VS ウランフ・ヤヴィン
大会会場の選手控え室。
あれから病院を出たタツキはその足でここまでやってきて、少し早めに控え室で準備をしていた。
「...............はぁ」
緊張をほぐそうと身体の力を抜く。
完全な敗北だった。
タツキはまるで抵抗、反応できなかったのだ。
あの時の緊張が肌に貼り付いてはがれない。
もしあの場所で戦うことになっていたら確実に死んでいた。
首筋に手を当ててきたときのあの底冷えするような殺気。
隙だらけのように見えながら、一切の無駄のない動作の一つ一つ。
ステータスだけでは計れない強さが彼にはあった。
「.........ふぅ、危なかった」
精神を何とか落ち着かせたタツキ。
正直ここまで精神が落ち着かなくなったことなんて生きていて一度もない。
絶対的な死を前にして、只の高校生だった少年が平気でいられる道理なんてなかった。
情けないと言われようとも今、これだけ落ち着いていられる事が奇跡にも等しい。
時刻は午後の7時半を過ぎた頃。
――コンコン
「タツキさん、私です。入らせて貰いますね」
ガチャリとドアが開き、アオイ姫が入ってくる。
彼女の後ろには護衛が四人控えており、彼女に何か言われたのか控え室までは入ってこなかった。
アオイ姫が入ってきたので座っていた椅子から下りて畏まるタツキ。
「公的な場ではないですし......どうか楽になさって下さい」
「畏まりました。貴女が来たということは........決まりましたか?」
「ええ。タツキさん、以前のお話しについて私なりに答えを出してきました」
彼女はそう言うときゅっ、と口元を引き締める。
こう見ると、見るからにお淑やかそうな見た目の彼女はとてもお忍びで冒険者をしているようには見えない。
最初に見たときも大人しそうな印象だった。
しかし、今の彼女の瞳にはしっかりと力強い決意の光が宿っている。
「私は、このまま王女として生きていきます。私の今まで生きてきたこと、私が今まで周りからして貰っていたこと。その全てを捨てて私だけ自由になることなんて出来ません。
だから、私は自分の役目を、役割を果たす為にこれからもツバキ王国の王女として生きていきます」
彼女は、きっぱりと断った。
彼女が自ら選んだ道だ、間違いは無いだろう。
「わかりました。王女様の決断なら間違いは無いでしょう」
タツキも彼女の決断に納得して柔らかく微笑む。
「ええ、ありがとうございますね。私の我が儘に付き合っていただいて。それとまた言葉遣いが堅くなってますよ?楽にして下さいって言いましたよね?」
「あっ、ごめんなさい........」
また無意識に言葉遣いが堅くなってしまっていたことに恥ずかしくなり、タツキはポリポリと頭をかく。
(なんだか今日は調子狂うな......)
そんな様子を眺めていたアオイはくすくすと笑ってしまう。
決勝戦直前なのにずいぶんとゆるーい雰囲気のタツキの控え室だった。
「これから決勝戦ですよね。王族の私がこんな事言っちゃ良くないと思いますけど。タツキさん、がんばって下さいね。勝利を信じています」
「ええ、全力で勝ちに行かせて貰いますよ」
ニコリと笑ってそう言った彼女に、タツキも笑顔でそう言って返す。
――コンコン
『マスクドMさん。そろそろ決勝戦のお時間です。
選手入場口までよろしくお願いします』
ノックをして外からスタッフが呼びに来た。
遂に決戦の時間だ。
「それでは、私はここで失礼させて頂きます」
「ええ、応援していますよ」
タツキはミジンコマスクを被り、ミジンコこそ至高マントを羽織ると部屋の外へと出る。
外に出ると、アオイ姫の護衛達にすごい顔をされた。
きっとキモカワなミジンコが素晴らしすぎたんだな、うん。
そうして、タツキは決戦の舞台へと出て行った。
――ヒュルルルルル............ドォォォォン!!
―――ヒュルルル............ドォン!ドドォォォン!
雲一つない夜空に花火が何度も打ち上げられ、ツバキの王都の街を照らす。
夜空に咲いた色とりどりの大輪の花に街中の人々の目が吸い寄せられる。
『皆さんっ!遂にこの日がやってまいりました!!
何人ものライバル達を叩き潰し、勝ち抜いてきた二人による最後の死闘!!
最終日、ツバキ闘技大会決勝戦だーーーーっっ!!』
「「「「おおおおおおーーーっ!!」」」」
司会席でぴょんぴょん跳ねるカミラちゃん。
『むはははは!俺達も気合い充分なのである!!』
むははは!と笑うゴリゴリ氏はふんどし一丁になってその雄々しい筋肉を見せつけている。
数々の傷跡を残しながらもその筋肉を金剛石の如く輝かせる彼の肉体はまさに歴戦の猛者に相応しい。
『それでは選手入場のお時間です!
まず入場してきますは狂気に満ち溢れたミジンコの勇士!黒いマントを翻し、珍妙な鳴き声を発しながらフィールドを駆け回る微生物賢者!
マスクドーーーMゥゥゥぅぅぅっっ!!』
「ピギョォォォオォォォォォォ!!!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
奇声を発しながら登場するマスクドM。
観客達も大分馴れたのか普通に彼に歓声を浴びせる。
彼はマントを翻して観客達に見える方に金文字で刺繍してある『ミジンコこそ至高』を見せつける。
するといつの間に作っていたのか、
「「ぴぎょおおおおおお!」」
観客席にいた子供達が手作りと思しきミジンコマントを翻し見せつける。
プリチーなミジンコチルドレン達である。
彼等の保護者達は頭を押さえてうんうん唸っていた。
『そしてっ!!反対側より現れるは、ヤヴィン伯爵家の時期当主にして一撃必殺の怪力を持つ男!今、ツバキで口説かれたい男ナンバーワン!
ウランフ・ヤヴィ~~~~ン!!』
「「「うおおおおおお!!」」」
豪華な鎧をその身に纏い、堂々とした貴族らしい態度で入場してきたウランフ。
風に揺れる彼の深い青色の髪、スッと綺麗に筋の通った鼻、優しそうな緑色の目、きゅっと引き締まった凛々しい口元。
まるで物語に出て来る王子様のような姿の彼にみとれた町娘や各地の御令嬢達の熱い視線が集まる。
そんな中、マスクドMも彼に向かって女性達とは違う視線を向けた。
彼は客席に向かって人当たりの良さそうな笑顔を向けて手を振っている。
一見するとただの性格の良さそうな貴族のお坊ちゃまだ。
でも。
ああ、わかるよウランフ。
貴方のことは何も知らなかったけれど、こうして面と向かい合って立って確信した。
君は、もう、
ウランフ・ヤヴィン 邪神 半覚醒 18歳 ♂
天職:魔導師・錬金術師
Lv.1
HP900000/900000
MP1200000/1200000
攻撃230000
防御140000
速度210000
魔術199000
スキル:闇魔法Lv.9 身体強化Lv.MAX 錬金術Lv.8 風魔法Lv.4 剣術Lv.6 拳法Lv.7 暗器術Lv.6 隠密Lv.MAX ■■■Lv.●
称号:外道・邪神との契約者・邪神
ヒトでは無いんだね。
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ああ...........とても良い気分だ。
突然気絶して倒れてしまったのは驚いたが、最近の身体の調子を思えば納得出来る程度のことだった。
それに目覚めてから身体の調子がとても良い。
例えるなら、そうだな『身体に巻き付けていた鎖が外れたような感覚』『今まで見ていた世界の色が鮮やかになったような感覚』と、いったところかな?
あまりにも調子が良くて、まるでこの世の全てから祝福を受けているかのようにさえ感じられる。
今ならなんでも出来ると思えるような万能感。
(しかし........)
ああ、あいつだけは何故か無性に壊したくなる。
僕は邪魔じゃない限り手は出さない平和主義者なのにねぇ?
え?邪魔なら手を出すのかって?そんなの当たり前じゃないか。自分の目的の邪魔ならこの国の王子だろうと殺してみせる。
まあ元々その予定だったしね。
だけど........僕は彼の事なんて何も知らないよ?
初対面だ。
なのに彼を壊したくて仕方が無い。
あいつが居る限り僕が万能でいられなくなる、この国において無敵の存在でいられなくなる。
そんな思いが沸き上がってくるみたいだ。
もしかして、アイツも.........同じなのか?
残念ながら僕は『鑑定』持ちじゃない。
『外道』の称号については『鑑定水晶』で確認済みだから効果が発揮されているけどね。
まあ、とにかく僕は『鑑定』持ちではないから彼のステータスを確認する事は出来ない。
だから確信に至ることは出来ないのだけれど。
目的は優勝だ。
今はそれだけで良い。
他のことは考えるのはやめておこう。
「さて、そろそろ時間だね」
そう言って、彼は歓声鳴り止まない戦場へと向かって歩き出した。
次回より本格的に第四章ボス戦スタートです。




