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僕は必要とされている


 スッ、と真横に伸ばした手の先に光が集まる。


「終わりにしよう、ウランフ」


 半壊した会場の中、空中に浮かぶウランフと瓦礫の中から立ち上がったタツキが視線を交わしていた。

 いや、正確には視線を合わせているのはタツキだけ。

 ウランフの目は未だ虚ろで何を見ているのかわからない。


 リヴァイアサンは何とか起きあがり、戦闘続行の体勢を取る。

 遠くに墜落していたニーズヘッグも身体を震わせて再び空へと飛び上がった。


「君を助けようとは思わない。君を知ろうとも思わない」


「ボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハ―――」


「ただ君が暴れると人死にが出る。だから君を殺す。俺には君を生かしたまま抑えきれるだけの力が足りなかった。だから君を殺すことにした」


「ボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナソンザイボクハヒツヨウナ―――」


「『騎王槍ロンゴニミアド』『影雨ゲイボルグ』」


 伸ばした右手に『影雨ゲイボルグ』が、だらりと下げた左手に『騎王槍ロンゴニミアド』が現れる。

 どちらも下級の神装具ではあるが、英雄クラスの武器である。

 

 タツキはまず『騎王槍ロンゴニミアド』を地面に突き刺し、『影雨ゲイボルグ』を構えるとウランフに向けて狙いを定め、そしてタイミングを待つ。


 そう、タイミング。

 タツキはあることに気付いていたのだ。

 この会場に散りばめられた護りの力の数々に。


 それが、本格的に発動するまであと数秒。


――2...........1.............


「ア゛ア゛っっ!??」


 突然ウランフの身体から力が抜けたように、空中でガクンとバランスを崩して頭を押さえ、ふらふらと揺れる。


 今だ。


「『能力解放(ナーオス シン)』!!」


 ぐっ、と脚に力をこめて飛び上がる。

 光の壁を展開して足場を作り、ふらつくウランフを見下ろす所まで行き、


「『ゲイボルグ』!!」








 ―――ドゥッ!!








 投擲された紅き槍は光となってウランフへと直進する。

 そして更に、


 ―――ババババババババババッッ!!


 30もの紅い光に増えたゲイボルグは、それぞれがウランフへと直進し、破壊すべく降り注ぐ。


「ア゛あぁぁあ゛ァアぁァぁあァァぁ!!!」


 ―――ドドドドドドドドド!!!


 ウランフの抵抗むなしく、全く勢いを落とすことなく降り注ぐ紅い雨。

 怒濤の連撃は止まることなく彼を串刺しにし続ける。


「『ロンゴニミアド』!!」


 鈴の鳴るような音と共に、一瞬にして彼の手に現れた光り輝く栄光の槍。

 闇を滅する勧善懲悪の忌まわしき白槍。

 そこには想いも何も無く、ただ事実と力のみが内包されている。


 紅の雨をまともに受けて、ボロボロになったウランフを見つめるタツキ。

 先程彼がここまで隙をみせたのには理由がある。

 会場にはある仕掛けが施されていた。

 結界が破られてから発動する、とある仕掛けが。


 会場の東西南北の壁の中に一つずつ。

 そして各場所に設置された魔導スピーカーの中にそれぞれ一つずつ。

 邪神の力を、主に外法に連なる力を弱める力がこの仕掛けに込められていた。

 消費魔力が多かったり、いくつもの術式を使用するものであったため今回は発動が遅くなってしまったが、この魔道具は邪神であるウランフに対して充分に効果を発揮した。


 その結果が先程見せた大きな隙である。


「貫けッッ!!」


――ドパァァァァァン!!!


 銃声のような音がしてロンゴニミアドが投擲される。

 張り詰めた空気を切り裂いてウランフへと直進していく。


「あ、あ゛やめ、ヤメ。ろア゛ぁめあヤめ、えあ」


 後、20メートル。


「ぼク、が、ボあ、あぁヒぁア゛ぁあ゛つ、ヨウう゛」


 後、11メートル。


「み、んなボくひツよパ、あ゛ぁぱぷぅあ゛ア゛」

 

 後、2メートル。


「あ゛あ゛ア゛あァアぁあ゛あぁアっっ!!!!」 


 ―――ゴアアアアアアッッ!!


「なっ!?駄目か!ニーズヘッグ、リヴァイアサン!砲撃!」


 全身から黒い炎を噴き出させるウランフ。

 同時に展開された闇の壁によってロンゴニミアドは防がれる。


「み゛ん゛な゛、み゛ん゛な゛、ごわ゛れ゛でじま゛え゛ェぇエえぇェェ!!!」


「まずいっ!これは!?」


 空を覆い尽くした黒い雲から街へと向けて幾筋もの落雷が放たれた。

 直撃した箇所からどんどんそれは燃え広がり、至る所で火事が起きる。


 街中から悲鳴や叫び声があがり、それに呼応するかのように今度は雲の中から大量の人型の何かがぬるりと現れる。


「アははハはハハハはっッ!みんな!僕ノ助けガ欲しイよねェ!?助ケが必要ダよネェ!?

 もっト!もッと叫んデヨ!命乞いヲシてよ!僕がミンなを助ケテあゲるからァ!」


「マズい...........リヴァイアサン、ニーズヘッグ!作戦変更だ、あの人型達を破壊しろ!」


『『グオオオオオオオ!!』』


 雲から生まれ落ちた黒い人型は蝙蝠のような翼を生やし、暗闇の空をケタケタ笑いながら自在に飛び回る。


 リヴァイアサンとニーズヘッグが100以上居るであろうソレの駆除に向かうが、次々と生み出されるソレのスピードに追いついていけない。


「もう一度だ、『影雨ゲイボルグ』!『能力解放(ナーオス シン)』!」


 再び投擲された英雄の槍は紅き雨となってウランフへと襲いかかる。

 力を安定させたウランフは背中から生えた手から何本ものレーザーを斉射し迎撃する。

 ジグザグに飛び回るレーザーは正確無比にゲイボルグを撃ち落とし、直撃を防ぐ。

 

 両者の攻撃が激突し、衝撃波が走った。

 爆風が吹き荒れ、踏ん張りがきかなくなってきたタツキは光の壁から飛び降りて別の角度からウランフを狙う。


「『角突弓(つののつきゆみ)』!」


 落下しながらその名を口にし、呼び出す。

 かの英雄、坂上田村麻呂が使用したと言われる弓だ。


 落下することにより動いていく対象物に向けて狙いを定める。


「フウっっ!」


 ―――ドヒュウッッッ!!


 鈍い風切り音を響かせて飛んでいく矢。

 その速さは投擲されたゲイボルグを超えて更に速く、ウランフの回避を許さなかった。


 ―――ドシャッ。


 彼の右腕が吹き飛ぶ。

 背中の大きな手の二つにも深い傷がつく。


「あがっ!?あ゛あ゛あ゛!クソがぁぁぁぁ!!」


 叫んで怒り狂うウランフ。

 だが、もう遅かった。


「壊、れろ!」


 角突弓から放たれる二本目の矢。

 ウランフは防ごうとするが、もう遅い。

 背中の手を動かして守ろうとするが動かなかった。

 やはり『邪神殺し』のダメージ五倍の能力はしっかりと通っていたみたいだ。

 

 真っ直ぐに飛んだ矢は、吸い込まれるようにウランフの胸の中心、あの紫色に輝く核に向かって飛んでいく。









 ―――ピ、シッ













「あ゛ア゛アア゛あ゛あアア゛ぁァあア゛ぁぁ!!!」


 砕けた核から黒い霧が噴き出し、辺りを包み込む。

 飲み込まれるような感覚。

 これは、毒!?

 

「なっ!?しまっ、これは――あ――――」


 ウランフが絶叫する声だけが響く暗闇の中、タツキの意識は闇に落ちていった。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








 ウランフ・ヤヴィンは伯爵家の長男として産まれた。

 

 恵まれた容姿。

 恵まれた才能。

 恵まれた血統。


 ただ一つ、彼が恵まれなかったのはその家庭だろう。

 彼の母親は元々他の伯爵家の令嬢で身体が弱かった。

 よく彼のことを可愛がってくれるが、いつも部屋にこもり、ベッドで横になっていることが多い。

 父親は上昇志向の塊のような男で、家族を省みることもなくひたすら仕事ばかりに没頭していた。

 


 彼の母親が亡くなったのは、彼が4歳の時だ。

 彼女は数年前から不治の病と言われた奇病に取り憑かれ、内臓をボロボロに破壊されていた。




 ベッドの上に横たわった母親の手を握って心配そうな顔をする当時のウランフ。

 まだ、純粋で優しかった頃の彼だ。


『ごほっ、ごほっ...........』


『お母様!だいじょうぶですか?!』


『ひゅー.........ひゅー...........』


 吐血したウランフの母親。

 もう彼女は長くない。

 病状も悪化し、いつ死んでもおかしくない状態だった。

 彼女の周りにはウランフや彼女の両親、医者、彼女が子供の頃から身の回りの世話をしていたメイド、沢山の人が集まっていたが父親のヤヴィン伯爵だけは予定をあけることなく、この場には来ていなかった。

 元々両者に愛なんて無い政略結婚。

 それでもここまで彼女を蔑ろにする義理の息子に彼女の両親は悔しさを噛みしめ、彼女が可哀想でならなかった。


『ウ、ランフ...........』


『はい、お母様。私は此処に居ります』


『貴方、は、将来.........げほっ!ごほっ!.............誰かに、必、要とされるような人に.......ごほっ!.......ひゅー.......ひゅー.........なりな、さい..........』


『お、母様............』


 メイドが彼女の口に付いてしまった血を拭き取る。

 彼女は彼の頭を優しく撫でると、穏やかに微笑んだ。


『私は.........こんな、調子だから..........こほっ、こほっ...........あの、人の支えには.........なれなかっ、たのだけど........貴方は、才のっ!げほっ!げほっ!.......に、恵まれて..............こんなにも、愛おしい..........私の、たった一人の子供、だから..........』


『ひぐっ、うぐっ』


『泣か、ない...........で?.........貴方は、え...........が............お..............――――』


『お母様.............?』


 彼の頭に乗っていた彼女の手から力が抜けてだらりと落ちた。

 呆然とするウランフ。

 医者が出て来てすぐに確認をする。


『.........ご臨終です』


 夫にしがみついて啜り泣く彼の祖母。


 ウランフは泣いた。

 母親の亡骸にしがみついて泣き続けた。 

 そして、彼が流した最後の涙だった。











『誰かに必要とされる人間になりなさい』。

 母親が彼に残した、残してしまった呪いの言葉。


 ウランフは誰かに必要とされることを望んでそれからの人生を歩み始めた。

 彼の父親はそんな彼を利用し始めた。

 彼の母親が死んでから父親はぶくぶくと肥り始めた。彼も内心は彼女の事を愛していたのだ。行きすぎた上昇志向は彼女により良い治療を施したいがため。

 お金さえあればより良い治療を、より多くの方法を試して彼女を救えるかもしれない。

 他国のとある貴人との用事と称して他国に出向いては腕利きの医者を捜しては治療を依頼し続けていた。

 その事には一部の人間を除いて誰も気づかなかったのだが。


 結局彼女は死に、彼は心が壊れてしまった。

 行きすぎた上昇志向は全て欲に向けられ、やけ食いで食べる量も増えた彼はぶくぶくと太った。

 そして、何を思ったのか彼は、将来国を牛耳る事を目標として息子を利用し始めたのだ。


 ウランフもウランフで、いつも相手にしてくれなかった父親から必要とされる事は嬉しかった。

 母親の願いを叶えるために必死で父親の言いつけを守った。

 父親の計画通りにアオイ姫に接近し、彼女のお気に入りになる為に奮闘した。

 アオイ姫からも必要とされる存在になれたのはそれはそれでまた嬉しかった。

 アオイ姫に計画がバレた時は気が気でなかったが、良心の残っていた当時の彼は悪いことをしていたのだから当然の結末だったろうとも思った。

 彼女から必要とされなくなったのは悲しかった。




 そして今、ウランフは彼の父親の期待に応えるために闘技大会の優勝を目指していたはず。


 父親が連れてきたあの商人に出会って。

 商人から買ったレーヴァティンを国王に献上して。

 あの不思議な魔道具で神の如き力を手に入れて。

 美しく成長したアオイ姫が計画とは別に欲しいと思い始めて。

 そして、自分と同じ存在が現れて。 

 そして...............どうなった?


『あれ............此処........どこだろ?』 


 真っ暗な場所に独りぽつんと立ち尽くしている。

 此処は何処?

 僕はなにをしているの?

 あれから大会はどうなった?



 僕は........誰かに必要とされる存在になれた?



 闇に一筋の光が射し込む。

 真っ暗だった彼の世界が明るく照らされる。


『もう、良いのよ、ウランフ』


『お母様!!』  


 光の中から現れた母親に抱きつくウランフ。

 その姿は4歳の子供に戻り、母親の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。


『お母様........僕、ボク...........!!』


『貴方はもう充分がんばったわ..........だからもう休んで良いのよ...........』


 優しく彼の頭を撫でる彼の母。

 暖かい光に彼の心は溶かされていく。


『ウランフ.........もう時間よ。行きましょう』


『うん...........!お母様となら........何処へでも!!』


 ぱあっ!と明るい笑顔で答えるウランフ。

 そして、彼女はまた彼をぎゅっと抱きしめて――















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 気付くとタツキは瓦礫の山の上で倒れていた。


 空を見上げれば、まだニーズヘッグとリヴァイアサンが黒い人型を殲滅するべく戦っている。

 下からも強烈な魔法が黒い人型を襲っているが、恐らくあれはミラ達がやっているのだろう。

 空中を自由自在に飛び回って人型を斬っているのは................誰だ?



 気絶していた時間は短かったようだが、あの黒い霧はいつの間にか消えて無くなっている。

 そして.........妙な夢を見ていた...........。


 ビキビキと悲鳴を上げる身体を起こして立ち上がる。

 そして、先を見れば―――


「ウランフ!!」


 完全に人型に戻ったウランフが倒れている。

 右腕は千切れ、胸には大きな穴をあけてどくどくと血を流している。  

 瞼を閉じた目や耳からも血を流し、動く気配が無い。

 急いで駆け寄るタツキ。

 殺すなんて言ったけど、やっぱり自分は甘いままだ。

 あんな物を見せられては殺せなくなってしまう。

 急いで彼の身体に手を当てた。 


「今、治療して――」


 その時、彼の口が動いた。




 


 おか、あ、さま。ぼくは、だれ、かにひつ、ようとされる、に、んげんに、なれ、た、かな。






「『ヒール』!『ヒール』!『ヒール』!」


 (治れ!治れ!治れ!治れ!)


 何度唱えても治らなかった。

 回復魔法が発動しない。

 つまり彼は、


「間に、合わなかったのか............」


 ぽつり、と。




 ウランフ・ヤヴィン。

 享年18歳。闘技大会決勝戦にて。不慮の事故にて死亡。 

 ツバキの地に眠る。 

いつも読んで下さりありがとうございます。

気に入って下さりましたら評価、ブクマ等していただけると嬉しいです。

それとブクマを外す場合は評価を入れてから外していただけると幸いです。ブクマ外しはダメージが大きいです...........。


現在連載中の新作『世界最強の蟲使い ~異世界の虫は化け物揃いでした~』も宜しくお願いします。

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