生贄
「あ、タツキさん!ウチの買ってって下さいよ!」
「コゼットさん!?」
「うおっ!?昨日の七天刃のおっさん?!」
たこ焼きの屋台から顔を覗かせてブンブン手を振っているおっさん。
何故か『七天刃』のコゼットが屋台を出していた。
「コゼットさん屋台やってたんですか!」
「小遣い稼ぎってやつですよぉ!」
「その師匠の小遣い稼ぎに僕まで動員されてるんですが..........。はぁ、売り上げはどうせ殆ど奥さんへのプレゼントに溶けるんでしょう?」
「おう!何たって愛してますからね!」
「はぁ........。僕の給料.......」
見ればジェド君も手伝わされている。
ジェド君が作っているのは匂いからすると焼きそばのようだ。色はなんか緑色だけど。
「焼きそばか?一個大銅貨三枚か、皆はどうする?」
「たべふよ!」
「私は大丈夫ですタツキ様」
「ん、食べる」
「じゃ、俺も貰うわ」
「私はだいじょうぶかな」
「私はもうお腹いっぱいだよ~」
「じゃあ私も貰うわ」
食べるのはミラ、クロエ、リュウガ、イオリ、そして俺だ。
ミラは屋台が楽しいのか、また頬を屋台飯で膨らませている。今食べてるのはイカ焼きだな。
「じゃあ五人分で!」
「よっしゃ!ちょっと待っててな!」
そう言って銀貨一枚と大銅貨五枚を取り出す。
「お。奢ってくれんのか?」
「なんだか悪いわね、日向君」
「気にしないで、お金は割と稼いでる方だから。それにお祭りだしねぇ」
今日のために『エルダーマッドウルフの皮』やら『ギガアントの甲殻』等々、貴重な魔物の素材を売ってきたのだ。
そこまで沢山売らなかったけれども、全部で大金貨7枚と金貨3枚、銀貨5枚になった。
日本円換算で735000円になる。
お祭りぐらいなら余裕で遊びまくれるのだ。
ついでに言うと、ミラにやって貰っていた賭けの分のお金も相当貯まっている。
「そういやぁ、今日決勝戦ですけど相手のウランフさんが倒れたって聞きました?」
「倒れた?って、何かあったのか?」
「いやぁ、何か突然ふっと倒れて気絶してしまったらしくて。あ、でもその後はしばらくしたら普通に起きあがって大丈夫だったそうですよ」
「気絶..............?」
引っかかるな。脈絡もなく突然気絶するなんて..........なんだろう、何か知ってる気がするんだけど..........。
「達樹?おい大丈夫か?酷い顔してるぞ」
「っ、あーごめん。ちょっと考え事してたわ」
「お前は昔っからよく考え事してぼーっとしてたよなぁ」
「悪ぃ」
駄目だな。思い出せない。
だけど何か嫌な予感がすることだけはわかる。
今夜の決勝戦、更に気を抜けなくなったな。
「はいっ、五人前出来ましたよ!」
ジェド君が五人分の焼きそばを箱に詰めて渡してくる。
「おー!日本の焼きそばみたいな匂いがする!」
「緑色だけどなー、それも蛍光色っぽいやつ」
「冷めないうちに食べようか」
出来立てでアツアツの焼きそばの味は日本にいた頃の焼きそばの味そっくりだった。一つだけ違ったのは、
「辛っ!」
「なんかピリッとするねぇ。なんだろ?これ」
唐辛子?の様な辛みがソースに混ざっている。
スーッと突き抜ける様なスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。
その辛みもまた一口、一口と食欲をそそる。
屋台の方を振り返ると、コゼットがビシッ!とサムズアップしていい笑顔を見せた。
どうやら彼の屋台独自の味付けらしい。
馬車の御者から七天刃、更には屋台の店長まで本当に色々やってるな、この人。
「あ、ここにゴミ箱ありますから食べ終わったら捨てちゃって大丈夫ですよ!」
ひょいひょいと屋台の横にある箱を指さす。
と、その時、
「おい!大丈夫か?!おい!!」
見れば30代くらいの男性が倒れている。
周りには彼の友人らしき人達が集まって眠ったように気絶している彼を揺さぶっている。
「何だ?何だ?」
「よくわからんけど目の前で突然倒れたぞ」
「良かった、息はある。急いで病院まで連れてくぞ!」
「どうしました?!何があったんですか!」
「衛兵さん!こいつが突然倒れて!」
「またこの症状.......?! わかった、すぐに病院まで連れて行こう!」
気になることを口からこぼした衛兵。
「またこの症状」?他にも突然倒れる人達が相次いでいるのだろうか?
野次馬が騒ぐ中、気絶した男は病院へと連れて行かれた。
「嫌な予感が更に強くなったな......」
「タツキ..........?」
「ごめん、ミラ。まだ少し時間はあるけど気になることが出来たから俺はここで抜けるよ」
「わかった、今日は楽しかったよ!」
少し寂しそうな顔をしたけれどすぐに笑顔になったミラは快く俺を送り出してくれた。
リュウガ達にもここで抜ける事を告げて、彼等には今まで通りお祭りを楽しんで貰うことにする。
「拙いな.......」
突然の気絶。目が覚めた後も特に変わったようなことは無かった。次々と倒れて病院に運ばれる人々。
予想してしまったのは彼のこと。
意識してか無意識かはわからないが彼が本格的に動き出したとみて間違いないだろう。
倒れた人々が「大会に参加していない」事を祈るばかりだ。
タツキは病院へと向かって走り続けた。
「先生!また急患です!患者は突然気を失って倒れた模様。息はあるものの周りの問いかけに一切反応しないそうです!」
「また同じ症状か!?これで23人目だぞ!??」
突然の大量の急患にバタバタと駆け回る医者や看護師。
次から次へと診察室に運び込まれ、症状の確認が行われる。
「話は.......聞けそうにないな」
そう言って『アイテムボックス』から召喚石を一つ取り出す。
緑色に輝くその石を手の中に隠すように握り込み、
「頼んだ『シュッツゲッコー』」
手の中で微かに光を放って砕けた召喚石。手を開くと、そこには黒色のヤモリがぴたっと貼り付いていた。
ヤモリはタツキの手のひらから壁に飛び移ると、患者が運ばれていった診察室までひたひたと這っていく。
ロビーのベンチに腰掛けたタツキは、目を閉じて『シュッツゲッコー』からの交信を待つ。
――ジ......ジジ.........
『――だ。魔力がどんどん減っていっている』
繋がった。この声は診察室で運び込まれた患者の検査をしている医者の声だろう。
『と、なるとやはり同じなのですね........』
『ええ、ナーシャさんと全く同じ症状です。ですがナーシャさんと比べると魔力の減りが尋常じゃないですね。このままだと明日の朝には魔力の欠乏で危険な状態に陥る可能性もあります』
『何かしらの呪いでも受けているのでしょうか......』
『呪いだったとしても私の腕では解呪出来ないでしょうね。それに呪いと言うよりもこれは――』
――ブツッ
「なっ!?」
切れた。
まだまだ活動時間には余裕があったはずだ、魔力欠乏で消滅したとは考えにくい。
それならば、
「盗み聞きは良くないですよ?ねぇ?」
「お前か........。黒幕は..........」
目を開けると旅装の男がにこにこと笑みを浮かべて此方を見下ろしていた。
瞬時に鑑定を掛けたがステータスが見えない。
恐らく、此奴は俺よりも圧倒的に強い。
(拙いな.......少し急ぎすぎたか)
冷や汗が頬を伝って首に流れる。
男はゆったりとした動きでタツキの横に腰をかける。
「黒幕なんて人聞き悪いですねぇ、私は傍観者ですよ、傍観者。今回の事件も全ては彼が望んで起こしただけの事です」
「........だけど切っ掛けを作ったのはお前だろう。それにさっきの攻撃はどうやったんだ? バレたから俺もここで殺すか?」
すると男は妙に演技がかった風にくすくすと笑ってみせた。
「くふふふっ。まあここで貴方を殺すのは簡単ですよ?でも私はしません。そんなことをしてはつまらないですからね。それに貴方、まだ私が邪神でも誰かは見当がついていないでしょう?」
「愉快犯のつもりか?邪神が?」
「何を言っているのやら。私はいたって真面目ですよ?それに――」
気付かなかった。
気付けなかった。
俺が反応するよりも速く彼の手が首筋に迫り、
「やろうと思えば私は貴方をすぐにでも殺せるんですよ?強者の前での言動には注意しなさい」
「ッ!!............ぐ」
ヒュッ、と息が詰まる。
ドクンドクンと心臓の鼓動が速まるのを感じる。
彼は先ほどの真顔からすぐに笑顔に戻り、楽しそうな口調で話し始めた。
「ま、彼の事は殺したければ殺しちゃってかまわないですよ?今回の件は大戦とは殆ど関係ないですからね。私の趣味?いえいえ、ライフワークみたいなものです。それには貴方も含まれている。私は見てみたいのですよその先を」
「俺は.......殺したい訳じゃない」
「甘いですね勇者........。だから私たちを滅しきれない。そんな調子では早死にしますよ?優しい私からの忠告です。それじゃ、また何処かで会いましょう」
気付くと彼はもう既に居なくなっていた。
タツキの、完全な敗北だった。




