに来たのだとようやく気付く。
「わかった。これ以上、ここでの仕事は無理だと判断する。品子。そろそろ冬野君に、連絡をしたほうがいいんじゃないのか?」
「そんなものとっくに済ませているさ。ここに来たのは、お前に対する報告だ」
先程までのふざけた笑顔と雰囲気をかき消すと、品子は惟之を真っ直ぐに見据えてくる。
いよいよ彼女も、自らの発動を本来の名に戻すのだ。
「そうか。ならば聞かせてもらおうか。お前さんの覚悟の『名』を」
惟之の言葉に品子は姿勢を正して口を開いた。
「三条上級発動者、人出品子。新たな発動の報告を致します。以前よりの発動名『妖艶』と申しておりましたが」
一呼吸おいて、品子は続ける。
「本日よりその名称を変更いたします。新たな発動名は……、『傾国』」
そういって彼女は自分に向かいに静かに礼をする。
「以上で報告を終了させて頂きます。改めまして、お含みおきくださいますと幸いです」
品子が顔を上げ、目が合う。
見せてくるのは、しっかりとした強い意思を抱いている瞳。
なぜだろう。
嬉しいと感じてしまうのは。
どうしてだろう。
自分の口に笑みが浮かぶのを抑えることが出来ないのは。
そう思う惟之の表情を見た彼女はにやりと。
おそらく今の自分と同じ顔をみせてくれているであろう、彼女は言うのだ。
「よし。そう言った訳で、新しい発動記念のお寿司パーティーを木津家で開催だ! 明日人、今日は浴びるように寿司を食うんだ!」
「当然ですね。湯水のように寿司を食らいましょう! 払いは惟之さんですし!」
数秒前の雰囲気を、こいつは一体どこに置いてきたのだろう。
明日人と二人で手を繋ぎ、くるくると回りながら「回転ずし~」と言っている品子を惟之は呆れて見守る。
どうしようもない。
こいつは本当にどうしようもない。
だが、どうしようもなく……。
よぎる思いに惟之の口の端が小さく上がっていく。
「惟之さーん! 品子さんもう行っちゃいましたよ! 早く僕達も帰りましょー!」
出口で明日人が扉を押さえたまま、惟之に向かって呼びかけてくる。
その顔は、とても嬉しそうだ。
明日人は『帰る』と言った。
彼にとっても木津家は帰る場所と呼べる所になっているということだ。
帰ると言える場所がある幸せ。
それらをかみしめながら、惟之は明日人と一緒に向かうのだ。
「あぁ、俺達も帰るとしよう」
お読みいただきありがとうございます。
次話はちょっとした番外編を入れようと思います。
いえね、ちょっとタイムリーな話でも入れてみたいなと思いまして。
というわけで次話タイトルは「木津シヤは父を思う その1」です。
えぇ、父の日に乗っかる気満々です。