4.一方その頃
――ヴィクトル教団学園支部内。
そこでは、大賢者ヴィクトルの最期へと至る芝居が行われていた。
本来なら彼の行方を探す、従者や騎士団員の場面のはずだった。しかしその予定は大きく変わり、ある魔法の研究をするヴィクトルの場面となっている。
「不思議な話だ」
学生が演じるヴィクトルを見ながら、ユリウスはそう漏らした。
「まるで、違和感がない。それこそあの方が、本当にそこにいるかのようだ」
この場面の提案をしてきたのは、とある男子学生だ。
彼はただ遺体を見つけるだけのラストに、テコ入れをするように言ってきた。大賢者ヴィクトルはもしかしたら、何かしらの魔法を求めていたのではないですか、と。あたかもその時代に生きていたかのように、明言をしてみせたのだ。
たしかに、ヴィクトルは後年なにかを求めている節があった。
それが何なのかはっきりはしない。それでも、彼ならば後世に何かを残そうとしてくれていたはずだ、と。その生徒――リードの言葉を聞いて、ユリウスはそう思った。例えるなら、自身の死後も世界の行く末を見守れるような、そんな素敵な魔法。
「そこまでいくと、さすがにお伽噺だな……」
そこから先は、ユリウスがシナリオを書き換えた。
そして出来上がったのが、これ。大賢者ヴィクトルは天に召された後も、世界を見渡す存在となった。すなわちは神にも等しい存在に変わったのだ。
いまや神格化されている彼のこと。ここまでやっても、文句を言う者はいないだろう。しかし同時に、ユリウスは思うのだ。この物語の端に、彼の存在を……。
「……本当に、不思議だな。リードくんは」
あの少年からは、何か特別な雰囲気が感じ取れた。
それ故に、ユリウスも信じてみようと思ったのである。
「まさか、彼はヴィクトル様の――いいや。そんなはずはない、な」
生まれ変わりか、あるいは……。
そこまで考えてユリウスは、その荒唐無稽さに苦笑した。
いくらなんでも出来過ぎだ。だけれども、そんなイフを思い描いてしまうほどに、彼の心は揺れ動いていた。
「少なくとも、リードくんには感謝をしなければならないな……」
その気持ちを振り払って、ユリウスは呟く。
劇もいよいよクライマックスだ。ある魔法を完成させたヴィクトルは、静かにベッドに横たわる。そして静かに目を閉じて――。
「……!? なんだ!!」
――その瞬間だった。
舞台から轟音が響き渡ったのは。
「動くな!」
そして、直後にそんな男たちの声。
見れば建物の中には、黒装束を身にまとった者が何人もいた。
手には剣や杖などの武器を持ち、学生たちを人質にしている様子だ。ユリウスはその光景を目の当たりにして、背筋が凍るような感覚に襲われる。
なにも行動に移せずに立ち尽くしていると、学園全体に届く宣言が聞こえてくるのだった。それを耳にして学園長は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そして、舞台の奥から現れた者を見て呟いた。
「あれが――噂の、黒き始祖か」
◆◇◆
僕は中庭に集められた人々の中に紛れていた。
王都全体から観光にやってきた市民たちは、突然の出来事に混乱している。
本来ならば、今すぐにでも赤き賢者レッドとなって解決に乗り出したいところだ。しかし、それを安易に出来ない事情が目の前にあった。
「大丈夫か、リード!」
「あぁ、うん。大丈夫だよ父さん」
それは、タイミング悪く自分を知る人と行動していたこと。
「くっ、こんな日に行動を起こすなど……!」
父とレイアースが、真剣な表情で空に揺蕩う傀儡たちを見上げていた。
この二人の目の前からいきなり姿を消すのは、あまりに不自然すぎるのだ。先ほどから様子をうかがっているが、特に父さんは必死に僕のことを守ろうとしている。その姿は父親としては、至極真っ当なものなのだろう。
感謝を胸に抱くと同時に、しかし焦燥が募っていった。
「先ほど、大きな音がしたな。あの建物の中から……」
父はぼそりと、レイアースに声をかける。
彼女はうなずいて、注意を払いながらその方向を見た。
「教団支部――その中か」
どうやら状況から察するに、反ヴィクトルの一味はヴィクトル教団支部の建物の中に立てこもっているらしい。二段階の拘束、ということか。
これは、想像以上に不味い状況なのかもしれなかった。
「どうする、突入するか?」
「いや。下手に動けば、あの黒い奴らがここの人々に危害を加えるかもしれない。しかし、このままというわけにもいかない、か……」
「膠着状態。いいや、中の様子が分からない以上はそれも……」
騎士団員である二人は、そんな言葉を交わしている。
彼らの通りだと思われた。状況としては、どう考えても最悪だ。
僕も簡単には行動を起こすことが出来なかった。これは外部から何かしらの要因がなければ、崩すことはできない。あるいは、内部に変化が起きない限りは。
僕は小さく舌を打った。
「こうなったら……」
怪しまれるのを覚悟で、行動に移すか。
そこまで考えた。赤き賢者レッドとしての素性がバレる可能性はあったが、それを言っている場合ではない。ある程度は、覚悟を決める必要があるのかもしれなかった。
そう、思った時だった。
「ん、これは……」
状況に、大きな変化があったのは……。




