封印されし女神
すぅすぅと寝息が聞こえる。
あれから言いたいことは言い切った!!とでも言うようにご主人様は眠ってしまった。
「わからない」
理解できない。
さっきのはどう見ても完全に私の失態だった。神繰機にあるまじき油断。
目覚めてからずっと誉められ続けていて浮かれていたのだろうか?なんにせよアレは許されたことでは無い。
タツキ様が庇って下さったことには感謝している。もし、タツキ様が間に入ってこなければ私は胴を真っ二つに斬られていたかもしれない。本当に感謝してもしきれない。
タツキ様に見捨てられても仕方ない。むしろそうなって当たり前だ。
だというのに。
だというのにだ。
タツキ様は少しだけ怒ったあとに何故か自分のことを大切にしろと言ってきた。
それだけでなく自分が幸せであることがタツキ様の幸せであるとまで言ってきた。
訳が分からない。
この私。今の名前はブランシュ。
ずっと昔にアトロポス様によって作られた私は、主人となる者が勇者であると想定して作られた。
当時までの勇者には傲慢な者が多く(只の学生がいきなり大きな力を得てしまったのだから当たり前と言えば当たり前だが)、私はその欲求のあらゆるものに応えられるように作られたのだ。
そう、それは従順な心。
そう、それは歪んだ存在意義。
そう、それはあらゆる者を魅了する美しい容姿。
そう、それは勇者さえ羨む様な潜在能力。
勇者が望めば何だってするように作られた。どんな欲望だって満たして見せよう。
勇者が望めば何万の軍隊とだって戦う。
勇者が望めば何千の怪我人だって癒してみせる。
勇者が望めばどんな非合法な手段をとってでもその手にあふれんばかりの富を集めて見せよう。
勇者が望むのならそれこそ夜の相手でさえも..............。
タツキ様が望んだのは私の幸せだった。
私の幸せってなんだろう?
私はタツキ様の側にいられるならそれでいい。
でも今回の様にタツキ様の足を引っ張りたくは無い。
矛盾する心。
矛盾する存在意義。
「私は............................」
ああ、わからない。
自分の幸せなんて考えた事も無かった。
眠り続けていた間も意識はあったのだが、その間にそんなこと考えたことは一度もなかったのだ。
でも。
ただ一つ言えることは。
「タツキ様の幸せが私の幸せだと言うのなら、私の幸せはタツキ様の幸せ。
ならば私は絶対にタツキ様を幸せにして見せよう」
そういえばタツキ様は私が顔を緩める度に嬉しそうな顔をしていたな。
そうして無表情の彼女は隠れて色んな表情の練習を始めるのだった。
「...............何してんだ?」
起きたらびっくりした。
あのブランシュが指をつかって表情をつくる練習をしていたからだ。
「――――――――ッッッ!!!??」
彼女は顔を真っ赤にすると手で覆い隠してうずくまってしまう。
(なんだ、普通の女の子みたいな一面もあるじゃないか。)
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
それは一種の安堵の様な気持ちから来たものだろうか?なんだか彼女の保護者になった気分だ。
「不意打ちは.............狡いです....タツキ様」
「別に普通に目が覚めたら見ちゃっただけなんだけどな」
彼女は膝を抱え込んでプルプルと羞恥に悶えている。
なんだか小動物みたいで癒されるな。
「ふふっ、休憩も済んだ事だしリベンジと行こうか!」
「..........................はい」
露骨にテンションの低いブランシュ。
そんなに見られたのが恥ずかしかったのかな?
とりあえず頭を撫でてご機嫌取りをしてから、俺たちは再び最下層へと降りていった。
先程降りてきた時とは違い、ピリピリとした空気に包まれた最下層。
「相変わらず元気してんな」
「ボガアァァァァアアァアァァァ!!!!!」
ゾンビの騎士は俺達を捕捉すると凄まじいスピードで襲いかかってきた。
今度は先程の様に小技を使えないようにブランシュと二人で真っ向からぶつかり合う事にした。
刀を構えて相手の太刀筋を読む。
「ゴアァァァァ!!!!」
「はああっっ!!」
目にも止まらぬスピードで打ち合われる刀と片手剣。
時折混ぜてくるシールドバッシュにはナイフと刀をクロスさせて防御を行うことで対抗し、俺とゾンビ騎士との膠着状態を作り出した。
「―――――!!!!」
ゾンビ騎士の周りに無数の炎の槍が現れる。
火の上級魔法『炎葬鎮魂歌』だ。
非常に強い攻撃魔法で、使うことの出来る魔導師も世界に一握りしかいない凄い魔法なのだが..................。
こんな名前を付けるあたり、この世界の魔導師って厨二をこじらせちゃったような人ばかりなんだろうか.............。
完全にヘイトを集めた俺に向かって殺到する大量の槍。
「『水神の水鏡』」
水の防御系上級魔法だ。
この魔法は物理攻撃にはあまり良い効果を見せない。
それこそ土の中級魔法による防御の方が効果があるくらいだ。
だが、この魔法は相手が魔法であればすさまじい力を発揮する。
――――――ガガガガガガガガガガ!!!!!
堅いものがぶつかり合う様な音をたてて、ゾンビ騎士へと跳ね返っていく炎の槍。
そう、この魔法はありとあらゆる魔法による攻撃を跳ね返す事が出来るのだ。
たとえそれが上級魔法であっても。
跳ね返った炎の槍はゾンビの騎士へと殺到し、直撃する―――直前に、突如現れた闇の盾によって防がれる。
「ゴガアアアァァァァァァァ!!!!!!!」
怒り狂うゾンビ騎士。
まとわりつく炎をふり払い、再び攻撃を始めようと構えるが、
「残念、時間切れだな。」
「『流星豪雨』!!!!」
そう、俺がゾンビ騎士のヘイトを集めている間、ブランシュはずっと魔力を練り込んでいた。
そして放たれたのは全てを破壊し尽くす殺戮の雨。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!!!!!
強力な呪いの施された封印の水晶を残して、ゾンビの騎士は跡形も無く消滅した。
その断末魔の声さえも聞こえることなく塵となってしまったのだ。
凄まじいまでの破壊の爪痕はこの最下層の部屋の形を作り変え、二周りぐらい広くなったように感じる。
「ブランシュさんや.............確かに作戦通りだったけど..........。もう少し自重しても良かったんじゃないかね......................?」
「先程の様な失態の無いよう、万全を期しました。塵一つ残さず消し飛ばしてやりました。我ながら完璧な仕事です(キリッ)」
.............なんだか、すごい満足げだからもう突っ込まないでおこう.........。
ミラナディア様を助けないとだしね............うん。
「??どうかしましたか?タツキ様」
「いやぁ.....なんでもないよぉ........」
「?????」
さあ、封印を解きに行こうか。
大きな水晶だ。
禍々しい気を放ち続けるそれの中を見ると、凄い美少女が産まれたままの姿で眠りについている。
「もっと大人っぽいのを想像してたよ」
見た目の年齢は殆ど自分と変わらない様に感じる。
きらきらと艶のある水色の髪に紅い髪が二筋通っており、独特の雰囲気をはなっている。
胸は平均ぐらいで形も良く、肌は透き通るように美しい。
だが、一つだけその身体には見なれないものがあった。
顔の一部分や腕の関節あたりに鱗?のような物が付いている。
「これは...........」
「タツキ様、封印を解きます」
「......ああ」
ブランシュは近づくと、水晶に手を当てる。
するとだんだんと禍々しい気は弱まり、手を当てた部分からヒビが入り始め。
――――ピシィィッッ
「タツキ様、ミラナディア様を」
水晶はボロボロと崩れ、中から一糸纏わぬ姿の絶世の美少女が落ちてきてそれを受け止める。
「.......つっ.........ううぅ.......」
「........大丈夫か??」
少女はゆっくりと目を開くと―――
「やっと来てくれた........。ボクの王子様...............」
「えっ???」
彼女は穏やかな笑みを浮かべて意味不明な事を口走るとまた眠ってしまった。
「長い間封印されていたことによって衰弱しているようです。急いで隠れ家まで戻りましょう」
「えっ?あぁ、うん。そうしよう」
いきなりの彼女の言葉に固まってしまっていた。
俺を誰かと見間違えたのだろうか?
王子様なんて.............こんな可愛い僕っ娘美少女女神にそう言われる奴は恋愛経験ゼロの俺でも羨ましいな。
いつか見つけられたらシメてやろう。
彼女をお姫様抱っこの形で抱えると隠れ家への道を急ぐ。
隠れ家へ戻ったらゴーレム達に消化のいい胃に優しい食べ物を作って貰おう。
――――所で、何処かで彼女の声を聞いたことがある気がするのは気のせいだろうか??




