人出品子は尋ねる
「え? 足取君が一条へ異動ですか?」
三条の長である清乃に呼び出され、品子は三条管理室へと来ていた。
「あぁ。一条から事務方を数人欲しいとの申請が、人事の方に来ていたらしい。足取にしても、問題を起こした相手が同じ三条ということで確かに居づらかろう」
清乃からの説明を受けつつも、今回の話の早さに違和感を拭えない。
書斎机に頬付を付き、ひどく面倒くさそうに自分を見上げてくる清乃の顔つきも、それを物語っている。
足取が問題を起こしたのは、昨日ではないか。
それなのにどうしてこんなに早く、一条からそのような話が出てくるのだ。
「いくらなんでも、展開が早すぎやしませんか?」
品子の質問に清乃は、ふんっと鼻を鳴らす。
「こちらに来た話では、足取が本部内でふさぎ込んでいた。そこに一条の高辺が、足取の様子を心配し声を掛け相談に乗った。そこでこの話が高辺から提案され、足取はその提案に賛同した。ということらしいぞ」
「それでどうご決断を? いえ、これは決定事項なのですか?」
決定事項という品子からの言葉に、清乃は少しだけ顔をしかめる。
「こちらとしては、別に何も言うことは無いからな。ましてや足取本人が強く希望している。井藤が確認したところ、確かに数日前より一条からは人事に事務方の補充依頼が来ていたということだしな」
「つまり様々な偶然が重なり、今回の結果が起こったと?」
「そうだな。『そういうことに』なるのではないか」
「……随分、意味深な答え方をされるのですね。清乃様はどうお考えなのですか?」
品子の問いかけに、清乃は乾いた笑い声を立てる。
ぐいと強く品子へと視線を向け、言葉を続けていく。
「どうもこうもないさ。足取と一条の利害が一致した。ならばどうぞご自由に。それだけのことだろう? それに……」
品子へと冷ややかな笑みを浮かべ、清乃は続ける。
「お前だって昨日、資料を読んだ際に思ったんじゃないのか? 昔からお前は人を利用しようとしか考えていない、裏表のある人間は好かないだろう。むしろ今回の話は良かったとすら思っていそうだが?」
これは困ったものだ。
資料を借りたことが、清乃にばれているではないか。
小さくため息をつき、品子は口を開く。
「そうですね。野心を持つということは、悪くはないのです。ただ彼は人を利用しようとするにも、他者を貶めたり下に見た人間に恐怖を植え付けたりするようですから……」
ヒイラギ達に対する言動。
転じて昨日の品子に見せていた殊勝な態度。
『二面性を持つ人物の為、要注意』
足取の行動は、すべて資料に書かれていた通りだった。
昨日の自分の言動は、さぞ彼に「品子は騙されやすい人間」と思われていたであろう。
だが、そんなことは品子にとって些末なこと。
問題としては、一条がなぜ彼を欲したのかという点だ。
今更、三条の情報を手に入れたいなどとは到底思えない。
そもそもが足取が知りうる情報など、大したものではないのだから。
三条の知られると面倒になる、重要な情報となると……。
見つめてくる品子に、清乃が口を開く。
「何だ? 私に言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「いえ。一条がなぜ、彼を引き入れたのかが疑問に思えたので。彼の持つ情報など、たかが知れてますし」
「ましてや発動者でもない人間を、なぜといったところか?」
「はい。まさかとは思いますが清乃様の秘密を、彼が知りえたという可能性は?」
心外だ、と言わんばかりに清乃からギロリと品子は睨みつけられる。
「……そんなことがあったら、一条に足取を渡さぬよ。それ以前に足取に知られた時点で、お前に頼んで彼には『忘れて』もらっている」
「そうですね。疑問が残るところではありますが、本当に偶然なのかもしれませんし」
「まぁな。一条は、足取に向いた場所と言えるのではないか? なんせあそこは、個性的な輩が多いから」
「確かにそうとは言えますが。……あまり笑えない冗談ではありますね」
品子と惟之がいるサポートがメインである二条や三条と違い、一条は前線に出るいわば攻撃を主とする発動者が多く所属している場所である。
それだけに表には出しにくい『仕事』も、一条には来ることもあるというのは品子も聞き及んではいた。
「以前から言ってはいるが、組織というものは綺麗事ばかりでは成り立たないものだ。誰かがある程度を背負っているから存在するんだ。それこそお前がご執心なあのお嬢さんが一条に行ってしまったら。あっという間に心が壊されてしまうだろうな」
清乃はそう言って、品子を見上げながらニヤリと笑う。
「だが、彼は心が強そうだからな。潰されずにしっかり仕事をこなしていってくれるだろうよ」
どれだけ清乃の本意が含まれているのか分からない言葉に、品子はあいまいな笑みを返す。
だが、確かに彼の異動は適材適所とも言える。
一条はある程度、狡猾にやっていかねばならないところだ。
さもなくば、あっという間に精神を病んでしまう場所であるのだから。
「誰かが背負っているから、か」
ぽつりと品子の口から言葉が漏れる。
……もうかなり昔の出来事と言葉が、自分の中でよみがえってきたからだ。
『それでも、そうしなければいけないのならば僕は従いましょう。だって、そうするしかないのでしょう?』
真っ直ぐに見つめられ、語られた思い。
悲しそうな、寂しそうな瞳で品子に語ったあの言葉。
あのときの彼は、既に背負わされていたということか。
だとしたら自分は、どうしてそれに気付けなかったのだ?
どうしてそれを言ってもらえなかったのだろう?
今更だが、その答えを自分は知っておくべきなのだろうか。
長い間、封じていた思いと言葉に決着をつけるべきではないかと品子は考える。
「清乃様。少々、いえ。かなり昔の話ですが、教えていただきたいことがあります」
品子からのいつもとは違う改まった口調に、清乃は表情を引き締める。
真っ直ぐに自分を見据え、清乃は口を開く。
「……年寄りに何を聞きたい? なるべくお手柔らかにお願いしたいね」
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次話タイトルは「人出品子は戸惑う」