踊るように美しく
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闘技大会決勝戦。
私『アオイ・ジンノウチ』も、特別席について始まるのを待っていた。
と、いっても先ほどここまで来たばかりなのだけれど。
私はタツキ・ヒューガさん、つまり『マスクドM』の中の人を応援している。
彼の話しぶりから察するに、きっと彼は、私の父の思惑を全て理解した上で戦ってくれているのだろう。
彼にとっての戦うメリットなんて無いと言っても等しいのに、彼は優しい人だ。
少しお人好しが過ぎると思う。
父が迷惑をかけて本当に申し訳ない。
『それでは選手入場のお時間です!
まず入場してきますは狂気に満ち溢れたミジンコの勇士!黒いマントを翻し、珍妙な鳴き声を発しながらフィールドを駆け回る微生物賢者!
マスクドーーーMゥゥゥぅぅぅっっ!!』
あっ、そろそろ始まるみたいですよ。
タツキさんがまた変な声を上げながら入場してきました。おもわず吹き出してしまいます。
「くすくすくす..........変な人..........」
「姫様、よもやあの男を好いてなどいないでしょうな? 悪い男に釣られていないかとじいやは心配でございます」
「別に.........彼はそんなんじゃないわ」
「それなら良いのですが.........姫様がこのように笑ったのは随分と久し振りだったもので.......」
隣で控えていたじいやの一言ではっ、とさせられた。
そういえばこんな風に笑ったのは随分久し振りになる。
こんな所でも、彼には助けられていたのだと気付かされた。
「大丈夫よ.........私は決心したもの.........」
「姫様.........?」
「あっ!じいや見て、そろそろ始まるみたいよ!」
「.......ええ」
そう言って誤魔化した彼女を、じいやは心配そうな目で眺めていた。
『決勝戦、マスクドM 対 ウランフ・ヤヴィン!
準備は良いですか?それでは..........開戦ーーーーッッ!!』
―――ドォォォォォン!!
戦いの始まりを告げる太鼓の音と、花火の音が会場中に鳴り響いた。
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―――ドォォォォォン!!
太鼓の音と同時にタツキはヒュッと刀を抜いて構える。
そんなタツキにウランフはゆったりとした足取りで近づいていく。
「マスクドM君、まさか君みたいなふざけた格好の人がここまで勝ち上がるとは思っていなかったよ」
「..........そうか」
「でもね、同時に僕は君の強さを買っているんだ。尊敬に値する。君はとても強い。人間として、生物として優れている」
「..............」
「だから証明して見せよう。僕の方がより優れていると。僕の方が強いと。君を倒して僕がこの国に如何に必要な存在であるか証明してみせよう!
ハハハ!今の僕は最高に良い気分なんだ!
全力で君をブッ潰してあげるよ!!!」
―――ドンッ!!!!!
鈍い音が響いて、彼の立っていたところに穴があき、彼の姿が見えなくなる。
タツキはミジンコマスクの下から彼の姿を全力で追い続けた。
―――キュイィィィィイィン!!!
「死ねぇぇぇ!!」
「死ぬかよ腹黒イケメンがぁっ!!」
―――ガキィィィィン!!
甲高い風を切る音と共に彼はマスクドMの真後ろへと瞬時に現れ、腰から抜いた剣でその首を狙った。
だが、それであっさりとやられるマスクドMではない。
マスクドMは構えていた刀でその攻撃を受けると、力を上手く利用して受け流し、カウンターを打ち込む。
―――キィィィィンッ!
「つーか初っ端から本性丸出しかよ!!少しは自重しろ、おっ!!」
「くふふ、大丈夫だよ。安心して。ここに張られた結界の影響で結界内からの音は漏れにくくなってるみたいだから。あれぐらいなら全然聞こえないし平気だよ」
カウンターで打ち込まれた刃にもウランフは瞬時に反応し、受け流す。
「随分余裕そうじゃないか.......」
「そうでもないよ?まだ確認中ってとこだけどね」
ヒュンッ、と彼のロングソードがマスクドMが防御の手を抜いていた脇腹めがけて振るわれる。
タツキはギリギリで身をよじってそれをかわすが掠った刃がコートを切り裂く。
そして彼はそのまま踊るように滑らかに一回転するとその勢いのまま、
「『クロスブレイド』!!!」
「ぐぅっ!!」
神速の二連撃が放たれる。
マスクドMが防御の為に発動させた光の壁は一撃目こそ耐えたものの二撃目にて真っ二つに切り裂かれ消滅した。
―――ギャリギャリギャリギャリ!!!!
なんとかウランフの二撃目を受け止めた不知火から悲鳴のように火花が散る。
ウランフの使っているロングソードを見れば並のものでないどころか国宝級はある魔道具だった。
『魔剣ファルナドゥーク』。魔剣でありながら『聖』の属性を冠するこの武器はその強度において凄まじいものを誇る。
『軍刀不知火』はファルナドゥークと同じく国宝級の魔道具ではあるが、武器としては作られた当時量産型であった不知火は一段劣る。
まともにぶつかり合えば不知火が壊れてしまうだろう。
マスクドMは不知火への衝撃を抑えるために握る手を少し緩めて重心をずらし受け流す。
体勢を立て直すべくマスクドMは後方へと跳び、空中に幾つもの光の壁を作って縦横無尽に飛び回り攪乱する。
「そんな物で僕を攪乱できるとでも?舐めないで貰いたい」
「馬鹿言え。端っからこんなんで隙を突けるなんて思ってない」
―――ダダダダダダダダダダ!!!!!
マスクドMが飛び回る度に空中の光の壁は壊れてはまた現れ、フィールドには穴が空き続ける。
ミジンコ男の黒い渦の中。独り立っていたウランフは身体にぐっ、と力を入れて体勢を低くした。
そして、
「はっ!!!!!」
ボゴン!という音と共にまたも彼の姿がかき消える。
だが、
「それを待っていた!!」
「何ッ!?? ぬっ、がっあ゛!!!」
黒い影が一直線に虚空に飛び出し、何かに直撃する。
すると何も無かった空中からウランフが現れて吹っ飛ばされ、フィールドに張られた結界に直撃した。
『おおーーーっ!!! 中々目で追えられてませんが、これはこの試合で初めてのクリーンヒットじゃないですか?! 』
『こ、ここまでとは.........。何というスピードバトル。これは間違いなく大会の歴史に残る戦いなのである.........』
(そんなまさか......!! 確実に奴の隙を突いたはず!!)
ふっとばされたウランフは血反吐を吐きながら立ち上がり、マスクドMを見据える。
(なっ!? 奴が2人も居るだと!?)
見据えた先には二人のマスクドM。
一体何時の間に? ウランフの頭の中を疑問が駆け巡る。
仕掛けたのは先程の光の壁を出した瞬間。
光の壁が現れると同時に、光の壁の輝きに合わせるように召喚獣『マスクドM』を召喚していたのだ。
そして本体は『暗殺術の極意』によって気配と姿を隠し、召喚獣を飛び回らせて囮にしていたのだ。
そして、ウランフが囮の召喚獣を攻撃しようとした瞬間に本物が攻撃。遂に直接攻撃を与えるに至ったのだ。
どくどくと血が流れ出る腹部を押さえたウランフは、ヒールを使って回復を始める。
あの時、マスクドMは彼を蹴ると同時に靴から仕込んでいたナイフを出して刺していたのだ。
ボロボロのウランフは笑う。
まだ自分とまともに戦える相手が残っていたのだと。
そして、その相手ももうこの世から消えて居なくなるのだと。
「はぁはぁ.......思っていた通り。いや、それ以上だ。やはりお前はここで殺さなければならない..........!!!!」
「お前、何を言って―――」
「言葉通りだよ同類『崩壊術式』」
―――ビキビキビキビキビキィィィッ!!!!
轟音と共に空間に亀裂が入る。
会場が揺れて会場を覆っていた半透明の何かがボロボロと崩れていく。
『は.........? え、これは..........。拙い.......拙いです!結界が破られました!』
司会席のカミラちゃんが酷く慌てたように叫ぶ。
結界が破られたと言うことは、観客席はもう安全では無いと言うこと。
結界が無いので、死んでしまったら生き返ることも出来ない。
「嘘だろ.....やばいってこれ逃げなきゃ!」
「急げ急げ!早くここから出るぞ!」
「うわぁぁぁぁん!おかーさーん!」
「ちょっと!アンタそこ退きなさいよ!!」
「邪魔だ!道を開けやがれ!!」
観客達が突然の事に混乱して騒ぎ始める。
このままでは集団パニックになってしまう。
『あわわわ、皆さんんん!落ち着いて下さい!
係員の指示に従って落ち着いて会場を移動して下さい!!』
『落ち着くのである!混乱しては危険なのである!』
観客達を落ち着かせようとするカミラちゃんとゴリゴリ氏。
そうしている間にも、雲一つ無かった夜空には禍々しい瘴気を放つ雲がぐるぐると渦を巻くように集まり、星空を闇に染め上げる。
「『我に捧げよ!我を称えよ!我を崇めよ!』」
「お........まえっ..........」
轟々と吹き荒れる瘴気の暴風に耐えるマスクドM。
何とかしてウランフを止めたいが、凄まじい勢いで吹き荒れる風が邪魔をして上手く動けない。
「『選ばれし糧は我が身に宿り地肉となり力となれ!』」
そしてその瞬間に瘴気の雲の渦の目からドッ、と黒い流れが溢れ出し、ウランフへと降り注ぐ。
そして、その闇が切れた後。
そこにはもう先程までの彼は存在して居なかった。




