1 新しい魔王様
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先代の魔王ドルガルドは実に子だくさんだった。
その数、合計で四十七人にのぼる。別におかしなことではない。王家の血が絶えることは決してあってはならないから、正室だけでなく、側室を何人も魔王は作っていたというだけのことだ。
子供たちは成長すると、各地の支城に配置されて、ここを拠点に人間たち、おもに冒険者たちと戦っていた。
人間達との戦況は一進一退と言ってよかった。魔族が押してるというほどでもないし、人間が魔王城に攻め込んでくるというほどの力もなく、ある意味で均衡が保たれて数百年が経過していた。
そんななかで魔王ドルガルドは百年以上も魔族の頂点に君臨してきた。
だが、そんな魔王ドルガルドに突然の悲劇が起こる。
モチなる粘りけのある米を打って作った食品を食べている最中に、ノドに詰まらせてしまったのだ。
これは魔王の二十六番目の子供である、王女ユーフィリアが広めたもので、いろんな味が楽しめるので、ドルガルドもこれのファンだった。そして、ついつい酔った時にモチを食べてやらかしてしまったのだ。
魔族にも風魔法の使い手は何人もいたが、吸引用の風を起こせる者はいなかった。
こうして、魔王ドルガルドは苦しみながら死去。
遺言に、子供たちの中で最強の者が次の魔王になれと書き置いて、息絶えた。
はっきり言って極めて迷惑な遺言で、重臣たちは頭を抱えた。
この瞬間から四十七人の子供たちによる熾烈な戦いが勃発することになる。のちに、歴史学者に「魔王継承戦争」と呼ばれる争いである。
魔族の土地は壮絶な内紛で、ボロボロになった。
もし、ここで人間が攻めてきたら危ないところだったが、不幸中の幸いで人間のほうも国家同士で争いが起こっていて、魔族は好きなだけこの魔王継承戦争をやることになった。
合従連衡に裏切り、複雑な駆け引きのすえ、最後に残ったのが――
モチなるものを普及させた王女ユーフィリアだった。
彼女は側室から生まれた娘ながら、美貌で名の知れた湖の精霊すら恥ずかしがってしまうほどの整った顔だち。清らかな黄金色の髪からは、よく熟れたレモンのような芳香すら漂ってくるよう。
指先すら最高の彫像のようにしなやかだ。
魔王の一族を象徴する角も輝いている。
戦争もすこぶる強く、支城時代の居城がオサカー城だったことから、【オサカーの虎】として恐れられた。
さらに城の西方にあるコシエーンという土地の近くに大きな邪神用の神殿を作り、民心を集めることにも成功していた。西にあったために「西の宮」とも呼ばれる。
このコシエーンでは深淵そのものを神アビースとして崇拝する、「あびっさん信仰」が行われており、これをユーフィリアは領内に広めていった。
人間の歴史家が言うには深淵神アビースの神像は、にたにた笑っている不気味な顔をしており、いかにも邪神めいていたという。
こういった邪神崇拝によって、民衆の支持を取り付けるのに加え、飴を大量に作っては民衆に配給し、さらに劇場を作って、ここで魔族新喜劇というものを常時行なった。
こういった政策は「パンとサーカス」ならぬ、「飴と劇場」と呼ばれた。魔族の多くがユーフィリアに協力し、前魔王の生前から、次の魔王候補とすら言われていた。
このユーフィリアは魔王継承戦争がはじまると、すぐに「いてまえ、いてまえ」とばかりにほかの兄弟姉妹を攻撃して、屈服させていった。
最後まで抵抗していた五番目に生まれた王女も、のちに「幸運の七回作戦」と呼ばれる奇襲で打ち勝った。
作戦を指揮したユーフィリアは武将たちにこう語ったという。
「ええか? うちらはすでに六回も攻撃を繰り返しては撤退してる。そろそろ、音をあげると敵は思うてるはずや。そこで、白い風船をたくさん飛ばして降参したように見せかける。そして、油断している敵めがけて、全力で攻撃する」
しかし、先陣を切って攻撃する者は落命の危険も高い。「いったい、誰が先鋒をやるのでしょうか?」と若い武将が尋ねた。
「こういうんは、ベテランの仕事や。引退寸前の老将軍を何人も用意してるから、そのおっちゃんたちにやってもらう」
覚悟を決めていた老将軍たちがうなずいたという。
彼らも人生最後の武功を見せる機会だと燃えていた。長期戦は体力的も無理でも奇襲なら指揮ができる。上手く勝利に導くことができれば、永久に名前が魔族の歴史に残る。
「これぞ、『代打の切り札』作戦や。スタメンはきつくても代打やったらいけるやろ」
若い武将がスタメンとか代打って何かと率直に尋ねた。
「わからん。ふっと頭に浮かんでん」
無責任なことをユーフィリアは言った。
この作戦は大成功を収め、ユーフィリアに抵抗できる勢力は消滅した。
ユーフィリアは新魔王の地位をつかんだのである。
人間たちは、優秀な新魔王が誕生したことを非常に恐れた。
英明な魔王が生まれた時、人間が結束しないままであれば一年ともたずにあらゆる土地が泥炭で覆い尽くされてしまうだろう、そう悲観的な語調で予言した者すらいるほどだ。
●
ただ、このユーフィリア、実のところ、そんなに計画性のある人物ではなかった。
「ふぅ、なんかいろいろあったけど、府知事になってもたな……。失言、気にせんとなあ……」
「違います、フチジではありません、魔王です」
ベリアル出身の女で、側近の官房長官であるシジュクがたしなめた。髪を短くしているのは、いつでも魔王の盾になって戦う心構えの現れである。
長らく、何をやりだすかまったくわからないユーフィリアを影に日なたに支えてきた。
「ほんまや、魔王やったわ。府知事って言葉が頭に浮かんだけど、なんやろ」
政務に出ない時間、ユーフィリアは虎を模したパジャマを着ている。虎の顔になってるフードをかぶると完全に虎(の変装をしてる人)になる。
「わたくしが知るわけありませんよ。あぁ……まさか、本当にユーフィリア様が魔王になっちゃうなんて、世も末ですよ……」
「シジュク、失礼やで。親しき仲にも礼儀ありや」
ベッドの上で、ごろんとしながら魔王ユーフィリアはふくれっつらになっている。
「礼儀を無視してるのはユーフィリア様のほうじゃないですか。だいたい、ほかの兄弟姉妹から攻撃されたのも、ユーフィリア様がなれなれしくて侮辱してると認識されたからなんですよ。前に倒した王子にも、いきなり会見の場で年収聞いたじゃないですか」
ユーフィリアは相手に対して、いきなり年収を聞く癖があり、なかなか治らない。というより、本人が悪いと思ってないので、治す気がない。
「その前の王女も、『いいかげんにせんとしばくぞ』って言うから、挑発とみなされて、攻撃を受けましたし……」
「ちゃうねんて。あれは冗談やんか。ほんまにしばく気はなかったんやって」
「それが冗談になってないんですよ。まあ、戦争自体はこっちが圧勝しましたけど」
「うん、シジュクも活躍してくれたもんな」
【オサカーの虎】の名前は伊達ではなかった。地元の支持率も高いので、ひとたび徴兵をやると、志願者までぞろぞろと出てきて、敵を圧倒する大軍になった。
「うちの猛虎軍団は最強や。今後も勝ち続けるで」
「ところで、ユーフィリア様、それ、どこの方言なんでしょうか……? 支城のあたりも標準魔族語だったはずですけど……」
「うちもあんまり記憶ないけど、前世とか、そういうんやないん?」
「前世ですか。なるほど、実はわたくしも時折、前世かと思うような夢を見ることがあるのです。押上という土地に、空にも届きそうな『空の樹』と呼ばれる尖塔が立っている夢で」
「ふうん。そうなんや。聞いてる、聞いてる」
シジュクは、「あっ、これ、興味ないから絶対聞いてないな」と思った。
「まあ、シジュクの話はどうでもええわ。で、フチジになった次は誰を倒したらええんや? トチジ?」
「だーかーらー、新魔王様はフチジではないですし、トチジなんて変な名前の者もいません! 倒すとしたら人間ぐらいです」
次回も割と早目に更新します!