王女の憂鬱
説明回です。
ある日の夜、クリンドル王国の第二王女アリアは王城の自室のテラスにて夜風に当たっていた。
「.........はぁ」
ため息がこぼれる。
40人居た勇者の内4人を死なせてしまった。
近衛騎士団の精鋭の力を持ってしても今のまだ弱い勇者達を守りきることは出来なかったのだ。
騎士団からも一名死人が出てしまった。
初心者向けのダンジョンであるはずの「王の墓」に2匹もの地竜が出現したことは調査の結果『北の魔族』の仕業であることが分かった。
実行犯も数人確保する事に成功したが、何かしらの呪いを掛けられていたのか尋問を始めた瞬間に身体の内側から弾け飛んで死んでしまったためにそれ以上の情報は得られなかった。
ここでわざわざ『北の』と言ったのには理由がある。
実は人間族は魔族とは古くからかなり友好的な関係にあるからだ。
この魔族というのが『東の魔族』と呼ばれている『ツバキ王国』の人々だ。
北と東の魔族は元々は一つの魔族の国を築いていたのだが、1000年前に起こった勇魔大戦時に魔王派と勇者派に別れたことで今の形になっている。
『東の魔族』というのも今では正式名称は『魔人族』となっている。
北の魔族は魔族至上主義を掲げて魔族以外の種族の抹殺のために100年毎に魔王を掲げて戦争を起こしていて、今回で10回目の戦争になる。
「見通しが........甘かったようですね......」
魔王が復活したとはいえ、魔王も力を蓄える為にあと三ヶ月は動きを見せることは無いだろうと高をくくっていた。
だが、事実として魔族が人族の国に忍び込み、未熟ではあるが勇者が四人も亡くなってしまった。
その四人の内の一人―――――確か「無能」だと呼ばれていた少年を思いだし、彼を召喚してしまったことに彼への罪悪感と謝罪の気持ちがふつふつとこみ上げてくる。
四人が死んだときの様子の報告を彼女は騎士団から受けていた。
『仲間を護るために無能であると言われながらも飛び出し。見事に護りきった彼の最期は立派だった。』と。
他人のために自分を犠牲に出来る人間は少ない。むしろ自分を一番に行動する方が普通だ。
彼だってあの場で死ぬつもりは無かっただろうが、その生き様には歴戦の英雄に向ける物にも似た尊敬を感じられた。
―――――まあ、他の三人の話を聞いていたこともあるだろうが。
他の三人の勇者は突然現れた地竜を見て、自分たちとの力量差を判断することもせずに我先にと力を見せつける為に騎士の制止も聞かずに突っ走った挙げ句にブレスによってあっさりと死んでしまったそうだ。
三人を守れなかった騎士にもこれは同情するしかない。
実際、騎士全員からの報告を受けた騎士団長はその騎士への任務失敗の罰をかなり軽いものにしている。
そしてもう一人、勇者を守れなかった騎士ダンカンは責任を重く受け止め、罰則を受けた後に辞職する意志を団長に伝えた。
が、彼は人一倍真面目な上に腕も立つので、あの状況で死んだ勇者を一人に抑えられたとか色々と理由を付けて騎士団の辞職は受け付けず、一ヶ月間のあらゆる雑務を受け持つというだけの罰になった。
常に人員が不足している騎士団からすれば優秀な人材を失うことはあってはならないことなのだ。
周りもそれで良いと判断している。
「またこれから忙しくなりそうね........」
独り言。
でも吐き出さずにはいられない。
勇者が死んだことは国民にも知れ渡り、国中に不安の波が広がっている。
父上のミザイストム・クリンドル国王陛下も他国への対応に追われ、第一王子のレイルお兄様は残った勇者と共に国民の光となるために明後日より勇者達の訓練に参加することになったそうだ。
城内では以前にも増して文官達が忙しく走り回り、他国との連携を急いでいる。
そんな中でミレーユお姉様とも話していたのだが、国のために皆が動いている中で何も出来ないのはむずがゆい。
だから、明日にも私は勇者達の訓練に自分も参加できないか父上にお願いしようと思う。
訓練に参加したからって自分に出来ることなんてたかが知れているだろう。
でも、何もしないで守られているだけにはなりたくなかったし、自分も誰かの助けになれる存在に成りたかった。
真っ暗な夜空に輝く幽玄の月。
彼女は空を見上げ、暗い気持ちを振り払うようにテラスの入り口へと足を向け、部屋へと戻っていった。