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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方
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人出品子は傷を負う

 品子は思わずにやけていく顔を、下を向いて隠しながら廊下を歩む。

 

「ふんふ~ん、皆でお寿司~。もちろん払いは惟之だぁ~!」


 即興の歌を口ずさみながら、木津家での皆の様子を想像していく。

 きっとつぐみは、寿司を一つ食べるごとに、幸せそうな笑みをうかべるのだ。

 さとみが玉子を食べて、喜ぶ顔も早く見たい。

 彼女達のことを考えるだけで、心が舞い上がっていくのだ。

 

 管理室の扉の前に立ち、心を落ち着けようと深呼吸をする。

 自分はここで今日、新たに発現した能力の報告をせねばならないのだ。


「失礼します。人出品子、入ります」


 声を掛け、管理室の扉へと手を伸ばしていく。


 早く自分を大切にしてくれている人達の所へ帰ろう。

 彼らに、自分が一つ上の段階へと進めたことを伝えたい。

 この部屋にいる人も、もちろん聞いてほしい一人だ。


 いつもならば、部屋の主から入室の許可が出るまで待機している。

 だが、はやる気持ちを抑えられず品子は扉を開いてしまった。

   

 その行動を、品子はすぐさま後悔することとなる。

 部屋にいた二人の人物は自分の入室に、ちらりと視線を向けるのみ。

 状況が分からぬまま、品子は部屋へと足を進めていく。


 部屋を見渡した品子は、違和感を覚える。

 普段ならいるはずの井藤が、部屋にいないのだ。

 代わりにいたのは、先ほどまで会話をしていた人物。

 思わず品子は、その相手へと問うていく。


「里希、どうして君がここにいるの?」



◇◇◇◇◇



 蛯名様と呼ばず、つい名前を呼んでしまった。

 後悔と共に、品子は思わず口元を押さえる。


「おや、先輩。いくら部屋の主が身内だとはいえ、許可なく入ってくるなんて。あいかわらず失礼な方ですね」


 だが里希は特に呼び方をとがめることもない。

 自分を『先輩』と呼び、こちらへと振り返りながら立ちあがってくる。

 笑顔をたたえ、自分を見つめている彼に品子は戸惑う。


「品子さん。何かお話があるのなら後で聞きます。一度、退室をお願いできるかしら?」


 もう一人の人物である品子の母が、同様に立ち上がった。

 早口で退出を促してくる姿にあるのは、焦りと不安。

 品子は、一歩下がり礼をして部屋を出ようとする。


「申し訳ありませんでした。では、私は改めますので」

「なぜですか、先輩? いいではないですか。もっと楽しい時間を過ごしましょうよ」


 里希は笑いながら、自分の方へと近づいてくる。


「里希さん。私の話はまだ終わっていません」


 母の鋭い声が聞こえる。

 その声に里希は足を止め、不機嫌そうに振り返った。


「そうですか。でも自分もまだ、先輩と話が途中だったことを思い出したものですから」


 里希は品子へと向き直ると、右手の人差し指をまっすぐに伸ばした。

 そのまま素早く、品子へと振り抜く。

 動かなければ。

 頭の中ではそれは分かっているのに、品子はそれが出来ずに立ち尽くす。


 ひゅんと音が聞こえた。

 吹き付けてきた風に、品子は左頬と耳に熱さを感じる。

 それでも品子は動けないまま、里希の目を見続けることしか出来ない。

 彼は品子の頬に描かれた小さな赤い直線を眺めながら、嬉しそうにつぶやいた。


「後ろの壁に傷をつけないように。そちらにばかり、気を取られてしまいましたね。やはり僕はまだまだ未熟だ。あははっ」


 里希は笑いながら、右の人差し指と中指の二本を品子へと向けてくる。

 つまり、先程より威力を強めて発動するということ。

 自分を見つめる彼の姿は、とても美しく、そして残酷だ。

 彼が行おうとしていることを、どうしても品子は認められない。


「嘘だよね? お願い里希、止めて」

「本気ですよ。僕はね、今とても機嫌が悪いんです。知りたいことも知れない。ならば別のルートでと思っていたら、それも上手くいかない。この空回りに、ただ怒りがこみあげてきて仕方がないんですよ」


 全てを拒絶するような、軽蔑するような視線で、里希は品子を見すえてくる。

 先程よりも強く手首をしならせ、里希が自分に振りかぶるのが見えた時、品子は彼に願うのではなく抗うことを決めた。


 手のひらを上にかざしていく。

 さきほど発動したばかりだ、感覚は掴めている。

 母も巻き添えにしてしまうが、今は仕方あるまい。

 再び息を吸い込むと、品子は意識を集中させる。


「そこまでですよ。……里希さん」


 穏やかな、だがその場にいる人間の動きを止めるには、十分な声が響いた。

 母が里希に近づき、そっと彼の右手の手首を掴む。

 だがそれは決して『優しく』ではない。

 里希の手首へと伸ばされた母の手は、握るではなく、めり込むという状態になっていた。

 

「怒りで勢い付いてしまうのかもしれません。でもそれは、時と場合によるという事。あなたは今それを、知るべきではなくて?」


 母の口調は丁寧で、とても落ち着いたものだ。

 それが、自分に向けられたものでないと理解はしている。

 だが、背筋を冷たいものが駆け抜けていく感覚に、品子は声を出すことができない。

 ゆっくりと里希は、右手を下げていく。

 それを見計らったように、扉をノックする音が響いた。


「人出様、一条の高辺です。吉晴様からの言付けを預かっております。入室の許可をいただけますか?」


 人が来るのならば、今の自分がいる位置は邪魔になる。

 部屋の隅へと品子が移動すると、それを見届けた母は里希から手を離した。


「高辺さん、入って頂戴。あぁ、品子さん。あなたは席を外してくださいな」

「……っ! はい。では私は失礼いたします」


 部屋から出ていけるということに、品子は安堵する。

 これ以上、彼の冷たい視線と言葉に耐える自信が、今の自分には無い。

 母の厚意に甘え、部屋を出ようと扉へ向かう。

 扉が開き、声の主であった高辺とその後ろから井藤が入ってきた。

 彼らと入れ違いに、品子は部屋を退出すると早足で歩き出す。


 廊下を歩く自分の左頬を、すれ違う人達が驚いた表情で見つめてくる。

 頬から流れる血を放ったまま、真顔で歩いているのだ。

 彼らからすれば、さぞ気味が悪かろう。


 やがて向かう先に、一人の男が立っているのが見える。

 彼は品子と目が合うと、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 その姿にようやく、自分がもう足を止めていいのだと品子は理解する。


「どうも。四条治療班の井出明日人です。家に戻られる前に、その頬と耳の治療をいたしましょう。では、了承をお願いできますか?」


 そう言って明日人はにこりと笑い、品子へと手を差し伸べてくるのだった。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「井出明日人は考えを述べる」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっとスッキリした解放感からの失敗。 上手くいってる時にこそ、兜の緒は締めなくてはなりませんね。 それにしても里希、イライラしてるからってそれはダメよ。何か色々と考えてたっぽいのに品子先生…
[良い点]  とはさまの手で華麗なスピン!  いい得点が取れそうな踊らされ具合です。 [気になる点]  続きがとても気になる、です。 [一言]  更新楽しみに待っていますね!(圧力)
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