1 占領
カウウルが内陸の中継地ならば、ポートベルはまさしく南クレセントの玄関口であった。広大な内海に面する国々からもたらされる珍しい品々と大陸から運ばれてくる特産品が集積する交易地。
ここでしか手に入らない宝石や金属、工芸品が多い。地域がら海洋向きの冒険者が多く海の魔物からしか取れない素材もよく集まる。これら異色の素材を汲み合わせて加工した装飾技術をもつ職人もおり、洗練された文化の一つになっていた。
実用的な輸入品を買うも良し。創意工夫宝飾品を見つけるもよし。高値で買ったり交換した商人らは他の街へ持ち込みさらなる高値で売りさばく。貴族たちも煌びやかで貴重な装飾を身に着けることで、権威や虚栄心を大いに満足させた。
ポートベルの平民たちも決して小さくない恩恵に預かっていた。衣食や実用品だけでなく、おしゃれや遊びといった暮らしを楽しむ買い物客で街は賑わいをみせる。そのお金がまた街の発展を支えることになり、好循環は底知れぬ活力の源になっていた。王都を別にすれば、比較にならないほどの文化が花開く港湾の大都市。
今、そのポートベルが沈黙していた。
迅速。帝国軍の行動は迅速としか言いようがない手際だった。
海兵部隊を主軸とした部隊は前日のうちに艦から降り街に潜伏。子爵邸に着弾した最初の砲撃とともに展開を開始していた。部隊は、最新火器の威力に物を言わせ、手始めに騎士隊や警備兵の屯所を制圧した。作戦は図に当たり、組織だった反抗を不可能とした。
ゆとりのできた帝国軍は隊を十二人ずつの分隊に別けると、目標とした施設に次々に踏み込んでいく。逃げ惑う市民を軽く牽制しながら、わがもの顔で街中を動き回り、都市の司令塔、防衛施設、警報機関、城壁の対艦砲、議会、病院といった、ポートベルの要所を次々に占拠して行く。
もちろん市民も抵抗はした。魔法使いの溢れた都市だけに、魔法での抵抗を試みた者も多かったのだ。分隊には、提督が所持していたのと同じ対魔法腕輪が支給されていた。攻撃しようとする魔法はどれもキャンセルされて発動しなかった。
魔法の使えなくなった魔法使いたちは、意気消沈する。魔法頼みで生きている彼らには、屈強な帝国海兵に抗えるほどの腕力をもたない。抵抗の術だけでなく逃げる気力も奪われたかのように、無力感におそわれ住民たちは、ただただ銃弾の的とされていく。
「貴様ら、ポートベルを統括する伯爵家と知っての狼藉か」
提督が制圧対象としたのは、外壁に護られた都市全域。その中に例外はなく、有力貴族も差別されなかった。
「われら帝国に牙を立てた報いだ!! 首謀者をぶち殺すまで止まらぬわ」
練られた策謀。首謀者の断罪を名目に掲げた帝国軍は、存在するばずのない敵のあぶり出しに奔走していく。統治七貴族といわれる、ポートベルきっての実力貴族たちも、ことごとく拘束される。港湾都市がテゼール提督とカントナ子爵の手の中に堕ちるまで、数時間とかからなかった。
「大成功に乾杯だな」
ここは帝国艦隊の旗艦である戦艦キングウラガン号の艦長室。部屋の主であるコンゴウ・テゼール提督と招かれたカントナ子爵が、豪華な料理を肴に祝杯をあげるところだった。
港街ポートベルには、近海の魚が水揚げされる漁港が多い。心地よく揺れる艦のテーブルには旬の味を活かした素材をご馳走が並んでいた。テゼールが是非にと厚遇した料理長が腕によりをかけたという。
「乾杯。まさしく成功ですな」
テゼール提督が機嫌よく笑う。コッバロウ産の高級葡萄酒をみずからグラスに注ぐ。グラスを勧められたカントナ子爵が、香りを楽しみながら口を潤す。贅を尽くした料理。いつもの護衛兼メイドが、手際よく小分けしては、二人の前へ並べていった。
「わっはっは。笑いがとまらぬよカントナ卿。クレセント随一の都市を我らが支配する日がこようとは」
カントナはテゼール提督に調子を合わせる。料理の味には感服してるが、街の占拠には同調できない。いくらなんでもやりすぎだと、大口で笑う戦闘馬鹿を冷ややかに眺めていた。
「まったくですなテゼール卿。クレセント王家が誘拐騒動に、冒険者や騎士を動員したのも大きいですが、偶然のように起こった海賊討伐もまた都合よしです。まるで天が味方しかかのように、都市内の警備が手薄になってしまいましたな」
「海賊討伐か。卿よ。それは偶然だと思うか?」
「偶然ではないと申されますか?まさか?」
カントナが、目を見開いて驚いた表情を作ってみせる。
「群島に巣食う海賊はな、ほとんどがこちらの息がかかった連中であるのだ。クレセントやコッバロウの商船を襲って奪う。我らが見逃すかわりに積荷は折半。敵は疲弊し我が方は潤う。ま、時々は、帝国の船を襲う狂言などもするがな。はっはっは」
「脱帽です。あなたは、私のことを策士だと呼んでくれましたね。その名はそっくりお渡ししないといけないようですな」
驚き半々。媚びも半々。カントナは、テゼールが自画自賛でそっくり返るかと思ったが、意外にも謙遜する一面をみせた。
「何を言うか。元はといえば卿が言ったのだぞ。伯爵の策略を上手く使えないかとな。かの方の望みは魔法使いの確保であった。回復魔法の村とやらの秘密を暴露し、その情報と引き換えにより有益な魔法使いの派遣を増やすとな、ならば――」
――ならばいっそ街や村ごと手に入れてしまえば良いではないか――
貴方はそう申しましたな。謙遜ではなくて、共謀の確認だったか。やはり一人で負うにはやらかしたことが重過ぎると認識しているのだろう。
屋敷の砲撃までは謀みのうち。帝国艦の砲撃をほかの艦になすりつける考えであった。だがどうやったのか、提督はクレセント艦を一時的に奪いとった。本当に敵艦による帝国大使屋敷砲撃を実演し、なおかつ報復と称してその艦を砲撃した。沈没には至ってないが座礁にいたらしめ、責任者の捕縛を口実に街の占拠までしてしまった。
カントナが思い返す記憶にはそこまでの策はなかった。出世の爵位向上のネタとして使えないか。そう言ったにすぎない。クレセントが波風を立てない政策をするのなら、波風を起こしてしまえば良いのではないかと付け足した程度だ。
「――それが、うまく行ったということよ。いまだ、抵抗しておる者もいるようだが、時間の問題だ。クレセント王都がこれを知るのは、我々がポートベルという領地を切り取った後だ。皇帝もお喜びになるであろう」
敵対国ならともかく表面上は友好国。本国の了解も得ず本気でここまでやってしまうとは、豪傑なのか無謀なのか。成功すれば良いが失敗に終われば沈没のウズに巻き込まれる恐れがある。
いずれにせよ、少し距離を取ったほうがよいのでは。カントナの瞳がすこし暗くなった。それにしても、あれほど食べ物をほおばりならが、よくもこれだけしゃべれるものだ。変なところに感心すると、ある疑問を思い出した。
「それはそうと提督。不思議な魔法を使いましたな? 私たちはいまや同胞。生きるも死ぬも一連托生です。もうそろそろ、秘密を教えていただいてもよいのでは?」
「お? おうあれか。あれはな。その、そうだ。吾輩が修行で身につけた転移魔法だな」
ここまで豪快だったテゼールの笑い顔に、すこしばかり影がさす。
「修行ですか?」
「修行だ」
馬鹿なことを言う。見えないようにカントナが顔をしかめる。
魔法が使えるのは遺伝だ。修行で魔法が身に付くなら誰だってやっている。帝国がここまでクレセントに固執する必要はないのだ。ウソにしてももっとマシな方便があるだろうに。開発した魔法具と言われたほうがまだ納得がいく。実際、魔法無効具というものを見せ付けられているのだから。
よほど、言いにくいことがあるのだろうと、話題を変えることにした。
「そういえば、お救いいただく直前、面白い見世物をみることができました。」
「見世物?」
「見世物です。さきほどのツェルト村の連中がやったことと思うのですが、港ではない場所で見慣れない男女が、見慣れない武器で戦うという……舞台劇でしょうか」
「何?見慣れない武器?」
「ああ……いえ。すでにさきほど見てしまいましたが。銃ですか? あれと似たような武器で戦っていたのです。いやぁ始めてみた出し物なので、つい見惚れてしまいましたな」
「銃だと。それは……」
テゼールが、詳しく訊こうとしたとき、艦長室のドアが激しくノックされた。
「なんだ? 忙しいのだが」
「緊急です。提督!」
「緊急だと?入ってこい」
ドアが開かれる。士官は敬礼をする手間すら省きたいらしく、手を下ろしきる前に、内容を報告しはじめた。
「じ、港に上陸している部隊のジョウワン二等海尉からです。内容は――女商人を取り逃がした――と」
「なんだと、25人の武装した海兵がだぞ? どんなへまをしたらそうなる?」
「〔心話〕でなく手旗での連絡ですので詳細は不明です」
椅子から立ち上がったテゼールは、怒りのままに拳でテーブルを叩いた。堅牢なテーブルはビクともしなかたったが皿が割れ料理が飛び散った。海兵らはあの人数で始末できなかったのか。女が謀略を知っているということを別にしても大きな不手際。カントナにもテゼールの怒りが理解できた。突如魔法が使えると言ってのけたテゼールの厚顔にも匹敵する違和感だ。
怒りで顔を紅くするテゼールが数秒ほど目をつむる。再び開いたときには冷静さを取り戻していた。
「まあ良い。作戦全体は滞りないのだろう?」
「一部、立てこもりがありますが。目標は95パーセント達成されてます」
「ならいい。こちらの事情を知られてしまってるが、それほど問題ではない。そのうちどこかの分隊が始末するだろう」




