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肉塊

 『ヤナギ』から少し離れたところにある村『スズシロ』の一角にて、一人の女性が農作業に精を出していた。


「ふぅ、今日はこんなところかな」


 ぐいーっと伸びをして身体をほぐす。

 頬についた土を払う。


 焦げ茶色の髪をなびかせる彼女は人懐っこそうな顔をしており、整ったその顔は美人と言っても差し支えない。

 名前は『ユリフィア』と言う。


 村で一番の器量良しで、顔の通りの人当たりの良い性格。

 村の男達に言い寄られる事も二度や三度ではない。そのたびに断っていたわけだが。

 彼女には想い人が居るのだ。

 幼なじみの青年。

 周りもそれを知っているから一度断られればそれ以上言い寄ったりしない。全員ワンチャンにかけての玉砕なのだ。


 今日は彼女の朝の仕事も終わり、両親の待つ家に帰っているところだったのだが。


「おい、聞いたか?ヤナギ周辺に大暴走の兆候が見られたってさ」

「本当か?ヤナギっていやぁかなり近いじゃないか。こっちまで来られたら一溜まりもないぜ」


 彼女はびくっと身を震わせる。

 今、道ばたで話していた彼らは何と言った?


 ヤナギには『彼』がいる。

 冒険者として銀にまでなったというが、大暴走が起これば彼は確実に戦力として駆り出され、生き残る可能性は確実とは言い難い。


 すぐに心を決めた彼女は家へと走り、思い切りドアを開いた。


「おお、おかえりユリ。やけに急いでるけどどうしたんだい?」

「お父さん!お母さん!私今からヤナギまで行ってくる!!!!」

「「はっ!!!!!????」」


 朝食の準備をしていた両親は一瞬娘が何を言っているのかと呆けてしまう。


「な、なな何をいってるんだ!?」

「今からタミルを迎えに行ってくるから!!馬一頭借りるね!!!!」

「あっ、ちょっ、待て!!!」


 父親が止めようとするが彼女は凄まじいスピードで荷物を纏めると。


「行ってきます!!!!!」


 馬に跨がり、腰に剣を一本下げて行ってしまった。



 彼女はこれでも馬術と剣術はそれなりに出来る方だ。


「待っててタミル、今迎えに行くから」


 彼女は『ヤナギ』までの道を急いだ。












「着いたぞ、ここだ」


 五人はダンジョンの前に居た。


「こっからは何があるかわからない、気を引き締めていこう」


 ダンジョンの中に入るとじめじめとした空気が広がっていた。


「なあ、タミルって言ったか?そういやアンタの天職ってなんなんだ?」


 タツキはタミルに話しかける。


「俺の天職は『魔法使い』ですね。補助魔法からアンデッドに効く火魔法と光魔法にもう一つ水魔法を使えます」

「道中の戦力としては申し分無いと考えて良いのか?」

「ええ、まあ多分大丈夫です」


 タミルは正確にそう答える。

 そうしていると早くも魔物が現れた。


「スケルトン四体か。よし、実力が見たい。タツキ、一人で出来るか」

「わかった」


 タツキはそれだけ言うと前に出る。


「カタカタカタカタカタカタカタカタ」


 各々の武器を振り上げて襲ってくる四体のスケルトン、だがその攻撃が彼に届くことは無かった。


「『風爪』」


 抜きはなった刀から五つの真空波が放たれ四体のスケルトンを真っ二つにした。

 『風爪』はあまり威力の高いスキルでは無い。

 だがタツキの攻撃力ならスケルトン程度充分に倒せるだけの威力があり、手数も多いのでこの技を選んだのだ。

 

 スケルトンには他のアンデッド系ほどの再生能力は無い。

 そのまま四体とも崩れ落ちて動かなくなった。


「おい、お前魔法主戦なんじゃなかったのか?」

「別に他が出来ないとか言ってないだろ?これで満足か?」


 そう言うとドマは嬉しそうにニイッと笑う。


「ハハハハ!!!アイツが妙に気にかける訳だ!!!!こいつぁ強ぇ!!!」

「はぁ.......父は強い奴を見つけると嬉しくなるような戦闘狂なんだ...........申し訳ないな」


 エルザが本当に申し訳ないと謝罪する。


「まあ、これで戦力になるってわかってくれたならいいさ。

 オッサンとは戦わないけどな」


 そう言うと目に見えてオッサンの顔が悲しそうになる。

 オッサンが悲しい顔しても需要無いぞ、それに、


「何が起きるかわからないから気を引き締めていくんじゃなかったのか?

 気が緩んでるぞ」

「うっ、確かに」


 おっさんは指摘を受けてまた気を引き締め直す。

 エルザはまた「はぁ」と溜め息をついた。






 順調に進んでいる。

 おっさんもエルザも流石にミスリル級らしくかなりの腕だ。


 『重戦士』のドマはスピードこそいまいちなものも、一撃の威力で魔物をワンパンし続けている。

 攻撃を受けても、高い防御力で傷一つ付かない。


 一方の『騎士』のエルザは流れるような剣技で次々に魔物達を切り飛ばす。

 全体的に安定した強さを見せる彼女は、時折魔法も使って能力強化や攻撃を行っている。

 オールラウンダーだな。


 そんな訳で俺たちは何もすること無く7層まで降りてきた。


「そろそろ例の場所が近いです。更に気を引き締めていきましょう」


 タミルは恐怖からか顔を青くしながらそう言う。

 恐怖に負けることなくここまで案内してくれただけでも彼は強い精神力を持っているようだ。

 話していた魔物から逃げ切ったのも、運もあるだろうが同ランクの冒険者なら腰を抜かして動けなくなってもおかしくなかっただろう。


「その魔物がどんな能力を持ってるかもわかんねぇからなぁ。見つけたらまずは遠距離で様子見ってとこか?」

「見つけ次第ミラが光属性の上級魔法でぶっ殺すのは?」

「反魔系の能力でカウンターされたらどうするつもりだ?」

「でもカウンターする威力にも上限があるだろ?」

「とにかく俺は安全を期したい。よくわからん相手には慎重に行くべきだと思う」


 おっさんもただの脳筋では無かったようだ。

 意外にも安全を優先して考えている。


「冒険者稼業ってのは身体が資本だ。まずは自分を守ることから考えろ。そうすりゃ白金にだってミスリルにだってなれらぁ」

「ハハハ、俺はこれを最後に冒険者はやめますけどねぇ」

「ん?そうなのか。勿体ねぇなぁ。割と将来有望そうなのにな」

「そういって貰えるだけで充分ですよ」


 タミルはこの仕事を受ける前にパーティを解消してきたらしい。

 『ガンタに滅茶苦茶怒鳴られちゃいましたよ』って苦笑いしながら言っていた。

 あのパーティの副リーダーだったこともあって中々苦労性そうだ。

 村に戻ってスローライフが遅れるのならその方がきっと良いのだろう。


「ん?何かきこえねぇか?」

「確かに聞こえるな。何かを引きずるような音だ」


 突然、ライオネル親子が何か聞こえたらしく身構える。


「引きずるような音?.......気を付けて下さい、多分そいつです」


 タミルが顔を青ざめさせながらも杖を構える。



――――ズル、ズル、ズル、ズル



 音が近づいてくる。


「嫌な感覚が近づいてくる。これは間違いなさそうだね」


 ミラはそう言うと魔力を練り始める。

 俺も刀を抜き放つと身体強化を全身にかける。


――――べちゃっ、べちゃっ、べちゃっ


――――ズル、ズル、ズル、ズル




 暗い通路の先から、()()は現れた。


 肉塊。

 ソレを一言で表現するならそうなる。

 ずるずると引きずられる肉。

 人型のようにも見えるが形を保てず、崩れては再生を繰り返す肉の塊。


「ご.......ぼあ.........あ...............」


 顔?の様なところに口と思しき穴が空くと呻き声の様な音が漏れる。





ラウプ 人族 魔族 魔物 

ランク:不明

Lv.67

HP700000/700000

MP0/0

攻撃12000

防御19400

速度30

魔術0

スキル:自己再生Lv.MAX 死体吸収Lv.- 威圧Lv.MAX




 鑑定をかけた俺は思わず目を疑う。


 あまりに偏りすぎたステータス。

 HPに至っては俺よりも高い。


 そして意味不明な種族欄。

 まずこれは魔物なのか?それとも人間なのか?

 それさえもわからない何か。


「おっさん.......これは駄目だ。遠距離で削りきるしかない」

「お前..........もしかして鑑定持ちか?」

「黙ってて悪かったな。目立ちたくなかったんだ。鑑定持ちなんて知れたら他の冒険者共が集まってくるだろ?誰にも言わないでくれ。それと、来るぞ」


 気色悪い音を立てながら『ラウプ』はこちらへと歩いてくる。


「『破邪(ドライブアウェイ)聖光(ホーリーグレイル)』!!!!」


 ミラの両の手のひらから光の奔流が発生し、『ラウプ』へと直撃する。


「ウ...........ポァ..........ア...........」


 ミラの魔法は『ラウプ』に大きなダメージを与えるが、倒しきるまでにはいかない。

 もたもたしていると自己再生でどんどん回復してしまう。


「『空斬』!!!」

「『光弾』×6!!!!」


 下がりながらエルザとタミルが攻撃を加える。

 宙を飛ぶ半透明な青色の斬撃と6っつの光弾が直撃して肉を飛ばす。


「『空斬』!!!」

「『海皇砲(ホエールキャノン)』!!!!」


 更に俺とドマのおっさんが追撃を加える。

 岩石さえ粉々にする圧縮された水のレーザーがラウプに直撃する。

 みるみるうちに『ラウプ』の肉がはがれ落ちて、HPも着実に減っていた。


 が、



「う...........ぴ......ぷあぁ........あ............???」



 『ラウプ』は突然丸くなると動かなくなる。


「な......何だ..............???」



――――メリッ


「う........ぽぁ.....あ...........」


――――ミチミチミチミチミチミチミチ


 『ラウプ』の背中が割れて、ぬるっとした人型が現れる。


「う、あぁぁ.......いい気分だ..............」


 それは言葉を喋った。


「は........?な......な...........??!!」


 ドマ達は言葉を失う。

 魔物が言語を解するとなれば危険度S以上はほぼ確定したと言ってもいい。

 つまりは町一つをあっさり壊滅させられるだけの化け物が目の前に居るということ。

 だがミスリル級冒険者であるライオネル親子ならSランクであってもまだ落ち着いていられただろう。


 だがそれは魔物では無かった。

 人間でも無かった。


 何故ドマは恐怖したのか?


「な......何故アイツがここに...........」


 ミラがあからさまに驚きを見せる。


「お前は600年前に死んだはずだ!!!

 『邪神ラウラプテュティカ』!!!!!!」


 この世界のあらゆる神話、英雄譚に描かれる邪神が一柱。

 子供の頃に読んだであろう様々な絵巻物にそれは描かれていた。

 

 蛇のようなぬらっとした白い身体に血走った瞳。


 ラウラプテュティカはニィッと邪悪な笑みを浮かべると、ぬらぬらとした身体にボロ布の様なローブを作り出すと身につけた。



「んぁぁ......お前等人間だろ?俺の糧になって死ね」



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