9 通天楼のボスを視察
ユーフィリアが即位してから三年、新世界がひとまずできてから二年が経過した。
この間、通天楼でボスとなったターワもけなげに努力して、今では歌って踊り、客の目を楽しませる歌舞音曲の神様として多くの信者を集めるに至っていた。
その日の二度目の公演をユーフィリアとシジュクは見に来ていた。
ヒカリゴケという特殊な発光するコケで作った棒を振って、信者はターワを応援していた。
「ターワ様最高!」「ターワ様!」「やった、目が合った!」
想像以上に観客は興奮していた。神のあり方としては悪くなかった。
「皆さん、もっとこの通天楼から魔族の力を発信しようね!」
「「おう!」」とターワの声に信者たちも反応する。
「ええ感じや。通天楼の入場者数もかなりの数になって、税収を支えてくれてる」
「まさか、思い付きがこんなに当たるとは思ってませんでした。でも、彼女があれだけやることを見抜いたのはユーフィリア様の慧眼でした」
そのあと、二人は楽屋みたいな神殿にターワをねぎらいに行った。
「あっ、魔王様と官房長官様じゃないですか!」
ターワは目を輝かせる。
「ユーフィリアでええわ。そっちも神様みたいなもんやからな」
「わたくしもシジュクでけっこうです」
空いている席に二人は腰かける。
「わたし、この二年、ボスとして上手くやっていけるようにいろいろ考えてきたつもりですが、やっと軌道に乗ってきました」
ボスらしく、派手できらきらした衣装を着ているターワは実にはなやかだった。
「上出来やわ。最近やと魔族だけやなくてドワーフも見に来てるんが割とおるみたいやし」
とくに厳密な国境などはないので、魔族以外の者も魔族の土地に来れなくはない。人間はおっかながってまず来ないが、ドワーフはターワがドワーフだからということで心理的なハードルが下がっているらしい。
「成長してない部分って言ったら、その身長ぐらいとちゃう?」
たしかにドワーフは背が低いものが多いので、ターワも子供っぽさが抜けてない。
「それは言わないでください……。けっこう気にしてるんです……」
大人っぽくなれないというのがターワの悩みらしい。
「歌舞音曲の神って、こう、色っぽさもいるんでしょうけど、わたしがやるにはどうしようもなくて……」
「あなたは清純派でずっといくべきです。むしろ肌の露出もできるだけ減らしたほうがいいぐらいです」
強い声でシジュクが言った。
「ちょっとえっちみたいな方向で売ると、エスカレートしていく危険も高いです。魔族の寓話に、美女がどんどん服を脱いでいって、最後に皮も脱いでいったら、骨だけになって、たんなるスケルトンになって寂しく生きていくことになったというものがあります。あなたは偶像として気高くあるべきです」
「なんや、シジュク、えらい語るなあ……」
「わたくしもターワさんを売り出す片棒をかついでしまったので、責任は感じておりますので……」
官房長官をつとめているだけあって、シジュクは真面目で有能だ。
さて、本題に入ろうかとユーフィリアは思う。
「それで、ここのボスとして、何か足らんと思ってるもんとかない? 魔王として援助するで。新世界が発展すれば、うちの功績になるし」
塔の最上階にいるターワなら新世界に何が必要かよく見えるのではないかと考えたのだ。
「そうですね……。十二分に発展してるとは思うんですけど……」
しばらくターワは思考していた。その間、訪問者の二人も黙って待つ。
「しいて言えば、名物がないんですね」
「名物ですか」
「はい。たとえば、この塔が神殿的な意味合いの場所とすれば、その下の新世界は門前町とも言えますよね。そういうところって何かしら名物料理みたいなのがあるものじゃないですか」
ふむふむとシジュクもうなずいている。聖地巡礼には古来から物見遊山的な部分も付きまとってくる。その点、新世界はできてから日が浅いのでそういうのがない。
「そやなあ。新世界パンケーキでも売り出すか」
「ユーフィリア様、なんでもかんでも小麦粉で解決しようとするの、悪い癖ですよ」
小麦粉が食糧難を救った部分があるとはいえ、名物までそれにしたくないシジュクだった。
「わたしから意見を言わせてもらいますと、どうせだったら、まがまがしさとおいしさが兼ね備えられてるといいんじゃないですかね。魔族の王都なわけですし」
別に魔族だからまがまがしいという訳ではないが、この点、ターワはドワーフな分、そういうステレオタイプ的なイメージが強いのかもしれない。
「ふんふん。ちょっと、これは持ち帰って検討するわ」
主従の二人は通天楼をあとにした。
「ユーフィリア様、けっこう考えてらっしゃいますね」
口数が少ない時は考え事をしていると、長年の経験でわかる。でなければ、だいたいしゃべっているからだ。
「まがまがしいっていうのはええと思うんよ。けど、おもろないとパワーが弱いと思うんやわ。その二つを兼ね備えたものがあればな~と」
「また、おもろさですか」
「うん。新世界を作ったんも、笑いが絶えん場所にしたかったからやし。ここは内戦の時は焼け野原やったやろ。そんなん、何一つおもろないやん」
二人は会話をしながらごみごみしている新世界の裏通りを歩いている。これも視察と言えば視察だ。庶民目線を忘れるのはよくないし、こういう街並みもユーフィリアは嫌いじゃなかった。
――と、そこに布をタンカ代わりにして運ばれていく魔族がいた。
「どいてください、どいてください!」
医者のほうを目指して、タンカは走り去っていった。
「なんやったんや、あれ」とぽかんとユーフィリアはそれを眺めていた。
「食中毒ですかね?」
二人があっけにとられていると、近くでこんな話し声が聞こえてくる。地元民らしき男たちが井戸端に立っていた。
「またポイズンバルーンに当たったのか」
「このへん、闇料理人みたいなのもいるからな。安すぎるのは危険だよ」
「魔族は人間と違って丈夫だから死なねえと思うけどよ」
こんな時、ユーフィリアは物怖じせずに入っていく。
「なあ、おっちゃんら、ポイズンバルーンって何なん?」
男たちは魔王がいることにびっくりして、慌てて平伏した。
「わ、わっしらは何も悪いことはしてません……」「不手際がありましたでしょうか……?」
「別に不手際なんてないわ。ポイズンバルーンが何か聞いてんねん」
「それは魚の名前です」
長い二本の角が特徴的な男が答えた。
「怒ると風船みたいに、ぷくっとふくれるんです。淡白でおいしいんですけど、かなりの猛毒を持ってる魚でして、調理をミスすると食中毒になるんです」
「ああ、それなら聞いたことがありますよ、ユーフィリア様」
シジュクも思い出したらしい。
「もしものことがあるので、ユーフィリア様のような高貴な方には出すことがない魚ですので、ご存じなかったんでしょうね。料理人だってユーフィリア様が中毒を起こしたら、一族揃って串刺しの刑ぐらいにはなりますから出せませんよ」
「ミスしたら中毒になるって言うてたな。じゃあ、ちゃんと調理すれば安全なんか?」
「でなきゃ、食べ物になりませんからね」とシジュクは答える。
「それ、どんな姿してるかわかるか?」
男たちはポイズンバルーンを売っている魚の店に案内してくれた。
そこにいたのはトゲが生えてたしかにふくれている風船みたいな魚だった。
「このフォルムはおもろいぞ」
ふっと、ユーフィリアに思いつくものがあった。
「このフォルムの風船が街の中をいくつも浮いてたらおもろいんとちゃうか?」