私があなたにした最初で最後の身勝手な事。
覚悟を決めて開けたドアには、私の決意なんて知らない彼が困った笑みで立っていた。
「久しぶりに会えた…元気にしてた?」
秋の肌寒さが体の横をすり抜ける。
「久しぶり…とりあえず上がって」
うまく笑えたかな?
部屋に上がる彼。
前はドキドキしたりソワソワしたり、後ろをついてくる彼にいろいろ思ったこの廊下。
今日はそれらが懐かしく思う。
「座ってて、飲み物作ってくる…」
「ありがとう」
ソファに座るのを見てからキッチンに向かう。
後悔してるわけじゃない。
でも、少しでも時間を伸ばそうとしてる自分がいる。
「コーヒーなくて紅茶なんだけどいい?」
小さく音を立ててカップを置く。
「ありがとう。…ん、」
いつものように両手を開いて自分の足の間に招く彼に、あぁこれが最後なんだ。と心の誰かが言う。
「なんでそこに座るんだよ」
笑ってる彼の足の間ではなく、彼の前の床に座る。
向き合うように座れば彼は真顔に変わった。
「冗談だよね?」
口を開いた私に冗談だよねと訊いてくる彼。
心が痛い。
心が痛いってこうゆう事なんだ…こんなに苦しいんだと痛感する。
もう嘘だよと笑えないの…
本当にさよならなの…
これがあなたと私の最後。
「なんで?」
困ったあなたを真っ直ぐ見つめる。
寂しそうに、悲しそうに私の頭を撫でて…頬を撫でる。
「不安に思うことなんて何もないのに」
そう一言残して彼は家を出た。
何をすればいいのか分からない。
彼を追って体は出て行った道を振り返るのに…
私はここから動けないでいる。
追いかけなければ終わってしまう。
優しく触れた手を失ってしまう。
車のドアの閉まる音。
心臓が飛び跳ねる。
「でも、冗談だよって言えない…言ってあげれない…」
思い出があるこの家をしばらく出れそうにない。
優しいあなたを思い出せば愛おしくなる。
だけど、決めたの。
大好きなあなたに、私が唯一した身勝手な事。
初めてした身勝手なこと。
本当に今日がさよなら。
『私があなたにした最初で最後の身勝手な事。』