虚
全長16メートルはあろうかと言う地竜は此方を見つめ、今にも飛びかかってきそうな程の威圧を放っていた。
しかし、その目には怒りや殺意など単純な魔物でさえ持っているだろう感情は感じられず、塗りつぶされたような、それがただの二つの穴であるかのような、無機質なソレがそこにあった。
絶望の空気が漂う中、遂に竜は動き出す。
だが同時に残っていた四人の騎士が飛び出し、
「俺達がこの竜を抑える!お前達はその間に逃げろ!!」
「勇者様方、絶対に逃げ切って下され!!無駄死になど許しませんぞ!!!」
「全員構えーーッッ!!」
『『『『聖鎧!!!』』』』
防御系魔法を唱え、襲いかかってきた地竜を迎え撃つ。
その隙に俺たちは通路脇を全力ではしりはじめた。
が、何故か竜は相対している騎士には目もくれずにクラスメート達へと注意を向けた。
「ゴアアァァァアァアアァァァッッ!!!!」
「なっ!?『迅速』!!」
慌てて1人の騎士がフォローに入るも無理な体勢で竜の爪を受けたために上手く攻撃をいなし切れずに洞窟の壁へと叩きつけられる。
「このっ!!許さん!『砂塵槍撃』!!」
竜へ向けて砂で作られた6本の槍が凄まじいスピードで放たれた!
「ガァァァアァァッッ!!!」
だが直撃する瞬間に竜の体がうっすらと光と当たった槍は傷を付けることはかなわず散ってしまった。
一人減って再び竜へと相対する三人。三人は未来の希望達を守る為に此処を死地とすると覚悟していた。
俺は走りながら考えを巡らせていた。
(何故地竜が一階に居たんだ?たとえ二層に居る奴らが全滅したとしてもあのエリアから俺達を回り込めるルートは無かったはず。
ならば、あのレベルの竜が二体存在することになる。
流石に二体同時に来られたら逃げ切ることはかなり難しいだろう。
それだけじゃない、さっきの攻撃は確実に俺達を『勇者』を狙ってきていた。
もしアレが野生の魔物なら離れて逃げる俺達よりも目の前に居る騎士達を狙っただろう。
つまり、『勇者』を殺したい何者かが後ろで糸を引いているということはほぼ確定であり、あの『目』にも説明がつく。
そして更に言えばあの竜を操っている何者かは確実に竜よりも強いだろうと予測できる。)
「逃げきれる......だろうか...」
(それにあの竜相手にこのルートはまずかったかも知れないな。)
そう、俺達は出来るだけ早く外に出るためにあのルートをえらんだのだ。
数分後、『死の淵』のある広間へと出る。そして予測していた事も的中してしまった。
本来なら一匹の魔物さえ近寄らないこの広間へと騎士を全滅させて追ってきた竜は臆する事無く突っ込んできた。
「ゴォォォアアァァァッッッ!!!!!」
流石の竜も激戦により満身創痍だったがその動きには一切の鈍りも見られない。
「何ッ......なんだよっ!!!なんなんだよアイツはッ!!」
リュウガが驚きと絶望の声を上げる。
「死にたくない!!!死にだぐないっっ!!!!」
「うわああアぁあァァァアあぁぁぁっ!!!」
「助けてくれえぇっ!!!」
集団パニックに陥ったクラスメート達は地竜に向けて滅茶苦茶に魔法を飛ばしまくる。
地竜は何発もの魔法を受けてもどこ吹く風、皆をもう一度纏めようとダイゴとリュウガが声を張り上げるも治まる気配は無い。
その時だった、一人の魔法が暴走し、巻き込まれた女生徒が1人死の淵の近くへと投げ出されてしまった。
委員長だった。
「っ痛ッぅ.........たた...」
一人集団から離れてしまった彼女に地竜は照準をあわせた。
「まずいッッ!!」
「なっ!?タツキ君!!?」
気付いたときには既に走り出していた。
ミコトの制止も聞かずにその時は守ることだけを考えていた。
別に彼女が特別大切とか言うわけではない、ここで見捨てて後悔したくなかったから。
純粋な正義感からではない、只の自己満足のために。
でも、これが、日向達樹の本質であり信念でもあった。
「きゃっ!!!」
俺は委員長を突き飛ばし、目の前まで迫った竜に向けて光の壁を三枚同時に重ねて展開する。
「ゴガァァァァアアァッッ!!!」
「ふぐっ!ぐぅぅぅぅぅ!!!!」
ビキビキと光の壁にヒビが入って一枚目が砕けて消滅した。
直撃は免れたが竜の力に押されて俺の身体は死の淵の上へと投げ出される。
俺は落ち着いて足下に光の壁を展開、そのまま足場にした壁を移動させて逃げ切ろうとした。
が、壁は展開されることはなかった。
「.........えっ...?」
MP切れではない、むしろ十分すぎる程残っている。それどころか深い穴の底へと引きずり込まれる様な感覚がして。
竜と俺を隔てていた壁が崩れ去った。
魔法を解除したわけじゃない何かに解除されたのだ。
翼を持たない地竜も俺と共に暗闇へと引きずり込まれる。
振り払おうとしても見えない何かが全身にまとわりついて離さない。
光の壁を出そうともがいても何も起こらない。
地竜も何か慌てたように暴れるが、抵抗むなしくどんどん穴の底へと引きずり込まれていく。
「ぐ、むーっ!むぅぅーーっ!」
「グオ゛オ゛オ゛ーーーーッ!?」
口まで見えない何かに塞がれて声を出すことさえ出来ない。
落ちていく俺の視界に呆然とした顔の委員長が映る。
ボロボロになりながらも広場へと駆け込んでくるダンカンさんが。
膝から崩れ落ちて震える大悟の姿が。
何か叫びながら必死に此方に手を伸ばすも竜牙と結花に捕まって暴れている命の姿が。
そして、命を捕まえながらも大粒の涙を流して歯を食いしばる竜牙と、理解が追いつかないのか呆けた顔をしている結花の二人。
(最期まで俺は馬鹿なままだったな。)
何も変わっていない。
安い正義を振りかざすだけの木偶の坊。
そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
抵抗するのをやめた達樹は次第に見えなくなっていく光に手を伸ばしながら深い深い闇の底へと見えない無数の腕に引きずり込まれていった。
(モウヒトリノボク、コノセカイヲタスケテ。)