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帰る場所


 ウランフがツバキの街を恐怖のどん底に陥れたあの日から3日がたった。


 闘技大会は、『決勝戦にてウランフ選手の装備していた魔道具の暴走によりウランフ選手は死亡。マスクドM選手の優勝になった』ということになっている。

 あれを見ていた観客達は皆それが真実では無いと分かっているだろうが、本当のことを広めるのは暗黙の了解でタブーとなっているらしい。


 ウランフの父親であるヤヴィン伯爵は、『国家の乗っ取りを計画していた』として屋敷からも違法な魔道具や、書類など数々の証拠があがり、ウランフの邪神化を決定打として彼を逮捕。

 現在は城の牢獄に幽閉中で処分を待つ身である。 牢獄に繋がれた彼は、壊れたように亡くなった妻の名前を呼び続けているらしい。

 ウランフの記憶を垣間見た身としてはそんな彼か痛々しくてならない。彼が壊れなければ、幸せな未来もあっただろうに。




「謁見の時間は14時丁度になります。時間になりましたらお呼びいたしますのでそれまで暫くお待ち下さい」


 部屋に来ていたタナカさんはそれだけ伝えると軽く礼をして部屋を出ていった。


 そう、優勝した選手には王に願いを叶えて貰える権利が与えられるのだ。

 だけど、


「何も、考えてなかった........」


 ソファーの上でがっくりとうなだれる。


 完全に忘れてた。

 他人のことばっかりで自分がどんな願いを叶えさせてもらうかなんて全く考えてなかった。

 ブランシュ狙いの奴らを黙らせて、王女様を助けることしか考えてなかった。

 

「完全に忘れちゃってた感じだね..........」


「うん........」


 いざ願いとなっても何を願えばいいかわからない。

 俺の今の願いってなんだろう.........。


「ご主人、悩んでるの?」


 クロエが此方を見上げてきた。

 そういえばクロエは家族が居なくて生活がままならなくなったから奴隷として引き取られたんだよな。

 家族.......帰ってくる場所か。

 そういえば俺、もう帰る場所が無いんだ........。


「決めたよ。願い事」


「結構はやく決まったね、そんなに叶えたいことでもあったのかな?」


「いや、そういう訳じゃなかったんだけどね」


 そうやって俺が笑えば彼女もふにゃっと笑う。

 帰る場所。無いなら作ればいい。




 














 時間になって呼ばれた俺達は以前も来た玉座の間まで来ていた。

 玉座には国王ダヴァロスが座り。

 その側には七天刃第三席コゼットと第二席タナカが控えている。



「うむ。此度の闘技大会優勝、誠に大儀であった。よってお主には我の力を借りて願いを一つだけ叶える権利がある。お主の願いはなんだ?」


 ダヴァロスはなんだか面白そうな物を見る目で此方を見てそう言った。 


「私は.......『家』が欲しいと思っています」


「ほう?家が良いのか。どんな家がいい?豪邸でもなんでも用意してやろう」


「そうですね.........大勢で住める広い家が良いです。出来れば日本家屋のようなものをお願いします」


「『ニホン』、か。成る程成る程、そういうことであったか。うむ、丁度この王都の一等地にお主の希望に合いそうな邸宅が一つある。後でコゼットにでも案内させよう」


「えっ?一応私『七天刃』ですよね、陛下?人使い荒いですよねぇ」


「ハハハ!今までもやっていたのだから今更たいして代わらないだろう?それに...........タツキ殿はツバキの国を守った英雄だからな」


 そう言うとダヴァロスは玉座から降りて同じ立った。


「ウランフの事は前々から何かあると予想して対策はとっていたつもりだった。恐らくは北の魔族と何かしらの繋がりがあるだろうと予想し、『レーヴァティン』を献上してきたときにほぼそれは確信になっていたな。だが、まさか邪神になるとは流石に予想できていなかった...........。

 改めて礼を言わせて欲しい。

 我が国『ツバキ』を邪神の手から守ってくれた事、心から感謝している。ありがとう『勇者タツキ・ヒューガ』よ」


 ぐっ、と腰を曲げて深く礼をするダヴァロス。

 一国の王が頭を下げたのだ。

 どれだけその事について感謝しているのか深く感じられる。


「それと..........娘のことも、感謝している。話は既に娘から聞いた。全て、理解した上で闘技大会に参加してくれていたのだろう?理解していたのなら参加しなくても良かった事に気付いていた筈だ」


 そう、俺は彼の思惑に気づいた上でこの大会には参加していた。


 まず最初に妙だと感じたのは謁見の時。

 自由人だと言われているツバキの国王が他人の自由を縛り付けるような願いを良しとしている訳が無い。

 昔の王はそんな願いにも応じていたこともあったかもしれないが、とりあえずダヴァロスにそれはまず無いだろうと考えた。

 そもそも大会優勝の商品が『国王が優勝者の願いを叶える』では無く、『国王が優勝者の願いを叶えるために全力を尽くす』なのだから別に無理に叶えさせなくても良いわけだ。まあ少しは面倒なことにはなるだろうけれど。


 だけど、一人だけ国王が守れない個人が居る。

 それは国王の娘であるアオイ姫だ。

 王子アーサーは王子が一人しか居ないために次の国王になることが決定しているので、既に王妃教育を現在絶賛叩き込まれ中の婚約者がいる。


 だけどアオイには婚約者が居ない。

 国王はアオイ姫の好きな人と結婚させるか、国王自ら貴族等の身分の高い人々の中から良さそうな男性を見繕って結婚させるつもりだったかもしれない。

 でも闘技大会の優勝者がアオイ姫との婚約を望めば『願いを叶える為に王は全力を尽くす』のだから娘であるアオイにそうするように言わなければならない。

 赤の他人なら適当な理由を作って願いを叶えさせないで済むだろうが、身内となるとそれはかなり難しくなってしまう。

 

 大会参加者に『ウランフ・ヤヴィン』や『グラド・レクセウス』の名前を見て王は焦ったに違いない。

 だからといって彼らの優勝を防ぐために表立って強い参加者を雇うことも、主催者である王には出来ない。


 そんな時に、突然現れた強い冒険者の噂を耳にした。

 ブランシュだ。


 最初はブランシュに出場して貰うつもりだったのかもしれない。

 参加させる理由は以前俺が彼に聞かされた通りだ。

 ブランシュには俺が居ることがわかっていただろうし、それで釣れると考えたのだろう。

 だが、そこで出て来たのが俺だ。

 『慧眼』のスキルがどこまで読めるのかは知らないが、とにかくブランシュよりも俺の方が強いのがわかったのだろう。

 だからターゲットを俺に変えて、闘技大会に参加させるように迫った。


 これが俺の考えた仮説だ。

 いや、でも彼が『俺が全て気付いていた』と考えているということは大方正解なのだろう。


「まあ、あんな無理矢理こじつけみたいに参加するように言われちゃあ気付きますよ。それに、一国の王に一つ恩を売れるのならこれぐらい安いもんです」


「くっくっくっ、本当に面白い男だな........。ますますお前が欲しくなった。

 どうだ?冗談じゃなくてアオイと結婚したくはないか?

 父親の我が言うのもなんだが、アオイはいい娘だと思うぞ。絶世の美女と言うに相応しい容姿であるし、性格も良い、戦いの才能もある上に家事もメイド達に引けを取らないぐらいに良くできる。

 ふふっ、親馬鹿だな。

 だが、どうだろうか............娘もお主の事は少なからず想っているようであるし...........お主さえよければ............な」


「それは............やはりお断りさせて頂きます。

 既に二人も恋人が居る時点で言うのもなんですが.........お付き合いするのであれば真剣でありたい。アオイさんのそれはきっとその場限りの一過性のものでしょうし、私よりも良い相手は沢山居るはずです」


 もう一度、断った。

 今度はダヴァロスも真剣だったようだけど、アオイ姫のことを思えばここは断って正解だろう。

 彼女は王女としての人生を選んで、前を向いて歩き始めた。

 そこに俺が入っていったら邪魔にしかならないだろう。


「そうか............残念だな。

 そうだな、もし、暫くしてもアオイがまだお主の事を好きでいるようならまた考えてくれ。アオイが真剣ならお主も考えてくれるだろう?」


「どうでしょうか、きっとすぐに忘れると思いますけどね」


 少し困った顔をしてみせる。  

 アオイ姫とはこれっきりだ。彼女は彼女の人生を行く。


「ふふふ、どうやら困らせてしまったようだな。申し訳ない。

 もう一度礼をさせてくれ。この国を救ってくれてありがとう。そして、我が娘を救ってくれてありがとう。感謝しても感謝しきれん」


 ダヴァロスは満面の笑みを浮かべてそう言った。

 後ろではコゼットさんとタナカさんが微笑ましそうににこにこしている。


「さて、では後ほどコゼットをお主たちの泊まっている部屋まで送る。それから例の家を見に行ってくれ。王城の部屋にもひけをとらない程の中々に良い家だったぞ。楽しみに待っていてくれ」


 そして、謁見は終了した。

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