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3.当日のこと






 そうして迎えたロード・ヴィクトル祭当日。


 赤き賢者レッド同盟は部室で、空っ風に吹かれながら自慢の小説を販売していた。世間を賑わせたものの、やはり賢者レッドの人気はまだまだヴィクトルに遠く及ばない。ステラとアンジェリナはそのことに絶望していたが、僕は自由な時間が出来てむしろ良かったと思っていた。


 かといって、店番を一人でするのは辛いものがある。

 もうじき交代の時間ではあるが、その相手であるクリンの姿はまだ見えない。彼はヴィクトル教団支部の手伝いにも出ているので、そちらが忙しいのかもしれなかった。――と、そこまで考えて僕はふと思う。


「そういえば、劇はどうなったのかな……?」


 それは先日から、少しばかり噛ませてもらった演劇についてだった。

 ヴィクトルの最期というクライマックスを迎える、伝統ある舞台の結末を見てみたい。ユリウスの真剣な表情を間近で見た僕は、自然とそう考えるようになっていた。どうか彼の宿願に、少しだけでも協力したいと……。


「そんなに、気になるのか?」

「あぁ、いえ。そこまでではないですよ、プレーン先生」


 ボンヤリとしているのを見抜かれたのか、顧問として駐在しているプレーンにそう声をかけられた。相も変わらずストールを首に巻いている彼は、本をパタンと閉じて言う。


「見ての通り、ここは人の出入りが少ない。クリンを呼びに行くという名目で、演劇を見に行っても構わないぞ。その間の店番は、私が担当しよう」


 仏頂面で珍しく、そんなことを提案する我が担任。

 僕はそれに対して少し考えてから、一つ頷くのだった。


「……それじゃ、お願いしてもいいですか?」


 演劇の様子が、気にならないと言ったら嘘になる。

 なので、ここはありがたくプレーンの申し出を受けることにした。


「あぁ、行ってこい。せっかくの祭りだ、楽しんでくると良い」

「はい。ありがとうございます!」


 僕は彼の言葉にそう答えて、部室を後にするのだった。



◆◇◆



 ヴィクトル教団学園支部の前は、人がごった返していた。

 どうやら恒例の演劇がフィナーレを迎えるという話は、王都全体に轟いていたらしい。これは、クリンが帰ってこられないのも無理はない話だった。

 さて。そんな観察をしていると、僕はよく知った人物を発見する。


「…………なんで、ここにいるんだよ」


 その人は、本当に挙動不審が服を着て歩いているような様子で。

 周囲を見回し、そしてこちらに気付いた。


「お! リードじゃないか!!」

「なにしてるの、父さん……?」


 果たしてその人物というのは、我が父である。

 彼は田舎者根性丸出しで浮かれながら、こちらへとやってきた。


「なにって、息子がいるとこの学園祭だからな! せっかくだし、見にくるのは親として当たり前だろ。……ところで、これはなんの騒ぎだ?」

「はぁ~……、ホントに大丈夫なの?」


 僕ははしゃぐ父の姿を見て、思わずため息をつく。

 そうしているともう一人、僕に声をかけてくる人物があった。


「あぁ、誰かと思えばリードくんか」

「えっと……たしか、レイアースさんでしたっけ?」

「そうだ。名前を憶えてもらっているとは、光栄だな」


 その人というのは、父の上司――騎士団の一部隊をまとめる女性、レイアースだった。彼女は黒を基調としたタイトな衣服を身にまとっている。

 スレンダーな体躯によく似あっていた。


「レイアースさんも、観光ですか?」

「いいや、違うんだ。そもそも、我々には目的がある」

「……目的?」


 見るからに休暇といった雰囲気の二人に、僕はそう訊ねる。しかしすぐに、レイアースからは否定の言葉が返ってきた。

 首を傾げていると、彼女は父を見ながらため息をついて……。


「……一応、私服警備という名目なのだがな」

「……………………」


 そう、漏らした。

 それを聞いて僕は父をジト目で見つめる。

 だけども当の本人は気にしないといった風に、周囲をキョロキョロ。僕は苦笑いを浮かべることしかできず、どこかその場に居辛い空気を感じていた。


 どうして僕が申し訳ない気持ちにならねばならないのか……。

 前世は置いておくとして、こんな大人にはなりたくないと。父の姿を見てそう思う、リード・シルフドなのであった。


「まぁ、今日くらいは大丈夫だろう。せっかくのロード・ヴィクトル祭だ――テロリストも、そんな神聖な一日に騒ぎなど起こしはしないと思うからな」

「そんなもの、なんですか?」

「あぁ、そうだとも」


 レイアースはこちらの問いかけにうなずく。


「反ヴィクトル教団も、大元を辿れば大賢者ヴィクトルへの畏敬の念を持っているはず。その証拠に、過去数百年の記録を遡っても、この日に犯罪が起きた記録はない。無法者の集まりのようで、やはり彼らも人間なのだよ」


 それを聞いて、僕は納得した。

 だとすれば今日一日は、赤き賢者レッドもお休みをいただいてもいいのかもしれない。ここ最近は黒き始祖の行方を追うのに必死だったから、ありがたかった。


「それなら、僕はそろそろ――」


 なら、純粋に祭を楽しむとしよう。

 そう思い、僕は二人に別れを告げようとした――その時だった。



「この学園にいる者すべてに警告する!! 死にたくなければ、我々――【真ヴィクトル教団】に従え!!」



 校内放送を用いて、そのような言葉が響き渡ったのは。

 それは一つの戦いの始まりを告げるもの。


「これって……」


 僕は気付いた。

 上空に揺蕩うように現われた――黒き傀儡の群れに。


「我々はここに宣言する……」


 そして、間髪を入れずに声は続けた。



「歴史は、いまこの時をもって正される!」――と。



 


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