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冬野つぐみのオコシカタ  作者: とは
第三章 冬野つぐみの出会い方
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ある木曜日に

「あれ? 私、一体……?」


 目を覚ましたつぐみの目に見慣れた天井が映る。

 確か先程までこの部屋で、皆から各所属の話を聞いていてはずだ。

 それからの後がどうしたことか全く思い出せない。

 とにかく時間と状況を確認してみよう。

 そう考えたつぐみは、スマホを探そうと周りを見渡す。

 隣に布団が敷かれており、そこにはすやすやと眠るさとみの姿がある。

 可愛い寝顔を眺め頭をそっと撫でてから、見つけたスマホで時間を確認していく。

 

 画面の表示は木曜日の午前六時三十二分。

 引っ越し祝い夕食会の翌日ということになる。

 自分が主催しておきながら、片付けもせずに眠ってしまうとは。

 さとみを起こさぬよう、そっと布団から抜け出す。

 全く記憶が無い昨日を振り返りながら、つぐみはリビングへと向かう。


 早い時間ということもあり、まだ誰もいないリビングはきちんと片付けられていた。

 ほっとする反面、誰かに任せてしまったという後悔を抱え台所へ向かう。

 食器もすでに片付けられており、いつもの朝と全く変わらない様子だ。


 まずは朝食の準備をしよう。

 そして誰かが来たら、昨日の状況を確認しなければ。

 そして片付けてくれた人に、お礼を言おう。

 ――場合によっては、謝ろう。

 その際に伝える言葉を考えながらふと思い立ち玄関へと向かう。


 玄関へ行くと、いつも通りの靴の数。

 惟之と明日人は、そのまま帰ったようだ。

 冷静に考えれば、明日人は今は祓いの待機中である。

 外出自粛の時期ということもあり、ここに泊まるのは考えにくいだろう。


 再び台所に戻り、味噌汁を作り始める。

 具材はわかめと玉ねぎだけのシンプルなもの。

 だしの香りがふわりとただよい、その香りに触発されたのだろう。

 つぐみの腹がせかすように鳴り出す。

 思わず腹に手を当てて「もう!」と呟くと、後ろから笑い声が聞こえてくるではないか。

 驚き振り返ると、ヒイラギが口を押えながら堪え切れずに笑っているのが目に入る。

 顔が赤くなるのを自分でも感じながら、挨拶をと思いつぐみは口を開く。


「お、おはようヒイラギ君」

「おぶっ、お、おはよう」


 おぶって何さ、おぶって。

 そう言いたくなるのをぐっとこらえ、ヒイラギへと問いかける。


「ヒイラギ君。私、昨日の記憶が途中から全然ないの。リビングと台所を片付けてくれたのは誰かな? 昨日の企画者は私だったのに。本当は最後まできちんとしなきゃいけなかったのに。私ってば眠ってしまったみたいだから」


 ヒイラギは、再び笑いをこらえるかのように頬が膨らむ。

 見られないようにと、うつむきながら彼が答えるのがつぐみの目にはばっちりと映ってしまう。


「ねむっ! そ、そうだな。片付けは皆でやったんだ。皆というか、お前とさとみちゃん以外といったところか。人数が多いから片付くのも早かったぞ。だからな、心配したりすることはないと思う」


 酔っぱらってしまい、翌日に周りの人の反応がいつもと違う。

 これはテレビドラマでよく見るシチュエーションだ。

 まさに今のヒイラギの態度は、それにぴったりではないか。

 だがつぐみは未成年であり、酒は飲んでいない。

 それどころか昨日は誰も酒は飲んでいなかったはず。

 改めてつぐみの方を向いたヒイラギは、口の端がぴくぴくと震えている。

 明らかにこれは、笑いをこらえている顔だ。

 素直に言うとは思えないが一応、聞いてみようとつぐみは口を開く。


「私に昨日、何がありまし……」

「ぶふぅ、何も! 何もなかったんだ! 少なくとも俺は関わっていないからな!」


 ……何か、あったらしい。

 彼の行動はそう答えているようなものだ。


「おい、味噌汁作るんだろう? 材料、煮え切ってるぞ」


 その言葉に慌ててコンロに向き直る。

 玉ねぎとわかめがぐつぐつと煮えたぎり、鍋の中で踊り狂っているようだ。

 あわてて火を消して味噌を入れて完成させると、小皿に注ぎ味見をする。

 味噌の香りと柔らかく煮込まれた玉ねぎがつぐみの心をほぐしていく。

 完成度ににっこりと笑い振り返ると、ヒイラギの姿がもう消えている。

 どうやら逃げられてしまったようだ。

 今一度、朝食の時に確認をしなければ。

 そう思いながらつぐみは、冷蔵庫の中身を覗きこみ、他のおかずを何にしようかと考え始めるのだった。



◇◇◇◇◇



「わぁ、おにぎりだぁ! 小さくてかわいいねぇ!」


 リビングにやって来た品子が、機嫌よく着席する。

 それを見届けるたつぐみは、味噌汁をお椀に注ぎ品子へと差し出す。


「昨日はたくさん食べたでしょうから、これ位の方が調節が出来ていいかなと思ったので」

「あぁ、優しいねぇ。冬野君の気遣いに、朝から心がポッカポカだよ!」

「それは良かったです。ところで昨日の話なのですが。私、記憶が無くってですね。それで……」

「昨日はね! あの話の途中で冬野君は疲れて、さとみちゃんと一緒に寝ちゃったんだ」


 おにぎりを両手に持ち、交互に食べながら品子は話す。


「そうなんですか? ご迷惑を掛けてしまいました。片付けもせずに寝てしまうなんて……」

「いやいや。あんなに美味しくて、楽しい時間を作ってもらったんだ。片付け位はこちらがやるのは当然だよ! あのね、ホットプレートのピザ。また食べたいんだけど、そのうちまた作ってくれる?」

「はい! もちろんです。私も、もっと改良したい所があるのです。だから近日中に作りますよ!」

「やたっ! 冬野君、大好き~」


 品子は普通と変わらずつぐみと接している。

 今日は早めに出勤せねばならないらしく、ばたばたと準備をして、慌ただしく出て行った。

 ほぼ入れ違いでシヤがリビングに現れる。

 昨日の片付けのお礼を伝えてから、何が起こったのかを聞く。


「つぐみさんは昨日、ご自分の部屋でどの所属になるかの話を聞いていたそうです。井出さんが四条の説明をした際に、禁断の業である『タルト接待』を使用。その為、惟之さんと品子姉さんにより強制終了になったと聞いています」


 小さなおにぎりを両手で持ち、美味しそうに食べるシヤから説明を受ける。

 彼女の話を聞き、つぐみは昨日の出来事を思い出してきた。


「そういう訳なので、所属はつぐみさんが自分で決めればいい。今回はそれが分かっただろうから、とりあえずはもういいだろうという事で解散。その後、皆で片づけをして夕食会は終了しました」

「な、なるほど。教えてくれてありがとう……」


 今朝のヒイラギの態度に納得をしながら、つぐみもおにぎりをほおばる。


「うん。塩加減、我ながら絶妙!」


 そう呟きながらつぐみは、タルトへの加減はそろそろ考えていこうと誓わずにはいられないのだった。

お読みいただきありがとうございます。


次話タイトルは「冬野つぐみは力を試す」

新冬野つぐみ、解禁となりますかどうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] オニギリと味噌汁の食卓って、華やかさは無いけど異常に美味しいんですよね……( ´∀`)食べたい。 それにしてもヒイラギ君、気持ちは分かるけど笑いすぎwww(←) そして、つぐみへのタルト…
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