表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第一章 木津ヒイラギの起こし方
12/320

パンケーキをご一緒に

「あ、来た」


 店の扉が開き、周りを見渡しているクラムの姿をつぐみは目にする。

 汐田(しおた)クラム。

 彼とは、数日前に出会ったばかりだ。

 多木ノ駅の近くで偶然、彼が言いがかりをつけられていた所を見付け、つぐみが助けようとした少年だ。


 そう、助けようとしただけ。

 あろうことかつぐみは、その場で熱中症となり倒れてしまい、逆に助けてもらっていたのだ。


 手を振る自分に気づいたようで、彼はにこりと笑いこちらへとやって来る。

 目を細め、優し気に微笑む姿。

 周りの目線が、次々と彼に吸い寄せられていくのが分かる。

 あの時は自分のことばかりで気づかなかったが、世間が美少年と呼ぶ容姿を、彼は持ち合わせていた。


「つぐみちゃん、見つけた!」

「はい、見つかりました。こんにちは。クラム君」


 栗色に輝く髪を、さらさらとなびかせて無邪気に笑う姿は、かっこいいというよりも可愛いという雰囲気だ。


「私も人のことを言えないけれど、クラム君は実際の年よりも若く見えるよね」

「あぁ、それはよく言われるなぁ」


 向かい側の席に座ったクラムは、綺麗(きれい)たたんだハンカチを、つぐみへと差し出してきた。


「五日ぶりくらいかな。あの時はハンカチを貸してくれてありがとう。おかげで助かったよ」

「役に立ててよかった。でも、まだ怪我の(あざ)がまだ残っているね。痛そう」


 結局、その時に彼は絡んできた相手に殴られてしまった。

 その際の名残(なごり)ともいえる、大き目のガーゼが彼の左頬に当てられている。


「でもすぐにハンカチで冷やしたおかげで、だいぶ治りは早かったと思う。本当にあの時はありがとう。ハンカチのお礼に、何か美味しいものでもご馳走(ちそう)したかったのに……。前と同じこの喫茶店でいいなんて、遠慮しなくてもいいのに」


 メニュー越しにつぐみを見ながら、クラムは話しかけてくる。


「遠慮してないよ。ここに来た時に、パンケーキがすごく美味しそうって思っていたの。それでね。食べたい種類が、ストロベリーとキャラメルバナナがあるの。どっちも食べてみたいんだけど、ここのお店のボリュームが結構あるみたいだし。さすがに二つは食べられないから……」


 パンケーキの写真を眺めながら、つぐみは小さくため息をつく。


「どちらかを僕が頼んで、シェアしてほしいのかな?」

「大正解。わがまま言ってもいい?」

「もちろんだよ。僕で良かったら喜んで」

「ありがとう、すごく嬉しい!」

「つぐみちゃんが喜んでくれたら、僕も嬉しいよ。あ、すみませーん。注文をお願いしまーす」



◇◇◇◇◇



 誰も何も言わない。

 ただ黙って、シヤの『リード』からのつぐみの声を聞いている。

 シヤの発動能力『リード』は、離れている相手の声を聞き取ることが出来る能力だ。


 シヤは今、「仮二条資料室」と品子と惟之が呼んでいるビルに来ている。

 いや、『連れてこられた』というべきか。

 昨日、つぐみの場所確認とリードの発動を、二人から依頼されてしまったのだ。


「そんなに気になるのなら、最初から多木ノ駅に行けばよかったのではないですか?」


 シヤの疑問に品子が答える。

 

「そうしたいよ! 私だってそうしたいけど。さすがに私用で、ここを離れるわけにはいかないから。二条の人達に、わざわざ資料を持って来てもらっているわけだし」


 品子はその、『わざわざ持って来てもらった資料』でバシバシと机を叩いている。


「ならば私用で、私も連れてくるべきではないと思うので……」

 

 シヤの言葉は、品子の鋭い声に(さえぎ)られる。


「おい、惟之! 五日前って言ったらさ。冬野君に発動していたリード。あれを解除して、お前に発動し直した時じゃないか。お前が鷹の目を失敗するから、こんなことになってんじゃねーか」

「それはそれは、大変に悪うございましたね。うっかり敵組織の落月の人達を、見つけちゃったものですから」


 大人であるはずの二人は、とても(みにく)い争いを始めている。

 シヤはため息をつくと、再びリードに意識を向けはじめた。



◇◇◇◇◇



「うわぁ、凄いよ。ストロベリーの方はパンケーキ三つも乗ってるんだ。バナナの方はお花が乗ってて綺麗で可愛い。クラム君! どっ、どっちがいい?」


 つぐみの問いかけに、クラムはにこりと笑う。


「そうだね。つぐみちゃん悩みそうだから、僕が決めた方がいいね。じゃあストロベリーの方をもらおうかな」

「わかった。決めてくれると助かるなぁ。クラム君は本当に優しいね」

「では優しいついでに。……よっと。はい、あーんしていいよ」

「そ、それはさすがに恥ずかしいよ」

「え? せっかく上手にフォークに乗せられたのに、食べてくれないの?」


 わずかに目を伏せ、寂しげな顔をして自分を見つめてくるクラム。

 そんな顔をされては、つぐみは逆らえない。


「あ、では。いただき、……ます。えと、あーん。……お、おいひいっ!」



◇◇◇◇◇



「っきぃぃ! 何なの、あいつ! 一体うちの子をどれだけ(たぶら)かすの!」

「……品子姉さん。つぐみさんは、うちの子とやらではありません」


 床をだんだんと踏み鳴らしながら、品子は叫んでいる。


昨今(さっこん)の若者は、どうも調子に乗りやすい様だな。……くくく」

「惟之さん? いつもの冷静さをあなたは一体、どこに置いてきたのですか?」


 明らかにいつもと違う二人に、シヤは戸惑いを隠しきれない。


「もうこれ以上は、お二人の精神的によろしくなさそうです。そろそろ……」

「シヤ! 以前から言っているだろう。仕事はな、最後までやり遂げなければならないものなんだ!」


 普段なら決して出さない大声を上げ、惟之がシヤの方を向く。 


「惟之の言う通りだぞ、シヤ! 途中で投げ出すなんて、もってのほかだよ!」


 今の状態は、まさに仕事を途中で投げ出しているのでは。

 シヤはその思いを飲み込み、再び集中を始める。



◇◇◇◇◇



「はー、どちらも本当に美味しい。お腹一杯で幸せだよー。あ、そろそろ帰らないといけない時間だ」

「そうだね。あ、つぐみちゃんのお皿の最後のバナナ。僕が、もらおうかな?」

「うん。私、お腹一杯だからちょうど良かった!」

「じゃあさ。今度はつぐみちゃんが、あーんてしてくれる?」

「え、それはさすがに。……恥ずかしいと言いますか」

「……そうだよね。つぐみちゃんにあーんてしてもらえるには、僕じゃまだまだ役不足だよね」


 さみしそうに笑い、フォークを見つめるクラムに、やはりつぐみは逆らえない。


「ち、違うよ、えーっとじゃあ。……はい、あーん」


 悲しげな顔から一転し、輝かんばかりの笑顔をクラムは浮かべる。

 だが、すぐさま真顔に変わると、つぐみの手をじっと見つめてきた。


「……ねぇ、つぐみちゃんの手のひら何か光……」

「え、手のひら?」



◇◇◇◇◇



 シヤは咄嗟(とっさ)に発動を解除した。

 さすがに一般人でも至近距離で見られたら、発動に気づかれてしまう。


「あ、あぁ……」


 体がガクリと揺れる。

 急に発動を止めた反動が、シヤを襲ったのだ。


「シヤ! ……あぁ、どうしよう! 惟之! ここに寝かせられるところは?」


 慌てて駆け寄ってきた品子が、シヤを支える。


「だ、大丈夫です。少し座っていれば体調は、……戻ります」

「……すまない、シヤ。俺達のわがままで、迷惑をかけてしまった」


 惟之の心配している声が、シヤの耳に届く。


 ひどい頭痛がシヤを(さいな)む。

 返事をしたいが、まだ呼吸が落ち着かない。

 品子にだらりと体を預けたまま、体が動けるようになるのをシヤは待つ。

 何度か深呼吸を繰り返すうちに、ようやく体が動かせるようになってきた。


「……私も相手がどんな人かは、気にはなっていましたので。でも、そんなに悪い人ではなさそうですね」


 支えてくれていた品子の手を握り、シヤは口を開いた。


「えー、でもなんか、ちゃらちゃらしてそう」

「まぁ、もうすぐ解散の雰囲気のようだし。今日はもう、大丈夫だろう?」

「まぁそうだけどさ。……あ、噂の冬野君から電話だ」


 品子がつぐみと話をしている間に、シヤは再び呼吸を整える。


「うん。今、多木ノ駅なんだね。そのまま帰ってもらってもいいし、こちらに来てもいいけど。……わかった。こっちに来るんだね。じゃあ待ってるよ」


 電話を切った品子に、シヤは声を掛ける。


「品子姉さん。私は帰ります」

「え、一緒にみんなで帰ればいいじゃない?」

「先程の相手の方の発言もあります。私がここに居るのはまずいでしょう。つぐみさん鋭いですから、今日のことにきっと気づきますよ」

「うっ、確かに」


 品子は、自分の頭をガシガシとかきながら呟く。


「もう体は大丈夫です。急いだほうがいいと思うので、これで失礼します」

「わかった、何かあったら連絡して。すぐ迎えに行くから」

「シヤ、今日は本当にすまなかった」

「惟之さん、私は大丈夫ですよ。では失礼します」


 シヤは椅子から立ち上がり、資料室から退出していく。


「それにしても……。大の大人が二人もそろって、あんなに動揺するなんて」


 今までになかった品子達の様子に、自分の心の変化と同様のものを感じる。


 発動能力を持っていないつぐみ。

 それなのに彼女は、どれだけ周りに影響を与えていくのだろう。


「私も、……変わっていく?」


 変わるとはいいことなのだろうか。

 わからない。

 わからないけれど……。

 そっと自分の胸に、シヤは手を当ててみる。

 いつもよりも早い胸の鼓動を感じながら、気付くのは一つの思い。


 皆が家に帰ってくることを思う時の、心の奥の温かい気持ちは、嫌いではないと。



◇◇◇◇◇



「じゃあ私、これからアルバイトだから」

「お仕事、頑張ってね。つぐみちゃん」


 向かい合ったつぐみの顔には満面の笑み。

 彼女は本当に楽しい時間を過ごせたようだ。

 もちろんクラム自身もなのだが。


「うん、頑張るよ私。今日は楽しい時間を、たくさんありがとう!」

「あ、ごめん。ちょっとした、おまじないさせて?」

「おまじない? いいよ! どうしたらいい?」

  

 そっと彼女の髪をかきあげると、クラムはその柔らかな耳たぶに口づけた。

 予想はしていたが、彼女は顔から湯気でも出てきそうな真っ赤な顔になっていく。


「そ、そうだよね、外国の人は挨拶でそうするんだよね! おーけーだよ! いっ、インターナショナルだね! じゃ、じゃあ、今度こそさよなら」


 動揺した様子ながらも、つぐみは怒ることもなく笑ってクラムを見つめてきた。

 小さく手を振って、くるりと後ろを向くと彼女は駅へと走っていく。


「転ばないといいけど」


 子供ではないのだ。

 そんな心配しなくていいと、クラムも理解している。

 年上なのに、とてもそんな風に見えない彼女。

 人の言葉に真っ赤になったり、嬉しそうに笑っていた女の子。


 ……でも、一瞬だけ。

 彼女の手のひらから、発動者の気配をクラムは感じたような気がしてならない。

 たまたまフォークの光が、照明に反射していただけかもしれないのだが。


 さらにもう一つ。

 彼女からする匂い。

 五日前にはなかった匂いが、つぐみからするのだ。

 ほんのりと、しかしながら誘うような甘い香り。

 香水でも付けていたのだろうか。

 あの香りは。

 ……心をかき混ぜてくような、よくわからない気持ちを引き起こさせる。

 だが別に、彼女自体から発動者の気配がするわけでもなく、力も感じるわけではない。


 おそらくは、気のせいだろう。

 だが一応、彼女に対し保険だけはかけさせてもらった。


 少なくとも、自分の存在を知りうる人間。

 クラムが『落月の上級発動者』であると知っている人間に。

 彼女に関わることを、触れることを許したくない、許さない。

 ――絶対にだ。


「ん? ……あれ、ちょっと待て」


 今、何を思った?

 絶対?

 何を?

 自身の考えにクラムは戸惑いを隠しきれない。


「……何をしているのだろう、僕は」


 たかが一人の人間に。

 ましてや力も持たない女性に、ここまで振り回されているなんて。


 駄目だ、こんな浮ついた気持ちでは。

 そう思う一方で、クラムの頭の中に、とろけるようなつぐみの笑顔が浮かぶ。


 かき消すように、目を閉じて頭を振る。

 緩んでいる心を今一度、見直す必要がありそうだ。

 こういった些細な油断が、命を落としかねない。


「……僕は、しばらくは彼女に会わない方がよさそうだね」


 そう呟き、クラムは駅へと足を進めていくのだった。

お読みいただきありがとうございます。

次話タイトルは「冬野つぐみは知りたがる」

好奇心は大事なものですが…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは(*’∪’*) オコシカタ、全部読み終わってから感想を書こうと考えていたのですが…荒ぶる衝動を抑えきれず書いちゃいます(笑) シヤちゃんの心情にも少しずつ変化が出てきて、微笑ま…
2021/06/24 12:28 退会済み
管理
[良い点] ご乱心なのはママだけかと思ったらパパが想像を上回るご乱心だった点(笑) [気になる点] パパのいつもの平常心の行方 [一言] 私も上級発動者とか言ってみたいと思いました(笑) それにしても…
[一言] 罪な女の子、つぐみ。…なんて恐ろしい子っ! もう周りが振り回されっぱなしなのに、本人は台風の目よろしく呑気なもので、見ていて「いいぞ、もっとやれ」と云いたくなりました(笑) それにしても…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ