11 姉との対峙
魔王の職務は政治を超えて、多岐にわたる。
各地の土地に視察に行くのもその一つ。
魔族の世界は広いので、ちょくちょくチェックをする必要もあるのだ。
ただし、ユーフィリアは面倒くさがっているので、シジュクがスケジュールを組んで、連れていっているに等しいが。
今回も王都からずっと西のダルザインというところまでユーフィリアは向かっている。
なお、魔王に仕えるドレイクをシジュクが運転士、その後ろにユーフィリアが乗っている。上級魔族は羽があるのが普通なので自力で飛べなくもないが、当然疲れるので、長距離移動の時はたいていはドレイクとかワイヴァーンとかに乗る。
「もうちょっと、自分の部屋でごろごろしたいわ~。一日中、虎のパジャマで過ごせる日、増やしてや~」
「いけません。ユーフィリア様に反旗を翻そうとしている者だっているかもしれないんですよ。各地を見てまわって、よからぬことができないようにするべきです」
ユーフィリアの政権は今は平和だが、本来は軍事政権である。ほかの勢力を順番に打倒していって、手に入れたものなのだ。
なお、生き残っている兄弟姉妹の多くはステータスが極端に弱体化させられるアイテムなどをつけられて、軟禁生活を送っている者も多い。
まだ、ユーフィリアは甘いほうで、自分を攻めてきた兄弟姉妹の命は奪わなかった。王位をめぐる争いでは殺し合いが当たり前だったけれど、ユーフィリアはそれを忍びないと思ったのだ。
「お姉ちゃんに会うの、嫌やねん。あの人、自虐的なところあるし……」
「それでも会わないといけません。流刑に処したとはいえ、魔王様の血を引く方です。その貴種を頭目にして遠方で反乱が起きる可能性だって皆無ではないですからね。とくにあのお方は……とても危険です」
ユーフィリアはしばらく黙り込んで、それから「なあ、お姉ちゃんに会いに行くの、今回が最後でええか?」と言った。
シジュクも少し返答に詰まったが、「それでもかまわないと思います」と答えた。
つまり、自分と敵対した姉を殺すのだなとシジュクは理解した。たしかに生かしている必然性もないのだ。それはユーフィリアの温情でしかないところがある。
「やっぱり、呑気なようで、ユーフィリア様も魔王なんですね。おつらい決断もしないといけないんですね」
「おなかすいたから、どっか降りてごはん食べてええかな?」
「……シリアスな空気、返してください」
ドレイクに乗って四時間、ようやくダルザインに着いた。
ユーフィリアの姿を見た兵士たちが最敬礼で迎える。ユーフィリア自身は軽いキャラだろうとなんだろうと、超大物であることに違いはない。
「リゼノア様はこの先にいらっしゃいます」
上級魔族のダルザインの総督がユーフィリアとシジュクを案内する。ものものしく警護、いや、監視されているが、一方で建物自体は造作も整っていて、貴人が住まうにふさわしい。
「なんも変わりはない?」
「はい。静かに読書をされることを日課にされているだけで」
がちゃがちゃと特殊な魔法のかかった錠を開けると、格子のついた窓から外を眺めている女がいた。
とても冷たい目をした女性だった。
その首には、能力を大幅に下げる首輪がついている。
「何? 愚かな姉を笑いに来たのかしら? それとも、そろそろうっとうしいから処刑する気になった?」
「お姉ちゃん、最初からケンカ腰なん、やめてや。やりづらいわ」
いつもは笑っているユーフィリアもリゼノアの前では憂鬱な顔になる。
「やりづらいなら、殺しなさいよ。私の価値なんて、戦争であなたの奇襲に敗れた時点でなくなったのよ」
リゼノアは最後までユーフィリアと魔王の座を争った人間だった。むしろ、戦争直後はリゼノアこそ次の魔王の最有力候補だった。
魔王の一族でも有名な文化人として知られ、しかも将軍としての決断力も高かった。
しかも、下の妹の世話もよくやっていた。その中でもユーフィリアはリゼノアに一番かわいがられていたと言ってもいい。
そんな二人が最後に戦うことになったこと自体が、運命の皮肉だった。
ユーフィリアが行った、六回攻撃を仕掛けては撤退して、白い風船で降伏と見せかけてから七回目の総攻撃を行う奇襲――それでリゼノアは降伏するしかなくなった。
「別にあなたを認めてないわけじゃないのよ。あなたは能天気なふりをしていたけど、民衆にも慕われていたし、指揮官としての才能もたしかにあったわ。あなたが魔王をやるのは自然なこと。恨んでるとしたら、姉に生き恥をさらさせていることぐらいかしら」
ユーフィリアはリゼノアの手をつかんだ。
「もう、そうやって卑屈になるん、やめてほしいんやけど」
「幽閉の身で堂々としていろと言われても無理な話よ」
ふぅ、とユーフィリアはため息をついた。
「じゃあ、幽閉じゃなくしたらええんやな?」
ユーフィリアの瞳は慈愛の意図が込められていたけれど、一方でとても真剣だった。
「うちはお姉ちゃんにも土地を任せてもええと思うてる。戦争で人がたくさん犯罪者になってしもて、優秀な人間は足りてないしな」
「ダ、ダメです、ユーフィリア様!」
シジュクがあわてて止めに入った。
まさか、ここに来るのを最後にするってそういう意味とは思っていなかった。
「この方は天下分け目の戦いでユーフィリア様に敗れた方です。自由にして、また反乱でも企てられたらどうなりますか!」
「官房長官の言うとおりよ……。私は、あなたと敵対したの……。もし、あの戦争であなたを捕えたら……きっと、私はあなたを……」
殺してた――と言う時、リゼノアは目を背けていた。
「幼い頃から目をかけて、かわいがってきた妹を、私は殺してもしょうがないと思っていたわ。生かそうなんてまったく考えてなかった……」
リゼノアがわざときついことを言う理由をユーフィリアはわかっていた。
自分のことを早く裁いてほしいと姉は思っているのだ。
それで罰を受けたほうがずっと楽だと考えている。
「別にそのことで恨んだりなんてしてへんわ。それが戦争なんやから」
ユーフィリアはリゼノアの手を離さない。
「軍隊の使用は認められんけど、お姉ちゃんには領主として復帰してもらいたい。それで、うちを支えてほしい」
「もし、私がまた反抗したらどうするの?」
「一対一やったらうちが絶対に勝つやろ?」
自信たっぷりにユーフィリアは笑う。
「指揮官としての才能はお姉ちゃんにはある。けど、タイマンやったらお姉ちゃんはたいしたことない。何度でもうちがひざまずかせたるわ」
リゼノアは悩んだすえに、うなずいた。
「あなたの自由にしなさい。でも、この首輪ははずさなくていいわ」
「なんで? そういう趣味なん?」
「違うわよ!」
顔を赤くしたリゼノアに怒られた。
「……最愛の妹を殺そうとした自分への罰のつもり」
「聞こえへんかったから、もっかい言って」
「殺すわよ!」
もっと顔を赤くしたリゼノアに怒られた。
「はぁ……。この度量の差で私は敗北したのね……」
諦観に似たため息で、リゼノアは苦笑した。




