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2.そんなことも、あったな――と。





 ――その瞬間は、今でも鮮明に覚えている。

 少年だったユリウスは、一冊の本を抱えて駆けていた。

 場所は王都から少し外れた森の中。息を切らしている姿は、高揚しているようで、それでいて緊張に満ちているようにも思われた。


 少年の名前はユリウス。

 ヴィクトル王都学園における花の一期生だ。

 将来を嘱望され、また本人も華やかな生涯を疑わなかった。事実それだけの才能が彼にはあり、かの大賢者ヴィクトルも認めるほどのもの。


「ぼくなら、できるはず……きっと!」


 年端もいかぬ彼が、ここで何をしようとしているのか。

 それはとある魔法の実験だった。古代文献に記されたそれを発動させる。

 そのために少年は文献を持ち出し、一人で王都の外へと出て、手頃な魔物を探しているのだった。もっともそれを遂行しようと考えたのは、幼馴染みの嫌味もあってのことだが……。


「……プレーンの奴、いつか見てろよ!」


 ――お前は認められただけで、何も為していないじゃないか。

 そう語ったのは、幼少期からの付き合いである同期生。なにかとユリウスに文句を付けては、不快な思いをさせてくる。正直なところ、若き日の彼はそんな幼馴染みの存在を疎ましく感じていた。


 だから、このようにして結果を出そうとしたのだ。


「よし、あのゴブリンでいいかな?」


 さて、そうしていると。

 少年の前に一体の小鬼が現われた。

 最下級の魔物と知られているゴブリンは、彼に気付く様子はない。


「さて、それじゃ――」


 ユリウスは一つ深呼吸をしてから、文献を紐解いた。

 そして、そこに書かれている文言を唱える。使用するのは【エンシェント・エクスプロード】という魔法だった。【エンシェント・フレイム】などよりも、さらに高位とされるものであり、未だかつてそれを再現した者はいないと言われていた。


「――ぼくなら、できるんだ! ヴィクトル様に認められた、ぼくなら!!」


 魔力が高まる。いよいよだった。

 少年は、ついに伝説を――。


「あっ……!?」


 その時だった。

 ユリウスの中で、急速に魔力が凍り付くような、そんな感覚が生まれたのは。その感覚の正体を少年は知っていた。その程度の知識は、幼いながらに知っていた。

 魔法構造理論破綻による、ブレーキング現象。もっと分かり易く表現するなら、小さな風船に過度な空気を送り込んだことによる破裂のようなものだった。


 これが発生すると、その者はしばし行動することが不可能になる。

 魔力を使うことはおろか、指を動かすのがやっと、という事態に陥るのだ。


「――――――ぁ!」


 掠れた声がユリウスの口から漏れ出した。

 この状況は、非常に不味い。先ほどの表現にもあった通り、風船を割った空気は漏れ出したままなのである。それはすなわち――。


 ――ギィィィィィィィィィィィィィィ!!


 ゴブリンに、少年の居場所がバレてしまうということだった。

 金切音のような声を発した魔物は、その醜い顔に嫌らしい笑みを浮かべる。そして、その個体の声に呼応したらしい。気付けば周囲には、数多のゴブリンの姿。


 少年は息を呑んだ――その数は、大人でも手こずるほどのそれだった。


 下等とはいえ魔物である。

 ゴブリンの一撃は、愚鈍ながらも容易く骨を砕く。

 そのような相手に対して、自身はブレーキング現象で行動不能。


「――――――――!」


 声も出ない。助けを求めることも出来ない。

 つまり、詰みだった。少年が生還する可能性は、断たれた。

 馬鹿なことをした――そう自らを嘲るユリウス。友人に言われたことで躍起になり、するべきではない、無謀に手を出した。その愚かさを。


 そして、聡い彼は分かっていた。

 訪れる結末を。それは、間違いなく――。



「――【フレイム】」



 そう、思っていた時だった。

 彼を救う存在の到来があったのは。

 それは、少年が憧れを抱く存在であった。



◆◇◆



 ユリウスは、僕にそう昔話を語って聞かせた。

 そこまで聞いて、思い出さないほどこちらも間抜けではない。


「ヴィクトル様が、助けて下さったんですね?」


 自らの記憶をも辿り、その結論を口にした。

 すると、テーブルを挟んで向かいに座る学園長は柔らかく微笑んだ。


「あぁ、そうだよ。ヴィクトル様は、幼い私を救って下さった恩人なんだ。彼がきて下さらなければ、私は今ここにいないだろうね……」

「そう、なんですね」


 場所は学園長室。

 そこで僕とユリウスは、静かな会話をする。

 どこか懐かしい気持ちを想起させられた。それは相手も同じだったらしく、細められた目、瞳に映っているのは郷愁とでも表現すればいいのだろうか。


 まるで、自身の故郷がそこにあるかのような――。


「ヴィクトル様にとってはきっと、取るに足らない出来事だっただろう。あの方は一人の生徒を救ったに過ぎない。私だから助けたと、そんな特別な意味はない」


 それでも、と。

 一つ息をついてから、ユリウスはこう僕に語った。


「あの時に、私は真の理想を見た。私の中にある理想――それは、未来ある者を導く存在になりたい、というものだ。ヴィクトル様のように多くの人々の道しるべとなり、それを手助けし、守るような存在になりたいと、そう思ったんだよ」


 それはきっと、僕が抱いた理想と近いもの。

 僕は僕の中にある賢者の姿を追いかけて、いまに至った。

 ユリウスも同じ。彼は彼の中にある理想に気付き、いまに至ったのだ。


「学園長は、素晴らしい方ですね」


 だから、僕はお世辞でもなんでもなく。

 素直にそう口にした。一つの結論に至った人物に送るには、むしろ足りない。

 それでもユリウスは首を左右に振って、また小さく微笑んだ。そして、どこか遠くを見つめるような表情になって、こう呟くのだ。


「私は、まだまだだよ。あの方には遠く及ばない」


 彼の中のヴィクトルは、それほどに偉大なものなのだろう。

 僕はそれを否定するでもなく、静かに聞いていた。


「きっと、追いつける日はこないのだろうね。そして、もう二度と私たちの運命が交わることは、なくなってしまった。ただ、それでも――」


 出来ることなら、と。

 ユリウスはそう前置きをしてからこう言った。


「――出来ることなら、もう一度お会いしたい。直接のお礼を言いたい。そして、貴方の後を追った私のことを……褒めてほしい、かな」


 最後は、小さく笑って。


「子供っぽかった、かな?」――と。


 僕はそれを聞いて、首を横に振る。

 そして、口元が自然とほころぶのを感じながら答えるのだった。


「いいえ。とても、素晴らしいと思います」



 それは、とある夕暮れ時のことだった。


 


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