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『勇者』  作者: 稲荷竜
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2話

 王様にお目通りするために王都へと連れ出していただいたわけでございますが、これがまあ煌びやかにして物々しい行軍でございました。

 それもどうにもこのたくさんの兵隊さんも、丈夫な馬車も、お姫様ではなく私を守るためのものだったようなのでございます。


『おや? これは妙だな?』と鈍い私でも気付いたもんです。

 なにが妙って、そりゃァ妙でございましょう。だってお姫様は『魔王と戦う戦力』を確保しに私なんぞを捜し求めてくださったというのに、その私が戦力として期待されている様子がないのです。


 実際、私に戦う力はございませんでした。

 王都までの道中、街道は整備されているとはいえこのご時世でございますから、モンスターの一体や二体、もっと集団でのご来訪もございましたが、そいつらと戦う兵士の方々を丈夫な馬車の窓から見ては、『モンスターってのはやっぱりおっかねェなあ。あんなのと戦うなんて、私にゃとてもつとまりそうもねェやい』と思っていたぐらいでございます。


 そうなってくると私はだんだん王都到着が怖ろしくなってまいりました。

 そりゃあそうでしょう。間違いなのです。絶対に間違いに決まっているのです。私は貧乏な農村で生まれた先祖代々の農民気質で、戦いなんぞとてもとてもできません。腕っ節がありません。勇気ももちろんございません。目立たず騒がれずひっそり生きるのに向いているのでございます。


 それが美人のお姫様に懇願され、村人に乗せられ、ちょっとでも『自分は勇者で世界を救うのかもしれない』と考えちまったことが今になって怖ろしく感ぜられ、丈夫な馬車での道中、対面にはお姫様が座っていらして、こちらに色々話しかけてくだすったのですが、それも上の空、どこか遠くのできごとで、内心では『逃げだそうか、それともこのまま王城まで行きお沙汰を待とうか』ということばかり悩んでいた次第でございました。


 悩んでいるうちになんの行動も起こせず王城に到着いたしました。

 勇気がないのです。優柔不断なのです。行動力だってありません。

 こんな私がなにをして『勇者』という判定をくだされたのか、サッパリわからねェもんで、王様にお目通り願うため身なりを整え、触ったこともないような高級な衣服を着せられ、外見だけはどこぞの貴族様のようにされながら(それは私の容姿が貴族様のようだったという話ではなく、そんな馬鹿な話ではなく、私に服をあつらえてくださった方々の見立てが素晴らしかったということです)私はただただお沙汰を待つ罪人のような気持ちでございました。



「たしかに勇者じゃ」



 なもんで、王様にそうおっしゃられて、私は思わず「へェ?」とアホみたいな声をあげてしまいました。

『たしかに勇者』。王様を疑うだなんてそんな不敬なことを申し上げるわけではございません。王様やお姫様の見立てを疑うわけではございません。私はただ、私のことを信じられないのです。今までの人生でなにも成していなかった自分というヤツに、さっぱり自信が持てないのでした。


 ところがもうここまで来ると『自分は勇者じゃない』と声高に王様のお言葉に反論する勇気もねェもんで、私が勇者だということで話はトントンと進みます。

 剣があつらえられ鎧の採寸が行なわれ、昼は魔法の勉強と社交界に出てもいいように礼節をたたき込まれ、空いた時間はすべて訓練に費やされました。


 血反吐を吐くような訓練でございました。

 ここまでやらされたらそりゃァ僻地の農民も一流の戦士になるだろうというような、それはそれはすさまじい訓練でございます。何度『私じゃなくても』と思ったかわかりません。何度逃げだそうと考えたか数えるのも手間でございます。

 しかし根が小心者なもんで、逃げるという考えを行動に移せず、またお姫様の優しい笑顔を見せられると『ヨシ、がんばろう』と思っちまうもんで、どうにかこうにか、数ヶ月その血反吐を吐くような訓練を乗り越えまして、それなりの、そこそこの、見た目だけは勇者、という及第点にはいたったようなのでございました。



「そろそろよかろう」



 王様の一声がございましたもんで、私はいよいよ魔王を倒す旅に出立することとあいなりました。

 ところがこれが『行って魔王を倒して帰ってくる』というような単純な話じゃアございませんで、どうにも『仲間』だの『聖剣』だのを求めて歩き回り、考えるのも面倒な手順を踏んでようやく魔王城に乗りこむといった旅路のようなのです。


 ここで訓練により多少は度胸がついていた私の心に、ふと小心者の農民がよみがえってまいりました。

 産まれてから十五歳までずっと農村だけで生きてきたのです。城に連れ出されてからはずっと城と城下町だけで過ごしてきたのです。

 訓練で野営技術も覚えたもんで、まァ冒険をすることは承知しておりましたが、ルートの決まった旅路を想定していたものでございますから、『どこにあるかもわからない聖剣を探す』とか『どこにいるかもわからない仲間を求める』だなんていうことを命じられると、心細くてたまらなくなるのでございます。


 それでも私が旅に出たのは、王城で受けた数々のもてなしのお返しをせねばならぬという義理のようなものと、それからやっぱり、お姫様の手前、勇者としての任務を断わるのがどうにもためらわれたという、年頃の少年らしい意地でございましょうか。

 とはいえそれなりの歳になりました今、同じ状況で同じことを命じられても、やっぱり私は冒険の旅に出たでしょうから、年齢ばかりが理由というのは、ちょっとばかし違うような気もします。


 正直に白状いたしますと、この時の私は、すっかりお姫様に焦がれていたのでございます。

 優れた容姿に優しい人格、しかも血反吐吐く訓練の最中ずっとそばで支えてくれていた女性なのでございます。出会いが少なかったとは言いません。この当時、私は色々と評判で、言い寄ってくる女性もいなかったわけではございませんが、まぶたを閉じればお姫様の顔が浮かぶもんで、どの女性とも長続きはいたしませんでした。


 わかっているのです。身分違いの恋でした。道ならぬ恋でした。私には政治はわかりませぬ。しかし王族の方々は政治をせねばなりませぬ。ただの農民が見るにはあまりに儚い夢だと、その当時の私はかたく信じ、半ば自暴自棄になり、それでもなおお姫様のことをあきらめきれず、うじうじとしていたのです。

 だから、真に私が旅に出た理由を正直に申せと言われれば、次に王様のおっしゃったことが理由なのでございましょう。



「魔王を倒したあかつきには、姫の夫とし、この国を任せる」



 承りました。

 国王の位階、国の差配、それはもちろん魅力的で、私が申し上げるまでもなく誰もが喉から手が出るほどほしがるものなのでしょう。しかし私には興味がございませんでした。

 ただ焦がれた人と結ばれるために、私は旅を始めたのでございます。

 それはあてどのない、しかし退屈ではない冒険でございました。

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