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鉄甲騎モミジブライ(改)  作者: 二瀬幸三郎
巨人の少女と決意の鎧
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25/30

救出作戦開始

 

「通って良し!」

 ウーゴ砦城門――

 ナーゼル商会の幌馬車が検査係の声を受け、門を抜けた。

 幌馬車は、ウーゴ砦攻防戦で主戦場となった、幅八十メートルの峡谷を南に千二百メートルほど進み、騎兵隊が緒戦として激戦を繰り広げた、西に向けて曲がるL字峡谷に差し掛かかる。

 峡谷を更に先へと進み、砦が見えなくなったところで、中年の御者が荷台に向け、声を掛ける。

「そろそろ出てきても大丈夫です……」

「いや、すまんな……」

 その声と共に、貨物の隙間にある床の隠し扉を開けて出てきたのは、ダンジュウ、そしてナランであった。

 ダンジュウは、いつもの装束から虎革の陣羽織を脱ぎ、襷掛けに籠手と臑当、太刀と脇差のみという、小具足姿と呼ばれる軽装だった。理由は、この戦いが隠密性の高いこともさることながら、甲冑着装姿では隠し部屋に入ることができず、具足や槍を貨物に隠していた場合、検査係に発見される恐れがあった。

「盗賊除けのために作らせた隠し金箱……こんな危ない橋を渡るために使う羽目になるとは……」

 迷惑そうに呟く御者に、ダンジュウは「白々しい……」とは言いながらも一応感謝し、ナランは一言、「ごめんなさい……」とだけ呟いた。



 少し前――

「少年、ちょっと来い!」

 城門前でダンジュウ、アリーム両名に捕まったナランは、気を利かせた二人によって、兵の目が届きにくい物陰に連れ込まれた。

「少年、お主、二人を助けに行くつもりだな?」

 ダンジュウにそう問われ、ナランは暫し沈黙していたが、やがて真摯に見つめるサムライの瞳にしっかりと視線を合わせ、一度だけ、はっきりと肯定の意志を伝えるように頷いた。

「だからって……子供一人で出て行ったところで、どうにもならないではないか……」

 呆れるアリームではあるが、自らも子供時代に似たような経験をしているためか、その気持ちは理解しているつもりであった。しかし、だからといって、少年の願いを聞き入れることはできないのも事実である。

 ――あの頃のワシも、こんなじゃったの。

 元冒険商人の目に、焔玉機関始動のため、少年が戦うモミジ――サクラブライの元に駆け寄り、背中によじ登ろうとしたときの光景が思い出された。

 ナランの目を見たアリームは、この少年が本気であることを知る。イバンが拳で以て止めたことも知っている。その上でこうなっては、何処かに閉じ込めるか、あるいは、本懐を遂げさせるしか無いだろうと云うこともわかっていた。

「お願いします……黙って僕を行かせて下さい」

 ナランは静かに、それでいてはっきりとした口調で告げた。

 かつてドルージに弟子入りを懇願したときのように、口上を、理由を、そして言い訳を一言もしゃべらず、ただ、ただ、ひたすらに「行かせて下さい」の一点張りであった。

 不器用ではあるが、確実に強い意志は伝わってきていた。

 そんなナランの顔を凝と見つめたダンジュウは、一言だけ問うた。

 「サクラブライの……モミジの力を借りようとは、思わなかったのか?」

 その言葉には、ナランは俯いた。

 「僕には、サクラブライに乗る資格は……モミジさんの〈背中を預かる〉資格はありません……」

 この時、評価試験の終わりにモミジが叫んだ言葉が蘇った。

 ――私はあなたの乗り物じゃありません!

 機関士にとっての〈背中を預かる〉という言葉の意味は、ダンジュウも知っていた。そして、モミジのあの時の言葉は、ナランの心を大驚失色にしていたということも気付いた。

 そんなときに起きたのが、夕べの事件である。

 おそらく今のナランにとって、自分の中にある誇り、自信、尊厳、自分が何者であるかを示す何もかも全てが、二人を自分の手で救い出すことでしか取り戻せないと感じられているのだろう。

 奇しくもダンジュウ自身、国元を出奔した少年時代を思い出していた。船に密航して大陸に渡り、剣ひとつで世の中を渡り歩くと豪語し、野垂れ死にそうになった挙げ句にサクラという巨人に助けられた、あの頃を……

 暫し腕を組み、沈思黙考の末ダンジュウは、やがてナランに告げる。

 「わかった。もう止めたりはしない……その代わり、俺も着いていくぞ」

 「え!?」

 「なぬ!?」

 不意の申し出に呆気にとられる二人を余所に、ダンジュウは、

 「……大旦那、アンタのところなら、抜け荷を詰め込む馬車のひとつくらい持っているだろ」

 と、勝手に話を進める。

「抜け荷とか、言い掛かりも大概にせい!……など言っとる場合じゃない、お主、本気なのか!?」

「どうにも放っておけなくてな……」

 それについては、正直なところアリームも同感だった。

「しかしのぅ……砦に迷惑が掛かるじゃろうが……」

「ここで問答をしている場合じゃねぇ。どのみち、俺たちは元々勝手に動く気満々なんだ。それに少年を加えただけの話だろが」

「だから、その少年を巻き込むなど……ええい、勝手にせい!」

 ダンジュウの理屈にならない我田引水な言い訳に呆れながらも、アリームは事の準備を始めた。



 そしてこうなった――

 砦からの死角に入り、間道の入り口に向けて速度を増した馬車の荷台では、ナランが大きな溜息をついていた。

「どうした、少年」

「……僕は、一人で助けに行くつもりで勇んでいた。でも結局、二人を助けるどころか砦を抜け出すことさえ出来なかった……

 僕は、ダンジュウさんの申し出を断る勇気さえなかった……」

 そんな少年の肩に手を乗せたダンジュウ。

「一人で突っ走るのも勇気がいるが、人に頼るのも、存外勇気がいるものだ」

「結局、人は一人では何も出来ない……」

「それは少年、お主が一番よく知っているはずではないか?……」

 ダンジュウは諭すように語る。

「鉄甲騎って奴は、操縦士と機関士の合力を以て動かすもので、お主はその機関士なんだからな……」

「……まだ、見習いですけどね」

 ほんの少し、わずかの時間だが、少年に笑顔が戻った。


 やがて馬車は、岩の間を曲がりくねる間道に入り込む。この前まで巧妙に隠されていた入り口は、探索のために広げられ、すっかり露わになっていた。

 その道、そして通じる入り口は、まるで、いままで閉ざされていた、ナランの紆余曲折する心境の表われにも映っていた。今、少年はそれらを乗り越えなければならない状況でもあるのだ。

 元は敵勢力が使用していた抜け道であるため、本来であれば歩哨でも立てておくのであろうが、慢性的な人手不足もあり、入り口は鎖が掛けられているだけだ。

 馬車が止まり、御者が振り向かずに言った。

「あんたらには、ここで降りて頂きますよ……大旦那様のお言いつけでも、命までは捨てたくねぇんで……」

 投げ捨てたような言葉に、二人は馬車を降りる。

 鎖を潜り抜け、先へと進む前に、一度だけ振り返ったナランは、深々と頭を下げる。その態度を、御者は申し訳なさそうな顔で見返した。

 ――こんな子供が、わざわざ人の為に死にに行くことなんかねえのに。

 二人を降ろした馬車は、街道に戻り、先へと進んだ。

「後は、大旦那に言われたとおり、ホドにでも行って、一晩ほとぼり冷ましたら、帰るだけだ……」

 これで賞与が貰えるのだから、楽なものである。

 しかし、御者の脳裏に、間道の奧へと赴くナランの後ろ姿が消えることはない。

 ――明日には、すべて終わっているといい。

 そう、思った。

 ――あの少年が、無事に帰ってくるといい……

 そうも考えた。



 同じ頃――

 砦では救出作戦の準備が着々と進められていた。

「俺は何をすればいい」

 格納庫に現われたドルージ機関士長に、機関士達は驚き、身を強張らせる。

 恐々する機関士達に、ドルージはこれまでになく穏やかに、まるで何かを吹っ切ったような顔と声で語りかける。

「もう暴れりゃしねえよ……機関士長としてやるべき事をやるだけだ」

 そう言ってドルージは、格納庫内を見回した。

「で、俺は何をすればいいんだ? 会議に出して貰えなかったから、作戦内容がまるでわからねえんだ……」

 一見その言葉、そして両肩をすくめる仕草は、まるで戯けているようであったが、ドルージの表情は真剣そのものだった。

 ――俺が出来るのは作戦が成功するよう、後ろから支えることだけ……

 部下からの報告を受けつつ、ドルージは自分の為すべき事を始める。

 ――俺は、機関士長だからな……

 そも、ドルージが立ち直ったのは、不意にプロイの声が聞こえたような気がしたからだ。

 ――プロイがここにいれば、こんな俺を叱りつけるだろうからな……

 ここで、ドルージはこの場にナランがいないことに気付いた。

「ナランなら、朝方……」

 経緯を聞いたドルージは、ナランを呼びつけようとする機関士を止める。

「あいつには、休憩が必要だ。ここは、俺たち大人が頑張るときだ」

 ――事が落ち着いたら、謝らなきゃな……

 謝罪した上で、ナランの今後の身の振り方を考えなければならない。

 何より、改めて正面から、弟子と向き合わなければいけない。

 そう考えつつ、ドルージは、まずは目の前の作業に集中することにした。

 この時、ナランを呼びに行っていれば、機関士見習いの少年が無謀にも砦を飛び出していることに気付いたかも知れないのではあるが……


 大凡の作戦を把握した機関士長は、手際よく部下に下知を飛ばし、適切な指図で作業を進めていく。

 まずはサクラブライとヘオズズを運搬するため、鉄骨を組んで作成した即席の籠ふたつに、動けるリストール二騎掛かりでそれぞれを積み込む。

 その籠にはやはり鉄骨で作られた担ぎ棒が取り付けられており、これにより、鉄甲騎二騎で挟み込む形で担ぎ上げて運搬することが出来る。

 幸いにして、サクラブライもヘオズズも軽量であり、リストール二騎であれば余裕で長距離の運搬も可能である。

 出来上がった即席運搬籠に積み込まれたサクラブライ……

 その姿は、籠に入れて運ばれる咎人のようであり、哀れであった。

「これが見納めにならねえようにしなきゃな……」

 見上げたドルージの言葉は、その場に居合わせた全員の総意でもあった。

 その隣では、ヘオズズの運搬準備も完了していた。こちらはまるで、山から下りてきて捕まった獣のような姿を晒している。

 その後、別の機関士の報告により、並行して進めていた作戦参加機体の点検がすべて終了したことを知る。

 とりあえず、機関士達の出来ることはひとまずの完了を迎えた。

「我々は、この後は何をしたら……」

 一連の作業を終え、指示を求めるヘルヘイをドルージが怒鳴りつける。

「決まってるだろ! 今の俺たちに出来ることは、可能な限り修理を続けることだけだ」

 砦の鉄甲騎を今更修理を再開したところでどうにもならないことくらい、ドルージにもわかりきっていることだ。それでも、いや、だからこそ、何もしないわけにはいかないのだ……

 一応考えがないでもなかったが、どちらかと言えば、、何かをしていなければ落ち着かないと云う気持ちの方が強かった。



 兵舎――

 会議室では作戦の更なる調整が続いていた。

「ところで、大隊長は鉄甲騎に乗らないので?」

 アガルの問いに、イバンは苦笑する。

「私は騎馬で出るつもりだ……此処だけの話、ウライバ本軍の機体は私と相性が良くないのでな」

 現在修理中のイバン用バイソールは、彼の操縦技量に合わせて相当手が加えられており、反面、現在ウライバ本軍が持ち込んだ同型機種では大隊長の操縦技術に反応しきれない。

 また、交渉役であるイバンが鉄甲騎に乗り込まないことは、[話に応じる]姿勢を見せることになり、それは敵方の油断を誘うためでもある。

「大隊長、作戦参加の全部隊、準備整いました。閲兵をお願いします!」

「了解した。すぐに行く……」


 この後、イバンは騎兵隊長とウライバ本軍隊長ならびに、バイソール二騎の操縦士と機関士を呼び寄せ、とある極秘の追加命令を伝えた。それは、皆を驚愕させるには十分な内容だった。

「全ての責任は私にある。副隊長とドルージ殿には、何も言うな……」

 トゥルムは、これほど深刻な顔をするイバンを見るのは初めてであった。


 作戦準備完了は、その日の夕方になった。

 特に出陣式のようなものは行われない。そも、各部隊は別々に出陣し、現在までに調べ上げた間道の道筋をそれぞれの作戦に合わせて別々に進行しなければならない。


 サクラブライとヘオズズの運搬を担当する機体は、ウライバ本軍から派遣されている脚甲騎リストール四騎。イバン大隊長率いる囮隊の騎馬十騎(ウーゴ、ウライバ双方よりの選抜)と行動を共にする。

 それぞれの救出別働隊である、ウーゴ騎兵隊二十騎と、ウライバ本軍の騎馬隊より選抜された二十騎は、囮隊の出立後、現段階で判明している別ルートで進行する。

 ウライバ本軍の鉄甲騎バイソール二騎は、全軍の後方――間道の入り口付近に待機、戦局に応じ、臨機応変に対応する。

 また、本作戦には、セレイも回復を待って参加させる予定である。その任務は主に伝令である。今回は各部隊が距離を置いての活動となるため、飛行能力を持つセレイが頼みとなるのだ。

 シディカにとって辛いのは、セレイが疲労状態であり、回復を待ち、それを命じるのが作戦開始直前であると言うことだ。これは、命令伝達が遅れることで作戦への支障が出る不安もあるが、何より、セレイの体調が心配であると言うこともあった。

 副隊長としてのシディカは砦に待機、対空を含む防衛の指揮に当たる。特に、敵の浮遊機械による空襲の際は砲撃に加え、本来は飛空船の為の対空兵器である〈噴進銛〉と〈噴進弾〉により迎撃、落とせなくとも市街への侵入を阻止する必要があった。

 これら対空兵器である総称〈噴進兵器〉――所謂ロケット兵器は、砲弾ほどではないにせよ威力はあり、それでいて比較的小型軽量であるため、各救出部隊にもそれらを装備させた砲兵を随伴させ、空襲への備えとした。

 しかし、やはり持てる量に限りがある故に、浮遊兵器に対する要は、やはり鉄甲騎と言うことになる。


「あの機械を砦の正面に釘付けに出来れば、鉄甲騎による投擲鎚と、充填開放による跳躍力で対処は可能だと思うのだが……」

「兄上が『どうとでもなる』と言ったから、おそらくはそんな程度だと思ってましたよぉ」

 騎乗の人となり、愛用の綴り鎧の留め帯、鞐を点検しつつ、イバンがこともなく告げる言葉にシディカが呆れる。

「相手がどれほどの飛行能力を有しているかわからないのですよぉ? 高度、速度、あらゆる部分で飛空船を凌駕しています。おまけにあんな、[龍の光球]を想わせる兵器まで持っているのに……

 そんな相手に、通常の飛空船と同じ対処法が通じるとは限らないんですからぁ……」

 正直なところ、シディカもあの浮遊兵器の存在には頭を悩ませたままであった。対策を取ろうにも、相手の性能、戦力など不明すぎる点が多く、当然ながら、弱点などわかろう筈もない。人質を取るという時点で、敵も自身の兵器を絶対視していないことまではわかるのだが、単に過信していないという程度なだけかも知れない。

 時間もなければ戦力もない、その上、人質という形で先手を取られ、挙げ句に、最大の不確定要素として立ちはだかる超兵器……この作戦は、細い糸の上を渡るようなものである。

 シディカの苦言は続く。しかしそれは、副隊長としてではない、妹としての小言である。

「……それと、今日は騎馬での御出陣なんですから、せめて板金甲冑を着装して頂けませんかぁ?」

 最後の言葉には、兄の身を案じる気持ちが込められていた。だが、朴念仁の気があるイバンはその思いに気付くことなく、

「心配は無用、着慣れた鎧の方が動きやすい」

 と、意にも介さず、ウライバ様式の面の無い兜を被る。

「シディカ……砦と市街は頼む」

 それだけを告げると、イバンは囮隊に向けて出立を命じた。



 敵地へと続く道――

 間道に入り、馬車と別れ、しばらく岩の峡谷を進んでいたナランとダンジュウは、幾度か岩場を乗り越え、やがて木々の生い茂る深い森林地帯に差し掛かっていた。

 ナランは持参した包囲磁石を取り出し、慎重に方角を確認する。

 その横では時折ダンジュウが木に登り、周囲を警戒する。

 二人の頭上では、すでに夕日が峡谷の影に消えようとしていた。幸い今夜は満月にほぼ近く、雲間からの月明かりが期待できるだろうが、それでも更に奧へと進めば視界が悪くなり、敵の拠点である寺院を探し出すどころか、砦に帰ることさえ困難になるかも知れない。

 異国の武者と機関士の少年は、慎重ながらも先を急ぐ。

「それにしても、その歳でずいぶんと旅慣れしているな……」

 感心するダンジュウに、ナランは振り向かずに答える。

「ジマリの街に住むまで、何年も父と旅をしていました。それと、街が[龍]に焼かれてから、一年ほど……」

 その言葉に、ダンジュウは、二年前に耳にした[龍の噂]を思い出した。それは、ボナ砂漠近くにある辺境の街ジマリが[飛龍]によって全滅させられたというものであった。

 ――子供が生き残っていたと聞いてはいたが……

 ナランがジマリの街を焼け出され、ウーゴ砦に辿り着くまでの痕跡は、後に書かれた伝記にも、『行商人に保護された以降は不明』とだけ記されている。

 その間、果たして少年はどのような旅を、どのような気持ちで続けていたのか……

 目の前の年端もいかぬ少年が潜り抜けたであろう修羅場を想像していたダンジュウだが、ただならぬ気配が歴戦の武辺者を現実に引き戻す。

「ダンジュウさん!?」

「静かに!」

 突然草むらに引き込まれた事に戸惑うナランを鎮め、ダンジュウは頭上の木々に意識を向ける。

「どうやら、俺たちが目当てじゃなさそうだ」

 ナランがダンジュウの視線の先に目を向けと、高い木々の間を一瞬、枝から枝へと華麗に飛び移る何かが見えた。それが動物なのか人なのかはわからないが。

「あれが見えたなら大したものだ。ありゃ、ケモノビトだ……この辺りの言葉じゃ〈ビョウ〉とか云う猫人(ねこびと)だな」

「森の中なら、ケモノビトが住んでいても不思議じゃ……」

「いや、ビョウは人里近くに住処を構える連中だ。狩りに出るとしても、こんな奥地に来るとは思えん……もしかしたら、敵の物見かもしれんな」

 ダンジュウの推測に、ナランは色めき立つ。

「じゃあ、あいつの来た方に向かえば、敵の拠点が!?」

「方角も大体あっているからな……そう考えた方が良さそうだ」

 日が完全に落ちて暗くなる前に辿り着きたい。

 二人は、他の物見に警戒しながらも、足早に先を進んだ。



 寺院跡――

 [影]もまた、今夜の取引のための準備に余念がない。

 懐から手帳を取り出し、開く。そして記帳されている自軍戦力の総数を見て、頭を悩ませる。

 ――まるで勝負にならない……

 実際のところ、疲弊している砦よりも遙かに兵力不足である。

「勝負になるくらいであれば、面倒な人質など取りはしない……」

 ――やはり、我がウキツボが頼みか。

 そのウキツボとて、実の所試験兵器であり、不安定な部分もある。それ故に、壊滅状態のゼットスを利用し、その上で人質まで取ったのだ。

 元より、真っ向から勝負することが目的ではない。

 目的はあくまでヘオズズの奪還とサクラブライの奪取、そして着装者である巨人モミジの確保であり、ウーゴ砦の攻略でも、ウライバ藩王国を脅かすことでもない。

 そも、本来であれば、それすらも本来の目的ではなかった筈ではあるが。

 [影]は、ウルの山々を見上げる。

「ヘオズズの売却自体、元々はウルの山に眠る[遺跡]の調査の為の囮であった筈なのだが……」


 [影]がゼットスに告げたように、彼等が企む本来の目的は、[ウル山脈に於ける遺跡調査]であった。

 組織による独自の文献調査で判明した、ウル山脈の何処かにあると云う未知の前文明遺跡の存在を探り出し、その地に眠る古代科学文明の遺産を入手する事が、彼等本来の任務であったのだ。

 この任務は、当然ながら極秘で行われることとなる。何故なら、山脈の麓にあるウライバ藩王国に、自分たちの存在が露見するわけには行かないからであった。

 幸いにも、同胞が暗躍したことでクメーラに内戦が勃発、要請を受けたウライバ主力の出兵が決定し、あとは残りの戦力の目を別の方向に向ければ済むだけであった。

 そんな中、クメーラ王国にて暗躍していた同胞より、ある協力要請が届いた。それが、ドルトフ将軍の支援であった。

 その要請を[影]は承諾した。浮遊機械ウキツボと共に持ち込んでいた局地運用試験機ヘオズズの実戦データ収集に利用しようと考えたのだ。

 [影]は、ウーゴ砦とその周辺を脅かす兇賊ゼットス一党に接触、将軍に関する情報を提供し、ヘオズズと時限式爆弾を売り渡し、嗾けることにした。予てより目を付けていた彼等であれば、面白い運用法が期待され。問題点の洗い出しも含め、有益なデータを得ることができるのでは、と考えたのだ。

 だが、ここで予想外の出来事が起きた。

 ゼットス一党が将軍残党と合流することなく、ウーゴ砦に先手を打たれて壊滅状態となったのだ。

実の所、この敗北はそれほど気にならなかった。

 幸いにして、ヘオズズが敵の手に落ちたわけではなく、そうでなければゼットス党が討たれたところで、自分たちに実被害があるわけではない。また、ドルトフ将軍逃走に対する情報はウーゴ砦にも伝わっており、街道に対する警戒が解かれたわけではない。

 要は長期間、誰でも良いからウライバの気を引いてくれれば良く、結果的に山脈へと注意が向かなければ良いだけなのだ。

 その後、ゼットスがドルトフ将軍と合流したことを確認した[影]は、彼等がヘオズズを利用した作戦を展開することに期待を寄せつつ、本来の目的であるウル山脈探索へと神経を注ぐことにした。

 ところが、ここでも予想を越えた出来事が起きたのだ。

 思わぬ敵の出現によりヘオズズは呆気なく敗北し、更にはドルトフがスパルティータ諸共討ち取られ、ゼットスは逃亡と云う結果に終わってしまったのだ。

 敗北という結果そのものは想定していたものの、ここまで短期間に決着が付くなど、考えもしていなかった。しかも悪いことに、ゼットスが利用していた秘密の間道が露見し、捜査対象となったことで、[影]の手による山脈調査にも支障をきたす恐れが生じたのだから始末に悪い。

 しかし[影]は、敗北そのものよりも、ウーゴ砦に勝利をもたらした存在に強い興味を示した。〈動力甲冑サクラブライ〉と、その着装者であり、同時にヘオズズとも戦った巨人モミジと云う存在にである。

 特に、ギガスとは違う巨人の存在に強い関心があった。高熱と水分を原動力とし、頑強な肉体と、未確認ではあるが自己治癒と想われる能力など……

 どれを取っても通常の生物とは明らかに異なる存在を、ウルにあると云われる遺跡と関連があるのではないかと推測したのだ。

 巨人が北の山から現われたと云う事実も、その証拠となりうるものだ。

 故に、手間を掛けてでも確保する必要があった。

 [影]自身の興味でもあるが、それは同時に、組織のためでもあった。


 組織の名前の意味、そして最終目的は依然不明である。

 しかし、ヘオズズやウキツボに使用されている技術を見ればわかるとおり、彼等は、この世界の住人が〈前文明〉と呼ぶ古代科学文明を信奉し、蒐集し、解析し、そして、利用することを旨としていた。

 そして、それらを手に入れるためならば、どんな手段も、どんな犠牲も厭わない。

 それが、〈文明結社〉であった。


 現実に戻った[影]は、手帳に目をやり、改めてこちらの戦力を確認する。

 まず、自前の戦闘工作員が十五名。浮遊機械の運用に最低四名を割り振ることを考えると、十一名となる。これにゼットス残党二十五名を加えても、精々が三十六名。兇賊側の優れた人材は、先の戦闘で失われているようで、これではいくら自身の率いる部下が優秀であっても、当然、正面からでは勝負にならない。

 続いて、ゼットスから差し押さえた鉄甲騎を視察する。

 即席の整備場である石造りの大伽藍に、神仏像代わりに詰め込まれた四騎の脚甲騎は、その全てが原型機種不明の再生機で、装甲も内部も継ぎ接ぎだらけの寄せ集めであった。一騎などは外装すら殆ど無い小型の機体である。

 おそらくは鹵獲機体の転売品か、何処かの地下工房で建造された非合法機体、あるいは、余所から分捕った盗品か……

 どちらにせよ、まともな機体は一騎もない。

 いや、一騎だけ特筆すべき機体がある。それは、やたらと巨大な脚甲騎だ。背丈だけならば、鉄甲騎に匹敵し、上半身だけで見れば、凌駕さえしている。

 一見、頭部と思われる部分が欠けているところからも、まるでギガスを更に巨大化させたように見える。

 その異様なまでの不気味な姿は、正に[異形の巨人]そのものであった。

 しかし、[影]は失望の溜息をつく。

「見た目だけの虚仮威しだ……」

 地面に着くかと思われるほど長い腕の先には、物を掴むための手首はなく、代わりに、拳を模した鉄塊が取り付けられていた。それは見た目通り重く、頑丈であった。これで殴られれば、その衝撃は装甲の厚い鉄甲騎であっても、無事では済むまい。

 それでも、[影]は溜め息とともに吐き出した[虚仮威し]の言葉を撤回するつもりはなかった。

「命中すれば相当な打撃だが、あれでは自身の手を持ち上げるにも、重さで動きが鈍る……」

 全身を鉄屑で鎧う、それらの巨人を見上げた[影]は、頭巾の下で満足のいかない表情を浮かべていた。

「まぁ、兇賊風情の隠し持つ機体に、希望など持ってはいなかったが……」

 思わず声に出すほど不満なのは、ゼットスが温存していた脚甲騎が、予想以上に、あまりにも見窄らしく、その上見た目通り戦力として心許ないばかりではない。実質、稼働できるのが三騎に留まることが発覚したからだ。

「ここに来て、機関士と操縦士が足りないとは……」

「しゃーねぇだろ! この前の戦闘でやられちまったんだからな!」

 いつの間にかゼットスが傍に来ていた。

「あんたさんのトコから、操縦できる奴、回せないのかよ……どうせ差し押さえたんだ、自分で動かしたら、いいんじゃねえか?」

 戯けた調子でからかうゼットスに閉口する[影]ではあるが、足りないものは仕方がない。

 その時、ゼットスの元に一人の猫頭男が駆け寄って来た。

「ゼットスさん、砦の奴らさんがブツを担いで間道に入ってきましたぜ……

 数は頭のねえ鉄甲騎が四つとお馬さんに乗った奴さんが十一……先頭はイバンの野郎さんだ。鉄甲騎じゃなく、お馬さんに乗っていやがる」

 今やゼットス残党唯一の偵察要員となったこのビョウは、山を駆け回り、見てきたことを話す。

「……巨人の女はいないのか?」

 [影]の問いにビョウは首を傾げる。自分は見ていないと言うことか。

「他には何か見なかったか?」

 改めてゼットスに問われたビョウは、思い出したように続ける。

「そうそう、奴らさん、後ろにも大勢、軍隊を隠していやがるぜ……他の奴さんならともかく、俺の目は誤魔化されねえょ!」

 グルズ亡き(?)後、お頭の気に入りになるべく、手舞足踏で自分の活躍をことさら強調していた言い回しに呆れるゼットス。

「だとよ……」

 その言葉を聞いた[影]ではあるが、取り乱したりはしない。

「特に問題はない。そのくらい仕掛けてくる事は、想定内だ……

 おそらくイバン大隊長殿は自分を囮にし、交渉を長引かせている間に別働隊で人質救出を図るつもりなのだろう……見え見えの手ではあるが、戦力の少ないこちらにとっては、痛手となる策ではある……」

 そう言いつつ[影]は部下を呼び寄せる。

「我々はウキツボと脚甲騎二騎でイバン卿と対峙する。小癪な工作など無意味と知らしめるのだ。例え敵が鉄甲騎を差し向けたとして、人質がいる以上、引き下がらざるを得まい……」

「では、人質を同行させるので?」

 部下の問いに、[影]は否定する

「奴らは巨人を同行させていない。よって、人質はまだ確保したままでいたほうが良い……すぐに、ウキツボと鉄甲騎二騎の発進準備をさせろ」

「それであれば、人質をウキツボ内に確保していたほうが良いのでは?」

 部下の具申を[影]は即座に却下する。

「彼等が強攻策に転じた場合、人質は足枷でしかない。始末するにしても、手間が掛かり、戦闘行動に隙が出来かねない……依って、出撃は先の指示通りウキツボと脚甲騎二騎によるものとし、王女殿下と侍女はこの拠点にて確保。ただし、警戒要員として我が方より四名ほど付ける。」

「はっ!」

 部下を送り出した[影]は一人背を向けたまま、ゼットスにも指示を下す。

「君に、働いてもらう時が来た……」

 返事はない。

「ゼットス君は、ここで別働隊を待ち構え、迎え撃ってくれたまえ……君らの手下と大型脚甲騎一騎がいれば十分だろう。いざとなれば、人質を見せればよい。ただし、よほどの場合でなければ、彼女たちを殺すことは許さん。なにせ、大事な……」

 そう言って振り返った時、ゼットスの姿は既に無く、転瞬、寺院中に鉄甲騎の駆動音が響き渡る。

「ゼットス君!……どういうつもりだ!?」

「イバンさんは俺さんの獲物だぜ……手前ぇさんは空飛ぶ香炉の中で温和しく待ってろ!」

 いつの間にか巨大脚甲騎の胴に登り、高笑いを飛ばしたゼットスは、自分の手下どもに腕を振って号令を出す。

「行くぜ、野郎さんども!」

「何と得手勝手な……君は私の計画をめちゃくちゃにするつもりか!?」

「無策で行くわけじゃねぇ!……まぁ、俺さんの手並みを空からでも眺めるんだな……」

 外装のない小型脚甲騎を除いた三騎の脚甲騎が蒸気を噴きながら力強く前進し、その後から、ゼットスの残党全員が意気揚々と着いてくる。

「何、こっちにゃ、[人質]さんも、ちゃあんといるんだ……」

 巨大脚甲騎の上。

 頭部の代わりに小型の投光器を乗せた、平らな胴体に陣取るゼットスの傍らには、縛られた二人の――王女と侍女のような女性が、俯いたまま座り込んでいた。

 恐怖のあまり、顔を上げることも出来ないようだ。

 既に日も暮れ、辺りは暗闇に包まれていた……



「ナランを見ませんでしたか?」

 砦兵舎、医務室――

 目を覚ましたセレイが、シディカに向けて最初に話した言葉である。

「え?……兄上に投げ飛ばされて落ち込んでいるものかと……」

 シディカは、作戦立案に追われ、頭から抜けていたナランのことを急に思い出す。

 ――そう言えば、セレイちゃんを此処に運んだのは……

「ナランでしたよ、彼女を此処に連れてきたのは……」

 まるで心を読んだかのように、医務官が告げる。

 それ以来、ナランの姿を見た者はいない。

 セレイは、運ばれてきた際のナランを思い返す。

 ――行ってくるよ!

 確かに、ナランはそう言っていた。

 ――行ってくるって、何処へ……

「シディカ様……ナランは、もしかしたら……」

 セレイが皆まで言う前に、シディカは医務室から駆けだし、ナランが自室にいないことを見るや、

 今度は食堂……

 次は共同浴場……

 さらには城壁内部まで登り……

 そして最後に格納庫まで駆けていく。

 当然、作業中の機関士や操縦士の中に、いや、砦のどこにも、少年の姿を見た者はいなかった。


「あいつ……どこまで勝手なことを……!?」

 シディカから事の次第を聞いたドルージは、激昂のあまり手にしていた工具を床に叩き付ける。

「も、もしかしたら、ふて腐れて街で自棄食いでもしているんじゃありませんか?」

「馬鹿野郎、今までのナランを見ていたら、そんなことする奴じゃねぇ事くらいわかるだろが!」

 慌てて宥める機関士の襟首を掴んで怒鳴るドルージの脳裏に、これまでのナランの姿が浮かぶ。


 それは、一途に弟子入りを懇願する姿……

 または、プロイを探しに、怪物が暴れる街へと駆け出していく姿……

 あるいは、爆弾を発見し、必死に伝える姿……

 そして、戦うサクラブライに乗り込み、機関を始動させる姿……


 これまでのことを考えれば、ナランが何らかの行動を起こすことはわかっていたはずだった。

 機関士に当たるその苛立ちは、ナランに対してではなく、弟子の気持ちと行動に気が付かなかった自分への怒りであった。

「機関士長、まずは落ち着いて……」

 ドルージの動転を前に、先程まで取り乱していたシディカが冷静に諫める。

 転瞬、ドルージは機関士を放り出して駆け出し、格納庫の入り口で隠れるように覗き見ていた、恰幅の良い人物を捕まえた。

 それは、アリームだった。

「あんたか!? あんたとサムライ野郎がナランを焚き付け……唆したのか!?」

 この時点ではドルージの主張になんの根拠もない。これは完全に言いがかりである。

 だが、アリームは何も言い返せない。と、言うより突然襟首を掴み上げられ、声を出すことが出来ないのだ。

「ドルージ機関士長!……いい加減に落ち着いて下さい!! 無関係な人に当たるなど、無礼にも程があるでしょう!」

 珍しく声を荒げるシディカに、わずかではあるが落ち着き、手を離し、直後に倒れ込んだ老人に謝罪しようとしたその時、

「すまんかった!……焚き付けるつもりはなかったんじゃ!」

「やっぱりあんたか!!」

 土下座の姿勢で謝罪するアリームの襟が再びドルージに掴み上げられる。

「アリームさん……説明、して貰えるんですよねぇ……?」

 今度はシディカまでもが怒りの形相で老商人を睨み付ける。

 気が付くと、その場の機関士や操縦士が、訳もわからずキョトンとしつつも、事の成り行きを見届けようと取り囲んでいる。

 結果だけを言えば、アリームは逃げ場を失った。

「唆したつもりはない……ただ、止められなかったのは事実じゃ……」

 観念したアリームが全てを有りの儘に伝えると、ドルージは肩を落とす。

「なんてことだ……本当にナランは敵地に乗り込んだのか……」

 ダンジュウの同行があるとはいえ、いや、同行があるからこそ、ナランの行動は現実味を帯びてきたことが厄介と云えよう。過程はどうあれ、敵地に辿り着くことは確かであったのだ。

「もしかしたら、俺があいつを……ナランを追い詰めたのかもしれん……」

 その場にへたり込むドルージがこれまでを思い返し、呟いたこの言葉を、もしイバンがこの場にいれば、同じ事を呟いたかもしれない。

 落ち込むドルージの背に手を置くシディカも、同じ思いであった。

 その様子に、ようやく事態を理解した機関士達も戦慄を覚えたのか息を呑んだ。

「……どうするんだよ? 大隊長に知らせを寄越さなくていいのか?」

「もう間に合わない……今頃は会敵している頃だ……」

 もう、この場の誰もが、ナランの後を追える……救い出せるものはいないと思っていた。

 唯一人、ツバサビトの少女を除いては。


 医務室を抜け出し、格納庫での経緯を一部始終見つめていたセレイは意を決し、

「少しだけ、待っていて下さい……」

 と、翼を広げ、市街へと飛び立った。



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