B-302号教室
「おつかれー、黒田。となり、いい?」
「おつかれ。いいよ、一つ詰めるね」
「にしても、人多いよなこの授業。まだ10分前なのに、後ろの方いっぱいじゃん」
「確かにね、僕もさっき来たとこだけど、ここら辺しかなかったんだ」
ここはK大学のとある教室。大学内でもかなり大きめの教室で、この授業の履修者がかなり多いことがわかる。今日は初回の授業なので、単位の取り方や出席のルールなどの説明がされるだろうとのことで、出席者も多いらしい。一般教養で、単位が取りやすいと噂の授業なので、かなり人気があるようだ。
「それにしても、心理学なんて初めてだから、超楽しみ。心が読めたりするのかな」
先程隣に来たのは、高校時代からの友人の一人。予備校は違ったけれど、同じ高校から進学するのがわかってとてもうれしかった。しかも同じ工学部だ。
「あ、あそこ見ろよ。白石さん、同じ授業とってるんだ」
彼が指さす先を見ると、同じ予備校で、同じ高校だった、白石さんが来たところだった。どうやら無事に、医学部に入学したらしい。予備校での最後の授業で会って以来だ。大学は同じでも、学部が違うと接する機会は全くなく、姿は見ていなかった。入学式当初から、今年のミス・キャンパスに選ばれるだろうと専らの噂である。高校時代は長く伸ばした黒髪だったが、今日の彼女はそんな長く伸びた髪が茶色くイメージチェンジしていた。こっちの白石さんもよく似合っていると思う。
「かわいいよなあ。高校のときは制服ばっかりだったけど、私服もかわいいよな」
席に座る白石さんは、とても春らしい恰好をしていた。薄いピンクのひざ丈ワンピースに、ベージュのスプリングコート、足元はかかとをストラップで留めるタイプのサンダルだ。足先が完全に隠れているせいで、素足かどうかの判別は遠くからではつかない。白石さんのことだから、しっかりとストッキングを履いているのだろうか。暖かくなったとはいえ、女子の格好を見ているとまだストッキングや長めのパンツを履く人が多い。足元も、ソックスを履いてスニーカーやヒール、サンダルを履いている人の方が多めだ。素足でサンダルなどはまだほとんど目にしない。果たして、白石さんはどちらなのだろうか?目を凝らして見るものの、僕の席からでは離れていてよく判別がつかなかった。
「はい、みなさん、こんにちは。この授業、かなり人数が多いので、席は譲り合って座ってください。今日は初回なので、出席はとらないのですが、今後の授業の説明をするのできちんと聞いていってください。では・・・」
授業が始まると、若手の先生が教壇に立った。自己紹介を聞いていると、心理学科の教授らしい。専門は臨床心理学。最近人気の学問の一つだ。この授業ではそんな心理学の様々な実験や仕組みを学んでいくらしい。結構楽しみだ。
授業が始まって5分くらい経った頃、僕の3つ前の列の通路側に座った白石さんに動きがあった。かなりのベストポジションで、白石さんの足元は丸見え。気になってちらちらと見ていたところ、白石さんが身をかがめて、足元のサンダルに手を伸ばした。そしてサンダルのストラップをパチン、パチンと外したではないか。教授がずっと話しているが、ストラップを外すその音はやけに響いて聞こえてきた。けれどそれを気にしているのは僕だけなのか、隣の彼も含め、他の人は誰も気にしていないようだった。
ストラップが外れると、白石さんは手でかかとの部分を持つと両足のサンダルを脱がし、露わになった素足を机の前方に伸ばした。伸びた足先をよくよく見てみたが、やはりストッキングなどなにも履いていない、素足だった。まだかなり少数派の、素足だ。それを見ると、僕は途端に気持ちが昂ぶってしまった。白石さんの足元から、目が離せなくなる。白石さんは一度素足をグッと机の前方に伸ばして、足指をくねくねと動かすと、サンダルには足を戻さず、素足の足先を床につけ、足の裏をこちらに見せつける格好になった。ほかにもどこかを素足のまま歩いたのか、あのかわいい白石さんの足裏は、やや灰色っぽく汚れていた。やがて白石さんはつま先を床から離すと、足を再び前に伸ばし、足の裏をぴったりと床につけてしまった。ほかの授業でもそうしていたのか、あの足裏の汚れはこのせいで付いてしまったらしい。それから授業の終わるまでの1時間ほど(本来は90分だが、初回はオリエンテーションだけなので、短めに終わったらしい)、白石さんの足はサンダルに戻ることなく、床にぴったりとつけたり、足の裏がこちらに向いたり、足の指で机の脚を挟んだり、頻繁に動いていた。そして授業が終わるころ、白石さんはタイミングを見計らったかのように素足をサンダルに戻すと、再び身をかがめて、慣れた手つきでパチパチとストラップを付けた。
授業が終わると、学生たちが一斉に立ち上がり、出口へ向かう。今日の授業はこれで終わりだった僕は、この混雑が終わってから出ようと、隣の彼と明日以降の予定を話していた。すると不意に、
「あれ、黒田くん?久しぶり!」
声がかけられた。聞き覚えのあるあの声だ。
「あ、うん、久しぶり」
声のした方を見あげて応える。そこに立っていたのは、いい香りを身にまとう、白石さんだった。
「受かったんだね!私も、なんとか受かったんだ、医学部」
「そ、そうなんだ、おめでとう」
あの白石さんから声をかけられるなんて、どうしても照れてしまう。照れすぎて、彼女と目が合わせられない。
「同じ授業とってるなんて、うれしいな。またどっかで会ったらよろしくね!」
「う、うん!」
「あ、そだ、時間ある?よかったら、ライン教えてよ!」
「い、いいよ・・・!」
あの白石さんのラインを!?周りの学生からの射るような視線を浴びながら、スマホを出してIDを教え合った。白石さんはとてもうれしそうに両手でスマホをもって、
「ありがとう!また、連絡するね!」
「うん、また・・・」
そう言って、慣れないのか、サンダルの足をおぼつかなげに、教室を出ていった。
「・・・く、黒田、お前どこであの白石さんと知り合ったんだよ!?」
「い、いや、ちょっとね・・・」
「このやろ!夕食おごれ!」
「わ、わかったから!首をしめるな!」
その後、隣の彼と大学近くの食堂で夕食をとった。なぜか、僕のおごりで。
おわり