全てを捨てる覚悟が有るのなら
「ふぅ~、ちかれたぁ」
Dブロックの予選が始まる中、マスクドM、つまり達樹は今日のプログラムを終えたので控え室を出て会場の通路を歩いていた。
まだ大会の一日目が終わっているわけではないので通路にはタツキしか居ない。
「流石にあのキャラでいるのは疲れるなぁ」
「やっぱり!貴方はタツキさんですよね?」
「うおっ!??」
いつの間にか真後ろまで来ていたのはツバキの第一王女アオイ姫だ。
いくら気を抜いていたといっても、簡単に後ろを取られたことにタツキは驚く。
「アンタ.........凄いな。全く気配を感じなかった」
「貴方も一国の王女を前に全く物怖じしないのですね。不敬だとは思ったりはしませんの?」
「おっと、申し訳ないことを致しました。生憎生まれ付き動じにくい性格でして」
「ふふっ、まあいいですわ。今日は貴方にお話ししたいことがありましたの」
柔らかく微笑んでみせるアオイ姫。
美しい黒髪が艶めかしく揺れる。
「まあ、特に用事もないですし.........良いですよ、ですが少し場所を変えましょうか。ここだと誰かに見られるかもしれませんので」
「外に出たらそれはそれで沢山の人々に見られますわよ?」
「それは大丈夫ですよ。それでは失礼しますね」
「え、えっ!?」
ひょいっとアオイ姫をお姫様だっこするミジンコ男。
突然のお姫様抱っこに彼女は顔を真っ赤にしてあたふたしてしまう。
「ちょ、ちょちょちょちょっ!!?」
「しっかり掴まってて下さいね。魔法で風の障壁は作っておいたので目は開けてても大丈夫ですよ」
「わっ!?ひゃぁぁぁぁあああ!!」
彼女の制止を聞くこともなくマスクドMは走り出す。
気配を限界まで薄くして目にも止まらぬ速さで走り始めた彼を見つけられる者など居ない。
『聖力』による壁を足場にして飛ぶように空中を走る。
あっという間に王城のアオイ姫の部屋のベランダまで来ると彼女をそっと下ろした。
「さて、と。ここなら落ち着いて話せますかね?」
ミジンコのマスクを外すとタツキはアオイ姫の方を向く。
「貴方は........一体.......?
まあ、余計な詮索はよしておきましょうか」
彼女はそそくさと着物の乱れを直すと達樹に向き直る。
そして、ゆっくりと深呼吸をすると穏やかな顔で話し始めた。
「私、昔好きな人が居たんですよ」
アオイ・ジンノウチ。
ツバキ王国の第一王女として生まれた彼女は殆どの時間を王城の中で過ごした。
国王である父親のつき合いで他の貴族の家へと遊びに行ったりすることもあるけれど、同年代の男の子は彼女を見るなり赤くなって話しかけてこないか、下心丸出しで話しかけてくる。
同年代の女の子も赤くなって固まるか、不愉快だとでもいうように鼻を鳴らすだけ。
だから、彼女には友達と呼べる人が居なかった。
まだ9歳と、幼いながらに美しさを見せるアオイ姫。
自分では意識していなかったその美しさが彼女の自由の邪魔をする。
そうでなくても王女という立場は彼女の自由を縛り付ける鎖なのに。
ただ、友達が、欲しかった。
ある日のこと。
王城にて彼女の弟である第2王子アーサーの誕生を祝うパーティーが開かれる。
(つまんない、こんな所にいても面白くない)
周りを見れば大人達とは別に、貴族の子供達が集まって楽しそうにお喋りをしている。
友人なんてものがいるわけもない彼女は一人、ぽつんと食事だけを続けていた。
「っと!」
「きゃっ!」
ぼーっとしていた彼女は貴族の男性の一人にぶつかって倒れてしまう。
「.......あたたたた.....」
「はっ!も、申し訳ありません姫様!!」
「え?え、えっ?」
アオイ姫を転ばせてしまったことに顔を青くして慌てて土下座する貴族の男。
アオイはそんな貴族の男を見て、また悲しい気持ちになった。
(やっぱり。皆私の事は『女の子』じゃなくて『お姫様』としか見ていない。私は記号でしかないんだ.......)
そんな時だった、
「君、大丈夫?」
「へっ?」
すっ、と手を差し出してきたのは金髪の魔人族の少年。
「お、お前、姫様に向かって『君』とは無礼だぞ!
すいません、息子が失礼な事を――」
「別に、いいよ」
アオイはその少年の手を取って立ち上がる。
(初めて。初めて私を私として見てくれる人が居た!)
アオイは顔が赤くなっているのを感じた。
嬉しさだろうか?それとも照れ?
どちらにしても、このときアオイは初めての恋をしたのだった。
「私はアオイ・ジンノウチ。貴方は?」
「僕?僕はウランフ・ヤヴィンっていうんだ宜しくね!」
ニカッ!と笑ってみせる少年にアオイは少しドキッとした。
恥ずかしくなって顔を俯かせる。
でもすぐに気を取り直し、二人は握手した。
この時、二人は友人になったのだ。
ウランフと仲良くなったアオイはあれから事ある毎に彼の家に遊びに行っていた。
何回か遊びに行っていると、お父さんに『あまり行き過ぎない方が良い』と言われたけれど、彼女は無視してウランフの家へと遊びに行く。
毎日が楽しかった。
そんなある日の事だった。
いつも通りにウランフの家に遊びに来ていたアオイはウランフを捜していた。
(あっ、あそこかな?)
ウランフと彼の父親の話し声が一つの部屋から聞こえてくる。
邪魔するのも悪いと思った彼女は部屋の前で待つことにした。
『どうだ、息子よ。アレとは上手くいっているかな?』
『上々です父上。ずいぶんとチョロい女ですよ』
『ふははははっ!流石は我が息子だな!これでお前達が結ばれれば我が家は安泰よ!』
(チョロい女?何の話なんだろう?)
嫌な予感が頭を過ぎる。
気になった彼女はそれを聞き続けた。
『最初はどうなることかと思ったが本当にアレで上手く行くとはな!わざとぶつかってやった甲斐があったというものよ!』
『ははっ!あの王女は友人に飢えているようでしたからねぇ、余裕でしたよ!』
(ど、どういうことなの.........?)
アオイは混乱していた。
ウランフの言っていることがわからない。
優しい彼はいったい何処へ行ってしまったのか?
チョロい女?余裕だった?
頭の中を黒い思考が埋め尽くす。
――ガチャッ
「あれっ?アオイ、来てたのかい?」
「へっ?あっ、え.........」
いつもの優しい笑顔で話しかけてくるウランフ。
「そうだ!今日は二人で町に遊びに行かな――」
「ごめんなさい!帰る!」
「はっ!?えっ!??」
気付いたときにはアオイは走り出していた。
逃げるように王城へと帰る。
(やっぱり.......嘘だったんだ。誰も私の事なんて見ていない.........)
好きだった人に裏切られた。
いや、最初から騙されていただけだったんだ。
「うっ......うう、うううぅぅぅ......」
ボロボロと涙が溢れてくる。
お父様の言っていたことは正解だった。
それがまた彼女の心を傷つける。
人並みの恋愛さえ許されないのか。
彼女に自由なんてなかった。
「これが、私の話したかったことです......」
「.........そうか」
夕焼けに染まる街を眺めながら話す二人。
「だから私、貴方達を見たとき凄く羨ましかったんです。
私にはどう頑張っても手の届かないものだって」
また、彼女の目から涙が落ちる。
「言って.......どうするつもりだったんだ?」
「ふふっ、別に......吐き出したかっただけですよ」
彼女は涙を拭いながら答える。
楽になりたかったんです、と。
「そのウランフですけど.......今回の大会にも出てるんですよ。十中八九、私が目当てでしょうね」
「まあ........そうだろうな........」
風が優しく彼女の髪をなびかせる。
何を思ったのか、タツキは急に畏まると。
「姫様には、今までの人生の全てを捨てる覚悟はありますか?」
「へっ?」
唐突な訳の分からない質問にアオイ姫は驚く。
「今まで貴女が背負ってきたもの、守られてきたもの、積み重ねてきたものの全てをなげうつ覚悟はおありでしょうか?」
「そ、それは.......!?」
何を言おうとしているのか察した彼女は目を見開く。
タツキは彼女の方へと向き直った。
「もし、その覚悟があると言うのなら、大会の決勝戦の直前までに私の所へ来て下さい。貴女の覚悟を受け止めましょう」
タツキはそこまで言うとベランダより飛び降りて去っていった。
「タツキ........さん.......」
一人残されたアオイ姫。
涙で濡れた彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。




