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遠い記憶


―――――すまない


『お前にこんな役目を負わせてしまってすまない。

 良い主人に当たれば良いが......彼らを見る限り、あまりそれは望めないだろう.........』


 もじゃもじゃしたたっぷりと蓄えられた髭。

 ずんぐりとしてはいるが引き締まったがっしりとした体つき。

 強面な見た目には似合わないような優しい目。

 ()はその腕に抱えられた()()へと謝罪していた。


『きっとお前はその役目を果たした後、彼らの慰み者に使われるか彼らの悪事の犠牲(スケープゴート)となるか.............。どちらもろくな未来ではない............。私を許してくれ、お前にはもっと幸せな人生を歩ませる筈だったんだ、本当にすまない.........。』


 腕の中の少女は返事をする気配を見せない。

 だが、彼は続ける。


『こんなことは言いたくなかったんだ............。あの子の...........世界の未来を守るために犠牲になってくれ.............。』


 彼はその少女をそっと椅子に座らせる。


『もし、お前が望むのならお前が何時でも彼等から逃げ出せる様に気休め程度ではあるが仕掛け(こころ)を施しておいた。この仕掛けが作動すれば、お前はお前の存在意義の呪縛からも逃れられるだろう。』


 彼は椅子に座ったまま動かない少女へと向き直る。


『どうか...........願わくば、我が愛する娘に幸福な人生が訪れん事を..............』




―――――――――――――――――――――――



「.......................」


 ベッドの上。

 目を覚ました彼女は今まで感じたことの無い感覚に包まれていた。


「ッ!?.................これは.....??」


 溢れ出る涙。

 どうして自分が泣いているのかわからない。

 何か()が外れた様な、でも嫌な感覚じゃない。


「うっ.........ぐすっ....ぐすっ........」


 自らを機械だと定義し、心を持ちながらも揺れ動くそれをずっと抑え込んできた。


―――全ては願いのために。


 そんな彼女は今は跡形も無く、そこには年相応に感情のままに泣いている少女が一人居るだけだった。


―――コンコン。


「ブランシュ、朝食の時間だぞ。起きてるか?入るぞ」


 タツキが扉を開けて中に入ると、そこにはベッドの上で一人、泣いている少女が居た。


「ブランシュ!?一体どうした!!何かあったのか??!」


 慌てて駆け寄るタツキ。

 ブランシュもそれに気づいて顔を上げる。

 泣いて赤くなった顔と涙で潤んだ瞳が彼に向けられる。


「.......すみません........うぐっ.......私も....よく......わからないのですが.........ひっく...............悲しくて........ひぐっ........涙が出てしまって........もうし.....わけ......ありません..............」


 そこにはいつもの冷静そうな彼女の面影は微塵も無かった。

 思わずタツキは彼女をぎゅっと優しく抱きしめる。


「謝る事なんて無いよ。俺もニコラスも、もう家族みたいなもんだろ?悲しいことがあったなら黙って泣けば良い..........。泣いてすっきりしてしまうのが一番だよ」


 熱の籠もった潤んだ瞳で彼の顔を見ていた彼女は、おもむろに彼の胸に顔を押し当てると、


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」


 脇目もふらずに泣き始めた。

 余程辛いことがあったんだろうとタツキは彼女を抱きしめたまま優しく頭を撫でる。

 暖かい優しさが、言いようのない悲しみに沈んだ彼女を優しく包み込んだ...................。







「............タツキ様、有り難う御座いました」


 ひとしきり泣いた彼女は、ベッドの上にちょこんと座り直すとそう言った。

 彼女の顔は、泣いたこととそれを見られた羞恥で真っ赤に染まっており、視線もちらちらと動いている。


「よくわからないけど..........辛いことがあったんだな.............でも、もう大丈夫だよ。俺たちが居る。俺やミラ、ニコラス。皆お前の事を大切に思ってるんだ..........。何か辛いことがあればいつでも頼って良いんだ。もう一人で抱えなくて良い」


 「これ言ったら俺もブーメランじゃないか?苛めを一人で抱え込んじゃう所とか」なんて、タツキは思いながらももう一度彼女の頭を優しく撫でる。


「!!!............ふふっ.......♪」


 さっきまで顔を俯かせたまま動かなかったブランシュは嬉しそうに顔を綻ばす。


「さあ、皆のところに行こうか。四人で朝食にしよう」


 タツキは彼女の手を引いて部屋を出る。

 ふわぁ~~、と欠伸する彼は彼女の言葉を聞き取れなかった。


「...................タツキ様.............私を助けてくれて.....ありがとうございます.............」


 ぼそっと小さくそれだけ言うと、彼女はタツキに向かって満面の笑みを浮かべると、彼と共に食堂へと向かった。











 今日の朝食はふわふわの卵サンドに茹でたソーセージ、そして生野菜のサラダだ。


「あのゴーレム......今日も良い仕事をする..........」


 ふわふわの卵サンドは挟まれている焼き卵が程良く火を通されており、固くもなく、べちゃっともしていない。最高のふわふわ加減だ。

 茹でたソーセージも、恐らく自家製のこのソーセージは香辛料をふんだんに練り込まれている様でピリッとした辛さがあり、食欲を後押しする。

 生野菜のサラダには赤い色のレタス?や青いトマト?等が使われており、俺からするとなかなかどぎつい色をしていた。ドレッシングも黒色のシーザードレッシングとピンク色のイタリアンドレッシングっぽい物から選べる。

 最初こそ見た目のグロさに食べるのを躊躇っていたが、いざ食べてみればこれが中々美味い。


 そういえば例の狼肉をゴーレムさん達に渡してみたら「コレヲタベタンデスカ!?」と驚かれた。

 話を聞いたら、どうやらエルダーマッドウルフの肉には毒があるらしい。獣臭いのも食べられない一因だけれど、毒があるのが大きいと話してくれた。

 あの時はすぐに吐き出して正解だったな。


「もぐもぐもぐ.........流石はニコラスさんのゴーレムです。

 こんな簡単な料理の腕でさえ一流ですねぇ。もぐもぐ.........」


 食べ物で頬をリスみたいに膨らましてぱくぱくと食べまくるミラ。

 あの身体のいったい何処にあれだけの量の食べ物が入りきるんだろうか...............不思議だ。


 ミラを救出してから六日がたった。

 元気に振る舞ってはいたものの何処か顔色の悪かった彼女も、日に日に元気を取り戻し明日か明後日あたりには全快するだろう。

 だから俺は三日後あたりには此処を出発出来るようにニコラスにも伝えて準備している。

 ニコラスにそれを伝えたとき、役に立つだろうとの事で色々と魔道具をくれた。『座標の地図(オープンワールド)』、『万能指輪』、『龍神武闘具足』の三つだ。


 『座標の地図』は一見ただの世界地図だが、魔力を流すと拡大縮小が出来、自分たちが今何処に居るのかがわかる。難点としてはダンジョンの中や建物の中などに居るときには、その何処に居るのか、縦の位置などは確認できないことだ。

 『万能指輪』には『倉庫(中)』と『交信』、『自動防護壁』の魔法がかけられておりかなり便利だ。

 『倉庫(中)』は『アイテムボックス』の下位互換の様な能力で、基本性能は同じだが詰め込める量は一軒家のリビングに入りきるぐらいまでになっている。

 『交信』は同じ指輪を持っている仲間と『念話』の様に通信することが出来るようになる。ただしこれは互いに10キロ以上離れると使えなくなるので注意が必要だ。

 『自動防護壁』は悪意ある干渉を自動で反応し、防ぐ能力だ。

 この指輪は三人分と予備で更に六つ、合計で九個貰った。精霊王さんは太っ腹だな。


 そして最後に『龍神武闘具足』だが。これはミラの装備だ。

 『具足』と名前が付いてはいるが鎧らしさは無く、身体にぴったりとフィットして非常に目に毒である。たとえるなら某蒼い空を飛び回るファンタジーのペ○ギーみたいな格好だ。ミラのすらっとした線の細い身体によく似合う。

 青色と白色のそれは彼女の髪の色ともよく似合い、それは彼女の為に作られたのではないかとも思う程だ。

 能力も『ブレス完全無効』と『身体能力ブースト』と、なかなかの性能だ。


 そういえば一つ気になっていたことをニコラスに聞いていたのだが、


『ミラって人間の姿じゃないですよね?』


『ん?ああ、そりゃあミラ嬢は竜人族じゃからの。やろうと思えば羽根も生えるし尻尾も生えるぞい』


 やっぱりミラはこの世界特有の人種だったみたいだ。

 そこでもう一つ疑問が沸いてきた。


『ってことはこの世界には人種による差別とかは無さそうですね。ミラは沢山の人間が崇めてる神様ですし』


『んー、まぁ差別自体はないじゃろうな。じゃが一部の貴族連中はそういった亜人種を非合法な手段で集めては変態行為に及んでいるみたいじゃからのぅ............。儂が王だった時代は厳しく取り締まってやったのじゃが今はそうでもなさそうじゃからなぁ。タツキよ、ミラ嬢とブランシュ嬢をしっかりと守ってやるのじゃぞ?』


『ええ、わかってます』


 お約束の糞貴族共はこの世界にも居るらしい。

 出来れば関わり合いにはなりたくない所だ。







 (俺が、しっかり守っていかないとな。)


 幸せそうに朝食を食べるミラ。

 何故か彼女は俺のことが好きだというけれど、今はその気持ちには応えられない。


 だから。


 だから俺は彼女の幸せを守る手伝いをしよう。

 俺が今出来る事の全てを彼女達の幸せに捧げよう。

 それが今の俺の彼女達に対する応えだ。


「ん?どーしたのタツキ?もしかしてボクに見とれちゃった!?

 えへへ、嬉しいなー」


 ミラが頬に手を当ててイヤンイヤンしている。


「ふふっ、そんなんじゃ無いって」


 穏やかな気持ちでそう返す。


「タツキ様。私にも、見とれて欲しい」


 ブランシュが俺の袖をくいくいと引っ張って上目遣いで見上げてきた。

 一瞬俺の理性が爆発しそうになったが、なんとか抑え込む。危ない危ない。此処で手を出したら俺が昔から特に嫌悪しているチャラ男と同じになってしまう。

 だけど、どうしたんだろう?

 何か今日のブランシュは―――――


「ブランちゃん変わったね??何かふっきれた感じがするよ」


「ああ、俺もそう思ってた所だ。なんか縛られてた物から解放されたって感じか?」


 以前のブランシュならこういったアプローチはしてこなかった。

 あの日から毎日の様に俺のベッドや風呂場にミラと一緒に突撃してきたが、何処か機械的に、義務的に行っている雰囲気が抜けなかったのだ。(ちなみにタツキはそのことごとくを聖力によるフィールド展開や隠密による脱走で逃げ切った。DTの極みである。)


「えっ!やっ......そのぅ.........昨日までのは何か私も不自然だったといいますか..........。その..............今の方がもっと............そのっ......た、タツキ様の事が..........ううぅぅぅ」


 ブランシュは耳まで真っ赤にして袖を握ったまま恥ずかしさで俯いてしまった。

 やめてくれ、それは俺に効く。


「おっ、おうぅぅ........これは私も油断しちゃいられないかな?タツキ!今日からは更に覚悟するがいい!!」


「へいへい、覚悟しときますよ」


 ビシッ!!と俺を指さし宣言するミラ。

 今日は聖力でのトラップの数を増やしておこうか.........。


 今日は一日、召喚術の訓練をする予定だ。

 ミラとブランシュも参加するらしい。ミラはまだ力が戻りきっていないから色々覚えておいて損は無いだろう。


 食べ終わった俺はいつものゴーレムさんにごちそうさまを言うと道具を持って研究室へと向かった。

いつも読んで下さり有り難う御座います。


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