サクラブライ起動
ボン!……
不意に響いた音で、モミジは目を覚ました。
その音は、爆発でもなければ、砲撃でもなかった。
「……夢?」
――夢の中で、男の子が何かを叫んでいたような……
周りで爆発音と、それに伴う振動を感じる。わずかに首を巡らすと、ここが見たこともない建造物の中であることがわかる。天井から滑車と鎖がぶら下げられており、何か機械のようなものも見える。
腕や脚を軽く動かしてみる。
特に拘束されていないところから、誰かに捕らえられたわけでないことは理解した。
「私、確か……」
モミジが寝ぼけ眼のままむくりと上半身を起こすと、「のわっ!」と、男性の悲鳴が聞こえた。
「……アリームさん!?」
どうやら、モミジの巨体が急に起き上がったことで、傍に来ていたアリームが腰を抜かしたらしい。
「びっくりした――‼」
その場にひっくり返ったアリームは、ブリキのバケツを一つ抱えていた。その中には、修理工場で見つけた焔石が詰まっている。
「ご、ごめんなさい……」
慌ててアリームを両手で抱き起こす巨人の少女は、自分が軽く動いただけでも惨事となりうる事を改めて実感する。
「……焔石を持ってきた。これを食って、元気出すんじゃ……」
「あ、ありがとうございます」
アリームがバケツ詰まっている焔石に、着火した燐寸を放り込むと、その火を吸収した焔石が連鎖的に化学反応を起こして次々と発熱を起こす。
モミジは、辺りで聞こえている砲撃と喧噪が気になって仕方がなかった。
「今、ここで何が起こっているんですか……?」
「……まぁ、嘘をついても始まらんからな」
モミジが[蜘蛛猿]に殴られ、気絶して砦に運ばれたこと……
その砦が賊の襲撃を受け、戦場になっていること……
状況は不明だが、戦況は不利になっていると言うこと……
アリームがこれまでの経緯を包み隠さず話して聞かせていく内に、モミジの表情は真剣なものに変わる。
「でしたら、私も戦います……」
「なぬ!?」
「私は、巨人です。それに、見た目よりも頑丈ですし、傷だってすぐに治ってしまいます。だから、ヒトが使う絡繰りの巨人にだって、負けません……」
そう言って立ち上がろうとしたモミジではあるが、
「無茶だ、相手は砦の鉄甲騎を簡単に壊すバケモノだぞ!……あの鉄の蜘蛛猿に殴られただけで気絶したのに、あんな奴の剣で刺されたら、嬢ちゃんなんぞ、傷どころか挽肉にされちまうぞ……!!」
「でも!?……」
「デモもストもないっ! 嬢ちゃんは巨人である前に、女の子なんじゃ……兵士でも戦士でもない、ただのでっかい女の子なんじゃぞ!……それを危険の真っ直中に出すことなど、出来るもんか!!」
そう言い放ち、
「いいか、嬢ちゃんはここを動くなよ……動いて良いのは、危なくなって逃げる時じゃぞ‼」
と、念を押した上で、アリームは格納庫の重い扉を一人で懸命に閉める。
「……これで、良いんじゃ」
閉め終えた扉に背を当て、肩で息をしているアリームは、迎え撃つ準備の真っ最中である城門前に目を向ける。
「戦うのは、大人の……いや、男の努めじゃ!」
意を新たにした[元冒険商人]は、両の手で自らの頬を叩き、気を引き締めた。
城壁内側、城門前――
こちらでは既に、破られた場合を想定し、先程砦から降ろした旧型砲が運び出され、砲撃準備を整えていた。
逆に噴進兵器は殆どが武器庫に格納されていた。先の爆弾の件もあるのだが、加えて至近距離での使用は、その爆発に味方を巻き込み、寧ろ被害を増やすだけと判断されたのだ。
応急修理を受けていたリストールも、完了しないまま足場を外され、武器を戦槌に変更して再び戦闘態勢を取る。しかし……
「ムジーフ、状況はどうじゃ!?」
「応戦準備は整っております……ですが、味方の士気は下がる一方で……」
「仕方がないのう……」
アリームは一人一人の肩を叩きながら、
「何をしておる、敵は間もなく城門を破ってくるぞ! ちっとばかっかし強いからって、臆したらそれこそ負けじゃぞい‼」
と、戦意高揚を促してまわる所に、折良くダンジュウが、保護したナラン、プロイを連れてやってきた。
「大旦那……」
「おぉ、ダンジュウか、それと、子供達も無事であったか……」
三人の無事を喜ぶアリームに、連れてきた少年少女の肩に手を乗せ、事情を話すダンジュウ。
「……ともかく、この子達のおかげで、難を流れた……それにしても、大旦那もずいぶんと張り切っているな……」
「何、さっき、嬢ちゃんの前で格好つけたばかりじゃからな……」
と、照れくさそうに笑みを浮かべるアリームに、ナランが一瞬躊躇いながらも話しかける。
「あの!……僕たちも、何か手伝えませんか?」
「私も、出来ることがあれば……」
この申し出は、勿論、街を守りたいという一心もあるが、同時に、ある種の現実逃避とも言えた。何かしていなければ、先の惨劇を思い返し、精神的に追い込まれてしまうのだろう。
「しかしのぅ……」
ナランに続いてプロイにまで詰め寄られ、断り切れなくなったアリームは、仕方なく二人に(可能な限り安全な範囲で)手伝って貰うことにした。
「(全く、この街の子供はなんで、こうも勇敢なんじゃ……)」
二人の少年少女の行動を見た老商人は、セレイやモミジを思い出しつつ、誰にも聞こえぬよう呟き、頭を抱える。
格納庫――
真っ暗になった空間に1人、取り残された形となったモミジ……
その中で一人、外の喧噪を聞いていた。
バケツの中で発熱する焔石だけが、赤く淡い光を放っている。
それは、巨人の少女には、何の慰めにもならなかった。
……いや、もう一つ光を放つものが存在するようだ。
ほんのりと桜色に光るそれは、モミジの傍らに鎮座する巨大な甲冑、その兜に取り付けられた金の前立て飾、その中心にはめ込まれた硝子の勾玉から放たれていた。そしてそれは、まるでモミジを呼んでいるようだ。
少なくとも、モミジはそう思えた。
「これ……鎧?……それとも、ヒトが乗る絡繰りの巨人?……」
立ち上がり、その甲冑に手を掛けると、それはわずかに震えていた。少なくとも、周囲の振動に共鳴したものではない、あきらかに甲冑自らが立てている振動である。
モミジは知らぬ事であるが、先のナランの叫びは、護符を通じてサクラブライの焔玉機関に届いていた。強い意志、と云うより[想い]が、心象具現化して焔玉に火を入れてしまったのだろうか。
そして、周囲の空気を吸収し、発熱を起こした焔玉機関の熱が、ホシワ機関と発電機を作動させたのだ。どのみち安全装置が解除されていないため、このまま放っておけば、いずれ止まるはずである。
そも、識者でもないナランが、距離を超えて焔玉機関に[火を入れる]など、奇跡以外の何者でもない。その上、余熱でホシワ機関が連鎖的に作動を開始したのであろうが、発動機まで動き出すのは、合点がいかない。少なくとも、機関士か技師がいれば、そう考えるだろう。
ともかく、サクラブライにわずかな間であるが、命が宿ったことは確かである。そして機関室内では、機体の魂とも云える、魂魄回路の表示灯が点滅していた。それはまるで、前立ての勾玉に呼応しているかのようであった。
その勾玉が見せる光に引かれるように、モミジが何気なく、兜の錏に手を掛けると、内側に発条で固定された留金があり、それは簡単に取り外せた。
「やっぱり、鎧……?」
兜の中もカラッポなら、胴の中もカラッポ……やはりこれは、巨人用の甲冑であることを、モミジは理解した。そして同時に、
――私は、これが何かを知っている……
……ような気がした。
――記憶の奥底……私が生まれる遙か前……[方舟]の中で……
モミジの中で、一つの結論に達した。
――かあさまの記憶?……違う、もっと古い記憶……
その瞬間、モミジの頭の中に、この甲冑――サクラブライの扱い方、着装の手順が流れこんできた。所々の記憶――形状の差異など違和感はあるものの、扱い方に支障が出るほどのものではないだろう。
そしてその[知識]は、モミジにある決意を促すのに十分であった。
「……これなら、私も戦える!」
兜を甲冑に戻し、着装の邪魔になる長い髪を束ね、長手袋をバンダナ代わりにしてまとめ上げる。
モミジの胸に、アリームの言葉が蘇る。
――嬢ちゃんは巨人である前に、女の子なんじゃ!!
自分を異形の存在ではなく、人と同じように接し、扱ってくれた、アリームをはじめとする友人達が、理不尽な暴力で踏みにじられると云う状況を許すことなど出来るわけがない。
足下に置かれたままのバケツを、モミジは熱をものともせずに手に取り、中の赤く光る石を凝と見つめる。
それは、モミジにとっては食事でしかなかったはずの熱源。
今は、赤き輝きが戦う勇気と力をくれる……そんな気がした。
――かあさまも、戦いの前に、こんなことしてたっけ……
それは、幼少の頃に一度だけ見た光景だった。
その記憶をなぞるように、モミジはバケツの底を指で叩き、中の焼けた焔石を口の中に放り込むと、その熱を放つ石を、強い意志に変えて飲み込んだ。
「巨人だからじゃない……戦えるからじゃない……守りたい、守らなきゃならないから……」
モミジは、再び兜に手を掛けた。
「…………私は、戦います!!」
城門前――
剣を掲げたままの姿勢で制止していたスパルティータの周りでは、薙ぎ払われたリストール三騎が再び立ち上がる。その光景に、ドルトフは意外にも慌てふためく。
「ええい、兵装の再充填はまだであるか!?」
強大な破壊力を示す決戦兵器である蒸気兵装も、過剰充填同様、再始動には時間が掛かる。使用タイミングを誤れば、それは大きな隙となるのだ。
「今少し……」
戸惑いながらも必死に調整を繰り返す機関士の言葉に、思わずガイシュの方を見る。
だが、助けを求めるべき自軍の鉄甲騎は、尚も抵抗を続けるバイソールに阻まれ、前進することが叶わないでいた。このままでは互いの過剰充填の開放状態が終了し、泥仕合状態となるのは確実であろう。
正直なところ、スパルティータの突撃はドルトフにとって、大きな賭だった。本来のドルトフは、大方の予想通り、戦線で直接指揮を執るタイプではない。鉄甲騎の操縦も、最低限の知識として学んだものであり、この戦果は、格の劣る脚甲騎を相手に、凱甲騎と蒸気兵装の性能による、ゴリ押しとしか云えない、無理矢理勝ち取ったものであった。
実は、この時点である意味ドルトフは[詰んでいた]とも云えた。
もし、充填開放を維持したままのバイソール二騎に飛び掛かられたら、ドルトフの操縦技術では凱甲騎の性能を以てしても防ぎきれるものではない。あるいは、先程のリストール一号、同二号のように、今すぐ連係攻撃を行えば、勝利はなくとも翻弄するくらいは決して不可能ではないのだ。
しかし、ショックから立ち直れないドルージは、判断を下せない。
それはリストールの操縦士も同様で、粉砕された味方機の二の舞を恐れてか、スパルティータを取り囲みはするものの、戦闘を仕掛けることを躊躇していた。先ほど、脚甲騎二騎で凱甲騎を翻弄したにも拘わらずである。
どちらにせよ、リストールの機体もまた、ガイシュとの戦闘による損傷と、スパルティータの一撃で、動くのがやっとの状態であったのだが。
「……このまま突撃させても、勝ち目はない」
鉄甲騎の事をよく知っているだけに、ドルージは突撃を指示することは出来ない。しても無駄なことは承知していたからだ。
――副隊長ならどうする!?
そう思ってシディカの方を見たドルージだが、彼女は塔の欄干にもたれ、動かなかった。これまでの自動書記に加え、爆弾騒ぎと凱甲騎の進撃がとどめとなり、疲労の限界に達したのだ。筆と計算尺が浮いているところから、気絶はしていないと思われるが、このままでは何も出来ないことに変わりはなかった。
そして、状況は動いた。
「蒸気兵装への充填完了」
待ちわびていた言葉――力の拠り所を再び手にしたことで、ドルトフは強気に戻る。
「回旋剣を起動せよ!……こうなれば、時間を掛けられない。城門を破壊し、突入して一気に砦を占拠するのである!
装甲騎士は、城門を破壊次第、スパルティータに続いて突入するのである!!」
ドルトフの下知を受けた装甲騎士二十八騎は、爆発の混乱と兇賊による強襲への対策に追われる守備隊を横目に、スパルティータの付近に集結する。
ある意味、ドルトフの本当の決め手は装甲騎士による城砦内の制圧であると言っても良い。
「回旋剣に動力、入ります!」
機関士が電磁弁の開閉器を操作、充填器に蓄えられた蒸気が、兵装に再び流れこむ。それにより、回転を始める剣先を目の当たりにしたリストールは、じりじりと後退する。
「ふ、ふふ、ふふふ……吾輩の力にすっかり恐れを抱いておるのである」
ドルトフの不敵な笑いは、自身の不安を隠すものであろうか。
リストールが戦闘を仕掛けてこないことを確信したドルトフは、再び湧き上がる破壊衝動に瞳と心を滾らせ、スパルティータの照準器を、城門に固定する。
城門内側――
回旋剣の駆動音が聞こえたことで、砦内部は騒然となる。
「来るぞ!……城門の守りを固めろ!!」
「門は一撃では壊れない。顔を出したところに砲弾を叩き込んでやれ!」
守備隊、自警団が一斉に武器を構える。城門すぐ傍にはリストール二騎が戦槌を構えて待ち伏せしており、正面に並べられた六門の砲による砲撃を合図に飛びかかる算段となっている。
砲の傍では、騎兵隊が騎乗槍と盾を装備、装甲騎士の突入に備えている。
「いいか、今度は正面からの騎馬による激突だ! 凱甲騎の足下となるが、装甲騎士もいる以上、奴もうかつなことは出来ん。そこを突き、装甲騎士を一気に城門から叩き出す!
我らウーゴ砦騎兵隊の誇りと武辺を、今こそ奴らにぶつけてやれ!!」
騎兵隊長の下知に、槍を掲げ、全騎兵が鬨の声を上げる。
その声は、少しばかりだが、他の兵達の士気を挙げた。
そんな中、成り行きで自警団の陣頭指揮を執っていたアリームが、再び着装姿の鎧武者となり大身の朱槍を携えたダンジュウに話しかける。
「……ダンジュウ、嬢ちゃんを助けたときに見せた技、使えるか?」
「期待はするなよ。体調不良の上に大技を連続でかましたからな……だが、倒せなくとも勝利のきっかけくらいは作れるかもな」
さすがの武辺者も、凱甲騎相手に必勝というわけにはいかないようだ。それでも、自信のない言葉とはうらはらに、鳶面に隠れた表情は、強気の笑みを浮かべていた。
「上等じゃ、無理はするなよ……」
アリームはダンジュウの、勝利を捨てていない鋭い眼光を感じ取る。
その言葉の直後、城門の扉に巨大な亀裂が走った。
一方で、ナランとプロイは、兵舎の角に避難していた。
させられていた。
弾薬、医療品と云った必要物資の運び出しや、立ち上がってからもギリギリまで行われたリストールの調整など、子供である二人が大人に混ざり、懸命に働いたが、ギリギリのところでアリームに、
「よく働いてくれたが、もう、ここまでじゃ……子供は、逃げろ!」
と、戦場となる城門前から追い出されたのだ。
「もう。僕たちに出来ることはないのか……」
完全に気落ちし、呆然としたナランを慰める言葉を、プロイは投げかけることは出来なかった。
転瞬、砲撃とも爆発とも違う破壊音と振動が砦の隅々にまで轟き渡る。
「きゃあ!」
「プロイっ!」
反射的に、プロイをかばうナランが、音の方角である城門に見たものは、城門で堅く閉ざされていたはずの場所に、堂々と聳え立つ、青白い鎧を纏う戦乙女のような凱甲騎の姿であった。
今の人々の目には、優美な鋼鉄の機械巨人が、まるで、全ての命を地獄へ誘う[死の女神]として見えていたことだろう。
おそらくは手に持つ回転する剣で破壊され、吹き飛ばされたであろう扉の破片は、砲撃準備を整えていた兵を襲い、突撃体勢に入った騎兵隊を混乱に陥れていた。
「……まさか、これほどの威力とは……」
吹き飛ばされながらも全てを見届けたダンジュウが、起き上がりながら、その想像を超える破壊力に呆然となる。
全くの予想外であった。
いや、予想を遙かに上回るといった方が正しいだろう。
本来、砦に於ける唯一の入り口である城門は、当然ながら鉄甲騎の体当たりを想定して作られたもので、予定では、完全に防げないにしろ、もう少し持ち堪えるはずであった。そして半身でも姿を現わし、侵入に手子摺っているところを狙って砲撃と脚甲騎による奇襲で出鼻を挫き、最終的には外の脚甲騎と合わせて五騎掛かりで押さえ込むつもりであった。
つもりであったのだ。
ところが、結果はこれである。
凱甲騎により繰り出された蒸気兵装の威力は想像以上に凄まじく、回旋剣は重く頑丈な、木材と金属、更には心象具現化術による錬成で強化された城門を意図も容易く粉々にしただけではなく、その衝撃と破片で、奇襲を掛けようとしていた城内の砲や兵を吹き飛ばしてしまったのだ。
逆転の手段は、失われてしまった。
人々の目には、そう映った。
「待ち伏せをしておったようだが、無駄だったようである……」
[戦乙女]は、その外見からは想像できない声で嘲り笑う。
その両側から、砲撃を待ちきれずにリストールが戦槌で殴りかかる。だが、と、云うより当然ながら、それはドルトフも予想していたことだった。スパルティータはその場を退くことなく、両腕を広げ、それぞれ右腕の肘と、左腕の盾で脚甲騎二騎の攻撃を受け止め、かつ、その無礼者を簡単に突き飛ばしてしまった。
リストールは体勢を立て直す間もなく、二騎とも仰向けに倒れ込む。
住民からも、兵からも、希望が消えた瞬間だった。
悲痛絶望の光景を目の当たりにしたナランは、呆然と呟く。
「あの時と、同じだ……」
「ナランどうしたの!?」
「このままじゃ、僕の街と、友達と、父さんのように……この街が壊されて、みんなが、殺される!!」
「……!?」
ナランの言葉に、プロイは困惑し、驚愕した。
そして同時に、このナランという少年が、何故、あれほどまでに力を欲するのか……その理由がわかったような気がした。
今のナランには、目の前の巨大な騎士が、かつて街を滅ぼした怪物の姿と完全に重なっていた。
あまりにも無慈悲……
あまりにも理不尽……
今度も、神は人々を見捨て、運命はまたしても死を命じるというのか……
圧倒的な力……圧倒的な恐怖を見せつけられ、簡素且つ一方的に、重いはずの命を軽々と刈り取る存在を前に、もはや人々はただ怯え、絶望するしかない……
――誰かいないのか!?
人々は英雄を求めた。
――立ち向かえるものはいないのか!?
恐るべき侵略者を打ち払える英雄を欲していた。
――誰でもいいから、あいつらをやっつけてくれ!!
そんな人々の願いを踏みにじるように、再び剣を掲げた凱甲騎の足下では、敵方の装甲騎士が整然と並び、将軍の賛美と、降伏勧告を高らかに叫んでいる。だが、今のプロイには何を言っているのかを理解することが出来ない。理解を拒んでいるのかも知れない。
人々に降伏を促す空気が流れこみつつある。
自警団の中には、武器を取り落とすものも現われている。
このまま、砦は陥落してしまうのか……
抵抗した者たちはどうなってしまうのか……
プロイは、不安に押しつぶされるのを懸命に堪え、それでも堪らなくなり、思わずナランにしがみつく。
「ナラン!!……ナラン……?」
そのナランは耳を澄ませていた。
先ほどまで、不条理な危機に怒りを覚え、空しく叫んでいた少年がいつの間にか、ただ、静かに耳を澄ませていたのだ。
「……ナラン?」
目を瞑り、凝と音を聞いていたナランが、一言……
「……足音が聞こえる」
「足……音?」
ナランの言葉に嘘はなかった。
プロイの耳にも……そして、全員の耳にも、それは確かに聞こえた。
格納庫の方から、ゆっくりとした歩調で、それでいて力強く前進する、鉄甲騎に似た鋼鉄の足音が確かに、聞こえてきたのだ。
「集音器に感!……これは一体……?」
「な、何が起きたというのであるか!?」
敵も味方も無く、すべてのものがその正体を探るべく、耳を澄ませる。
辺りは静寂に包まれ、その足音だけが響いていた。
「まさか、嬢ちゃん!?……いや、違う、か……?」
「だが、この気配は……サクラ!?」
ようやく起き上がったアリーム、槍を構え直していたダンジュウ……加えてドルージやシディカ、アガル、トゥルムと騎兵隊、自警団や守備隊、そしてナラン、プロイ……挙げ句はドルトフ以下、装甲騎士と、砦を襲う兇賊達……この戦いに拘わる全ての人々は見た。
格納庫の扉の隙間からわずかに突き出た指――両腕が一気に扉を開き、姿を現わした、足音の主たるその存在を。
それは、巨大な[鎧武者]――サクラブライ……
モミジの傍を寄り添うように鎮座していたはずの動力甲冑が立ち上がり、自ら歩いてその姿を現わした瞬間だった。
城壁から燃え上がる炎に照らされた紺色の甲冑は、所々、赤く染められた線で縁取られ、兜の金に輝くVの字の前立て、その中心には、桜色の勾玉が、金に負けない光を帯びている。
その堂々たる姿は、機械のそれとは思えない優美な歩みも相まって、スパルティータにも決して劣らない貫禄を人々に示していた。
「サクラブライが……動いている!?」
外殻塔から見ていたドルージが呟く。彼にとっても、信じられない出来事である。そしてそれは、サクラブライの逸話を知るものには、一筋の希望の光となった。
「……再来だ……英雄サクラブライの再来だ!」
暫し沈黙の後、城内で突き飛ばされたリストールの操縦士が叫んだと同時に、人々から歓声がわき起こる。
英雄の再来――
この状況に於いてその言葉は、サクラブライの逸話――二百五十年前の伝説を知らぬものにも何かしらの期待を呼び起こさせた。
この鎧武者の出現は、人々の目には、まさに、ついさっきまで人々が切望していた英雄の、満を持しての登場と云っても過言ではないのだ。
一方、ドルトフは目の前に出現した鉄甲騎の存在に困惑していた。
「なんだ、あの者は……あんなものが有りながら、何故、今まで出撃させなかったのであるか!?」
「……あの動き、鉄甲騎のそれではありません。あれはまるで……」
「それ以上言うでない!!」
ドルトフは恐怖していた。ゆっくりと、両肩に巨大な盾を下げ、わずかな駆動音を立てながらも、人間のようなしなやかさで歩み寄る、まるで凱甲騎のようなその機体が何者なのかはわからない。
はっきりしていることは、それが間違いなく、敵であることだけだ。
「す、回旋剣への充填、急げ!!」
「……りょ、了解!!」
その直後、紺色の[鎧武者]は歩みを止めた。そして、慌てて戦闘態勢を取るスパルティータに向けて右手を突き出し、人差し指を向けた。
名乗りを上げる――
そう思った人々は、その[鎧武者]が勇ましく[名乗りの口上]を告げるのを待った。
人々が見守る中、[鎧武者]は凱甲騎を指さしながら叫ぶ。
その声は、うら若き乙女のようであった。
「……あなた一体、何様のつもりですか!? 世間様に、こんっなに迷惑かけて、何とも思わないのですか!?……これ以上、暴れると……」
その瞬間、怒りに反応した[鎧武者]の面頬に隠れていた[目]が紅い光を帯びる。
「…………お姉さん怒りますよ!?」
無機質ながらも怒りを表現した面頬から聞こえた、外見に似合わぬ少女の声と、どこか場違いな言葉が響き渡り、戦場の全てが一瞬、停止した。
「……乗っているのは、女の子……なのか?」
「……なんなんだ、一体……」
自警団や守備兵の呟きは、目の前の英雄に対する落胆とも取れた。
見ると[鎧武者]は、まるで子供を叱るように腰に手を当て、顔を突き出す仕草でスパルティータを叱りつけていた。それは、お世辞にも[勇ましい]とは呼べる代物ではない。よくよく考えれば、鉄甲騎がこんな自然な仕草を見せうるはずもないのだが、迫力に欠けたその姿勢は、人々にそんな疑問を抱かせないほど、呆れさせていた。
そんな一見ふざけた行動に、ドルトフは恐怖、そして蒸気充填を忘れ、
「……おのれ、小生意気な小娘である!」
と、相手を小娘と決めつけ(事実、そうなのだが)、スパルティータに充填の完了していないままの剣を振り上げさせ、鎧武者に飛びかからせる。
「きゃあ!?」
鎧武者は姿に似合わぬ悲鳴を上げ、それでも反射的に一歩前に踏み出しつつ、頭上で両腕を交差し、振り下ろされる剣を持つ腕を、両の甲で挟み込むように受け止める。
「なんと!?」
ドルトフは攻撃を止められたことよりも、その反射神経に驚愕を覚えた。
「今の反応速度、並の鉄甲騎を凌駕しています!……」
機関士の言葉に、ドルトフは焦り、ますます恐怖心を募らせる。。
逆に、先程の名乗り(?)や悲鳴はともかく、脚甲騎が束になっても止められない攻撃を真っ向から受け止めた[鎧武者]の勇姿は、落胆しかけた人々に再び希望をもたらした。
「これは行けるか!?」
「やるではないか、嬢ちゃん……」
人々と共に小躍りするアリームだが、ダンジュウは不安の表情を見せたままである。
「受け止めただけだ……このままでは、返せない!」
その言葉通り、[鎧武者]はスパルティータの腕を受け止めたまま、動かない。いや、動くことができない。明らかに力負けしているのだ。
その事に気付かないドルトフではなかった。恐怖の反動か、にへらと不気味な笑みを見せる。
「……凱甲騎といえど、所詮は田舎の鉄甲騎である……貴様の機体は、反応が早いだけのようであるなぁ……!」
スパルティータは、膂力に物を言わせてこの敵を押し潰そうと力を込める。対する[鎧武者]も必死に押し返そうとするが、まるで敵わず、そのまま地面に片膝が付いてしまう。
「このまま押し潰すのである‼」
この状況に[鎧武者]――モミジは戸惑っていた。
「……何?……この鎧、軽くて堅いだけなの!?」
鎧を着装したとき、重量を全く感じさせないことに驚いたものだが、実際のところはそれだけであり、自身の力が上昇しているわけでないことに、今頃気付いたのだ。
すでに時遅し――
機械の戦乙女は、鎧を纏う少女をゆっくりと、確実に地面に押し倒そうと、手にした剣に力を込める。
そんな中、[鎧武者]力を発揮できないその理由を、よく知るものがいた。
「焔玉機関が動いていない……」
アリームとダンジュウがその言葉に振り向くと、そこには、止めようとしているプロイを引きずる形でナランが立っていた。
「どういうことだ、そりゃ!?」
ダンジュウの問いかけにナランは、声を荒げて答える。
「あの機体……あの鎧は、補助用のホシワ機関と電動機だけで動いているんだ。あのままじゃ、本当の力は出せない……」
少年の言葉通り、サクラブライの鎧は今、モミジ自身から発せられる熱で動く、ホシワ機関の発電だけで動いている。これにより、魂魄回路による補佐を受け、電動機が重量を軽減するよう働くのだが、これはあくまで補助装置であり、戦闘力の増加には繋がらないのである。
「では、どうすればよいのじゃ!?」
アリームの言葉に、ナランは決意を込めて言う。
「僕が……機関室に乗り込んで機関に[火]を入れます!!」
その言葉に、再びアリームが仰天する。
「……[火を入れる]……じゃと!?」
「やめてナラン!!……あの鎧は今、戦っている真っ最中なのよ!?」
プロイは慌てて止めるものの、ナランは決意を曲げることはなかった。
「でも、サクラブライが最後の希望なんだ……僕は……」
「いま、サクラブライと言ったか……?」
再びその名が呼ばれたことで、鎧がサクラの名前を冠していることに再び茫然となるダンジュウを余所に、ナランの脳裏には、ジマリの街を守るために戦った鉄甲騎の操縦者が浮かんでいた。彼もまた、機関士がいないことで命を散らした事を思い出していたのだ。
だが、あの時とは一つだけ違うことを、ナランは確信していた。
機関士見習いになってから、毎日のように続けてきた訓練の記憶が蘇る。
そう、他ならぬサクラブライの機関室で続けてきた、あの訓練を――
それは、ナランに確実な自信を取り戻させていた。
もう、迷いはない。
「……今の僕なら、あの鎧に力を与えられる!!」
そう言ってナランは、「ごめん!」と、プロイの手を振り切り、今まさに戦闘中である[鎧武者]のもとに駆け出していく。
「おじさん、プロイを頼みます!」
「あ、待て……!?」
呆気にとられたアリーム、そしてサクラブライと呼ばれた[鎧武者]を呆然と見上げていたダンジュウは、走り出したナランに反応しきれず、止めることが出来ない。
「ナラン、行っちゃだめぇ―――――!」
「いかん、止すんじゃ!」
思わずプロイも追いかけようとするものの、今度はさすがにアリームが止める。
「ナラ――――ン!?」
走り去るナランの後ろ姿に、プロイの声は届かなかった。
そんな少女を振り切り、戦う[鎧武者]に向けて走るナランの脳裏に、ジマリの悲劇が蘇る。
少年の記憶の中で、首と左腕を失いながらも戦い続けた鉄甲騎の姿が在り在りと蘇る。今、砦が置かれている状況は、まさにその時と同じに思えた。
だが、今は一つだけ大きな違いがある。
――今の僕には、機関士としての技と誇りがある!
あの時逃げ惑うだけだった少年は、今や抗うだけの力を身に着けていた。
「……あの時と同じにしてたまるか!!」
思わず叫んでしまうほど、今のナランは強く誓った。
この砦――この街を脅かす敵から守りぬいてみせる、と……
砦内、城門前――
抑え込まれている[鎧武者]の傍までやってきたナランは、危険を顧みずによじ登る。サクラブライの背中は毎日のように登ったところであるものの、足場もなく、しかも凱甲騎に押され、背中は上向きに斜めとなってしまっていた。
「上部天蓋か、せめて背中の点検口から中に……」
ナランが、必死の思いで機関室の天蓋に届きそうな位置に張り付いたその時、少女の悲鳴と共に[鎧武者]が大きく動いた。
「きゃあっ!?」
スパルティータが、不意に剣を引き、抵抗を続けた[鎧武者]を大きく蹴り上げたのだ。
後方に吹き飛びながら仰向けに倒れ、即席の足場に凭れかかる鎧武者……そしてナランは、その衝撃で空中に放り出された。
「うわぁ―――!?」
地面に叩きつけられることを覚悟したナランだが、自分が浮いていることに気付いた。
「……僕は?」
「何、無茶なことやってるのよ、もう……」
セレイが足爪でナランの襟首を掴み、必死に羽ばたいていたのだ。
兵舎で寝かされていたセレイは、丁度、避難のために担架に乗せられて運び出されていた最中、鎧武者に向けて飛び出していくナランを見かねて医務官の制止を振り切り、無理をして飛び立ったのだ。
「セレイ、頼む!……サクラブライまで運んでくれ!!」
「こっちは無理して飛んでるんだよ?……傷は大丈夫か、とか、女の子に気の利いたこと言えないの!?……今は無茶なコトしてないで、プロイと一緒に逃げるの!」
「頼むセレイ!……僕がやらなきゃならないんだ!!」
「……アタシがプロイに怒られるんだよ……知らないから、もう!!」
そう言いながらも、セレイはナランを掴んだまま上昇、直後に滑空、高度を下げ、再び立ち上がった[鎧武者]、その背中に突き出た機関室の天蓋へとナランを降ろす。
「ありがとう!」
むくれたままのセレイが飛び立つのを見届けたナランは、天蓋を開けて、勝手知ったる機関室に飛び込む。
「え?……なに、何が起きたの!?」
モミジは、一瞬、背中に感じたわずかな振動に、そして耳元に突然飛び込んできた声に驚いた。
「前席!……今から機関を始動させるから、それまで耐えてくれ!」
「え?……男の子!?」
それは、伝声管を通したナランの声だった。
「弁、活栓、定位置に戻す……安全装置解除……」
機関室に乗り込んだナランは、戸惑うモミジに構わず焔玉機関の始動準備に入る。だがしかし、敵は待ってはくれない。
「見かけ倒しが……このままとどめを刺すのである!」
スパルティータが再び[鎧武者]に襲いかかる。対するモミジは、足下に転がっていたリストールの短槍を手に取ると、振り下ろされた剣を辛うじて受け流す。
「むう、往生際が悪いのである!」
作動していない回旋剣は、重く取り回しの悪い、そして切れ味の鈍い剣でしかない。だが、凱甲騎の膂力で振り回されるそれは、今のモミジにとっては十分凶器である。
それでもモミジは、乗り込んできた少年を信じて、何度も打ち込まれる剣を必死に受け流し、あるいは受け止める。
「ホシワ機関再始動、発電機異常なし、魂魄回路、表示に異常点灯確認、制御に影響なし……注水弁開放……」
衝撃が走る機関室では、ナランが機関始動に向けて奮闘している。
その間にも、モミジは先ほど同様上段からの攻撃をまともに受け止め、再び膝を付いてしまう。
「もう一度潰れるがいい……」
スパルティータが、のしかかるように上段から剣を押しつける。
「……もう、潰れる……」
モミジの悲痛な声が聞こえる中、ナランは、自分の思いのすべてを父の護符に込める。
「火よ、お願いだ……炎となって機関に命を宿せ‼」
そのナランの叫びは、指先に[火]となって現われ、そして願い通り、[炎]となって投下される。
時間としては一、二秒ではあるが、ナランにとっては、とても長い沈黙の後……
ボン!!
それは、ナランが待ちわびていた光景だった。
「……汽罐内温度、圧力ともに上昇、蒸気注入……焔玉機関、始動……各油圧循環器に動力伝達……前席、いまだ、押し返せ!!」
機関士見習いである少年の思いが炎となり、その炎を吸収した焔の宝玉は、水を蒸気に換えて、巨人の少女が鎧う甲冑に戦う力を与える。
「う、わあぁ――――――っ!!」
面頬の目が再び光を灯し、駆動音が響く。
モミジが力を込めると、それまで圧倒されていたことが嘘であるかのように、スパルティータの剣を押し上げ、そして跳ね上げたのだ。
「おりゃあぁ――――――!!」
跳ね上げた槍を、今度はスパルティータに叩きつける。その槍は鋼鉄の柄でありながらも[鎧武者]の膂力に耐えきれず、中程で折れてしまうものの、それでも、その威力は凱甲騎を吹き飛ばしてしまうほどであった。
その光景は、人々に再び希望をもたらした。
「嬢ちゃんが……やりおった!」
「少年が……機関を動かしたのか……」
アリーム、ダンジュウは、驚きと喜びが混ざり合う感覚を覚える。
これは同時に、プロイ、そして傍に降り立ったセレイにとっては、ナランが無事であることの印でもあった。
「ナランが……鉄甲騎を動かしている!?」
その光景に呆然となるプロイの横で、セレイが自棄気味の声援を送る。
「もう、こうなったら、やっちゃえ、ナラン!」
その声援に応えるかのように、[鎧武者]はスパルティータに全身をぶつけていた。




