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1.ロード・ヴィクトル祭






「…………ロード・ヴィクトル祭?」

「そう。いわゆる学園祭のようなもので毎年、大賢者ヴィクトルの誕生日に合わせて開催されるんだ。ヴィクトル様の死後からの開催だから、歴史ある行事だよ」

「ふーん……なるほど、ね。そんなことになってたのか」


 クリンと雑談していると、唐突にそんな話題になった。

 なんでも僕の死後にこのヴィクトル学園では、僕の功績を称えるための祭りが開催されるようになったとか。主に活動するのは学徒たちであるが、外部からも人を多く招くらしく、規模としてはもはや王都全体を巻き込んだものと言って良い。


 とはいうものの、結局は学生の催しだ。

 展示される物のレベルは、お遊戯に毛が生えたものに過ぎない。

 部活動ごとにも色々な製作を行うという話だったが、ヴィクトル教団支部以外は、毎年そこまで力を入れているわけではないとのこと。


「それとなると、僕たちは結構な時間暇になるんだね」

「だね。赤き賢者レッドは、この催しには関係のない人物だし――」


 ――とくに、これといった出し物はしない。

 クリンがそのように言おうとした、その時だった。



「――私たちは、レッド様の活躍を描いた小説を出すよ!!」



 全速力で駆けてきたステラが、満面の笑みを浮かべてそう宣言したのは。

 僕らは互いに顔を見合わせ、するとそこにあったのは鏡を見ているような苦笑い。どうやら思惑は外れてしまったらしい。


 まぁ、これも想定内の出来事ではあったけどね。



◆◇◆



 そんなこんなで、放課後の部活動にて。

 当日と、それまでの役割分担について話し合うことになった。

 小説の執筆担当はあっさりと決まった。ステラとアンジェリナの二人だ。監修にクリスティナも参加して、計三名で作成するとのこと。


「私たちはみんな、レッド様に助けてもらったからね! その活躍をこの目で見てる。あの素晴らしさを余すところなく伝えられるよう頑張る!」

「あー、うん。その意気込みは素晴らしいと思うよ?」


 そう鼻息荒く話すステラ部長に、僕はどこか素っ気なく答えるのだった。

 さて。そんな感じで、残された僕とクリンの役割はというと――簡単に言えば雑用である。ヴィクトル祭に出店するために、必要な書類の準備や整理。


「まぁ、別にそこまで難しいものじゃないし……」


 いいけどね、と。

 僕は黙々と作業をしながら独りごちた。

 このような仕事はすっかり慣れてしまっている。というよりも、前世の方がもっと多くの書類の整理に追われていた。誰かさんのせいで……。


「さて、あとはこれを学園長に提出するだけ、っと……」


 そして、そんなことを考えているうちに。

 必要な書類の準備を済ませた僕は、部室を出てユリウスのもとを目指した。放課後のこの時間、この時期、彼のいる場所はクリンから聞いている。


 それというのは、教団支部であった。


 クリンもヴィクトル教団に所属している。

 そのため、こちらの作業に参加しているとのことで、情報が入ってきていた。二度手間にならなくて、地味に助かった部分でもある。


「あぁ、いた。――学園長!」

「ん? あぁ、リードくん。どうしたのかな?」


 目的の人物を発見して声をかける。

 するとその人――むろん、ユリウスはこちらを振り返り微笑みを浮かべた。


「ヴィクトル祭の出店申請の書類、持ってきました」

「おぉ、素晴らしい。仕事が早いのだね、リードくんは」


 僕は一纏めにした書類を手渡す。

 その際に、お世辞を言われたが愛想笑いをして受け流した。代わりに、少し気になったことがあったのでユリウスにこのような質問をする。


「これは、なんの準備をしているんですか?」

「あぁ、これかい?」


 訊ねると、学園長はこちらの指差した方を見た。

 そこには大きな舞台が用意されており、上では数人の学生たちが演技の稽古に励んでいる。みな真剣な表情を浮かべており、真に迫っていた。

 なんだろうか、その光景にどこか既視感を覚える。


 その理由は、ユリウスの口からもたらされた。


「これはね、大賢者ヴィクトルの活躍を描いた演劇だよ。毎年少しずつ話を進めていてね? 今年はついに、ヴィクトル様の最期の瞬間――フィナーレさ」

「へぇ……」


 それを聞いて、僕は少しだけ記憶を巡らせた。

 最期の瞬間。そういえば、前世の終わり方は研究の末に転生の魔法を完成させ、一人でゆっくりと息を引き取ったはず。それとなると、演劇としてはどうなるのだろうか。そう思っていると、ユリウスは少し寂しげな声色になって、こう言うのだった。


「でも、困ったものでね。誰もヴィクトル様の最期を知らないのだよ。私もその瞬間に立ち会うことはできなかった。彼が何を考えていたのか、何を研究していたのか――そのすべては、謎に包まれたままなんだ」


 だから、この題目は未だに不完全なんだよ。

 ユリウスは心残りのように、そう呟くように口にした。

 その横顔には、まるで親とはぐれた子供のような、そんな色が浮かんでいた。やはり彼にとって、ヴィクトルは特別な存在なのだろう。


 だからこそ、多くの人にそのすべてを知ってほしい。

 その思いは自然と、僕の胸の中に沁み込んできた。


「……あの、学園長?」


 だから、僕はこんな提案をするのだ。


「それなら、一緒に考えさせてもらえませんか? その劇の脚本を」――と。


 それはきっと、荒唐無稽な言葉だったかもしれない。

 けれども少しだけ驚いた後に、ユリウスは柔らかな笑みを浮かべる。



「あぁ、ありがとう。それならお願いしようかな?」



 そして、そう静かに口にするのだった。


 


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