表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方
139/320

靭惟之は覚悟を聞く

 知らないことを知ろうとする行為は、正しいといえるのか。

 惟之は自分に問いかけながら、資料のページを次々と(めく)って読み進めていく。

 この時ばかりは、自分が情報解析の二条にいてよかったと思う。


 今まではあえて触れようとしなかった事件。

 その資料を読み終え、内容を思い返す。

 十年前に起きた、品子の妖艶発動暴発事件。


 この件に関わった俳優の陣原(じんばら)あまね、三条事務員である斉藤(さいとう)領介りょうすけ江藤(えとう)貴喜たかき

 資料によれば彼ら三人は、やはり行方不明という扱いになっていた。


 斎藤、江藤の両名は事件の二日後に消息を絶ち、その翌日に彼らの服と大量の血痕のみが発見された。

 残された血液から二人の特定がなされたが、その後の捜査はどういったわけか打ち切られてしまっている。

 更にその翌日。

 品子の事件の四日後に陣原も同様に姿を消した。

 彼に至っては服や物証などもその後に現れることなく、こつぜんと消えたと記されているのみだ。


 とはいえ、陣原はさすがに『行方不明になりました』で済む話ではない。

 そういった訳で表向きは、彼は以前よりの持病により療養。

 その後、ひっそりと引退という形にされたようだ。


 事件を調べ直している。

 この事実を感づかれるとまずい相手が、果たしてどれほどいるのだろう。

 それも踏まえ自分は、静かに事を進める必要がある。

 今回は自分自身だけで、出雲にも知らせない方がいい。

 あくまで個人での行動だ、彼女を巻き込むわけにはいかない。

 何者かが近づいて来る気配を察した惟之は、そう考えながら立ち上がる。 


 ――静かに、資料があった場所へと足を進める。

 棚へ資料を戻し、数歩すすんだところで扉の開く音が聞こえた。


「おーい、惟之~。野球しよーぜ」

「そうですよ~、惟之さん。しましょうよ、野球!」


 二条の資料室の扉が開いたかと思うと、ニヤニヤ顔の品子と明日人が部屋へと飛び込んでくる。

 行動が間に合った事に息をつくと、惟之は二人の顔を見て口を開く。

 

「もう今更、お前達にツッコむ気力もない。お前達は本部(ここ)での用件はもう済んでいるのか?」

「僕はもう片付けました! あとは惟之さんのお財布にダメージをあたえるのが、今日の僕の最後の仕事ですね!」

「さすが明日人は、笑顔で残酷なことを言うなー。よし、ささやかながら私もそれに参戦しよう!」


 いつも通りと言うか。

 この二人が並ぶと、にぎやかを越えてやかましいだな。

 そんなことを思いながら、惟之は部屋の時計を眺める。

 そろそろ本部を出る時間だ。

 彼らはそれを伝えに来たのだとようやく気付く。

 

「わかった。これ以上、ここでの仕事は無理だと判断する。品子。そろそろ冬野君に、連絡をしたほうがいいんじゃないのか?」

「そんなものとっくに済ませているさ。ここに来たのは、お前に対する報告だ」


 先程までのふざけた笑顔と雰囲気をかき消すと、品子は惟之を真っ直ぐに見据えてくる。

 いよいよ彼女も、自らの発動を本来の名に戻すのだ。


「そうか。ならば聞かせてもらおうか。お前さんの覚悟の『名』を」


 惟之の言葉に品子は姿勢を正して口を開いた。 


「三条上級発動者、人出品子。新たな発動の報告を致します。以前よりの発動名『妖艶』と申しておりましたが」

 

 一呼吸おいて、品子は続ける。


「本日よりその名称を変更いたします。新たな発動名は……、『傾国(けいこく)』」


 そういって彼女は自分に向かいに静かに礼をする。


「以上で報告を終了させて頂きます。改めまして、お含みおきくださいますと幸いです」


 品子が顔を上げ、目が合う。

 見せてくるのは、しっかりとした強い意思を抱いている瞳。


 なぜだろう。

 嬉しいと感じてしまうのは。

 どうしてだろう。

 自分の口に笑みが浮かぶのを抑えることが出来ないのは。

 そう思う惟之の表情を見た彼女はにやりと。

 おそらく今の自分と同じ顔をみせてくれているであろう、彼女は言うのだ。


「よし。そう言った訳で、新しい発動記念のお寿司パーティーを木津家で開催だ! 明日人、今日は浴びるように寿司を食うんだ!」

「当然ですね。湯水のように寿司を食らいましょう! 払いは惟之さんですし!」


 数秒前の雰囲気を、こいつは一体どこに置いてきたのだろう。

 明日人と二人で手を繋ぎ、くるくると回りながら「回転ずし~」と言っている品子を惟之は呆れて見守る。


 どうしようもない。

 こいつは本当にどうしようもない。

 だが、どうしようもなく……。

 よぎる思いに惟之の口の端が小さく上がっていく。


「惟之さーん! 品子さんもう行っちゃいましたよ! 早く僕達も帰りましょー!」


 出口で明日人が扉を押さえたまま、惟之に向かって呼びかけてくる。

 その顔は、とても嬉しそうだ。


 明日人は『帰る』と言った。

 彼にとっても木津家(あそこ)は帰る場所と呼べる所になっているということだ。

 帰ると言える場所がある幸せ。

 それらをかみしめながら、惟之は明日人と一緒に向かうのだ。

 

「あぁ、俺達も帰るとしよう」

お読みいただきありがとうございます。


次話はちょっとした番外編を入れようと思います。

いえね、ちょっとタイムリーな話でも入れてみたいなと思いまして。


というわけで次話タイトルは「木津シヤは父を思う その1」です。

えぇ、父の日に乗っかる気満々です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何となくですが、惟之さんは井出さんについて何か知ってるのかなと思いました。 二人の浴びるような&湯水のようなお寿司と、惟之さんの「どうしようもない」三連発が久しく離れていた木津家の日常に近…
[良い点] もうね、 「今日は浴びるように寿司を食うんだ!」 に爆笑ですw 「湯水のように寿司を食らいましょう!」 の抱腹絶倒ですww 「くるくると回りながら「回転ずし~」」 に、僕の脳内は占拠されま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ