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糞餓鬼皇帝はご機嫌斜め

「ふっ、ふざけ...............」


 大会三日目終了後のある高級宿屋の一室。

 ぷるぷる震えながらグラドの前に立つ糞餓鬼皇帝の姿があった。


「ふざけてんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 大声で怒り始める皇帝ギリオス。

 その声量にビリビリと窓が震える。まるでポ○モンのバク○ングだ。

 彼の後ろにはまた連れ込んだと思われる女性達が三人ほど居て、クスクスと笑っている。


「ふざけんじゃねぇぞ!帝国最強だろうが!何負けてやがんだクソが!」


「申し訳ありません陛下。まさか私も準決勝で負けてしまうとは思ってもおりませんでした。

 しかしそう言われましてもあの男がとんでもなく強いことは陛下も御覧になりましたかと。一国の皇帝として是非あの男を騎士団にスカウトしてみては如何でしょうか?」


 淡々と事実だけを述べるグラド。

 彼は只、この糞餓鬼皇帝に成長して欲しいとだけ思って言っただけだった。

 彼はここまでギリオスの道楽に付き合ったのだ。

 普通ならここまではっきりした物言いにも、騎士団長である彼を付き合わせた皇帝は彼に感謝こそすれ、怒るような道理はない。

 しかし、


「はぁぁぁぁあ??? ナメてんのか!このクソ雑魚騎士団長が!!テメェが雑魚過ぎるからアオイ姫逃してんだよ!わかってんのかクズが!」


「はぁ」


 餓鬼は餓鬼のままだった。

 力無い返事をするグラド。


 (はぁ、こりゃ駄目だな........)


 クズにクズと言われること程ムカつくことは無い。

 正直なところ、無理矢理大会に出場させておいて負けたから出来損ないよばわり等理不尽な話だ。

 この下半身野郎はまるで成長の見込みが無い。

 帝国も末だな、とグラドは思う。


「だあああああ!ムカつく!ムカつくんだよクソが!後もう少しで良い女が手に入る所だったのによぉ!!ったく、何処の貴族も似たようなこと――」


 と、そこで皇帝は何かに気付いたようで、また嫌らしい笑みを浮かべる。


「ああ、そうか。そうだよな。アオイは手に入らなかった。だけどまだあの噂になってる冒険者の女は残ってるんだよな。よし!グラド!お前に最後のチャンスをやる。ブランシュという名の冒険者を連れてこい!貴族共出し抜いて俺のモノにしてやる!」 


 (結局また女か............)


「お断りします陛下」


「...........は?」


 即座に断るグラド。

 糞餓鬼皇帝はその言葉の意味が理解できずに数秒呆けた顔になる。

 だが、気を取り直すと、


「ああ、わかった。わかったわ俺。お前俺のことナメてんだろ?皇帝ナメるなんて良い度胸じゃねぇか。ああ?帝国最強の騎士団長サマだから見逃して貰えるとでも思ってたか?いいか!テメェは今日でクビだ!二度と俺に顔見せんじゃねぇ!!」


 みっともなくわめき散らす皇帝ギリオス。

 グラドはただ一言「今までお世話になりました」と言うと静かに部屋から去っていった。


 帝国の戦力が一気に低下した瞬間であった。












 宿屋を出たグラドは、例の噂になっている冒険者に会いに行った。

 話してみるとどうやら彼女の居るパーティのリーダーは覆面で大会に参加していたらしい。

 と、いうか、自分をあっさりと倒したあのミジンコ男だった。


 なんか、もう心配する必要とか無いんじゃないだろうか。なんて思ってしまったが、相手はあの下半身野郎だ。

 

 皇帝の権力という権力を使って、彼等に彼女を差し出させる様に圧力をかけてくるだろう。

 そうなれば一介の冒険者では太刀打ち出来なくなる可能性が高い。

 だから、彼は例のことをこの冒険者『タツキ・ヒューガ』に話すことにしたのだ。


 そんな訳で今、グラドと達樹達はツバキ王都のとある食堂に居た。


「そういうわけだからくれぐれも帝国の手の者には気を付けてくれ」


「ああ、分かった。.........だけどブランシュ目ぇ付けられ過ぎだろ.............。もう早いとこ籍入れた方が良いかな..........如何せん早すぎる気がするけど............」


「た、達樹様と結婚..........。は、早いかもしれませんが、私は大歓迎ですっ!」


「タツキー、遠い目になってるよー」


 何か意気込んでいるブランシュ。

 ゆさゆさとタツキを揺さぶるミラ。

 グラドに「ブランシュが目を付けられている」と忠告を受けたタツキは遠い目をしていた。

 ブランシュモテすぎだろ、と。


「はぁ........急展開過ぎる..........」


 もう訳が分からん。

 どんな奴かは知らんが皇帝よ、迷惑だからやめてくれ。


 このままだと面倒がどんどん増えていきそうだ。

 流石にさっきのは冗談だけど二人と結婚するのはまた考える機会を作ろう。

 ミラは「ブランちゃんが結婚するなら同時に私もぉ」とか言ってデュフデュフ笑ってるけど。

 ブランシュも顔を赤くして恥ずかしそうに俯いている。

 そして、


「成る程、ブランシュちゃんは色々と大変みたいだね。僕もタツキ君とブランシュちゃんの仲を全力でサポートさせて貰うよ!」


「それと、何でお前ここにいるの!??」


「おや?高貴な僕が此処に居ては拙かったかな?丁度外でグラド君を見つけたから話を聞いてついてきたのさ!!

 まあ、庶民の食堂なんて確かに僕の肌には合わないように見えるというか実際合わないのだけれど居る分には問題ないんだよ!」


「そういう意味じゃねぇから..........」


 何故か此処に因縁の貴族の坊ちゃん、『イルセス・マーティン』がいるのだ。

 しかもあれだけ本気でブランシュを取りに来ていたのに手のひらを返したような台詞。

 一目惚れだと諦めも簡単につくのか?

 恋愛経験とか無かったからわからない............。


「んん、まあ僕もあきらめきれた訳じゃないんだよ。初めてブランシュちゃんの写真を見たときなんて『この女性(ひと)こそ僕の運命の人に間違いないで候.......』なんて口調までおかしくなっちゃったぐらいだからね。

 でもねぇ、やっぱりブランシュちゃんの幸せを考えるなら君の方が良いかなって。君とんでもなく強かったからねぇ、冒険者としても収入はかなり良いんじゃないの?そう考えたら気持ちの面だけじゃなくて経済面でも意外と安心出来そうかなぁって」


「諦め切れてはいないのか.........」


「相手の気持ちを優先した結果さっ(キラッ)」


 ニッ、と白い歯を光らせて笑ってみせるイルセス。


「はぁ、それが出来るなら最初からして欲しかったよ」


「ふふん、父上には『好きな女性が出来たらとりあえず突撃しろ』って言われてたからね!!

 僕の父上は母上をそうやってゲットしたのさ!」


「そ、そうか」


 ふふーん!と言わんばかりに胸を張るイルセス。

 なんかちょっと子供っぽいなぁ。

 今までの彼のイメージがガラガラと崩れていく音がする。


「はぁ、しっかし皇帝の野郎が何してくるかだよなぁ。警備体制キツ目にしなきゃ」


「召喚獣だとあんまり長持ちしないからねぇ。ゴーレムでも作ってみる?」


「ん?ミラはゴーレム作れるのか?」


「んー、僕は作れないけどブランシュちゃんなら作り方も知ってるかなって」


「ええ、まあ作り方なら」


 ミラの考えを肯定するブランシュ。

 ブランシュには様々な知識がアトロポスによって覚えさせられているのだ。


「材料は魔石さえあればあとは簡単に手に入るものでも作れます。まあ、その場合強さはあんまり良くないですけれど」


「まあ、無いよりはあった方が良いだろうな。材料が集まり次第作ってみるか」


「む、ですが帝国はゴーレムで栄えた国です。同じ手を使って何か仕掛けてくるかもしれませんよ」


 グラドが話に入り込んでくる。

 話によれば、帝国の主戦力は騎士や兵士よりもゴーレムの軍隊なのだという。 

 負けても死人は出ない上に普通の兵士よりも強い。

 ゴーレムの素材となる金属や岩石は豊富だったので大量に生産する事も出来る。

 だからこそ帝国はゴーレムの軍隊で領土を広げ、発展しそしてゴーレムの技術も世界最高峰なのだという。


「それなら逆に帝国に行けば良いゴーレムの素材が手に入る、と?」


「む、確かにその様な考え方も出来ましたな。ですが帝国にいきなり飛び込むのも何ですし、隣の小国『ノクバ公国』の方に行ってもゴーレムの素材になる物は手に入ると思いますよ。何でしたら私も今は随分と暇な身になりましたし、大会が終わって落ち着きましたらそこまで案内しましょうか?」


「それは良い提案だと思うよ。だけど、まだ少し貴方への疑いも残ってる」


「..........あぁ、そうでしたね。すぐに信じてくれなんて言う方がおかしかったですよ」


「でも、うん。グラドさん、俺の目を見てくれ」


「えっ?ええ、はい」


 そう言うと俺の目を見るグラド。

 そして、


「『記憶確認(死神は囁く)』」


 闇属性の最上級魔法『記憶確認』。

 目を合わせた者の記憶を覗き見ることが出来るこの魔法でグラドの記憶を見る。


「うっ!........これは、酷いな」


「タツキさん、そんな魔法まで使えたんですか。凄いですね........」


 グラドが見た現皇帝の記憶に吐きそうな顔をするタツキ。

 アレは酷いな。

 よくあんなんで皇帝の椅子に納まってられるのかわからない。

 大方一部貴族や臣下達の良い食い物にされているんだろう。

 と、いうかグラドの記憶にもそんなものがあった。


「あー、うん。なんだ、グラドさん、とりあえず今は信じさせて貰うよ」


「信じていただけて何よりです。話の通じる人で助かりましたよ。はぁ、あの皇帝もこれぐらいまともな人でしたらねぇ........」


「アレをまともにするのは相当至難な業だと思うけどなぁ」


「はぁ........タツキさんも分かりますか..........」


 うなだれるグラド。

 読みとった記憶通り、相当苦労してきたらしい。

 挙げ句の果てに皇帝の道楽に付き合わされて気に食わないからクビだなんて.............不憫だ。


「ハハハ.........タツキさんの同情してくれる気持ちも分かりますけど、私は孤児の出でしたからね。ここまでまともに生活出来ていただけ運が良かったですよ............」


 目からハイライトを失ったグラドは腕を支えにしてぐったりとうなだれる。

 頑張ってきてたんだな..........グラドさん.........。




「ところで、僕から一ついいかい?」


 スッ、と手を挙げて話しを始めるイルセス。


「ゴーレムの材料だけど、僕の家ってお金持ちだろ?ふふふ、だからいくらか融通出来るかなぁって」


「お前..........融通してくれるのは良いけど変なこと考えたりしてないだろうな...........」


 フフフフと笑い続けるイルセスに不安しかない達樹。

 案の定、その不安は意味不明な結果ですぐに回収された。


「そのとおり!もちろんタダでは無いのさ。

 条件は只一つ!『ブランシュちゃんの写真集』を作って僕に持ってくることだッッ!!」


「全然あきらめきれてねぇぇぇぇぇっ!!!

 てか、意味不明だよ!何がしたいんだよお前!」


「理由なんてわかりきってるだろう?あっけなく失恋に終わった僕の初恋をいつでも思い出せる様にブランシュちゃんの写真集が欲しいんだ!

 こう、胸にザクザクと突き刺さる苦しい感覚がなんともいえないんだよ!」


「ドMかよお前!キザなイケメン貴族キャラは何処に行った!帰ってこい!

 ってかそんな変態な理由でブランシュの写真集なんか作れるかっ!!」


「そ、そんなあっ!ご無体なっっ!」


 絶望の表情で崩れ落ちるイルセス。

 若干それさえも嬉しそうだったように見えたのは気のせいだろうか?そうであって欲しい.........。

 目覚めてしまったのか............。


「ふぅ.......まあとにかく今は優勝する事が一番だからな。それに集中しとくよ」


「そうだよねぇ、なんてったってブランシュちゃんだもの。相当強い相手じゃない限り自分で身は守れるもんね。僕も一緒だし!」


「心強いです、ミラ様。私も隙をつかれないように気をつけます」


「ごめんな、俺が守りに付くのが一番良かったんだけど.............。とりあえずあと一日だけだから、頼んだぞ」


 ブランシュ達が酷い目に合わされないか心配だ。

 ブランシュもミラも強いけど、無敵ではない。

 七天刃クラスの相手では、勝負がどうなるかはわからないのだ。

 流石に皇帝とはいえ、実力行使でそこまでの戦力を人一人さらうのに投入するとは思えないが、それでも心配だ。


「それでも、タツキさんは優勝しなければならない理由があるのですね」


「まあ、そう約束したしな」


「約束.......ですか」


 誰と何を約束したのかは言わない。

 彼女はまだ悩んでいるのだろうか、答えは未だ来ていない。

 自分でも結構厳しい決断を迫ってしまったように感じて、少し反省している。

 俺が戦うから彼女は守られるが、同時に俺が戦うから彼女に選択の余地が現れてしまったのだ。

 彼女は、どんな決断をするのだろうか。




 その後、意見を交換しあったタツキ達は、午後9時を過ぎたあたりで解散となった。

 結局イルセスは特に見返りも無く、ゴーレムの材料を融通してくれるらしい。

 「何か見返りは要らないのか」とタツキは言ったのだがイルセスは「元々迷惑をかけちゃったのは僕だからね。迷惑料だったとおもってくれよ」との事だった。

 やはり彼は根は悪くないのだろう。

 常識が無いだけで。

 常識ェ..........。


 明日は最終日とあって大会会場周りのお祭りも一番の賑わいを見せる。

 決勝戦は明日の夜8時からなので、それまでの昼間から夕方の間にミラ達とお祭りをまわりに行くことになった。

 三人とも楽しみにしているようだし、俺も戦いの前に癒しが得られて嬉しい。

 三日ぶりの四人一緒にゆっくりしていられる時間だ。大切に、そして全力で楽しませて貰おう。



 明日の決勝戦で、この国の行く末が決まる。

最近すらんぷ気味。

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