12 大神殿に行く
「はぁ……。この度量の差で私は敗北したのね……」
諦観に似たため息で、リゼノアは苦笑した。
「リゼノア様、お言葉ですが、この方は度量が大きいとか広いとかではなく、万事が雑なのです。そこはお間違えなきようにお願いいたします」
シジュクとしては一般的な「英明な君主」像を基準に考えられるのは心外なのだ。そんな「英明な君主」だったら、自分ももっと楽ができたはずである。こんなに振り回されたわけがない。
しかし、この言葉にリゼノアはむすっと眉根を寄せた。
「あなた、妹のことを知ったふうな口を利くけど、この子は幼い頃から心根の優しい子だったわよ。私にもよくなついていたし」
あれ、妙なところに食いついてくるぞとシジュクは焦った。
「それこそ、王城じゅうの者に飴を配ろうとしたこともあるぐらいよ。私が止めなければ、領内の民衆すべてに配ろうとしていたわ」
「それこそ、テキトーさの産物じゃないですか! そういうのでこっちは苦労してるんですよ!」
飴を配りたがるのは昔からのことなのだなとあらためて思うシジュク。
「ユーフィリア、あなた、寵臣をうかつに使うべきではないわよ。魔王のことをこんなふうに言って平気だなんて、権勢をかさに着ているとしか思えないから。粛清して別の者を立てたほうがいいかも」
「ちょっとちょっと! リゼノア様、何を言い出すんですか!」
シジュクとしてはおもねることなく暴走を全力で止めに入っている忠臣のつもりだ。むしろ、褒めてもらわなければ割に合わないところである。
「お姉ちゃん、シジュクはええ子やで。好みの味付けがなんでもかんでも濃いけど」
「あら、ということは田舎の出なのね」
「違います! わたくしは由緒正しき一族です!」
ちなみにこれはシジュクの個人的な嗜好である。その一方で、ユーフィリアの好みは平均よりちょっと甘い。
「はいはい、二人とも、また顔を合わせることもあるやろし、手握って、握って」
ユーフィリアは強引に二人を握手させた。一切のためらいなく、こう言われると、両者ともに拒否することができない。
「……よろしく、官房長官」
「……リゼノア様が魔王様に弓を引かない限りはリゼノア様にも衷心をもって接しますので」
ひとまず、これでシジュクからすると、今回の遠出の仕事は終わったのだが――
「せっかくダルザインにまで来たんやし、この土地の大神殿にお参りしていくわ」
とユーフィリアは言った。
地方の大神殿に顔を出すこと自体は魔王として正しいことなのだが、おそらくたんなる観光目的だと思う。
「大神殿に行くのはいいけど、警備は大丈夫かしら?」
長らくこの土地で幽閉されていたリゼノアが懸念を示した。
「ここはあなたが魔王となってからも、あなたを快く思わない者が多数潜伏している可能性があるわ。魔王一族の人間を旗頭にしている反抗勢力も残っているかもしれない」
兄弟姉妹だけでも大人数で争った内乱から数年しか経ってない。王都近辺と比べれば、地方はまだまだきな臭い。
「まあ、それぐらいどうってことないやろ。いける、いける」
「ユーフィリア様、そこはさすがに雑なのはまずいのでは……」
シジュクも顔を曇らせる。もっとも、それでユーフィリアの判断が変わるということを期待してもいない。
「仮になんかあっても、うちが勝つわ。これでも魔王やで」
「ですね。わたくしも魔王様が魔族の中で最強だとは信じています……」とシジュクもこれに引きずられることに決めた。
●
ダルザイン大神殿は雷の精霊であるカンクォールの神廟として、もともと作られたものである。
雷に関する攻撃魔法は、地水火風などの攻撃魔法と比べても群を抜いて強力なので、優秀な魔法使いになりたいと思う者が参詣に来るようになり、いつしか魔法学校に合格したいと思う魔族が来るようになった。
もっとも、受験シーズンではなかったので、ダルザイン大聖堂はすいていた。
むしろ、回廊とつながった楼門を出た、吹き抜けの空間には人っ子一人いない。
「神殿のくせに中心部はがらんとしてるんやな。というか、建物すらないわ」
「ここで祀られているのは雷の精霊ですからね。神官が空を直接見上げることに意味があるとされているんですよ」
博識なシジュクが説明を加える。
その後ろにはリゼノアもついてきていた。
「ユーフィリア、各地の神殿なんかの説明もあなたにしたことがあると思うのだけど」
「土地の名物料理は覚えてるわ。このへんは辛い料理が名物やったな」
「そ、そうなの……。お姉ちゃん、真面目に教えたから、もうちょっと覚えててほしかったな……」
リゼノアも多少ショックを受けていた。
「しかし、妙ね。魔王が来たのだから、筆頭神官が出てきてしかるべきなんだけど」
案内役の大神殿側の者がまったくいない。来意はすでに告げているので、おかしなことではある。
すると、しばらくすると、一人の年老いた男が出てきた。
服装から、神官であるとわかる。種族はオーガだろう。
「あっ、大神殿の方ですか? こちらは魔王陛下のユーフィリア様です」
「ええ、知っているとも」
不遜な口調でオーガは言った。
「我は、王子バウルス殿下に仕えていた者、そして、現魔王の地位を認めぬ者!」
よもや刺客かとシジュクが察した時には、もうオーガは複雑な呪文の詠唱を行いはじめていた。
「なんの呪文や? うちは聞いたことないもんやけど」
ユーフィリアも魔王なので、使用できる魔法の数は通常の魔族の比ではない。けれど、そんな彼女も耳にしたことのないものだ。
「これは、もしや……雷の精霊カンクォールを召喚する魔法では……!?」
詠唱が終わったオーガがにやりと笑う。そして、持っていた杖を地面に突きつける。
「そういうことだ! 我々個人では魔王を倒す力はない。しかし、我々が祀るカンクォール様ならば、必ず魔王を亡き者にすることができようぞ! 神官は魔王に仕えるにあらず! ただお祀りする神格に仕えるのみ!」
やがて、その地面から、まばゆいばかりの黄金色の光が放出される。
その光と共に現れたのは――
布をくるくると体に巻き付けた女の精霊の姿だった。
「予の名前はカンクォール、求めに応じて顕現した」




