狂人
ダンジョンの25層にて。
ミラの言うとおりに進み続けると、そこには壁が存在していた。
「ミラ、ここなのか?」
「うん、ここで間違いない。気持ち悪い感覚がこの壁からにじみ出てきてる」
「わかった。少し下がっててくれ」
そう言うとミラを俺の後ろに立たせる。
拳をぐっと握り締め、全身に身体強化をかけた。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
―――ドッゴオオオオオオオ!!!
全力のパンチで壁が粉砕される。
もくもくと土煙が立ち、視界が妨害される。
しばらくすると土煙は落ち着いてきて、中から声がしてきた。
「.......全く、乱暴な人ですねぇ」
「!?」
「いきなり壁を破壊して入ってくるなんて常識どうなってるんです?」
「お前は........何者だ..........」
土煙が落ち着き、中が見えるようになるとそこには一人の人族の男が立っていた。
「ふん、名前を聞きたいのならまずは自分から名乗るのが礼儀だと思いますが?」
「あんなモン復活させた奴に礼儀もクソもあるか。もう一度聞く、お前は何者だ」
「ンフフフフフ♪なんでしょうかねぇ?自分でももう思い出せないのですよ?」
おどけた調子で清潔なローブを纏ったその男はタツキを煽る。
「何なんだこいつ.......。頭がおかしいのか?」
「頭がおかしいとはご挨拶ですね。まあ私にとって邪神等研究の一つでしかないんですよ。それにあんな出来損ない、囮でしか無いですしねぇ」
「!!........マズい!ミラ、上に戻るぞ!」
「させると思いマスかァァァァ!??」
男の身体が見る見るうちに膨れ上がり変貌していく。
人間を何人も集めて固めたような身体にラウプによく似た顔。
正に異形と呼ぶべき姿に変貌した男はタツキ達に襲いかかる。
「私ワァ!ジャマヲサレル訳ニハイカナインデスヨォ!!」
ミラのスピードに追いついてくる異形の男。
ミラへと振り下ろされた腕に俺は聖力を発動し光の盾で力を削いで、更に丸ノコを出現させてその腕を切断しようとする。
が、思った以上に堅いその肉に、聖力では小さな切り傷しか作ることが出来なかった。
「非力!アア何ト非力ナンデショウ!
私ノ目的ハ全人類ノ進化!!
全テノ人類ハ私ノ様ニ美シク進化スルベキナノデス!!」
「何言ってるんだこいつ!?気色悪いぞ!?」
「私ノ実験ニアノ街ノ人間ヲ使ウ!
ソシテ新タナル人類ノ夜明ケトシ、魔族ドモヲ殺シ尽クシテヤルノデス!!」
こいつの言うことが本当なら、ラウプの相手をしている間に街は襲われているということだ。
早くこいつを倒して街へと戻らなければ。
■■■■ 人族 652歳 ♂
Lv.463
HP430000/430000
MP300000/300000
攻撃30000
防御25000
速度12000
魔術27000
スキル:自己再生Lv.MAX 闇魔法Lv.MAX 錬金術Lv.MAX 土魔法Lv.MAX
称号:狂人
狂人:完全に狂ってしまった人間に与えられる称号。戦闘時のパワーが倍加する。
「うおおっ?!」
60000の攻撃によって光の壁はいとも簡単に砕け散る。
連続で更に光の壁を20枚展開してなんとか持ちこたえた。
「私ハァ!人類ノ為ニィ!研究ヲシテイタトイウノニィィ!!!
アノ貴族ドモハアァァァ、何故私ノ研究ヲ評価シナイノダアァァァ!!」
男の言っている事がだんだんと支離滅裂になり始める。
「民ヲ傷ツケ、魔族ト繋ガッテイタクズ貴族ヲ殺シテ私ノゾンビニシテヤッタ!!ナノニ何故民ハ私ヲ恐レ、私ヲ迫害スルノダ!?私ガ全テ救ッテヤロウトイウノニ!
ダカラ全人類ハ進化シテ私ト同ジステージマデ上ガッテコナケレバナラナイ!!
理解シナケレバ前ヘトハ進メンノダァァァァ!!」
壊れてしまった男の悲痛な叫び。
彼の原動力はあの邪神の様な欲や狂気等では無かった。
全ては人類の為。
行きすぎた情熱は狂気へと至る。
小説でも読んだ典型的なマッドサイエンティスト。
「.........悲しいな」
彼は哀れな男だ。
だが、だからと言ってここで負けるわけにはいかない。
『ヤナギ』にはブランシュとクロエが居る。
早く二人の元へと戻らなければ。
それにこの男を倒せば、街を襲っている何かも止まってくれるかもしれない。
「ミラ!援護してくれ!!」
「わかった!『身体強化付与』『対魔法障壁』!!」
「擬似神装具精製『アロンダイト』!!」
蒼い光と共にタツキの手に流麗な聖剣が現れる。
強化魔法を付与されたタツキは凄まじい速度で異形の男の懐に入る。
「ドォコォヘ行ッタノデスカァァァァァ!?」
叫ぶ異形。
真っ二つにしようとした瞬間に異形の身体から何本もの触手が生えて先を刃に変え、斬りかかってくる。
「見ツケマシタアァァァァァァァァ!!!」
「こんのっ、野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
想像以上のスピードで対応してくる異形の男。
確かにこれは封印状態の邪神なんて目ではない。
「アナタハ強イデスカラ良イ実験体二ナッテ下サルデショウ!嬉シイ限リデスヨ!!」
「そりゃあ........お断りだな」
「『光弾蓮華』!!」
「ヌウゥッッ!!」
ミラの魔法が異形の身体に直撃して沢山の穴を空ける。
が、空いた穴はすぐにグチュグチュと音を立てて再生する。
『自己再生』の能力だ。
「コノ私二傷ヲツケルナンテ.........欲シイ!更二オ二人ガ欲シクナリマシタヨ!!」
「隙あり.........だ........」
「ウアァ..........ア.............??」
狂ったように叫びまくる異形の隙を付いてアロンダイトで真っ二つどころか四つに切り分けてやった。
「シカシ私ニハ自己再生ノ能力ガ...........ナッ!?」
「回復しない、だろ?これは贋作でも聖剣なんだ。呪いの塊みたいなその身体にはよく効くだろ?」
「キッ、貴様ァァアァァァァァァァァ!!」
「ごめんな、死ね」
そう言ってタツキは剣を頭に振り下ろす。
彼は助けられない。彼の心を正常に戻すには達樹達は遅すぎた。もうずっと昔に彼は壊れてしまっていたのだから。
ごろん。
と、音がして男の首がダンジョンに転がった。
哀れな研究者の人生はこの日終わりを迎えたのだった。
戦いを終えて『アロンダイト』を消滅させる。
男の遺体はブスブスと音を立てて急激に腐り始め、強烈な悪臭を放っている。
「終わったな。早く戻ろう」
「待って、アレは........」
「アレ..........??」
ミラは壁の向こうにあった研究室の奥に置いてある禍々しい色をした宝玉を指さした。
「アレは.........?」
「アレは..........多分封印された私の力。動力源として使われてたみたい...........」
どうしてこんな所に、と思ったが恐らくは彼の言っていた貴族が所有していたのかもしれない。
そう言って二人は宝玉へと近づく。
「封印を解くよ」
ミラが此方に一瞬目を向けた後、宝玉に手をかざして神力を送り始める。
「内側からじゃ、駄目だったけど外側からなら多分大丈夫」
だんだんと宝玉から禍々しい気が消えていく。
そしてヒビが入り。
部屋は目映い光に包まれた。
脳味噌が溶けそう。耳から出る。




