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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方

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井出明日人は考えを述べる

「えぇ? 品子さん。じゃあまた、蛯名様と遭遇してたんですか? もー、どんだけ愛し愛されてるんですかー」


 品子の左頬に指先を当て、明日人が呆れた様子で話しかけてくる。

 答えるかわりに品子はうなずき、ゆっくりと目を閉じた。

 薄い暗闇の中で彼の指先が触れたところから、柔らかな温かさがじわりと広がっていく。


「痛かったら言って下さいね~。言われてもどうせ続けますけど~」

 

 明日人が笑いながら、品子の耳に触れていく。


「はーい。完了ですよ。こんな傷がついたままで帰ったら、つぐみさんが大騒ぎしてしまいますからね」


 明日人の言葉になぜ彼がここにいたのかを品子は理解する。

 確かにこのままの姿で帰って、つぐみを心配させるわけにはいかない。


「ん~、何だい? 明日人は私が心配で治療してくれたわけでなく、冬野君が悲しむから治したと?」


 するりと自分の口から出た軽口に、ようやく心に落ち着きが戻ったと品子は安堵する。


「とーぜーんじゃないですかね? 今日は僕、品子さんにどれだけいじめられたと思っているんですか?」


 両手を腰に当て、子供の様にぷぅと頬を膨らませた明日人が、自分に顔を近づけてくる。

 

「悪かったよ、明日人。せめてもの詫びに、今日は思いっきり寿司を食ってくれ。なんせ惟之の(おご)りだからな」


 品子は右手の親指と中指で、明日人のぷっくりと膨らんだ頬風船を挟み込んでやる。

「ぷすっ」という音と共に、明日人の頬がへこむ。

 アヒル口のようになった明日人の唇を見た品子に、思わず笑いがこみ上げる。 

 

「もぅ、品子さん。僕のこと、おもちゃみたいに思っているでしょう? ぶぅー!」


 いつもに増して子供っぽい仕草を見せてくる彼を、品子は真っ直ぐに見つめる。


「ありがとな、明日人」


 品子の言葉に、表情に察したであろう明日人は、今度はニコニコと笑顔になり答える。


「ん〜、どうしたんですか?」

「今日の私のことさ。今だってそう。君は弱い私を受け入れてくれるんだな」


 品子の言葉に明日人は少しうつむき、考えこむ様子を見せる。

 言おうか言うまいか。

 そう悩んでいるように品子の目には(うつ)る。


「……多分。多分なんですけどね」


 言葉を続けながら明日人は顔を上げる。


「僕、考え方が変わってきているんです」


 そのまなざしはとても優しく、まるで心をふわりと包み込まれてしまったかのようで。

 いつもの子供の様な彼とは違う姿に、品子は少しの時間、彼に見とれてしまった。


「最近は、弱いってそんなにいけないのかなって思うんです。今までの僕は、自分と同等、あるいはそれに見合った人物や対象としか付き合う必要がない。それ以外はあえて排除はしないけど、こちらからは近づかない。そういった考えで人間関係を形成してきました。別にそれが、間違っているとは言いません。そして今でもこの考えを否定するつもりはありません」


 確かにそれは自分も、以前の彼から感じていたことだ。

 彼は誰に対しても常に優しく、穏やかに接している。

 それはつまり、特定のものや人に『興味が無い』ということ。

 事実、彼が今までに特定の人物と私的な交流をしているのを、品子は見たことが無かったのだから。


「でも、奥戸の事件で皆さんと話をするようになって。部外者で一般人のつぐみさんと知り合ってから。自分の中で、物凄い戸惑いが生まれるようになったんですね。彼女、何の力も持ってないのに。だめだよって言われているのに。どんどん危険なところでも進んでいってしまうでしょう?」


 奥戸の事件もそうだった。

 明日人と彼女が、タルトを食べに行った際に起こった誘拐事件の時もそうだ。

 あの子は、何の見返りもないのに、誰が頼んだわけでもないのに。

 それでも知ってしまったことに対して、巻き込まれたことにも必死にもがき、時にあがきながら逃げることがなかった。

 つぐみはどんな状況でも後ろに下がることもせず小さな体で、心で相手にぶつかっていくのだ。


「つぐみさんの……。彼女の言葉は素直でとても温かいんです。まっすぐにぶつかってくるから、逃げることもできない。だからあの子の声を聞かざるを得ない。そうやって強く僕は引っ張られて行くのです。初めてですよ。僕がこんなふうに思うなんて」


 そう言って明日人は楽しそうな、それでいて困ったような顔をして品子に笑いかけてくる。

 

「でも。でもそれが僕にとって、嫌ではないのです。むしろ今まで知ることのなかった感情や世界を知る事が不思議で、とても愛おしくて……」


 そっと胸に手を当て、彼は続ける。


「出来ることならば。皆さんとは、ずっと一緒にいたい。そんなことを願い、こうして口に出してしまうくらいにまでなってしまいました。本当に僕、どうしちゃったんだろう」


 戸惑いも、今の思いもすべて隠すことなく語る彼の言葉に。

 伝えられた相手が自分であることを品子は嬉しく思う。

 ならば自分も隠さずに答えようではないか。


「どうしちゃったもないさ。それが君の正直な気持ちであり、君が変わった証でもあるのだから」


 さらりと答えたことが意外だったのだろう。

 明日人が驚きの表情を品子へと向けてくる。


「こんな僕を笑ったりしないのですか? てっきり、『君らしくない』とか言われると思っていました。ですのでちょっと、……びっくりしてしまいました」


 どうして笑うことなどあるだろう。 

 彼のその思いは、自分が抱いていたものであり願いだ。

 むしろ共に感じていると知れたことに、品子は喜びを覚えているのだから。


 同時に彼が自分よりも人と心で接するという機会が希薄だった分、迷いが生じるのも品子は理解している。

 それもあり、品子は彼の心の気づきをどう促していこうかと思いを巡らす。


「それで、明日人は困っているのかい?」

「えぇ、そうですよ。これじゃあまるで僕は、皆さんを大好きみたいじゃないですか。なのでここをはっきりさせるために、僕なりに考えた案があるのです」


 そう言って明日人は、品子へにやりと笑いかける。


「僕は、皆さんと『(ゆい)』を行いたいと考えています」

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「蛯名里希は謝罪を求める」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他人とより深く関わることで、井出さんも変わりつつあるのですね( ´∀`) 自身の変化に戸惑いながらも、品子先生を治療したり元気づけようとする彼の優しさが心に染みますね。 『結』という新しい…
[良い点]  この作品(前作もですが)の、キャラが変化・成長していくところが好きです。 [一言]  実力主義な組織に居るのだし、明日人さんの気持ちも間違ってはないですよね。  その上で、表層的な「強さ…
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