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『勇者』  作者: 稲荷竜
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1話

 私のようなものがなぜ『勇者』なんぞに祭り上げられましたか、未だにその理由がさっぱりわかりません。

『こいつァきっと大掛かりな詐欺に遭っているに違いない』と思ったこともございますが、私をこんな丁寧な大仕掛けで騙したところで、いったいなにが手に入るというのでしょう?


 私は貧乏な農村の生まれでございました。

 綺麗に申し上げれば『のどかな』、しかし実際のところ貧乏で土地だけがだだっ広い場所でございました。

 人々も『清廉で仕事熱心』なんぞとお偉方はまァ美しく表現してくださいましたが、きっと本音では『朝から晩まで働くことしかしない、娯楽を飲酒ぐらいしか知らない無知な田舎者』と言いたかったに相違ございませぬ。


 そんな私の村に突然まいりましたのが、これが十人に見せれば十人が口をそろえて『美人だ』と言うに違いないような美しいお方でございまして、なにを隠そうそのお方こそ、王国のお姫様だっていうんだから、そりゃあ目撃しただけで一生の心の宝でございます。

 どのぐらいとんでもねェ美しさかと言えば、視線を賜れば至上の快楽、お声が耳に触れれば天上の心地、なんにもねェ地面だってそのお方が踏めば一年後には花が咲き誇りそうなほどの美しいお方でございます。


 なにせ娯楽を飲酒ぐらいしか知らぬ僻地の田舎の世の果ての村でございますから、そんな美しいお方がものものしい兵隊さんを引き連れておとずれたことは、半日経たず村中の噂になったもんです。

 男も女も子供も赤ん坊も、じいさんもばあさんもこぞって見に来るもんですから、お姫様にあらせられましては、無遠慮な田舎者の視線にさぞかしご迷惑なさっていたんじゃァねェかと愚考いたすところでございます。


 しかしこのお姫様、王宮育ちのお陰か人間ができていらっしゃる。

 村人たちの視線を受けては手を振り返し、子供が転べば手を差し伸べ、近付こうとする村人を押しとどめる兵士の方々を止めては求められるままに握手をしたり笑顔を向けたりと、まァ田舎村にはもったいねェほどの施しを与えてくださり、たちまち人々の心をわしづかみにしちまいました。


 そんなお美しくお優しくお高貴でもひとつおまけにお美しいお方が、いったいなんの目的でこんな田舎をおとずれたか?

 それがどうやら、私を捜しにいらしたようなのでございました。


 もちろん光栄な話ではございますが、私、なにぶん人から注目されることに慣れておりませんで、最初は話がうまく飲み込めません。

 住んでる場所がだだっ広いだけの貧乏な田舎で僻地で地の果ての農村だというのは先に申し上げた通りでございますが、見るところなどなにもないこの村同様、私自身もまた十把一絡げの田舎者に相違なかったのでございます。


 私の父は農夫で、母もまた農夫のようなことをしておりました。

 祖母も祖父も、そのまた祖母も祖父も、先祖代々農夫でございます。

 もちろん家系図なんぞという名家みたいなものをつけているわけではございませんから、口伝というか噂話というか、母も父も真相など知らぬただの予想をさも真実のように語っていたに違いありませんが、私は己の凡庸さを顧みるに、『こいつァ先祖代々根っからの村民気質に違いない』とその口伝家系図にさしたる疑問も抱いておりませんでした。


 それが、『勇者』。

 ここで情報のない村でございますから、『へェ、勇者。そいつァすげェや。で、勇者ってのはいったいなんなんだい?』ということになります。


 お姫様は説明してくださいましたが、なにぶん話が大きく、うまく呑み込めません。

 世界の命運とか、魔王退治の宿命とか、王国の求める救世主だとか、ものすごい飾りだけがいっぱいジャラジャラごたいそうに響き渡っているのは、まあ私も村人ともども『へェ、すごいなぁ』とふんふん聞き入ってございましたが、肝心要のところがなんなのか、ちいとも判然といたしません。



「お姫様、勇者ってェのは、どうやってメシを食っていくんだい?」

「勇者様がもし王国のために力をふるってくださるならば、国王陛下より直々に黄金と名誉を賜ることができるのです。子々孫々の代になっても使い切れぬほどの黄金です」



 村人たち、そこでようやく『そいつァすげェ!』と膝を打ちます。

 なにぶん命運とか名誉とか言われても、そんなモンは家畜のエサにもなりませんで、価値がよくわからないんでございますが、黄金が国王様からいただけるとあっちゃあ、ようやくわかりやすい話になってくるってもんです。


 こうなると止める者もありゃしません。

 行ってこい行ってこいと言われます。お前は昔からなにかやるやつだと思っていたと言われます。私も知らないような私の『英雄的エピソード』が、次々村人たちの口から出てくる様子は、私でさえ『へェ、そんなことがあったんだねぇ』と聞き入ってしまうような、見事なもんでございました。


 こうなっちまうと私も褒められ慣れていない、目立たない、存在感がない年頃の少年でございましたから、美しいお姫様に懇願され、村人に祭り上げられ、『これはもう、勇者なんじゃないか?』という気がしてくるってもんです。

 でもそんな私は、なーんもできやしないのでございます。


 もちろん嘘をつくことなんかできない純朴な村人でございますから、そのあたりのことも申し上げましたが、お姫様は『大丈夫』の一点張りで、この美しいお方に上目遣いで見上げられ手を握られながら『大丈夫』と言われると、なんだか大丈夫な気がするもんで、私は結果的に勇者として村を出て魔王退治をすることを快く承諾したのでございました。


 いや、なにが根拠で大丈夫とおっしゃってくだすったのか、後年にわたってもわかりませんで、今ごろこうして悩んでいるありさまでございます。

 結果がついてきた今となっても、お姫様がなんで私を捜して見つけて仲間に引き入れたのか、こればっかりは非常に不思議なことでございました。

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