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無力


「『流星豪雨(メテオール レーゲン)』!!」


 ―――ドドドドドドドドッ!!!


 ミラとブランシュの唱えた魔法が発動される。

 光り輝く流星群が黒天に舞う悪魔の群れに突撃していく。

  

 あの黒い雲から現れた人型。

 あれは下級悪魔だ。

 恐らくは『インプ』等の類。

 邪神クラスでも、Lv.1の成り立てでは300匹も召喚するのにはインプが精一杯だ。


 それでも充分すぎるほどの戦力だが。

『インプ』は悪魔シリーズの中でも最下級に位置する雑魚だ。それでもその戦力は『悪魔』であるから侮れない。他の魔物と比べても桁違いの魔力保有量。素のパワー、スピードも最下級とは思えない程。魔物の危険度ランクに換算すればC+にはなるだろう。


 今も『流星豪雨』を何匹かのインプは避けきった。  

 当たれば一撃で倒せる相手ではあるけれど。


「ゲギャギャギャギャギャ!」


 道化師みたいに変な動きをして狂ったように笑うインプ。

 指の上に炎がボッと現れて、それを此方に投げ飛ばしてくる。


「『氷弾蓮華』!!」


 が、ミコトの魔法によってそれは相殺され、更に残った氷の弾がインプを蜂の巣にする。


「倒しても倒してもキリがない!どうすりゃ居なくなるのよ!」


「クソッ、魔法が殆ど使えないこの身が恨めしいぜっ!ふぅっ!」


 地面まで降りてきたインプをぶちのめすリュウガ。

 イオリは文句を言いながらも同じようにインプを斬り殺す。


「グギャギャギャ!」


「五月蠅ぇぇぇ!」


 気色悪い鳴き声をあげて襲いかかってきたインプ。

 倒しても倒しても沸いてくるインプにリュウガは辟易し始めていた。

 そして同時に感じる自分の無力さ。


「邪魔だ!邪魔だ!邪魔だ!」


 胸の中心に向けて正拳突き。

 脇腹に回し蹴り。

 くの字に曲がったところを脳天に踵落とし。

 そして地面にうつ伏せに倒れたところで頭を掴み、


「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」


―――ガンガンガンガンガン!


 顔面を地面に叩きつけまくる。

 文字通りのガンガンいこうぜ、である。


「ゲッ、グギャ.........」


 ―――ドガン!


 最後に一発、重い一撃が入った。

 インプはビクンビクンと痙攣して死んだ。


「はぁはぁ.........くそっ!」


 ガン!と拳を地面に打ち付ける。

 なんて俺は無力なんだ。

 親友があんなヤバいのと戦ってるっていうのに俺はその隣に立つことさえ出来ない。 

 大会でも勇者でもない奴に負けてしまった。

 俺が負けた相手は俺の親友に瞬殺されたってのに。


「リュウガ............」


「悪ぃ.........ちょっと荒れてた」


 結花が心配そうな目でこっちを見てくる。

 ごめんな、こんな事でお前を心配させてちゃ彼氏失格だわ。

 気合い入れ直さねぇと。


 パン!と両頬に渇を入れる。


「シャアッ!やるぞ!ウジウジすんな!」


 ぐっ、と握る拳に力を入れた。

 俺達はもう平和な日本には帰れねぇ。だから此処で生きていく。そんでもってそのためには『邪神』って奴等との戦いを乗り越えなきゃあなんねぇ。だったらその壁ぶち壊してでも乗り越えるだけよ!(おとこ)神崎、再始動よ!


「ゲギャギャギャ!」


「オラァッ!」


―――バゴン!


「ガッ!?ポギャ........」


「雑魚なんざワンパンだコノヤロー!」


 吠えるリュウガ。

 そんな彼をユイカは嬉しそうに見つめる。

 馬鹿みたいに真っ直ぐで単純な彼。

 そんな所に彼女は惹かれたのだ。


「!! インプ達の召喚が止まった........タツキ!」


 雲からインプ達が現れなくなるのに気付いたミラは避難が済んで半壊した会場へと走り出す。

 召喚獣達は既に消えかかっている。時間切れだ。


「ブラン、様。私、も、行く!」


「わかっています、しっかり掴まっていて下さいね!」


 クロエはブランシュに抱っこされて会場へと向かった。

 ミコト達四人も続いて走り出す。


 街を覆い尽くしていた闇が、晴れ始めていた。



















「タツキ・ヒュウガ様で御座いますね?ご無事で何よりでした。我々の到着が遅くなってしまい申し訳ありません。

 そして.........ええ、彼の暴走を止めていただきありがとう御座います」


 瓦礫の上立っている黒スーツに眼鏡の日本人顔の男はがっくりと力無くうなだれているタツキに話しかける。


 彼は七天刃第二席『セイイチロウ・タナカ』だ。

 今まで任務により隣町まで行っていたが、緊急召集を受けて急いで王都まで戻ってきていたのだ。

 第一席は、仕事でクリンドル王国まで向かっていた所だったので間に合わなかったが。


「.................」


「...........如何、致しましたか?」


 うなだれてウランフの遺体を眺めたまま、何も答えないタツキにタナカは心配そうにもう一度話しかける。


「..........どう........思う?」


「どう、と申しますと?」


「『邪神』に、ついてだよ。彼らはなんでこんなことするんだろうな、って思って」


「『邪神』ですか..........」


 この世界でも『邪神』という存在は一部の人間しかよく知らない。

 大半の人間にとって『邪神』とは、『物語の中に登場する悪役』だったり、『伝説の中だけの存在』だったりするのだ。

 事実としてそのような存在が居ると頭ではわかっていても、実感としてそれを頭では感じづらい。


「『願い』だとか、『欲望』だとかでしょうか。物語や伝承の中に登場する神々は皆人間らしい一面を持っています。邪神もそうであるのならきっとそういった『想い』の中から戦うことを選んだ、とは考えられないでしょうか」


「『願い』..........ね..........」


 目の前に横たわる亡骸を見つめる。


 彼の願いは叶ったのだろうか。

 彼の評判は世間的には頗る良かった。そういった点では彼は願いを叶えていたかもしれない。

 叶ったか、叶わなかったかは彼のみぞ知るだが。


 俺が判断できることじゃない。


「だからって、他人の心の弱みに付け込んで.............命を弄んで、許されるわけがない。相手は『悪』だって正当化して、彼を殺した俺も同じだ」


「貴方は守るために戦ったんです。戦わなければ守れない、守れなければまた人の命が失われる。貴方は二つを天秤に掛けて、失われる命が少ない方を取っただけのこと。

 何もかも同じようには測れないですからね。貴方がどう思うかは兎も角、私は今回の貴方の決断は間違ってはいなかったと思っていますよ」


「...........申し訳ないです、こんなこと初対面の貴方に話すことじゃなかったですね。

 それと、聞いて下さってありがとうございます。少々、気が立っていたみたいです.......」


 タツキは彼に例を述べて立ち上がる。

 オートリジェネは既に切れ、ボロボロになった身体からはあちこちから血が流れ出ている。


「彼の遺体はこちらで回収させて頂きます。後程回収班が来ますので、私はそれまで此処で待機です」


「わかりました.........彼を、宜しくお願いします」


 ウランフの遺体は、目や耳、そして全身から血を流しながらもとても穏やかな表情をしていた。

 最期のあの言葉。

 彼は最期に何を見ていたのだろう。


「俺は無力だな.......」

 

 『無能』と呼ばれていたあの頃よりも、自分が無力に感じられた。

 

 結局自分は邪神の手のひらで転がされていただけだ。

 強くなったと思っていたのは自惚れに過ぎなかった。この程度では邪神との本格的な戦いに入れば、いざという時に仲間を守れない。

 もっと、力が欲しい。

 このままでは駄目だ。弱すぎる。



「タツキ!」


 不意に後方から声がした。


「ミラ.......」


 ミラは俺の姿を見ると泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「タツキ!タツキ!」


 飛びついてぎゅうっ、と抱き締められる。

 あたた、痛いな。傷が開いちゃうよ。


「大丈夫だよミラ。もう終わったから」


 タツキの胸に顔を押しつけてえぐえぐ泣くミラ。

 子供みたいに泣きじゃくる彼女の頭に手を乗せて優しく撫でる。


「なん、でっ、ざいじょがら本気でやらなかったの゛? じん゛ぱいだったんだからぁぁぁ」


 ああもう、鼻水まででてるよ。


「僕は大丈夫だから、泣かないで、ミラ」


「ひ、っぐ.............ぼ、僕?」


「ん?どうした、ミラ?」


「今、タツキ、『僕』って言った.........」


「えっ?俺そんな事言ったか?」


 ミラは泣いて赤くなった顔をごしごしこすって、ふぅー、と深く息を吐く。

  

「ん...........何でもないよ。タツキが無事で良かった」


「俺も、ミラが無事で良かったよ」


 今度はこっちから彼女を抱き締める。

 ミラの華奢な身体は今にも折れてしまいそうな程に繊細に感じられた。


「タツキ様!」


「ん!ご主人!」


「達樹!」


「達樹君!」


 半壊した会場の中に入ってきたブランシュ達が駆け寄ってくる。


「貴方が、守ったんですよ」


 タナカさんが眼鏡をくいっと持ち上げながら隣でそう言った。



 

 空を見上げれば、満点の星空が輝いていた。





















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆













「やっぱり負けちゃいましたかぁ。新しい方法でお仲間が作れると思ったんですけどねぇ」


 ツバキの街のとある建物の屋根の上。

 一人の男性が会場の方を眺めていた。


「まだ覚醒もしていないような半端者に負ける程度じゃあ全然駄目ですね。また一からやり直しですか」


「イーヴァ。お前はまだあの悪趣味な研究続けるのか? 流石に飽きてくるだろ?」


「おや?こんな所へどういったご用事でしょうかな?イヴォルディア殿」


 突然真横に現れた女にも、彼はまったく動じることなく普通に会話を続ける。

 そう、彼こそ邪神序列大七位『イーヴァ』なのだ。


「まあさ、夢を追いかけ続けるのも大概にしろってことだよ」


「ほほう?では貴女はどうするのですかな?我々はもう戻れないところまで来てしまった。ここまで来て『願い』を捨てろなんて酷な事だとは思いませんかな?」


 そう言って彼は「ハッハッハッハッ!」と楽しそうに笑う。

 

「ま、貴女がどうするかなんて貴女の勝手ですよ。私がどうこう言うものでは無いですし、貴女も私にどうこう言う必要は無い。今回の実験も得るところが何もなかったかと言えばそうでは無いですしね」


「ハハハッ!そうかい、お前らしいな。これで私も心おきなく裏切れるというものだ」


「おや?貴女は彼方側に付くと言うことですかな?」


 少し驚いたような顔をするイーヴァ。

 彼が横から見た彼女の目は本気だった。


「まあな。そろそろ私は潮時だと思っていたんだ。ウルの野郎は今回で終わらせるつもりみたいだし、実際戦力も邪神側が圧倒してる。でも私は最期に償いをさせて欲しいんだ、我が侭だけどな。いいかげん『夢』を見続けるのも飽きた。

 私の下らない願いのおかげでどれだけの人数が死んだか..............邪神も人間も、魂の重さには殆ど変わりが無いのにな。

 だから私は最期に、私が滅茶苦茶にしてしまったこの世界を守るために戦いたい。許されなくともそれだけはしたいと思ったんだ」


「貴女も.........中々我が儘ですね..........。彼等がそれを受け入れるかはわかりませんけど、私はそれはそれで良いと思いますよ。

 所で........貴女は裏切るのならここで私を殺してはいかないのですかな?私の首を持って行けば少しは貴女がどれだけ本気か伝わるのではないですかな?」


 トントン、と自分の首を手刀で叩くジェスチャーをするイーヴァ。

 もしイヴォルディアが彼を殺す気なら、彼はここで必ず死ぬ。

 単体戦でなら、それだけの力量差が二人にはあった。


「別に.......私は許しを求めているわけではないんだ。自分の思うことが出来ればそれで良い。

 だからお前はここでは殺さないよ、イーヴァ。

 殺すなら戦場でだ」


「そうですか、それは安心しましたよ。どうやら私はまだ生きていられるようだ」


「私が裏切ること、他の邪神(奴ら)にも伝えといてくれ。あいつ等に心残りと言えば..........そうだな、エルデヒルドのやつを連れてこれなかったのが心残りだ。アイツは誓約のお陰でいっつも苦しそうな顔して戦ってるからな」


「わかりましたよ、しっかり伝えておきます。次会うときは戦場で...........いえ、墓場かもしれませんね」


 気付けば隣に立っていたイヴォルディアは既に居なくなっていた。

 イーヴァは「恐ろしい女性(ひと)ですねぇ」と深いため息を一つつくと、虚空に向けてひらひらと手を振ったのだった。

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