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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第四章 人出品子の求め方
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忘れたいコト その2

 一体どういうつもりなのだ。

 自分の髪を引っ張る陣原の手首を、品子は右手で掴む。

 握り損ねることの無いように、親指にぐっと力を込めそのまま更に強く握ると、ぐるりと内側に回すように捻りこむ。 

 髪を掴む力が緩むと同時に、陣原の顔が痛みに歪むのが見えた。


 先に痛かったのは、こちらの方だ。

 そう考えた品子に、今までの怒りが込み上げる。

 感情のまま今一度、彼の手首を握りしめ、体を反転させながら陣原の後ろに回り込む。

 勢いをつけたまま、相手の上腕部に自分の左手を思い切り叩きつける。

「ぐうっ」という声が、陣原の口から漏れた。

 そのまま彼の腕に当てていた左手を、真下に落とすように自分の体重をかけながら押さえ込んでいく。

 耐えられず膝をついた陣原から即座に左手を外し、握りつぶさん勢いで目前の頭を鷲掴みにして品子は発動を行う。


「……動くな」

 

 この言葉でようやく陣原は動きを止め、大人しくなる。

 握っていた手首を放し、品子はその場に崩れ落ちるようにしゃがみこんでしまう。

 恐怖が今になって、体を襲ってきたようだ。

 がたがたと震えている自分の体を両腕でぐっと抱え込む。


 陣原が体を動かそうと、必死の形相でもがいているのが品子の目に映る。

 自分の動かない体に、もどかしさを感じながら品子は疑問を抱えていた。

 一緒に来ていた二人。

 なぜ彼らは、こちらに来ないのだと


「斉藤さん、江藤さん! 大丈夫ですか!」


 震えてまだ体が動かないので、取りあえず彼ら二人に品子は声をかけてみる。

 だが彼らからの返事はない。

 大の大人二人が、動けなくなっているというのならば危険な状況だ。

 一刻も早く陣原の記憶を消し、ここから撤退すべきだと品子は判断する。


 震えが少し収まったのを確認し、ゆっくりと品子は立ち上がっていく。

 陣原の前に立ち、人差し指を彼の額に当てる。

 こちらを睨みつけるように見上げてくる目つきに、先程の恐怖が蘇りビクリと品子の体が揺れた。


「……落ち着け。こんなところで、まごまごしている時間はない」


 品子はそう呟き、目を閉じて心を落ち着かせる。

 数秒の後、ゆっくりと目を開き再び陣原の顔を見ると、どうしたことか彼は笑っている。

 けげんな表情を浮かべた品子は、その答えを再び背後から来る衝撃によって理解することとなる。

 後ろからまたもや肩を掴まれ、今度はそのまま床に引き倒されてしまった。

 相手の力の加減も一切ない動きに、品子はしたたかに背中と頭を打ち付ける。

 あまりの痛みに一瞬、息が止まりながら見上げた先。

 それをしてきた相手を見た時の絶望が品子から言葉を失わせる。

 声も出さずに笑いながら見下ろしてくる人物は。

 仲間であるはずの江藤だった。



◇◇◇◇◇



「江藤さん! どうしたんですか!」


 倒れ込んだまま、品子は問いかける。

 江藤はただ笑っている。

 だが目からは涙が、そして強く噛んだであろう唇からは、血が滲んでいるのが品子には見える。


 江藤は途切れがちに口を動かし、何かを品子へと伝えようとしていた。 

 その一方で彼は、品子の両手首を片手で握ると、思いきりの品子の両手を床へと打ち付けていく。

 痛みと驚きで、品子の体がのけぞる。

 そのまま品子にのしかかると、今度は両手で品子の手をそれぞれに掴む。 

 そして再び床へと、勢いよく叩きつける。

 だん、だんと音が響くたびに、襲い来る痛みに品子は悲鳴を上げる。


「……げて、はや……。おね……」


 一方で彼の口からは、懇願に近い、悲鳴のような声が品子の耳に聞こえてくる。

 江藤に握られた品子の腕に彼の爪が食い込み、じわりとした血が滲んでいく。


 いつ終わるともしれない、繰り返される苦痛に品子は抵抗する心をも奪われていく。


 最初こそ品子も逃げ出そうと足をばたつかせ、もがいたりしていた。

 だが今はただ、この痛みからの解放を願い続けるのみ。

 見下ろしてくるこの人物を押しのけよう。

 ここから逃げ出そうとする思いは、とうに品子からは消え失せていた。 

 とめどなく流れていく涙すら、拭う事を許されないのだ。

 もはや自分の手も腕も感覚すらない。


 自分は、殺される。

 ならば、早くそうしてほしい。

 こんなに痛くて辛いのに。

 誰も助けてくれないのだから。

 そう考える品子に誰かの声が聞こえてくる。


「……っ! 人出様っ!」


 体に来る振動。

 上にのしかかっていた、重さが消えた。


「逃げれる? 私、逃げれるの?」


 品子は体を起こそうするが、痺れたように腕は動こうとしない。

 体を横に回転させ、声が聞こえた方を見る。

 この部屋の中で、自分を助けられるのはもう一人しかいない。

 そこには斉藤が江藤を抑え込んでいる姿があった。


「人出様っ! ここから一刻も早く、離れてください!」


 苦しそうな声で、斉藤が品子に訴える。


「斉藤さん! 一体、これは何が起こっているのですか? どうしてっ! どうして江藤さんは、私に危害を?」


 今までの出来事で、自分の中にある恐怖を何とか落ち着かせたい。

 一刻も早く、逃げろと言われているのは分かっている。

 だが品子は、唯一ここで理性を保っている斉藤に叫ぶ。

 問いかけに彼は、とぎれとぎれに答えを返してきた。


「人出様はおそらく無自覚で今、何らかの発動を行っています。そのために私共はあなたにっ……! お願いです! 早くここから逃げて下さい! このままでは私も……」


 叫びに近いその言葉を聞き、品子は体を起こし足を前へ動かしていく。


「どうして? 私は何をしてしまったの? 私が無自覚で何かを発動している?」


 斉藤の言葉に品子が思い当たるのは、一つの発動能力。

 相手を自分の意のままに操ることの出来る力。


 だが、今まで品子はその発動を行ったことはない。

 その能力の存在は知っているが、発現の方法を自分は理解していないのだ。

 それが今、なされてしまっている。

 きっかけは陣原が襲ってきたタイミングから考えて、洗面台に入って間もなくだろう。

 こみ上げる怒りと髪を洗う、あるいは髪を解いた辺りが発現要素だったに違いない。


 斉藤の行動を無駄にするわけにはいかない。

 おぼつかない足取りで、品子はただ出口に向け歩みを進める。

 ようやくたどり着いた部屋の扉に、少しだけ力の戻った腕を伸ばす。


 そんな品子の後ろから伸びた来たのは、何者かの腕。

 そのまま品子の腕を掴み、耳元で嬉しそうな声で囁く声が聞こえてしまう。


「だから、早く離れてと言っていたではないですか。……ほぅら、捕まえてしまいました」


 かたかたと品子の体が震え出す。

 

「……嫌だ、嘘だ。だって、さっき助けてくれたじゃない」


 振り返りたくない。

 それなのに品子は体をぐいと引っ張られ、後ろを向かされる。

 そこには……。

 

「どう、……して? 斉藤さん」


 品子を見返してくる斉藤の目に、もはや理性の光は無い。

 濁った眼で、何もおかしいことなど無いのに。

 声も出さず、ただ笑い続けている。

 もう、この人は自分を助けてくれた人ではなくなっているのだ。

 

「離れなかったということはつまり、ここに居たいのですね。了解しました。人出様。では四人でゆっくりと楽しみましょうか」


 今、彼は四人と言った。

 おかしいではないか。

 陣原は発動で動けなくなってるはずなのだから。

 そう考える品子の前に現れたのは斉藤と江藤と、そして陣原。


「何で! なぜこの人が行動できるの?」

 

 叫ぶ品子に斉藤が答える。

 

「それは、あなたの動揺が原因かと。発動の根源たる『思い』が相当、揺らいでいるのではないですか? ……おやおや、どうして泣いているのですか?」


 笑い声を漏らし、斉藤が品子の体を二人の方へ向け強く押す。

 よろけながら数歩すすみ、品子はへたりとしゃがみ込む。

 

「はは。あははは……」


 品子の口からは勝手に笑い声が漏れる。

 怖くて仕方がないのに、なぜか笑いが止まらないのだ。 

 

 怖い怖い、誰か助けて。

 何で私が、こんな目に遭わなきゃいけないのかな?

 ねぇ? 何で?

 品子の頭の中を回るのはその思いだけ。


「ははは……」


 笑い声が、気に入らなかったのだろう。

 陣原が品子の前にしゃがみ込むと、片手で顔を無理やり上げさせ、もう一方の手で品子の頬を叩く。

 それでも、品子の笑いが止まらない。

 

 品子はただ笑い、ただただ泣き続けることしか出来なかった。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「忘れたいコト その3」です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすっごく品子さん推し! ここ最近、僕の中で爆上げなんですよ! 回を重ねるたびに好きなキャラにランクアップ、飛び級していきます!! それだけに今回は泣きそうになりました ( ;∀;)ノ…
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