闇に包まれたツバキの街で
「はぁ、はぁ、はぁ」
「姫様!お急ぎ下さい!」
アオイ姫は従者と護衛達に連れられて会場からいち早く避難していた。
あの場で異形となったウランフに立ち向かったタツキのことが気になるが、王族である彼女が危険な場所にずっと居るわけにもいかない。
気持ちを抑えてここまで走ってきた。
急いで走ったが、公的な場に出るとあって着物だった彼女はその走りにくそうにしていた。
「姫様!馬車にお乗り下さい!このまま城のシェルターまで飛ばします!」
アオイ姫達の前に、アキレウスの引く馬車が現れた。
質素な造りのその馬車の御者台から顔を見せたのは、
「コゼットさん!」
「急いで下さい姫様!ここも何時攻撃が飛んできてもおかしくありません!」
「七天刃のコゼット殿ですか!こんな所まで来て下さり感謝致します!」
いち早く異変に気づいていたコゼットが馬車を用意して来てくれていたみたいだ。
アオイ姫と従者達は彼の馬車に急いで乗り込む。
「それじゃあ、行きますよ!はっ!」
馬車が走り出し、城への道を急ぐ。
「コゼットさん、他の七天刃の皆さんは?」
「弟子のジェドなら私が避難する人々の誘導をしつつ逃げるように命じましたが他とは連絡が取れていません。正直相手の力量もまだハッキリしていませんので七天刃がどう動くかもまだわかりません」
「そう、でしたか..........」
アオイ姫は会場でウランフの力を直接感じていた。
だからわかる。
アレはコゼットさんではまず勝てない、と。
コゼットよりも上の七天刃がどれぐらいの強さかはわからないが、正直会場で見たコゼットの力では彼に勝つことは出来ないだろう。
いや、出来ないと断言できる。
「こんなことになるなんて........誰が予想できたでしょうか.........」
「姫様.........」
アオイはそう呟くと瘴気を吐き出し続ける雲を見上げて顔を歪める。
するとコゼットがこほんっ、と一つ咳払いをして、
「少なくとも、貴方のお父上、国王陛下はこのような事態も予想されておりましたよ。流石にここまでの規模の物は想定していなかったと思いますがね」
「お父様が........」
「この馬車だって、陛下に言われていなければ用意していませんでしたよ。まぁ、あんな感じですけど一国の王ですからね。会場の結界が壊れたときにも一つ仕掛けがしてあったの、お気付きになりましたか?」
「えっ?.........いいえ」
「そろそろ効果が現れ始める頃ですよ........。大戦前に使用することになるとは思いませんでしたがね。ツバキの技術力がアレにどこまで通用するか、見届けてやりましょう」
そして、また破壊音。
もくもくと立ち上る砂煙を見てコゼットとアオイは顔を歪める。
「それまで.........会場が持ってくれてるといいんですがね.........」
そう言って、コゼットは少し苦笑いした。
「あんの馬鹿息子がっ!こんなの計画に無いぞ!」
ガラガラと荷台に金目の物を積み込みまくった馬車が街を行く。
向かう先には街の外に出られる門が。
「金はある。この金でもう一度やり直してやるっ!今度はあんなヘマはせん!」
ハァハァ息切れを起こしながら、ぶくぶくと肥った巨体を揺らして馬を走らせる貴族風の男。
額からはとめどなく汗が流れ、必死の形相で鞭を振り続ける。
門まであともう少し。
その所で、
「やはりか、ヤヴィン伯爵。貴様ならすぐにでも行動を起こすと思っていた」
馬車の進む先に立ちふさがったのは黒鉄の騎士。
彼は背中に下げていたロングソードをスラリと抜いて構える。
このままだと彼を轢くことになるが、国を捨てて逃げるべく馬車を走らせていたヤヴィン伯爵にはそんなこと関係なかった。
逃げることだけに精一杯で、それが何者であるかなんて考えは頭に浮かばなかったのだ。
「邪魔だ邪魔だ邪魔だぁぁぁっ!」
馬の速度を上げて彼に向かって突っ込んでいくヤヴィン伯爵。
「貴様の罪。ここで全て償って貰おう」
チャキッ、とロングソードが馬車へと向けられ、
――ゾアアァァァッ!!
「ブルッ!ヒヒィィィン!」
「ヒヒィィィン!ブルルルルル!」
背筋も凍るような悪寒に襲われた二頭の馬は、このまま先へと走り続けた場合の自らの末路を悟り、その走りを止めた。
「なっ!?おいっ!何故走るのを止めたっ!クソッ!おい!走れ!」
「賢い子達だよ、ヤヴィン伯爵。このまま自分たちが走り続ければどんな末路が待っているか、一瞬の内に理解して行動に移した。愚かな貴方よりずっと価値のある馬達だ」
「貴様、私を誰だと思っている!私は『ヤヴィン伯爵家』の当主であるぞ!私を愚弄したこと必ず後悔させてやるっ!」
「ま☆ ユーにこれから先なんてもう無いけどねっ!」
「なっ!?」
「は?」
馬車に乗ったヤヴィン伯爵の真後ろに現れたチャラい格好のおじさん。
ヤヴィン伯爵は怯えたように震え、黒鉄の騎士は呆気にとられたように固まる。
「お......お前..............」
「おけおけ!わかってるわかってるよー、俺っちが七天刃第四席『チャライネ・デリス』だって事だろ?!!
ユーもう陛下からおめめ付けられちゃってるからもうアウトよアウト。今回の件でもう陛下激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームだから。いやマジこわたんだったわー。
つーわけで、おつハムニダ~~」
「ぐっ、ぐぅぅぅぅぅ!」
「成る程、七天刃だったのか」
両腕を掴まれて締め上げられるヤヴィン伯爵。
騎士は成る程とでもいうようにうんうん頷いている。
「あ、そこのユー?あ、うんそうそう、君だよ君。逮捕協力さんきゅね!帝国の『グラド』君でしょ?君。しっかり陛下に報告しといてあげるから!きっと褒美とか貰えるよ!マジさんきゅね!
それじゃ!バイビー!」
「あっ、はい........」
ジャラジャラとアクセサリーを鳴らして彼はヤヴィン伯爵を危険地帯となった街の中を通って連行していった。
終始置いてけぼりだったグラド。
彼は完全にシリアスキラーだったのだ。
「はぁ.......私に出来ることもここまでか」
ロングソードを鞘にしまい、ナーシャが入院している病院へと歩き始めるグラド。
彼女を守れる場所に居なければ。
しかし、お祭りで賑わっていた夜の街は混乱した人々で溢れかえり、歩くことすらままならない。
「ぐぅっ......中々進めないな」
「右方向の路地から行くと早いよ、転生者クン」
「.......はっ?」
すれ違った一瞬のこと。
気付いたときにはもう居なかった。
突然耳元に話しかけてきた男。
周りをキョロキョロと見回してもやはり混乱した人ばかりで、遠くからは乱闘の声まで聞こえる。
「『右方向の路地』か」
右を向けば、建物と建物の間に路地が通っている。
人は誰も歩いておらず、これなら簡単に進んで行けそうだ。
「誰だったんだろうな............それに転生者?ってのは何だ..........?」
何か引っかかるところを感じて頭をポリポリとかくが何も思い出せない。
結局、グラドは今はまだ考えるのはよそうと思い、その路地を通って病院へと急いだ。




