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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方
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蛯名里希は意図を探る 

「里希様。先程の態度は、一条としてふさわしくありません。三条の上の方に、あのような……」


 珍しく語気を強め訴えてくる高辺に、里希はいつも通りの口調で答えていく。


「何を言っているの? 高辺さん。さっきも言ったけどさぁ。虫がいて人出様が、嫌だろうなと思ってしたことだよ。僕は『良かれ』と思ってやったことだもの」


 その言葉に高辺は立ち止まると、里希をじっと見つめてくる。

 

 ――さて、どう来るかな。

 今のあなたは、先程の僕を愚か者の行動と見ているのかそれとも……。

 高辺を見据え、里希は様子をうかがう。


 互いの意図を探りながら、見つめ合うこと数秒。

 高辺が口元に小さく弧を描き、ほんの少しだけ眉尻を下げ里希へと微笑む。

 そこには「仕方がない」という思いが表れている。


「三条管理室の修繕費の申請を、一条(こちら)から出しておきます。今後の虫退治は、どうか穏やかにお願いしますね」


 この程度のお小言で済んだのは、『(はら)い』の準備でこんな些末(さまつ)なことに関わっている暇はないからであろうか。

 やはり、高辺の腹の中は読めないと里希は思う。


「分かったよ。でも、そもそもさ。虫がいなければ、退治もしなくて済むのにって思わない?」


 里希の言葉に対し、冷静な様子に戻った彼女は続ける。


「そうですね。里希様ったら、あるお嬢さんが関わると特に」


 くすくすと笑う声。

 だがその瞳に、楽しいといった感情を里希は見つけられない。


「小さな虫ですら、必要以上に潰したがりますものね。いつぞやの陣原(じんばら)とかいう小虫。あれに対する態度は、執拗(しつよう)という言葉すら超えていらっしゃいましたもの」

 

 先程のお返しとばかりにきた、彼女からの皮肉。

 わずかながら、里希に苛立ちが生じる。


「何を言っているのかわからないや。陣原? あの人は確か、難病か何かになって芸能界を引退した人でしょう? 僕には関係ないよ」

「そうですか? そのよくわからない陣原が、俳優の陣原(じんばら)あまねだ。私はそんなことを、一言も言っていませんけどね。ふふふ」


 やはりくえない。

 これ以上話すのは、得策ではなさそうだ。

 そう判断した里希は、彼女に退場を促す言葉をかける。


「ねぇ、高辺さん。父さんとはまだ、話はできないのかなぁ? 延期になっている祓いについてもまだ、聞けていないことがたくさんあるんだよね」

「……そうですね、吉晴(きはる)様には、十鳥(とどり)が今は主に動いておりますので」


 少し考え込んだあとに、高辺は口を開く。


「改めて十鳥に、伝えておきましょう。では私はこれで」

「わかった、お願いするね。父さんには聞きたいことが、本当にたくさんあるんだ」

「まぁ、それは大変。ではますます急がねばなりませんね。失礼します」


 足早に離れていく彼女を見送り、里希は三条の管理地へと振り返る。

 別に自分のやることは、これから何も変わらない。 

 もし目の前に、障害が現れたのならば。

 そんなもの全部、『壊して』しまえばいい。 


 自分達と入れ違いに管理室に入って行った三条の職員達が、慌ただしく部屋から出て行くのが見える。

 これからあちらは、掃除の時間となろう。

 さて自分も、すべきことを始めていこうではないか。


「何から手を付けようか。まずは、お電話の時間かな?」


 場所はどうするべきかと、里希は考える。

 どうも目の良い彼女に見張られて、見下げられながら話をするのも(しゃく)だ。

 ならば、自分は高い所へ行こう。 

 そう決めた里希は歩き出す。

 上へ上へ、少しでも高い所へ。

 そうして行きついた先は、本部の屋上。

 見上げた夕方近くの空は、まだ気が早いと言わんばかりだ。

 雲に一部オレンジが差しているだけで、鮮やかな青色がくっきりと残っている。


 スマホを取り出し、通話ボタンを押す。

 すぐに出てくれた相手の声を聞き、里希は話を始める。


「ごめんね浜尾さん。今、いいかな? ちょっと調べてほしいことがあるんだ。なるべく早く欲しいんだけど」


 電話の相手である浜尾からは、依頼に対しいくつかの質問がかけられる。

 それに答えれば、すぐに取り掛かるとの返事が来た。


「うん、いつもありがとう。あと高辺さんになにか聞かれたら、下手に隠すと大変そうだからさ。……そうそう、あなたの無理のない程度でお願い」


 通話を切り、眼下に見える人の様子を何となしに眺める。

 きっと今の通話も、見張るのが大好きな彼女は見ていたに違いない。


「あまり遊んでいたら、余裕もなくなっちゃうか。――場合によっては、僕の命も」


 独り言をつぶやく里希の目に入って来たのは、二人の人物。

 品子と、もう一人は惟之と一緒に居た黒ファイルの男。

 四条の上級発動者、井出明日人。


「……何でこの二人が、一緒に居るんだ?」


 二人は楽し気に話をしながら、並んで歩いている。

 眺める里希に、苛立ちの感情が芽生えていく。


 品子は知らないから、そうしていられるのだ。

 隣で笑っている男の、本来のあるべきだった『名前』。

 彼がそれを、品子に伝えているとは到底思えない。

 そもそも、そうであれば、品子はあんな風にあの男に笑いかけたりしないのだから。


「そうだよねぇ、……明日人君?」


 里希の言葉は誰に聞かれることもなく、静かに夏の夕暮れの空に溶けていった。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「靭惟之は覚悟を聞く」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっとここまで読んだ! と思ったらなにこの展開…… ハラハラが止まらない……
[一言] やはりただ驚いてるだけではない高辺さんでしたね。 それにしても井出さんの正体かぁ……(゜Д゜) 登場当時は胡散臭い感じがしたけど、慣れるとあれが素なのかなと本気で思ってたから、裏があるよう…
[良い点] うわぁ…… 思いっきり不穏な空気を漂わせての引きなのですが! だんだん敵味方がわからなくなってきた! サスペンスですねぇ
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