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鉄甲騎モミジブライ(改)  作者: 二瀬幸三郎
機関士少年と蒸気の巨人
9/30

大隊長奮戦

 

 ウーゴに続く街道――

「どうなっておるのであるか……街から狼煙が上がらないではないか!?」

 秘密の間道を抜け、街道で遅参したガイシュ五騎と合流したドルトフとゼットスだが、予定時刻を過ぎても、ウーゴ市街から狼煙が一向に上がらないことに苛立ちを隠せなかった。

 本来の作戦は、ヘオズズが市街を襲撃、鉄甲騎が出動したところで機動力を持って撹乱し、狼煙が上がったところでゼットス、ドルトフの本体による砦攻略戦と、ダーマスルによる王城占拠が同時展開される予定であった。

 ところが、ここに来て作戦のすべてが予定外の方向に流れ出したのだ。

 世の中は理不尽を動力にして動いているのではないかと思いたくなるものである。

「……バカな?……俺さん自慢のヘオズズさんが砦の奴らさんに、こうも簡単に捕まるわきゃあ、ねえ……」

 苦虫を噛み殺したような顔を見せるゼットスに、スパルティータの搭乗口から顔を出したドルトフが叫ぶ。

「どうするつもりであるか!? 翼の亜人は帰ってこない、多足の脚甲騎(オートレグ)は狼煙を上げない……この調子では、街道にはなった囮でさえどうなっているか、わかったものではない……

 もしや、貴殿の作戦は、穴だらけではないのか!?」

「ごちゃごちゃうるせぇ!こうなっちまったら、もう後戻りは出来ねぇ……このまま進軍だ!!」

「やむを得ん……かくなる上は、正面から挑むしかないのである!!」

 覚悟を決めたドルトフは、再びスパルティータの操縦室に潜り込む。

「全軍、前進」

 副官と思われるガイシュによる号令の元、前面に装甲騎士四十騎とゼットスの手下七十余、続いて主戦力である、戦斧と大型盾を装備した鉄甲騎ガイシュ五騎が前進、最後に、やはり巨大な盾を構えたドルトフの凱甲騎スパルティータが控えると行った陣形を取り、ウーゴ砦に向けて進軍を開始した。

「……何で、一番強そうな鉄甲騎に乗るあんたさんが一番後ろなんだよ!?」

 ゼットスの疑問に、ドルトフは当然と行った表情で、

「総大将は一番奥で指揮を執るのが定石である!」

 と、拡声器で喚き立てる。

「(……戦闘が始まれば、否応なしにウライバに援軍を要請するべく、砦から狼煙を上げるはずである。タイミングは遅れるが、計画そのものが漏れていなければ、それを見たダーマスルが動くはずである……動いてくれると、信じるしかないのである……)」

 操縦室の中、ドルトフは不安を誤魔化すように、機関士にも聞き取りづらい声でブツブツと呟いていた。



 その後方――

「……敵本体、前進を開始」

「大隊長の読み通りだ……宿場を襲撃したのは、囮だった……」

 岩陰で様子を見ているのは、イバンの部下――脚甲騎の操縦士と騎馬隊の一人である。目立つ脚甲騎を隠し、徒歩で斥候に出ていたのだ。

「……一番後ろにいるのは、凱甲騎……自分も見るのは初めてだ……」

 双眼鏡で機体を観察する操縦士は、初めて目の当たりにする凱甲騎を注意深く観察する。

「砦は、気付いているだろうか……」

「さすがに気付いているだろ……」

 騎馬隊の男は賊が出現した地点を睨む。

「こんなところに、岩場を巧みに利用した秘密の間道があったなんて……」

「感心するのは、勝ってからにしよう。我々は脚甲騎で、砦が戦闘状態に入った段階で挟撃を仕掛ける。君ら騎兵隊は大隊長のところに戻ってくれ」

「了解した……武運を祈る」



 ウーゴ砦、外郭塔――

 市街でヘオズズが間もなく退治される頃、敵の侵攻は砦の左舷外郭塔からも確認できた。


「偵察隊より報告……

 敵、鉄甲騎ガイシュ五騎、未確認の鉄甲騎一騎、騎馬隊は四十騎、歩兵と思われる兇賊残党は七十余……

 峡谷に阻まれて、こちらからは詳細は不明ですが、報告通りであれば、鉄甲騎は別にして、この砦を攻略するには、兵の数としては少ないと思われます……

 ですが、問題は、我が方の戦闘態勢を整えるのに、もう少し時間が掛かることかと……」

 斥候である偵察隊の手旗信号を、双眼鏡で確認した補佐官アガルによる報告を、シディカは両手で分厚い本――〈鉄甲騎名鑑〉をめくりながら聞いていた。

「……敵の兵力は、実質、鉄甲騎頼みでしょうねぇ……現状、こちらは鉄甲騎二騎、脚甲騎四騎……騎数の上では互角ですが、性能面では完全に劣ってますからねぇ。まして、相手に凱甲騎がいるとなると……あった!」

 シディカが手を止め、見開いた項に書かれている内容を詳しく読み込む。

「『〈凱甲騎スパルティータ〉……二百年前に建造された機体を原型に、度重なる延命処置と改修を経て、凱甲騎として登録されるに至った』とありますから、どちらかというと性能よりは、[権威]としての凱甲騎ですねぇ……」

「……だからといって、性能が低いわけじゃあ、ないんですよね」

 検索結果を聞いても、落胆したままうつむくアガルの肩を叩くシディカ。

「ともかく、まずは兄上の第一小隊が帰還するまで、私たちで持ちこたえるしかありませんしぃ……こちらは難攻不落の砦に陣取っているのですから、過信しない程度に自信を持って反撃しましょ?……」

 難攻不落――

 その言葉が気休めでしかないことは、シディカ自身がよく知っていた。

 ゴンドアの歴史の中で、難攻不落を謳った城が陥落した記録はいくつも伝えられている。

 確かにウーゴ砦は堅牢の城砦ではあるが、それは建造当時の話であり、近代化改修を幾度も施してきたとはいえ、万全とは云えない。その上、全体的な戦力が不足しており、砦本来の防衛能力を発揮できるかどうかかわからないのだ。

 そして、シディカには別の不安もあった。

「……それと、兇賊にも細心の注意を払わないといけませんねぇ……彼等は、ただの歩兵と違って、どんな戦術を取るか予想が付きませんから、戦闘準備の時間稼ぎも兼ねて、対処しちゃいたいので、これをぉ……」

 緊張感のない言葉使いを受けて溜息をつく士官に、シディカは一掴みの鍵束を手渡した。

「……騎兵と砲兵の皆さんに渡して貰えませんかぁ? 作戦は後ほど伝えますのでぇ……」

 アガルは、渡された鍵束の[意味]を知り、驚愕の表情を見せる。

「……これは駐在官にすら極秘にしているものじゃ……使用には、藩王陛下の許可が必要なのでは……」

「では、藩王陛下のおわす、クメーラ王国まで許可を求めに行きますか? 早馬でも最短二日はかかってしまいますよ?……大丈夫、もしもの場合、責任は取ります」

 副隊長の顔が徐々に真剣なものに変わるのを見た補佐官は、初めてこの年下の上司が頼もしく見えたものだ。次の瞬間、そのシディカが笑顔で、

「……兄上が」

 と、言うまでは……



「今、寒気を感じた……」

 過剰充填維持のため、機内温度が上昇しているにも拘わらず、訳のわからないことを口走る汗だくのイバンに、呆れた機関士ヘルヘイが溜息をつく。

「大隊長、しっかりして下さい!……押されているんですよ!?」

「わかっている……相手は予想以上に手練れのようだ……」

 ホドの町――

 イバン操るバイソールは、敵鉄甲騎ガイシュと何度目かの撃ち合いの末、鍔迫り合いに持ち込まれている最中だった。今も、鎚矛の鋼鉄柄と小擦れ合い、火花と金属片を散らしていた。

 世の中は理不尽を動力にして動いているのではないかと思いたくなるものであるが、実際、イバンはこの戦いが予想以上に長引いていたことに苛立ちを覚えはじめていた。

 ――ここで焦れば砦に戻るどころか、こちらが敗北する……

心の中でそう自分に言い聞かせ、イバンは操縦桿を握り直す。まるで、それに反応するかのように、乗機バイソールも刀の柄を握る手に力を込める。

 鎚矛と幾度となく切り結びを繰り返した半月刀には、いくつもの刃毀れが目立ち始めていた。だが、致命的な程ではない。しばらくは、折れることはないだろう。

 人間の振るう刀剣は、斬るためよりも叩きつけるためのものと言われているが、実際には鋭い切断力を持ち、断ち切るための技も洗練されている。対して鉄甲騎の剣は、本当に切れ味そのものはさほど重視されていない。鉄甲騎の装甲は対比的に見ても、人が鎧う甲冑とは比べものにならない重厚さと頑強さを誇り、伝説的な銘刀を持ってしても、切断は困難と行っても良い。半端に鋭い刃を研ぎ出したところで、刃毀れを起こしやすくするだけだ。

 従って、ガイシュのように鎚矛などの重量を持つ打撃武器を装備し、装甲を変形させるほどの衝撃で内部の機械や操縦者に損傷を与えるのが、鉄甲騎に於ける白兵戦の定石のひとつとなっている。

 では、バイソールをはじめとする一部の鉄甲騎は、何故、刀剣を装備しているのか。

 それは、見栄え、権威だけの話ではない。鉄甲騎の刀剣は、それ自体が巨大な鉄の塊であり、それでいて重さの均衡が安定しているためリーチが取りやすく、更に、打撃面積が小さいことで、与える打撃力を稼ぐことが可能である(鎚矛にも棘や突起があるのは、そのためとも云われる)。 

 そして、取り回しが良いため……

「関節なんかを狙いやすいって、ことだ!」

 イバンによる絶妙な操作で、鍔迫り合いから逃れたバイソールの半月刀は、ガイシュの左腕―肘の関節めがけて振り回される。いくら装甲が強固でも、関節などの駆動部はどうしても露出してしまう部分があり、その部分に刃が食い込めば、如何に頑丈な鉄甲騎の関節でも、ひとたまりもない。

「なんの!?」

 ガイシュは敢えて数歩踏み出て機体上半身を左に傾け、同時に左腕を突き出して、バイソールの刀を持つ右腕に激突させる。勢いのついた雄牛の突進のごとき右腕を受け止めたものの、ガイシュは、思わず三歩ほど後退を余儀なくされる。

「左腕駆動機(アクチュエータ)一部破損、油圧作動筒(シリンダー)二番停止、配油喞筒(ポンプ)を一部閉鎖……」

「直接、間接部を狙ってくるとは、田舎操縦士が……なかなかやりおる!」

 機関士の報告を受けながら、ガイシュの操縦士は焦っていた。侮っていた相手にここまで粘られるとは思っても見なかったからだ。

 関節を狙うと云っても、口で言うほど容易くはない。しかも、鉄甲騎でそのような攻撃を繰り出すには、かなりの操縦技量を伴うものである。

「盾と戦斧を置いてきたのが、悔やまれる……」

「……過剰充填(オーバーチャージ)を使用しますか?」

 操縦士は機関士の提案に、一瞬迷ったものの、すぐに却下する。

「ダメだ。あれは……充填(チャージ)中は機体の動きが鈍り、隙が出来る。その上、今の我らには整備の当てがないのだぞ……なに、奴は、操縦の腕も機体の膂力も立派だが、動きも反応も決して良くはないようだ。隙を見て、頭部を狙う。視界を奪い、一気に反撃だ」

 ガイシュは操縦士の意志を汲み、慎重に間合いを詰め始める。一方のバイソールもまた、右足(うそく)を引き、半月刀を両手で八相に構える。

「大隊長、やはり充填を〈解除〉か〈開放〉しないと、機体の動きも反応も低下したままです……」

 ヘルヘイの進言にイバンは頷きつつ、

「……もう少し待て。タイミングを間違えれば、敵の過剰充填を誘発するだけだ……ここで一気に押し返す。〈充填開放〉は、それからだ」

 敵の操縦士は、予想以上に手練であった。正直なところ、イバンはここまで敵に粘られるとは思っていなかった。一気に三体を片付けようと、敵に気付かれないよう過剰充填を行い、頃合い良く開放するはずが、どうやら裏目に出たようだ。

 だが、イバンはまだ絶望はしていなかった。

「……照準器に頼らず、自身の勘と技術で先読みすれば、機体の反応速度はどうとでもなる」

 と、言いつつ照準器を停止させる。これにより、魂魄回路は敵機を見失い、バイソールはガイシュを追尾することが出来ない。

「……〈無心撃ち〉ですね。大隊長お得意の……」

 呆れながらもヘルヘイは、次の行動に合わせた機体の調整を進める。

 直後、受像器に映し出されたガイシュが突進を始めた。左肩を突き出しつつ、鎚矛を持つ手が胴体まで引いてあるところから、体当たりか、それに見せかけて鎚矛を突き出そうとしているのだろう。

「攻撃を読んで引き金を引いても、貴様の機体では、反応が追いつけまい!!」

 ガイシュの操縦者が勝利を確信し、機体の右腕を突き出させようとしたその時、バイソールが先手を打った。

「何!?……」

 一見無駄撃ちにも見える大降りの刀がガイシュを襲った。

 不意を打たれる形となったガイシュは、左胴に強烈な横薙ぎの一撃を受け、装甲に亀裂を残しながら蹌踉めいてしまう。

 機関士が慌てて機体を調整する中、操縦士はバイソールの一撃に舌を巻く。

「〈無心撃ち〉だと!? しかも、この状況で命中させるとは……」


 通常、鉄甲騎は目標を照準器で登録し、操縦者が引き金を引けば、その敵までの距離を自動的に測り、武器の間合いに合わせて攻撃を仕掛ける。だが、この方法は時に融通が利かず、即答性が芳しくない機体では、敵の回避行動に追随しきれないこともある。

 その対策の一つとして、〈無心撃ち〉と呼ばれる操縦法がある。

 照準器を通さず、敵の行動を予想、先手を打って機体を操作する――

 この操縦法は、すでに接近している機体同士で行われることはあるが、接近中の機体の距離を読むのは、裸眼ならいざ知らず、半ば間接的に見ている形の受像器による映像で行うのは、かなりの熟練が必要とされる。

 また、機体の動きも緩慢になりやすく、状況によっては、自身の持つ武器の重量などによる慣性に振り回されることもある。


 イバンは、この無心撃ちの達人であり、それは、バイソールの長所と短所を知り尽くし、己が手足同様に操縦できる証でもある。

「おのれ!?」

 ガイシュの操縦士も照準器を切り、デタラメに操縦桿を動かして鎚矛を叩きつけようとするが、その攻撃はバイソールの刀や左腕に阻まれ、決定打を与えることが出来ない。

「同じ、無心撃ちだぞ……何故、俺の攻撃は当たらないんだ!?」

 ガイシュ操縦士は、焦りながらも、バイソールの猛攻に追随しようと、必至に操縦する。

 その戦いの様子を、住民達も固唾を呑んで見守るしかなかった。

「……大丈夫かな、イバン卿……」

 鋼鉄の機械巨人が互いに武器を大きく振り回し、時に拳を、時に蹴りを交えて、めちゃくちゃに戦う姿は、決して優雅なものではなく、寧ろ無様にも見える。

 もとより鉄甲騎という機械は繊細な動きを得意としておらず、その動きは大味になりやすい。それ故、戦士の中には鉄甲騎を嫌うものもいる。

 それでもイバンの操縦は、時に機体を後退……かと、思えば、突進を繰り返し、右に左に剣を繰り出し、体当たりと同時に肘撃ちや膝蹴りなど、変幻自在な攻撃でガイシュを翻弄する。

 対するガイシュも、徐々に攻撃に馴れてきたのか、重装甲を活かして攻撃を防ぎ、反撃の機会を見つけては鎚矛を振り回してバイソールの装甲に傷を増やす。

 そんな中、受像器に意識を集中するイバンは、操縦器や接続槓桿を操作し、爪先に掛けた踏板を繰り返し上下させている内に、気が付くと、自身が面頬の内側から直に敵を睨み、手にした半月刀で斬りかかっている感覚に陥っていた。

 ――私は、バイソールと一体になっているのか……

 そんな錯覚を起こさせるほど、イバンはバイソールを巧みに操っていた。だが、同時に、鎚矛の命中を受ける度、直に打撃を受けている感覚、そして何故か、腹部が焼けるように熱い感触に襲われていた。

「隊長、それ以上はいけない!!」

 機関士の叱咤で我に返ると、全ての感触は消えていた。気が付くと、敵との間合いが離れ、両者ともに睨み合う状態となっていた。

「……私は、〈共鳴〉していたのか?」

「魂魄回路が異常点灯を見せていましたから……それから、充填した蒸気を解放しなければ、そろそろ汽罐が持ちません……少々梃子摺りすぎかと……」

 ――先の焼けるような感触の正体は、それか!?

 機関士の言葉と、機体の限界を自ら[感じた]イバンは、賭に出た。

 自ら、機体に膝を付かせたのだ。

 これまで自身を追い込んだ相手が、急に膝を折る姿を見たガイシュの操縦者は、バイソールの機体に限界が来たと誤解し、思わず勝ち誇る。

「これまで、よく戦ったが、終わりのようだな……ここまで俺を本気にさせた礼に、せめて、名を教えてやろう……我が名は……」

 その言葉と同時にガイシュが高々と鎚矛を振り上げたその時、別の駆動音が辺りに響いて操縦者の名乗りの声を打ち消してしまう。見ると、これまで沈黙を守ってきた脚甲騎二騎がそれぞれ武器を振り上げ、一斉にバイソールめがけて襲いかかろうと走り寄って来ていたのだ。

「馬鹿な!?……手を出すなと言ったはずだ!?」

 ガイシュ操縦者の言葉に、脚甲騎は耳を貸す気はない。

「けっ、美味しいとこ持ってくのは俺さまだ!」

「これまでの恨みを晴らしてやるぜ!」

 勝てるとわかったとたん、これである。慌てるガイシュを余所に、脚甲騎は連携も何もなく高笑いを上げながら前進してくる。

 そして、それこそが、まさにイバンの望んでいた状況だった。

「……そろそろ頃合いだ。〈充填開放〉、一気に決めるぞ!」

「了解! 充填……開放!」

 機関士の操作と共に、過剰充填器に蓄えられた圧縮蒸気が一気に流れ込み、焔玉機関の出力が限界を超えて上昇する。その際、余剰の蒸気が一部流出、バイソールの関節部から、大量の蒸気が噴出し、機体を包み込む。

「お、過剰充填(オーバーチャージ)……いつの間に充填を済ませていた!?」

「戦闘直前には完了していたかと……そうとしか、考えられません!!」

「……手の内を悟られないため、奴は、充填(チャージ)中の動きが低下した機体で俺を追い詰めていたのか……」

 互角に戦っていると思っていた相手は、言わば実力をセーブして戦っていたようなものだ。格の違いをようやく認識し、呆然となる操縦士……動きを止めたガイシュに、溢れ出る蒸気を纏うバイソールが斬りかかる。

「は、早い……動きが、まるで違う!?」

 瞬時に立ち上がったバイソールは、倍以上の走行能力を発揮していた。いや、それは走行ではない。わずかだが、地面から[浮いて]いるのだ。


 焔玉機関は、ある一定の出力を越えると、正体不明の現象を発揮する。それは、機体の膂力、機動力、即答性、防御力を一時的に上昇させ、さらには、限定的な浮遊能力を付与するというものである。

 この原理は、今以て解明されておらず、それは焔玉機関が、どの部品がどういった作用で機能しているか、解明が進まないまま無理矢理複製していったことによる弊害とも言える。

 ただし、蒸気の過剰充填は汽罐に多大な負担を掛け、維持している間は機体の性能を一時的に低下させ、更に、それを開放し、機関の出力を上昇させた場合、今度は機体の耐久に影響を与えるため、一度でも使用した場合は、機体のオーバーホールが必要となる、諸刃の剣なのだ。

「こ、こちらも過剰充填(オーバーチャージ)だ!」

 操縦士が慌てて指示を出すが、間に合わずにバイソールの斬撃をもろに受けてしまう。しかもその一撃は、右肩部に食い込み、装甲を大きく変形させる。ガイシュは鎚矛を取り落とし、破壊された関節から蒸気と油圧の油が噴き出していた。

右肩部駆動機(アクチュエータ)損傷、稼働停止!……機関(エンジン)出力低下、過剰充填器(オーバーチャージャー)使用不能!」

「くそぉ!……こうなったら、体当たりしてでも動きを止めてやる!」

 勝算がないわけではない。敵を捕らえ、動きを封じれば、脚甲騎が攻撃することも出来るし、何より、過剰充填には時間制限があり、それを過ぎれば、しばらく使用することが出来ない上、機体も過剰加熱を起こし、機能の低下、場合によっては最悪、一時的に停止状態となることもあり得る。ましてバイソールは、あれだけ長く充填を維持している以上、機体の負担は相当なものである。時間が経てば立つほど、確実に自らの機体を破壊しつつあるのだ。

 ――今は、それに掛けるしかない!

 もはや形振りかまっていられる状態ではない。機関士による応急処置完了後、操縦士はガイシュの腕を目一杯伸ばし、全力で走行させる。その甲斐があり、伸ばした手がバイソールに届いた。

「掴め‼」

 ガイシュの手がバイソールの右腕を掴もうとした瞬間、その姿が消えた。少なくとも、操縦者にはそう見えたのだ。

「暴れ牛め……相変わらず、すごい加速だ……‼」

「だ、大隊長が、そういう調整をさせたんでしょう!? 長時間の充填維持に加えて、こんな無茶な機動を行うんですから、機体には相当、負荷が掛かってますよぉ!?」

「……我ながら、この作戦は失敗したと思っている!」

 その言葉通り、イバンは自分の決断を後悔しかけていた。確かに、この戦いに勝利することはできるであろうが、結果、機体の負担が大きく、おそらくは最低でも、一度、整備点検をしなければ、自機バイソールはまともに戦う事ができないであろう。

 そう言う意味では、イバンはこの陽動作戦にまんまと嵌められたと云える。

 急激な加速に毒つきながらも、イバンとヘルヘイによる必死の操作で、バイソールはガイシュの腕を紙一重で躱し、その左側面を滑るように通り過ぎると、一気に脚甲騎に向けて突撃を掛ける。

「き、来たあぁ!!」

 脚甲騎は粗末な槍をめちゃくちゃに振り回すが、加速するバイソールの、全体重を乗せた突撃を止められるものではなく、その刀の切っ先は脚甲騎の腹部関節に深々と、火花と共に突き刺さる。機体の両側から大量の蒸気が吹き出たところからすると、汽罐もしくは蒸気伝導菅に直撃したと思われる。

 どちらにせよ、この脚甲騎はもはや動くことはない。

「ちょっと、もったいなかったか?……」

「次、来ます!」

 機関士の言葉通り、もう一騎の脚甲騎が鉄棒を振りかざし、自棄を起こしたように突っ込んでくる。

「なんの!?」

 イバンは操縦桿を固定し、片手だけで機体両腕部を操作できるようにすると、今度はいくつかの小さな接続槓桿を、継いで腰部回転の槓桿を引き、それにより、バイソールは腰を左舷にひねる。

「行けっ!」

 イバンの気合いを乗せた鋼鉄の雄牛は腰を落とし、力の限り脚甲騎が突き刺さったままの円月刀を振り回す。振り回された脚甲騎は剣から解放され、勢いを付けて仲間の脚甲騎に激突する。

 間髪を容れず、バイソールが大地を蹴って加速し、立て直す暇を与えることなく脚甲騎を蹴り上げ、仰向けになったところで左胴の装甲の隙間に刀を突き立てる。その一撃は操縦装置に打撃を与えたのか、やはり脚甲騎は停止した。

「……すごい、さすがはイバン卿だ!」

 先ほどとは打って変わった展開に、住民達がわき上がる。

 対照的に、ガイシュの操縦者と機関士は、茫然自失の状態だった。

「……過剰充填開放(チャージオープン)中とはいえ、わずかな時間で脚甲騎(オートレグ)を二騎も撃破!?」

「お、過剰充填(オーバーチャージ)を使用したとしても……あれは旧式(バイソール)の動きじゃない!!」

 通常、機体の機動力の上昇に伴い、その制御が困難になるため、高度な操縦技術が必要とされる。今のような高速機動は、一つ間違えば機体制御を失い、最悪は自滅する恐れもある。

 特に、イバン機のように過度のカスタマイズを施した場合は尚更である。

 過剰充填が諸刃の剣とされる、もう一つの理由である。

 たった今それを成したバイソールは、鉄くずと化した脚甲騎から刀を引き抜き、残るガイシュに向き直る。

「……降伏を薦めるべきか?」

「解放状態は、もう長くは持ちません。余計な負荷を掛けすぎたから、機体が停止する恐れがあります。一気に片を付けないと、こちらが危険かと……」

「まぁ、私自身、限界だからな……わかった。実力行使で敵を無力化する」

 イバンは踏板を踏み込み、ガイシュに向けて最後の突撃を敢行した。



 砦、武器収蔵庫――

 迎え撃つウーゴ砦では、騎兵隊がシディカより預けられた鍵束の一つを用いて、武器庫の奧にある隠し扉を開く。

「これを、我々が使用するんですか?……」

 秘密の収蔵庫にある武器を目の当たりにして、騎兵達は戸惑いを隠せない。

「最新の携行機関銃に、最新の重擲弾筒……全部、グランバキナ製……」

「運用方法は訓練してきたはずだ……騎兵隊は副隊長の命により、先行して砦から南へ千二百メートル地点、街道の西へ延びるL型地形に展開、これらの装備で敵を撹乱し、出鼻を挫く。

 目標はあくまで装甲騎馬ではなく、ゼットス残党だ。装甲騎馬は、機関銃と擲弾筒による射撃で食い止める。そこを、間違えるな」

 騎兵隊長トゥルムの命令に、騎兵達は戸惑いを隠せない。

「我々は騎士ではありませんが、装甲と、騎馬による機動力を旨とする騎兵ではあります。騎士と戦わず、支援火器の元で歩兵と戦うなど……」

 この時代、鉄甲騎同士の一騎打ちと並び、騎兵部隊同士のぶつかり合いは、戦場に於ける花形として語られるものである。だが、この作戦はそれを否定したものであった。

 確かに、北方の軍事大国グランバキナでは、鉄甲騎を前面に出しつつ歩兵と重火器、砲撃による攻撃を主とした戦術に移行しつつあり、その中で装甲騎兵は、機動力を活かした撹乱や一撃離脱などの遊撃戦などを担う役割に移行しつつあると、聞き及んではいる。副隊長に着任以来、シディカはその戦術を自軍にも取り入れようと試み、イバン大隊長も、その有効性を鑑みて、不承不承ながら了承している。

「これは、機動力があるからこその作戦だ。短時間に戦線を展開し、目的を達成、離脱して砦に撤収することは我々にしか出来ん」

「最初から撤収が前提でありますか!?」

驚愕の騎兵に、隊長が言葉を続ける。

「当然だ。そのまま戦線に残るのでは、我々は捨て駒に過ぎなくなる……

 我々の任務は、敵の侵攻を遅らせ、更には鉄甲騎以外の戦力を減少させることにある。特に、ゼットス残党は要注意だ。奴らは、砦の前で混戦になれば、我らの思いも寄らない手段を講じてくるやもしれん……

 いいか、奴らは兇賊だ。我らの常識が通じると思うな!

 では、作戦の具体的内容を説明する……」


 城壁内部――

 こちらでも既に戦闘準備に入っていた。

砲兵は金属で補強された城壁の入り口から、内部に幾重にも張り巡らせてある通路を進み、それぞれ格納されている対鉄甲騎砲のある櫓の扉と、機関銃の銃座を開ける。

 この砦の高さ二十五メートル、幅七十メートルの城壁は単なる壁ではなく、寧ろ、この城壁こそが砦の本体であると言っても良い。

 そして、この第六砲台をはじめとする各砲台では、砲撃のための準備が懸命に行われていた。

「押せ! もう少しだ!!」

 砲台長をはじめとする砲兵二人が歩兵達の力も借り、砲台内部に車輪付きの砲を運び込んできた。それは決して大きい物はないものの、かなりの重量物であることに代わりはなく、搬入には苦労しているようだ。

 砲に続いて、兵達が弾薬を乗せた台車を運び込んできていた。

 見ると、外では武器庫から搬出された砲が出撃しなかった第三小隊の鉄甲騎によって運ばれ、城壁内面に迫り出ている昇降機に乗せられている。

 これは、砦に於ける一般的な戦闘準備の光景ではない。そも、戦闘の直前に逐一重い砲を運び込んでいたのでは、緊急時に間に合わない。それに何より、この砲台には元より後装砲が一門、既に配置されているではないか。

 砲を搬入し終えた砲兵は、続いて元より配置されていた砲を回転台から下ろし、それを歩兵に運搬を託すと、今度は後から運び入れた新たな砲を設置する。

「……どうせなら、鉄甲騎がここまで運んでくれればいいのに」

「鉄甲騎がこんな所に入ってこられるかよ……莫迦なこと言ってないで、さっさと手を動かせ!」

 砲台長にどやされつつ、砲兵達は回転台への砲の固定を済ませ、続いて滑車の仕掛けを動かし、砦前面に向けられた大扉を開く。そして、部屋中央に備え付けられる形となった砲を、開けられた窓へと台ごと押し出していく。

 その後、歓呼応答による点検を済ませた砲台長は、運び出された旧来のそれより複雑な形状を持つ新型の砲を、これまた複雑な気持ちで見つめる。

「七十五ミリ速射砲……グランバキナ製の新型……

 駐退器という装置で反動を吸収するそうだ。今までみたいに発射後に動いた砲をいちいち元に戻す必要はないから、命中性も連射性も上昇するというものだ……

 最近、極秘裏に搬入したばかりだが、まさか、こんなに早く使う羽目になるとは……」

 搬入された新型用の砲弾と発射薬の使用準備を進めながら、兵は更なる疑問を投げかける。

「……ところで、こんな大それたもの、どうやって秘密裏に配備できたんですかぁ!?」

「それは、聞かない方が身のためだ……」

 携行機関銃、擲弾筒に加え、新型の砲……

 若い兵士の云うとおり、シディカ、と言うより、ウライバ藩王国は一体、どうやって宗主国であるクメーラ王国の目をかいくぐり、これらの武器を極秘裏に入手できたのか……

 その事について、公式の記録は一切、残されてはいない。

 噂では、ウライバ市街の西側、即ち、焔石鉱山のある地域に秘密の山道があり、そこからウル山脈を抜け、グランバキナやラの国々に通じる道に至ると言われているが、真実は定かではない。


 斯くして、ウーゴ砦は城壁の上下に計六基の砲を、外郭塔に固定式の機関銃を装備した計八ヶ所の銃座を現わし、各所に設けられた狭間には鎖閂式で武装した守備兵の配置を進めるなど、戦闘準備が着々と進められていた。


 そして全ての準備を終えた騎兵が、城門から出陣したのを見届けたシディカの元に、補佐官より市街の状況が報告された。

「報告……市街の敵性鉄甲騎の撃破を確認。警吏が自警団と共に事後処理に移行、出撃していた守備兵ならびに第二小隊は、まもなく帰還いたします」

 状況の解決に、シディカはひとまず安堵した。これで全戦力を砦の外に傾けることが出来る。

「予想以上に早い対応です……第二小隊のみなさんには、必要なら食事を取ってから、所定の配置につくようお願いして下さい」

 これで挟撃は避けられたと安堵したシディカではあったが、報告には、まだ続きがあった

「それと、第二小隊からですが……」

「何でしょう?」

「……敵機撃退の協力者を保護したいので、格納庫への搬送を許可して貰いたいとのことですが」

「格納庫……ですか?」

「はい、格納庫です。」

「はて、この街の中に民間の鉄甲騎など……」

 訝しがるシディカに、アガルは城内を見下ろすよう促す。

「……何せ、鉄甲騎並みの巨人でありますから、他に場所が……」

 シディカが城内に目を向けると、丁度、リストールが槍と天幕で作られた即席担架で、巨人――モミジを搬送しているところだった。その足下では、給仕長がプロイを伴い、何かを怒鳴り散らしていた。

 その光景を目の当たりにし、眼鏡をかけ直したシディカの目の色が変化するのを、アガルは見逃さなかった。

「……推定身長十メートルの、巨人の少女ぉ!?……見るぅ―――――――!!」

 知的好奇心か湧き上がり、すっかりいつもの調子に戻ったシディカの袖を、アガルはしっかり掴んでいた。

「副隊長!……今は指揮に集中してくださいっ!!」

 ――この癖さえなければ、優秀なお人なのに……

 士官はそう思いながらも、なんとしてでも格納庫に向かおうとするシディカを必死に繋ぎ止める。

「わ、わかりましたよぉ……もぉ……」

 自らの欲求を辛うじて抑えたシディカは名残惜しそうに格納庫へと運ばれるモミジを見送るが、またも飛び込んできた報告に表情を変える羽目になる。

「報告! 伝令セレイが負傷……それと……」

 シディカは士官の報告に顔面蒼白となり、その言葉の続きを聞くことなく、アガルの手を全力で振り切り、急ぎセレイの元に向かった。


 兵舎――

「セレイちゃん!?」

 医務室にシディカが駆け込むと、そこにはセレイ、そして先の戦闘に巻き込まれたナランがそれぞれ寝台に寝かされており、傍らには治療を施す医務官を手伝うプロイの姿もあった。

「シディカ様……」

 やっとの思いで体を起こしたセレイに、涙目のシディカが駆け寄り、傷だらけの少女の顔をしっかりと抱きしめる。

「……良かった、無事で……ナラン君とプロイちゃんも、具合はどお!?」

「あの……副隊長?」


 城壁――

 セレイの報告を受けたシディカは外郭塔に戻り、冷静さを取り戻して指揮を執る。

「いろいろ厄介な状況になりましたが、とにかく今は、騎兵隊の皆さんが時間を稼いでいる間に応戦準備を完了させませんと……」

「ところで……ウライバに向けて、緊急の狼煙は上げないので?」

 アガルの問いに、シディカは困り顔を見せる。

「……それは危険ですねぇ……セレイちゃんの報告によれば、狼煙がダーマスル決起の合図になっているようですので、下手に上げると、かえって敵の思う壺になるでしょうねぇ……」

 セレイがもたらした情報、そして証拠品はシディカ、そして砦の者たちを驚愕させるのに十分なものであった。

 それでも、シディカは即座に対策を立てていた。

「偵察隊に証拠の品を持たせて王城に向かわせましたから、ダーマスルが動く前に先手を打ち、王城の警備兵に鎮圧して頂き次第、増援を派遣するよう手配しました。そっちが片付くまで、常備の守備隊(わたしたち)だけで凌ぐしかないですねぇ」

「……あとセレイが、伝令としてすぐにでも王城に向かわせろ、と息巻いておりますが……」

 アガルの言葉に、シディカはいつになく神妙な面持ちとなる。

「いけません……あの子は、敵の密偵との戦闘で、重傷を負っています。今、城まで飛ぶことは危険に晒すようなものです……」

 そう言ってから、シディカは補佐官に次の下知を出す。

「……鉄甲騎は、門の前面に集結、第一次砲撃の後に前進、全面に展開させて下さい。騎兵隊の撤収後は、おそらくは鉄甲騎による戦闘になりますので、味方への誤射を注意しつつ、支援砲撃を欠かさないようにお願いします……」

 左舷外殻塔から冷静な指揮を執るシディカは、心の中で本音を呟く。

 ――兄上、早く帰ってこないかなぁ……




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