13 VS雷の精霊
「予の名前はカンクォール、求めに応じて顕現した」
ピンク色の髪を風もないのにはためかせて、宙に浮かぶ姿はただの魔族とも人間とも違う、異様なオーラを放っている。
「ふうん、祀ってる神を呼び出すとは、なかなかすごい腕前やないか」
しかし、まだユーフィリアには余裕がある。
「我々は再び自分たちの切望する時代を作り出すため、カンクォール様召喚の魔法の復興に血道をあげていたのだ!」
オーガの神官は念願がかなったからか、やけに表情がハイになっている。
「予に奉仕する神官の意向により、魔王といえども討ち果たさん」
雷の精霊も戦う意思は持っているようだ。
「そうか、そうか。久しぶりに【オサカーの虎】の勇姿を見せるにはちょうどええなあ」
ユーフィリアは恐れるどころか、戦うつもりでいる。
けれど、その前をふさぐ姿があった。
姉のリゼノアだった。
「お姉ちゃん、危ないで。下がっててや」
「いいえ、ここはやらせて。私は一度、あなたを殺そうとした。その罪の償いをしたいの」
リゼノアはすぐに魔法を唱えだす。それは風を呼び起こす魔法だ。その風にさっと自分が飛び乗る。
「祀られていたとはいえ、所詮、精霊でしょう? 精霊ごときに魔王の血族が敗れるわけがないわ!」
リゼノアの前の風が刃のように変化する。これで切り裂くつもりなのだろう。
「幽閉されていたからって、そう腕はなまっていないわ!」
しかし、雷の精霊に十分に接近する前に――
パアァンッ! と破裂音のような音ともに、リゼノアの体が大きくはじかれる。
「きゃああっ!」
「愚かなり。雷そのものである予に近づくことは命を失うことと同じであるぞ」
落ちてくるリゼノアを、ユーフィリアはあわてて受け止める。
「お姉ちゃん! 大丈夫か!?」
「う、うん……。雷が走ったっていうのかしら、それでびっくりはしたけど、ダメージはそこまでじゃ……」
戦闘は終わってない。ひとまず、ユーフィリアはリゼノアを地面に静かに置いた。
「少しだけ待っててや。お姉ちゃんのおかげで対処方法もわかったわ」
「お前が今の魔王であるな。ここで葬り去ってやろう!」
「葬る? そんなことできるわけないやろ」
ユーフィリアの瞳は怒りで燃えている。
「しばき倒したるわ! 覚悟しときや! 世界最強の生物は大阪のオバチャンや!」
「……オオサカノオバチャン? それはどういう生物なのだ……?」
雷の精霊も困惑した。
「それはうちもようわからん。でも、こう、魔王の血が、それと小麦粉を食べ続けてきた者の記憶が騒ぐんや!」
シジュクはこれはえらいことになったと思いつつ、リゼノアを救助する。ひとまず、回廊のほうに避難する。
「一時退散です! 巻き添えを食いますからね!」
「あなた、重臣なんでしょ……。せめて加勢しなさいよ……」
「オオサカノオバチャンが何かは知りませんが、【オサカーの虎】の伝説は本物です」
シジュクは誰よりもユーフィリアのヤバさを知っていた。普段は温厚だがキレたら止めることは不可能だ。
「さてと、まずは、空から降りてきてもらわんと話にならんな」
「魔王といえども、雷の精霊に近づくこともできぬのなら、どうすることもできまい!」
「心配せんでも飛び道具で戦うからええわ」
ユーフィリアは指で何かをはじいていく。
パシュ、パシュ! 雷の障壁を突き抜けて、何かが雷の精霊にぶつかる。
鈍い痛みが精霊に走った。
「な、何がぶつかってきているのだ……?」
「それは飴ちゃんや!」
近づけばダメージを喰らうのであれば、まずは遠距離から体力を削る方法に出る。ユーフィリアの攻撃は合理的である。
「飴玉だと……? 飴玉が高速で飛ぶことでこちらにまで飛んでくるのか……」
一発ごとの威力は弱くても、それは確実に精霊の体力を奪う。
「ふん、しかし、こんな飴玉を偶然持っていたとしても、たいした数ではあるまい……」
「いいや、まだまだ、まだまだあるで」
ユーフィリアの手にはいくつもの飴玉が用意されている。
「なんで、魔王がそんなに飴玉を持っているのだ!?」
「飴ちゃん持ってるんは基本やろ。誰かて持ってるわ。もしもの時にいるやん」
「もしもの時ってどういう時だ! 強盗が飴玉出せなんて言うことはないだろうが!」
雷の精霊の言ってることはまっとうだが、ユーフィリアが飴玉を異様な数持っているのは事実なのだった。
「ああ、そやそや。今のうちに」
飴玉が一発オーガの神官に直撃して、あっさりその場に倒れた。
ダメージが蓄積してきた雷の精霊はふらふらと降りてくる。
「さあ、ここからが本領発揮やっ!」
ここにユーフィリアの打撃による集中攻撃がはじまる。
シジュクがこれは決まったなと思った。
「あの調子なら、二回攻撃ならぬ二十回攻撃が炸裂してますね」
カンクォールは攻撃に転じる暇もなく、ボロボロになっていた。ほとんど何が起こっているかわかっていない様子だ。
「予がこんなにボロボロになるなど……」
「どうや? 参ったか? 参ったって言わんとずっとやるでっ!」
「ま、参った……参りました……。これからはお前を守護することに力を使おう……」
がっくりとカンクォールはその場にひざまずいた。
これで神官による反乱は失敗に終わったのである。
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さて、その雷の精霊カンクォールだが――
なぜか王都に連れてこられていた。
今もユーフィリアの部屋にいる。
「その……いったい、なんでこんなところに……?」
「うちを守護するって言ってたやろ。せやったら、王都に神殿も造ったほうがええと思うてな。あと、なんでか知らんのやけど、雷の精霊って天の神様やろ。つまり、天神……どうも過去の記憶のせいか天神はちゃんと祀らんとあかん気がするねん」
「今度は大きな神殿を造るんですね。まあ、止めはしません……」
シジュクは予算のことを考えるのは一度やめにした。税金も復興でけっこう入ってきているし、どうにかなるだろう……多分。
こうして、王都に雷の精霊を祀る神殿が設置され、その土地の地名からテンマー神殿と名づけられた。位置としては魔王城より少し北である。巨大なダンジョンからも近い。
だが、この神殿、最初はあまり人気がなかった。
雷の精霊を祀るという信仰が魔族の間で、あまりなかったのだ。
カンクォールも神殿でがっかりしているという。
けれど、ユーフィリアはいい案を思いついた。




