5.誘い
「いやぁ、これが王都学園の中か! 綺麗で良いとこじゃねぇか!」
「父さん。恥ずかしいから、これ以上大声出さないでくれる?」
学園内を案内しながら、僕は挙動不審な父にそうツッコみを入れた。
田舎から出てきてすでに十余年。それだというのに、この人は田舎臭さというか、そういったものが抜けきっていない様子だった。
そのことにため息をつきながら隣を歩く僕。
そうしていると、反対側からこんな声が聞こえてきた。
「そうだぞ、シルフド。騎士団員であろう者が、そのような態度を取るなど……」
それを言ったのは、黒き髪の女性だった。
他の騎士団員とは雰囲気の違う鎧をまとった彼女の名前は、レイアース。父の所属する隊の長――ようするに、上司であった。鋭い眼差しがレオンを射抜く。
スラリとした体躯の彼女の放つ威圧感というのは、一種独特だった。
まるでそれは、切れ味の良い刃物のようで……。
「別に良いじゃねぇか、レイアース。せっかくの機会なんだからよ!」
……しかし、父はそれをもろともせずにニッと笑ってみせた。
あぁ、そういえばそうだった。父はこういう人であることを忘れていた。
竹を割ったような性格といえば聞こえはいいが、その実は馴れ馴れしく、このように相手との立場の違いを考えなかったりする。
「はぁ、貴様はいつもそうだ。少しは立場というものを弁えろ」
「あ? 今さら何言ってんだ。かてぇなぁ……」
「………………」
そのためこのように、上官であるレイアースにもタメ口だった。
彼女は大きくため息をつき、それを見て僕も口角をピクピクとさせる。しかし父は気にした様子もなく、鼻歌まじりで学園内を見て回っていた。
僕はとりあえず、レイアースに声をかける。
「父がいつもご迷惑をおかけして、本当にすみません」
ひとまずは謝罪から。
するとそれを聞いた隊長は、少し意外そうに口を開いた。
「驚いたな。あのシルフドの息子が、ここまでしっかりとした少年だったとは」
うん。どうやら、あの父のせいで『しっかり』のハードルが低くなっているらしい。僕は愛想笑いをしながら、頬を掻くのだった。
そんなこちらを見て、レイアースはこう続けた。
「父君から話は聞いている。あとは、学園の担当者からな――リード・シルフドくん。キミは魔法についてはからっきしらしいが、身体能力については素晴らしいものがあるらしいな?」
「え……まぁ、たしかに。成績を見ればそうですね」
その言葉の意図を汲み取れずに、僕は首を傾げる。
すると彼女は思ってもみないことを言った。
「データを見せてもらったが、キミは騎士団員になるのだとしたら逸材と言える。もしキミにその気があるのなら、将来は騎士団に入ってはくれないか? なんなら、私から掛け合って良い席を用意させてもらうが……」
それは、いわゆる勧誘だった。
噂で聞いたことがある。学園である分野において一定以上の成績を残している生徒には、卒業を待たずして将来を約束する話がくるとのことだった。
今回の場合は、僕の身体能力を見込んでの話である。
「あー……」
それを聞いて僕は少し困ってしまった。
将来的には、一か所に留まらず、目立たずに旅をする予定だったのだ。
それこそ冒険者となって、赤き賢者レッドとして、諸国の悪を滅ぼすこと。それが僕の中にある理想に一番近いだろうと思っていた。
だから、申し訳ないけれども――。
「すみません。今はまだ、そこまで考えられません」
ハッキリと、そう答えた。
普通なら考えられない回答だ。
それでも、レイアースは一つ頷いて言う。
「そうか。それなら、無理にとは言えないな」
彼女は少し微笑んで、こちらの頭を撫でた。
「幼いようでいて、自分の意見は主張できる。そこは利点だな」
そして、また一つ頷く。
そこには立場ある者の余裕のようなものが感じ取れた。
なるほど。騎士団の一隊長を任されるだけのことはあるようだった。
「ありがとうございます」
僕はほんの少しだけ、くすぐったい思いをしながらそう返すのだった。
◆◇◆
さて、そんな感じで思わぬ繋がりが出来たところで、だ。
部室へ戻ると、ちょっと保健室に行くと言っていたクリンが帰ってきていた。見ればその首に巻かれていた包帯はなくなっている。
「あれ、首の怪我はどうしたの?」
そのことを不思議に思った僕が問いかけると、彼は呆れて言った。
「あぁ、これかい? 恥ずかしい話なんだけど今朝、家を出る直前に親父様と喧嘩をしてね。思い切り首を絞められて痣が出来てたんだよ」
口論で息子の首を絞めるとは何て親だ、と。
そう言いながらクリンは、大きく肩をすくめるのだった。
「そっか、よかった」
「いや。まったくもって、良い話じゃないけど?」
僕はどこかホッとして息をつく。
それに坊主頭の少年は冷たい目を向けてくるが、いまは気にならなかった。
なぜなら僕の頭の中ではすでに、別の考えが渦巻いていたからだ。クリンが黒き始祖でないのだとすれば、学園の関係者であるという可能性は低いかもしれない。情報によるとアンジェリナが勧誘を受けたのが学園内で、という話だった。
しかし、だからといってその関係者と断定してはいけない。
こうなったら、王都全体に視野を広げていく。その上で、様々な可能性を考えていく必要があった。やや面倒だが、しらみつぶし、というやつだ。
「さて、そうなると――」
「リード、なにをしている? もう他の者は帰宅したぞ」
「あ、プレーン先生。すみません」
そうやって考えているうちに、部活動は終了していたらしい。
いつまで経っても帰らない僕を訝しんでか、プレーンがそう声をかけてきた。
「……どうした。なにか、悩み事でもあるのか」
「え、突然どうしたんですか?」
そして、そんなことを言ってくる。
思いもしない言葉に、僕はついつい目を丸くしてしまった。
「む――いいや、何もないのなら構わない」
続けて、なぜか眉間に皺を寄せてそう言うプレーン。
いったいどうしたというのか……。
「とりあえず、もう用がないなら寮に帰ると良い。門限は破るなよ?」
「そうですね。では、失礼します」
しかし、その結論に至る前に彼は僕にそう告げた。
たしかにこれ以上、学園にいても意味はないのかもしれない。
僕はプレーンに一礼してから、部室を出た。背中に、担任の視線を受けながら。
新作もよろしくお願い致します!!
下記のリンクより!
<(_ _)>




