Episode04:胸の微かな痛みは別れと共に
ども。香具師です。四話更新致しました。感想等どうぞよろしくお願いします。
「ここ、姉さんの部屋だから勝手に使え。元々掃除も何もかも俺がやってるから気兼ねしねぇで構わねえ」
俺の説明に頷く銀髪女。
コイツは篠宮由葡。変な力を使う、無口で無表情の変な女。俺がまともに会話する女はほとんどいないが、コイツとは何故か普通に会話している。
白銀の髪とシアンの瞳をしていて、人形みてぇな顔立ちをしてやがる。
「……何?」
俺が顔を見ていたからか、篠宮は怪訝そうに見つめて来た。
「あ?何でもねぇ……ことはねぇか」
「……なに」
別に意味も無く見ていたことを伝えようとする途中で聞かなければならないことが色々あることに気付いた。
「まず、お前のあの力は何だ?」
単刀直入に聞いていく。
篠宮は考えるように目を瞑り、やがて目と口を開いた。
「……私の力と幸人の力、それと立川の力は全て一緒の力に分類される」
「立川?」
「……あのスーツの使用人の名前」
あの化け物じみた黒いスーツの男を思い出す。
「ああ、成る程な。で、一緒の力ってどういうことだ?」
「……私達はこの力を宿力と呼んでる」
「ミスト、か。私達ってことはまだ他にも、それも仲間がいるってことか」
篠宮はまた無言で頷く。
「それにしてもミストって一体何だ?少なくとも俺は初めて聞いたが」
「……ミストは生きている人間が誰でも持っている、力」
「こんな力を人間みんなが持ってるってのか?」
「……そう。力の強さや発現するかどうかは人によって違う」
「持ってても誰でも普通に使えるってわけじゃねえのか」
篠宮は黙って頷く。
「……ミストには五色の力がある。炎を司る赤、水を司る青、雷を司る黄、聖を司る白、闇を司る黒」
「お前の力は白、俺のは黒ってとこか」
「……そう。黒は珍しい。ほとんどいない」
「でも何のためにこんなもんがあるんだ?」
「……神が齎したものだとか人間の心から発する微弱な粒子の集合体だとか色々なことが言われているけど、存在意義は分からない。私の組織はそれを悪用する人間を裁く為にこの力を使う」
「なんで知られていないんだこの力は」
「……幸人も見た筈。私達が逃げている最中、誰も人に出会さなかった」
そういえばそうだ。まるで俺達だけ別の所にいるような感覚だった。
「……ミストの力が一定を越えるとそれ以外の人間には認識されなくなる。いかなる干渉も出来なくなる」
「壊れた建物とかはどうなるんだ?」
「……それを直すのが白の力を持つ人間の役目。ミストの力で壊された建物が現実になるまでには時間がかかる。だからそれまでに白の力を持つ人間が直せば現実にはならずそのままになる」小難しいがなんとなく理解できた。が、その時疑問に感じた事が一つ。
「何で最初ミストの力を使っていなかった俺が炎を見たりお前らに干渉できたりしたんだ?」
「……ごく稀にそういうこともある。本当であれば記憶を消さなければならなかった。でも状況が状況だったから仕方が無かった。そして幸人が能力を開花させた今、その必要は無くなった」
このことについてはやけに饒舌だなこいつ。
「でもお前が逃げろって言った時、俺は能力を発現してなかっただろ。記憶を消す前に行かせて良かったのかよ」
「……他の、私の組織の人がやってくれるから心配してなかった」
「ん?待てよ?他の組織の奴らはなんでお前を助けなかったんだ?」
「……あれは私の問題だから」
「そうか」
組織……か。
「ふん」
なんか知らねえがムカつく奴らだ。
「なんとなく分かった。もういい。飯でも食うか」
「……作れるの?」
「うるせえ」
とか言いつつ買い物を忘れていた俺は結局カップ麺に縋ることになり、篠宮に含み笑いされたのは余談だ。
**
「そういえばお前着替えは?」
疑問に思ったのは夕飯後だった。
返って来た答えは単純明確な物だった。
「……考えて無かった」
「お前……ホントに家出したんだよな」
激しく溜め息をつく。
一体この無計画女は色々とどうする気立ったのだろうか。
非常に頭が痛い。
「金はあるのか」
「……無い」
「お前な……」
呆れて言葉も出ない。一体コイツは何だ。
「まあ服は姉さんのを着ればいいか……」
「……ゴメン」
篠宮は少しシュンとして顔を俯かせる。
「ハァ……オイ、もういいから、とっとと風呂入って来い」
俺がそう言うと
「……覗くの?」
コイツはまた馬鹿なことを言っていたので取りあえず
「馬鹿かテメェ」と言っといた。
**
二人とも風呂に入って、頬が上気している。俺はスウェット姿、篠宮は姉さんのパジャマ姿だ。少し丈が短いようでへそが出ていた。
今篠宮はリビングにてドライヤーで髪を乾かしている。俺は小さな机を隔てて座っている。
風によって銀色の髪が揺れる。それを見て綺麗だなと不覚にも思った。言わないが。
「おい篠宮」
「……何」
「その髪ってどうなってんだ?」
「……またいつか話す」
「ふん、まあいいけど」
少し疑問に思ったから聞いてみただけだが言わないなら別に構わない。そこまで知りたい訳でも無い。
「じゃあもう俺は寝るからな。電気だけ消しといてくれ」
「……分かった」
部屋に入り、直ぐにベッドに入る。
今日は疲れた。ミストだかなんだか知らねえがそのお陰でどれだけ疲労したことやら。
それにしても……いや、何でもない。
考えているうちに俺の意識は落ちていく。深く深く暗い眠りにどんどんどんどん沈んでいく。
幸人はもう寝ただろうか。
ドライヤーで髪を乾かしながら今日のことを思い出す。
家出をして、追いかけられていた時に現れた変な男、唐沢幸人。
見た目は確かに恐いし、話し方もぶっきらぼう。けれどとても優しい。
私のことを守ってくれたことはとても嬉しかった。家に泊めてくれると言ってくれたことも。
野宿するというのも着替えや荷物を持ってないのも嘘だった。ただ、そう言ったら何て言うか知りたかっただけ。
なんだかんだ文句を言いながら幸人は私に色々してくれた。
本当は私は組織が借りてくれているマンションに住むから泊めてくれなくても良かったのに。
なのにこうやって家まで来たのはこの人ともう少し一緒にいたいなと思ったから。また会えるかどうかは分からなかったから。
その時携帯に電話がかかってきた。
『報告はどうした?』
「……はい」
ただ逃げ切れたことだけを報告する。
『そうか。じゃあ道草を食ってないでマンションに早く行け』
「……わかりました」
プツン
「……ふぅ」
パジャマを脱いでたたんで、始め着ていたTシャツと黒のパーカーと短いデニムを着て穿く。
服に入った銀の髪を外に出し、準備は出来た。
そしてメモ帳を一枚もらって幸人宛てに文字を綴る。書き終わってからは、パジャマの上に置いといた。
そして最後に、幸人の部屋に向かった。
そろーっと部屋に入り、ベッドに近付く。
幸人はぐっすり寝ていた。寝顔は普段と違ってとても穏やかで優しい顔をしていた。
思わず笑みが零れた。
「……ありがとう幸人」
ゆっくり近付き、額に唇を合わせた。
一瞬のようにも長いようにも感じた甘い五秒。
唇を離し、閉じていた目を開く。
少しだけ恥ずかしい。
でも、やっておきたかった。
「……また、どこかで」
ゆっくりと部屋を出て、玄関に向かう。
ドアを開けると少し風が吹いて、私が書いた紙が宙を舞い、床を滑った。
『ありがとう。そしてさようなら』
ドアを閉める金属音と共に、銀色の髪が消えていった。
**
朝になった。
何故かいつもよりも寝起きが気持ちいい。意識がはっきりとして、昨日の疲れがすっかり取れている。
まあいい。別に悪いことでは無いんだからな。
自分の大きな体をベッドから起こし、部屋を出る。
朝飯の支度しねぇとな。あの女、昨日の含み笑いを後悔させてやる。
そんなことを考えてリビングに向かう。
そしてその途中廊下でいきなり何かを踏んづけた。
何かと思って下を見ると、そこにはメモ帳の切れ端があった。
そこにはこう書いてあった。
『ありがとう。そしてさようなら』
……ああ?
少し停止して、ふと姉さんの部屋の前を見ると、姉さんのパジャマが畳んで置いてあった。
そして部屋を開ける。
そこには誰もいなかった。
「……ふん」
さようなら、か。それぐらい直接言ってから帰りやがれ恩知らずが。
紙を丸めて、手の中に込める。
「行くとこあんのかよあの馬鹿女」
小さく呟く。
まあいい。あいつが自分の意思で去ったなら追う意味も無いだろう。
取りあえず朝食を作るか。
そう思い、紙をゴミ箱へと捨てた。
**
朝食が出来た。何故か二人分作っていた。
何で俺は二人分飯作ってんだ?
ああそうか、姉さんがいると思ったからか。
そうやって自分を納得させる。
結局一人で二人分を平らげ、新聞を読む。おっさん?ほっとけ。
あらかた目を通した後は時間を確認し、部屋に戻りいつも通り制服に着替える。
(さて、行くか)
そして出る直前ふと思った。
さっきからなんなんだ。
少しだけ胸が痛い。
「ふん、食い過ぎたか」
俺はそうやって自己解決して外に出る。
(ああ、ただの食い過ぎだ)
それぐらいしか思い当たることは無かった。
**
学校に着くと、教室に行かず、取りあえず屋上に向かった。
立ち入り禁止の札が吊してある紐を超えて古く錆びたドアを開く。
「あ、おはよ幸人」
「ああ」
思った通りそこには学校の王子とやらが座っていた。
相変わらず青い髪が目立っている。
俺はドアを閉め、辰也の三メートル横に、荷物を置いて寝転がる。
相変わらずここはいい場所だ。
学校内の安らぎの場所ってところか。
「なんかあんまり元気無いね?」
辰也は唐突にそんなことを口にした。
「ふん、食い過ぎだ」
「へぇ?幸人が?」
「まあな」
「そっか。じゃあそれはいいや。昨日あの後なんかした?」
篠宮や炎や化け物の映像が浮かんできたが、コイツに言う必要は無いことだと思ったから言わなかった。
「いや特に。いつも通りの日常だ」
「ふーんそっか。僕は昨日は」
「その話どうせなげえから止めろ」
「まだ何も言ってないのに……」
辰也は少し涙目になってたが気にしない。こいつの話は聞くのが面倒だ。特にその類の話はな。
「でも本当にどうしたの幸人?」
「だから食い過ぎだ」
「なっちゃんと喧嘩でもした?」
「してねえよ」
ちなみになっちゃんというのは観奈のことだ。
コイツと俺と観奈とあともう一人の四人で中学時代はよく一緒にいてたからコイツは観奈と仲が良い。
ちなみに観奈のことだがアイツは中学まではよく一緒にいたが、高校に入ってから俺が、学校で関わるなと言ったため今のような状態になっている。まあそれには色々理由があるんだが。
「そういえば高校に入ってからなっちゃんと喋ってないなぁ。……そうだ。今度久しぶりに四人でどっか行こうよ。みんなが都合良いときにさ」
「他の奴らに会うかもしれねぇだろうが。お前は忘れたのか?あの時のことを」
辰也を睨む。
「忘れたことなんてないよ。あれ以来、幸人はなっちゃんを家で以外遠ざけるようになったんだもんね……」
辰也は少し寂しそうに目を伏せた。
「……分かってんなら言うんじゃねぇ」
だがその時辰也はいきなり顔を上げて笑顔になった。
「だから要は他の人達に見られなきゃいいんでしょ?」
「ああ?」
「なら任せてよ。僕んちで場所用意して貸切にするなり遠い所に旅行に行くなりすればいいじゃん」
「……なるほどな」
コイツの親、確かもの凄い金持ちだったな。
「やった〜。じゃあ決定ね」
「まあ、そのうちな」
それもいいかもな、なんて俺らしくもないことを思った。
**
学校が終わり家に帰ってきた俺は、いつも通り授業の予習復習を終え、ベッドに寝転がった。天井を見ながら、昨日のことを思い出す。
化け物、宙を飛ぶ炎、漆黒の刀。
現実離れしたイメージは頭にしっかりこびり付いいていた。
そして何故だかあの女が一番イメージの中心にいる。
銀色の髪をした変な女、篠宮由葡。
アイツ、ちゃんと住む所あるんだろうな。
別に心配しているわけではない。
(ふん)
ミスト、か。
自分の掌を眺め、そこから現れた紫の粒子を思い出す。
あの時使った現実離れした力。
あの時俺には、この力を使う理由があった。
でもこれから先、この力を必要とするときは来るのだろうか?
一体ミストとはなんなのか?何故存在するのか?
答えは分からない。
(ふん)
考えるのが面倒になり、俺は眠りについた。
胸の痛みはまだ消えない。