10 二度漬け厳禁ルール
「このフォルムの風船が街の中をいくつも浮いてたらおもろいんとちゃうか?」
シジュクもその言葉を受けて、そのポイズンバル-ンが通りにずっと並んでいる様子を想像した。
思わず、口を手で押さえて黙りこむシジュク。
それは、すごくかわいいかも……と思ってしまった。
実はシジュクはクールな印象に似合わず、かわいいものが大好きだったのだ。
「ほら、表情もいろいろに分けて、笑ってるんもおれば、怒ってもっとふくれてるんも、無表情なんも並べていけば、観光地っぽくなるんとちゃう?」
「ぷくっと怒ってる子、かわいい……絶対かわいい……ふぐぅっ……」
「なんか、ずっと口押さえてるけど,調子悪いんか?」
「いえ、なんでもありません。わたくしは平常運転です。それはやりましょう!」
「うん、そしてこのポイズンバルーン料理の店をいくつか作ったら、より名物になるやろ」
「えっ? 危なくないですか?」
シジュクも当たるのが怖くて、ほぼ人生で食べたことがなかった。
「毒があるのに食べられてるってことは、それだけおいしいってことやし、ちゃんとした調理の免許を定めて、技術ある者にだけ扱わせたら大丈夫や」
たしかに一理あるなとシジュクも思った。
「そのうえで、いっそ危ないってことを料理名で強調したら、逆におもろいかも。即死系の魔法って俗にどう言われてたっけ?」
魔族は主に神官などが即死系の魔法を使うが、これは魔族にはまず効かない、対人間限定みたいなものである。
「ええと、たしか人間たちは死の宣告みたいだから、エディクトと呼んでいたかと」
「よし、エディクト料理と名づけよう!」
「また、悪ノリしてきましたね。でも、まあ、名前ぐらいどうとでもなるから、よしとしましょう。まずは風船を通りに並べていくのが先です」
やけにいつもより積極的なシジュクだった。
「これでインパクトは出るな。もう一種類ぐらい、何かあればええんやけど」
いいネタがないかと新世界を歩いていくユーフィリア。
魔王が歩いているということで、かなり注目されているがあまり本人は気にしていない。
「魔王様、やっぱりお美しいな……」
「母親は側室の中でも、とくに美人だったって言うし」
「人間の国家に、こんな絵になる君主はいないだろ」
「言葉が独特だけどな」
しばらく新世界を歩いていると、奇妙なプレートを首から掛けて、店の前で立たされているサイクロプスとゴブリンがいた。
プレートにはこんな言葉が書いてある。
<私は罪を犯しました。ソースを二度漬けしてしまいました。反省しています。>
「むっ。これ、司法の手を介さずに犯罪者を裁いてるんじゃないですかね? 私刑は法律違反ですよ」
真面目なシジュクはルールの適当に意識がいったらしく、険しい顔になった。
一方で、ユーフィリアは面白がって、サイクロプスとゴブリンに聞きに行っていた。
「なあなあ、これ、何してるん?」
「うわ! 魔王様……」「お恥ずかしいところを見せて申し訳ありません……」
魔王にフランクに話しかけられて二人ともビビっている。
「どっちに聞こ。じゃあ、ゴブリンのお兄さん、これはどういう遊びなん?」
ゴブリンはおどおどしながら話をはじめた。
「この店は串刺しフライという、串に刺した揚げ物の店なんですが、ソースに揚げ物を二回ディップするのを禁止してるんです……。二度漬けっていうのは、すでにかじった揚げ物をもう一度ディップすることです」
「で、自分らは二度漬けがバレて、ここで反省させられてるんやな?」
「はい、十五分、立たされてます……」
シジュクが「この店舗、違反者名簿に入れておかないと」とメモしているが、むしろユーフィリアのテンションは上がっている。
「シジュク、この店入ろ」
「はい、店主に事情聴取します!」
店に入ると、細長いカウンターには酒のジョッキとフライが載った皿、それからたしかにソースが入った筒状のものが置いてある。
壁には「二度漬け厳禁!」と怖い顔をしたオーガの絵が描いてある。
「いらっしゃいませ! 串刺しフライ専門店『赤鬼』にようこそ!」
赤い顔をしたオーガの店主が威勢のいい声をあげた。
「うん、どっか空いてる? 二人なんやけど」
客の顔をはっきり視認して、オーガの顔がむしろ青くなる。
「……あの、もしかして、魔王様でしょうか?」
「うん。串刺しフライの十本セット二つもらおかな。それとお酒も二つ」
「あの、こんな庶民的な食べ物をお出しするのは気が引けるのですが……」
「ええよ。繁盛してるのは店の中見たらわかるし。それと、この二度漬け禁止システムがちょっとおもろいと思ってん」
楽しそうにしているユーフィリアに対して、シジュクは憮然とした顔で店主を見ている。シジュクも上級魔族なので、店主もやりづらそうに目をそらす。
やがて、串刺しフライ十本セットが提供された。野菜や肉の揚げ物だ。
見るからに油っこい料理だが、ソースに漬けてみると、さっぱり感が出て、ちょうどよいあんばいになる。
「おっ、この味の濃さが、お酒にも合いそうやな。さっと食べて、飲んで、お金もかからんし」
シジュクは無言で、ソースをひたした豚肉を半分ほどちぎって食べた。
それから、また店主に挑発的な視線を向ける。
「店主さん、わたくしは今から二度漬けを実行しようと思っています」
ざわっ……。店の中が異様な空気になる。
「話は変わりますが、わたくしは無許可で行われた刑罰を調査する権限も持っています。さて、わたくしが二度漬けをしたら、このお店はどういう行動に出るんでしょうか? 店の外にいた方みたいに反省させるんですかね?」
店主とシジュクの視線が交錯する。
店主の頬に冷や汗が伝う。
「では、今から二度漬けを行いますよ! この口でかじた食べかけの豚肉をもう一度漬けますからね!」
「すいません! 外の二人はサクラなんです! ああいう宣伝なんです!」
オーガの店主が二度漬け前に頭を下げた。
「えっ、ヤラセなんですか……?」
その告白にきつねにつままれたような顔になるシジュク。
「そういうことや。うん、ソーセージもおいしいなあ」
とくに驚くこともなく、ユーフィリアはむしゃむしゃ串刺しフライを食べている。
「禁止行為っていうのは、普通は客を反発させる。でも、あれだけ大々的にやれば、逆に興味を持たすことになる。それをこの店は上手く利用したってことやな。店の前の二人は客引きや」
「ユーフィリア様は最初から知ってたんですか……?」
「こういう店を夢で見たことがあるんよ。せっかくやから、怖い顔した店主の人形でも店の外に置いておいたら、もっと目立つんちゃうかな。観光客がおもしろがるやろ」
よく見たら、「不衛生ですので、二度漬けは本当にしないでくださいね」ともっと下手に出た紙も横に貼っていた。
「けど、この串刺しフライはなかなかええな。お兄ちゃんの考えたネタなん?」
「はい、フライにしちゃえば少し古い食材でも安心して食べられるじゃないですか。で、そこにソースを漬けることを考えて今に至ります」
それで、ユーフィリアの計画は定まった。
「串刺しフライとエディクト料理で二本の柱にするで!」
●
一か月後。
新世界の通りにはずらっと、ポイズンバルーンの紙風船が並んで吊られていた。
その様子を楽しそうに見上げている魔族たちで、通りは今まで以上に混雑している。
その横では「ポイズンバルーンの安心安全エディクト料理」の看板がかかった店が並んでいる。店によっては「当店では解毒魔法のスタッフが三人働いております」という看板もかかっている。
「ネタとしていいかもな」「入ってみようぜ」
そんな声が軒先からも聞こえてくる。
そしてもう一つ、巨大な怒ったオーガの人形が置いてある店もある。身長として普通のオーガの二倍ぐらいはあるだろうか。
二度漬け禁止の発祥の店「赤鬼」が大きな店舗でリニューアルオープンしたのだ。
観光客は物珍しそうに、その巨大な人形を眺めていた。
怒ったオーガの人形の横では、「ターワちゃんグッズ売ってます」というかわいいタッチのターワの絵の看板が置いてある。
ほかにもなぜか巨大なカニの人形が置いてある店もある。「クラブ料理なら、クラブ天国へどうぞ」と書いてあるので、カニを食べさせる店だろう。これに関してはユーフィリアの発案とは関係なしに誰かが自発的にはじめたものだ。
飲食店のほかに小さな劇場や玉突き、チェスをやる店なども並んでいて、実に混沌としていた。
「なんか、おかしな発展を遂げていますね……」
また、様子を視察に来たユーフィリアとシジュクは対照的な表情をしていた。
「なかなかええ感じになってるやん」
「こんな変な街、ほかにないですよ。ポイズンバルーンはかわいいですけど、怒ってるオーガの人形とかどうにかできなかったんですか?」
「まずは目立たんと話にならん。すべては目立ってからや」
やっぱり、ユーフィリアに自由にやらせると変なことになるので、気をつけよう。
シジュクはそう思いつつも、活気のある街並みを見つめて、目を細めた。
ここは数年前まで内乱で廃墟のようになっていたのだ。歩いている人間など一人もいなかった。なにせ、何もないのだから。
それがたくさんの魔族でごった返す場所になっている。
ユーフィリアの功績と言わざるをえないだろう。
「ユーフィリア様って、腐っても有能ですね」
「うちは腐ってなんかないで。アンデッドと一緒にせんといて」
王都の復興はこれで一つの到達点を迎えた。
ここから先はさらに発展させる番だ。




