3.プレーン
部員の頭数が揃えば、次は顧問の先生の確保だった。
それとなると向かうべきは職員室。このヴィクトル王都学園は東方と異なり、そこまで部活という文化があるわけではない。
そのため、時間と手の空いている教員は少なからずいるはずだった。
というわけで、僕たちは一路そこへと赴く。
その道中での出来事だった。
「キミは学生時代からそうだ。私になにか、恨みでもあるのかい?」
「ふん……貴様のように恵まれた者には分かるまい」
「恵まれた、とは。いったい何を言うのか」
「その態度が解せぬと、そう言っている」
不意に、そんな会話が耳に飛び込んできたのは。
僕は他の面子を先に行かせて、声のした方へと戻った。
そして曲がり角からひょっこりと顔を出してみる。するとそこにいたのは、学園長であるユリウスと担任教員であるプレーンだった。
彼らはどうやら、やや感情的になっているらしく、僕に気付いていない。
「貴様は昔からそうだ。周囲に認められ、かのヴィクトル様にも目をかけられ――私のような才能なき者の気持ちなど、理解しようともしないだろう」
「キミの言っている言葉は、本当に不可解極まりないな。私は学園長として、すべての者に平等に接しているつもりだ。ヴィクトル様に誓って、な」
プレーンの言葉に、細めた目を少しだけ開いて反論するユリウス。
舌戦はなおも続いた。
「ふん、貴様がヴィクトル様の名を口にするのも反吐が出る。なにがヴィクトル教団の創始者だ。貴様は真の意味で彼の御方の心を知っているというのか?」
「知っている、知っていないではないだろう? 彼の御方を尊敬する気持ちに揺るぎがないことが、その証明だ。そこはキミも、私と変わりないと思うのだが」
「ふん、一緒にするな。私と貴様は違うのだからな」
「そうか。やはり、平行線だな……」
やれやれ、といった様子で肩をすくめるユリウス。
どうやら静かな口論は終わったようだ。しかしそれでも、両者の間にはまだ何かがくすぶっているらしい。沈黙の中にも緊張感が満ちている。
これは、不味いな――そう思って僕は仲裁に入ることにした。
「こんにちは、です!」
「おぉ、これはこれは。リードくんじゃないか」
「む……? あぁ、リードか。こんなところでどうした?」
僕が声をかけると、一気に空気が緩和するのが分かる。
二人とも表情を柔らかく変えて、こちらを迎え入れてくれた。とにかく話題を変えることにしよう。そう考えて、僕は部活動のことを相談することにした。
「実はステラさんやアンジェリナさんと、新しい部活を創ろう、って話になってるんです。赤き賢者レッド同盟っていうんですけど、顧問の先生がいなくて……」
「ふむ。最近、巷で噂になっている新時代の賢者レッド、のか」
「活動内容は、いったいどのようなものなんだい?」
そうすると、二人とも案外に食いついてきた。
やはりヴィクトルを崇拝する二人にとっては、新しい賢者は気になるらしい。
「まだ部長のステラさんから、詳しくは聞いてないのですが……」
僕は簡単に活動内容を説明した。
「なるほど。まぁ、学生の活動をそこまで制限するつもりはないからね。学園長の私としては、とくに否定もしないよ? 自律こそが、自立の道だからね」
ユリウスは一通りを聞いてから、頷いてそう言う。
僕は感謝を述べつつ、プレーンの方を見た。その時に気付いたのだが、彼は何やら首元に手を当てている。眉間に皺を寄せて、何かを考えている風だった。
そんな姿をユリウスも捉えたのか、どこか棘のある口調で話しかける。
「プレーンくんはどうだい? まさか、学生の意見を尊重しないとは思わないが」
「ふん。貴様に言われなくても、分かっている」
それを受けた担任教員は、大きく息をついてからこう言った。
「ならば、その部の顧問には私がなろう。巷で名声を得ている赤き賢者レッド――王女二人を救い出したその者について、私も興味があるからな」
それは、まさかの提案。
思ってもみなかったことに、僕もユリウスも顔を見合わせた。
「カラハッドは、職員室に向かったのだな? では、先に行っているぞ」
しかしそんな僕らのことなど放置して、プレーンはさっさと行ってしまう。
結果としてユリウスと二人で、その場に取り残される形となった。学園長はプレーンの消えていった方を見ながら、仕方ないな、と漏らす。
「……まったく。昔から、素直ではないのだからな」
「プレーン先生とは、長いのですか?」
その言葉に、僕は興味を引かれてそう訊ねた。
するとどこか恥ずかしそうに、ユリウスは頬を掻きながら答える。
「あぁ、そうだね。この学園に入った頃からの付き合いだから、三百年以上になるかな? 互いに同じ道を志し、切磋琢磨してきた好敵手かな」
「好敵手、ですか……?」
「まぁ、言い方を変えれば腐れ縁、というやつだね」
「なるほど、そうなんですか」
それを聞いて、僕は納得した。
つまりは前世でいうところの僕と、当時の国王――アインツと同じような関係というところか。あいつの場合は切磋琢磨というか、くっ付いてただけだけど。
そう思うと、次に出てきたのは先ほどの口論についてだった。
「それじゃあ、さっきのは何だったんですか? 少し険悪、というか……」
「おっと、見られてしまったのか。これは恥ずかしいところを」
訊ねると、苦笑いしながら学園長は話し始める。
「なに、ちょっとね。昔から彼とは衝突が多くてね――あの程度の小競り合いは、日常茶飯事なんだよ。もっとも、互いにある程度は弁えてるつもりだけど」
それでも、とユリウスは言った。
そして――。
「彼は彼なりにこの国のこと、学園のこと、そして生徒のことを考えていると信じているよ。もしかしたらこれは、私の片想いかもしれないけどね? はははっ!」
そう、和やかに笑う。
それを見て、僕はこのユリウスという人物を再認識した。
なるほど。この学園の長を任せられるだけのことはあるようだった。懐が深く、相手と対立しながらもなお尊重することが出来る。
それは言葉にすれば簡単だが、そう単純なものではなかった。
「そうですか。いつか、分かり合えるといいですね」
僕は無意識のうちに、そう口にしていた。
それにユリウスは静かに微笑み、一つ頷くのだった。




