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異世界のイージス~少女の中でコックピット生活〜  作者: 北佳凡人
五章

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23 定石



 昼間から上機嫌で飲んでいる男と、それに付き合われている二人がいた。


 クレセントのバルージュ・ウンベッター艦長は、目の前にいるドリーヨーコ帝国海軍提督のコンゴウ・テゼール男爵から呼び出された。親睦を深める名目の強引な招きを断り切れず、自艦の訓練もそこそこに、陸におりてきたのだ。

 

 振舞われた酒は絶品。

 呼び出したテゼール男爵本人だけが大いに楽しんでいた。


「わっはっは。愉快じゃないかバルージュ。敵国の貴様とこうして同じ席で飲めるのは、時代の流れだな!」


「敵国ではありませんよテゼール男爵。何十年も前から【合わせ月の焚(クロスロア)】を核にした同盟国です。表面上は。それよりも、そろそろ、私を呼び出したわけを聞かせていたけませんか?。一戦交えると言った続きですか」


 ウンベッターはちらりと港に目をやり、自分のフリゲート艦が停泊してることを確認する。湾内にどっしり浮かぶ艦が消えてしまうはずがないのだが、初めての新造艦のせいだろうか。時々どうしようもなく不安になることがある。数分毎の艦影チェックがすっかりくせになってしまった。


 なかなか減らないグラスにちびりと口を付けるウンベッター。テゼール男爵は対照的に、大きいクリスタルガラスの杯のワインを一息に飲み干した。


「男爵ではなく提督と呼べといったろうバルージュ。海原を根城とする我々に、旧友との再会なんて機会はそうそうないからな。昔話をしようとこうやって呼び出したってわけだ」


 そこまで言ったところで、満たされたまたグラスをあおる。


「ここの酒は上々だ。我が国ほどのではないがな。貴様も飲め!平民とはいえ貴様は、我輩が認めた男だ。共に酒を飲み交わす時間を、わざわざ作ったのだぞ。光栄を噛みしめて末代まで伝えるが良い。このあいだ貴様をみたときに、ガイライク会戦を思い出したわ。貴様の手腕には舌を巻いたが、あれは不毛な戦だった――」


 陽気にふるまう歳上の提督は、三十艦以上の艦艇を従える帝国海軍の猛者だ。一艦長にすぎないウンベッターとは、従える部下も動かせる権力もはるか高み。


 次元の違いすぎる人物というのは、席を一緒にするだけでも、精神をガリガリ削られるものだ。普通の神経の人間ならば。


 他人を見下す態度に気分を逆撫でされる人もいるが、ウンベッターはわりと気にならない。そうした人間を相手にしても受け流せる性格をしていた。貴族とはそういう人種である。そう思えば腹など、たたないものだと割り切れるのだ。




 誘いの手紙を受け取ったのは、昨日のこと。シャリーハットの所で魔法使いのヒヨッコたち引き合わされた直後だった。


「胡散臭いですよ」と言ったのは副長の モクレン・ドゴールだ。言われるまでもなく怪しさが漂うが、断るだけの言い訳を創り出せない。なによりも、外面的には友好関係にある帝国の提督の誘いの拒否は難しかった。艦は副長に任せ、主任魔法士 セレヌ・フゥレンを連れて、誘いに乗った。


 自分を買ってくれて誘った風を装っているが、そうした気まぐれだけで動く男ではないと、一戦交えたウンベッターは知っていた。見た目と違ってこうかつな戦法を仕掛ける男なのだ。


 提督は、俺が敵であると布告した。なのに誘ってきた意図は何か。

 それを知る意味でも、応じる意味があると。




 提督が言った「ガイライク会戦」というのは、八年前に起こった遭遇戦だ。帝国には、境界を防衛する艦隊がある。主張している境界線側を航行する船をみつけては、敵だと因縁をつけてだ捕するのだ。海賊まがいの行為だが、艦列に囲まれてしまてば、反撃はおろか逃走すら不可能。死ぬのが嫌なら大人しく捉まるしかない。高額な賠償金を支払えば見逃してくれるが、逃げるそぶりを見せたとたん、戦列艦の大砲が火を噴く。


 そうした現場に遭遇した三隻の艦隊があり、ウンベッター艦長の艦もその中にいた。そこでは、クレセント国籍の商船が囲まれていた。ポロポロのマストの上に掲げられたのは救助求むの旗。以前から、帝国のやりかたに腹を立てていた戦隊の提督は、無謀にも、二倍の敵に戦いをしかけたのだった。


「会戦のさなか、突然、凪に近い状態まで風が止まりましたからね。幸いにもこちらには良い風魔法士がいまして、波にさらわれることなく立て戻すことができました」


 呼び出したのは会戦での言いがかりをつけるためか。その程度なら問題はない。6日後にはポートベルを発つが、取り立てて急ぐ用事はなく時間はありあまってる。嫌がらせの一つ二つは、穏便に解決してやろう。


 秘匿されてるが、あの無風はこちらの魔法士が創り出したものだ。上位の魔法使いには嵐を起こす者もおり、逆もまた可能だったりする。いいがかりをつけるだけの理由は十分にあるのだ。


「立て戻すとは可愛い表現よな。こちらは、いいように弄ばれたぞ。まあ我輩も軍人。負けた戦のことをいまさら語らん。それよりも、クレセントには風を操る魔法士が豊富であろう。フリゲート艦一隻を運営するのに、どれだけの乗員が必要となるか考えたことはあるか? 貴様らは、通常の五分の一で動かせるのだ。それだけは、ちと羨ましく思うぞ」


 テゼール提督は、魔法士のセレヌ・フゥレンを見遣い、便利な道具を観察するように身体をジロジロ見回していく。彼女が風を止めた犯人ではないが、居心地が悪そうだ。人間扱いしない直視をうけたフゥレンは、身体を隠すように身をすくめる。


 ドリーヨーコ帝国には、多くの魔法士や魔法使いが赴いている。数に関しては周辺国で最大。多いとはいえ、ほとんどは条件付きの派遣だ。当然ながら、国の中枢に関わる部署に置かれることはない。


 防衛においてはさらに厳しく、志願や徴兵される魔法使いは、ドリーヨーコで生まれたか帰化した者に限定し、派遣魔法士はいなかった。もしクレセントと交戦になった場合、戦闘のさなかに寝返る者でる可能性は否めず、敗走する危険に身を晒すほど、お人好しな帝国ではない。魔法を使える人間は喉から手が出るほど欲しい。だが、他国の息のかかった者を配置する愚行は犯せない。


 軍艦に、多数の魔法使いを運用できるクレセントのメリットは大きい。帆や索は重力魔法で動かし、砲弾は火や風魔法で飛ばす。風魔法によって、帆に推進力を与え、必要なら風を消す。技能を身につける修練には時間がかかるが、実践配備された風の魔法士であれば、交戦でも離脱でも好きな状況を作り出せる。


 艦の技術ではドリーヨーコ帝国に劣っていが、最小の意思疎通で艦を動かせる点で、クレセントは優位にあった。


 提督の言い分はボヤキだ。だが、帝国にとって魔法使い不足は現実的な悩みというのは誰もが知っている。


「ですが提督。少ない魔法士で動かせることが、良いことばかりとは限りません。わたしに言わせれば、人も艦も豊富に動かせる提督こそ、羨ましい限りです」


 ウンベッターはそう言うと、南部特産のチーズをふんだんに使ったピザを口に運び、ちびりと、ワインも口に含む。


 艦の話は大好きだ。しかしそれは相手にもよる。目の前にいるのが、この男でなきゃ、チーズもワインも、もっと美味いんだろうなとも思う。心で小さく呟くと、隣に座るフゥレンが、ヒジでつついた。顔にでたらしい。


「ふむ。互いに無い物ねだりか……なるほど。では、戦ではその部分を突くこと。それこそが定石となるのだな?」


「そうなりますね」


 いく度めになるか。一息飲み干して空にしたグラスを提督が差し出した。ウンベッターは、コルクを抜いたばかりのビンを傾けてお代わりを注いだ。


 その時、鐘の音が二回大きく鳴った。街の東西南北にある時計台の一つが午後二時を告げたのだ。


「おっと。ようやく時間だな。向こうを見てみないか? 後に付いてこい」


 提督はそういうなり、答えを待たずに椅子を引いて立ち上がった。


 三人が会しているのは、港向きにある二階のバルコニー。フロアを一廻り取り囲む形で、バルコニーは街側にも続く。他に客はなく、グラスを持った提督は街側の方へと曲がって消えた。


「なにか、あるのか?」


「さあ?」


仕方ない。追いかけるように、バルージュ、フゥレンが遅れて立ち上がる。


提督は、バルコニーの柵に肘を付いてもたれかかり、街を眼下にしていた。


カモメと荷下ろしの人夫で賑わう港側と打って変わり、街側の通りは、人が閑散としていた。提督はグラスの手を伸ばし、その先にある何かを示した。


「あれは?」


 馬車がこちらへと向かってくるのが見える。商人と貴族の多いポートベルで馬車は目立たない。しかし無駄に絢爛豪華な馬車はよく目立った。艦と海のこと意外には興味の薄いウンベッターにも、その馬車についてはだけは記憶が残っていた。


「ドリーヨーコの大使の馬車?」


「その通りだ。誰かに追われているように見えるが問題はない。あれがここに来たことが、吾輩にとっての合図となる」


 逃げる? 合図?

 提督の話す、言葉の意図がわからない。

 それが、自分を呼ぶつけた意味なのだろうか。


「どういう、ことでしょうか」


「戦線布告は済ませていたな。今の話しにもあった弱点をというヤツを、これより、突きにいくのだ」


「弱点を突きに?どういうことでしょうか?」


 提督のコンゴウ・テゼール男爵はニヤリと、歯を見せた。


「我が友バルージュよ。ここで指を加えて眺めてるがいい。作戦開始だ。シリウチ」


 芝居がかった身振りで身を翻すと、その姿はどこにも居なくなった。


 フゥレンは、恐る恐る消えた辺りに片手を伸ばし、見えない人間がいるかのようにまさぐる。


「この前と同じでどこかへ消えました。魔法使いでないのに魔法でしょうか? 人が移動するなら転移魔法ですが魔方陣と複数の魔法士が必要です。こんな、何もない場所からイキナリ居なくなるなど、どんなトリックを使ったのでしよう?」


「消えた……確かに。それよりも、直前の言葉がきになる」


 ウンベッターが首をひねり道を走る馬車を見下ろす。提督が合図だと言った馬車がやって来てる。馬にムチをいれ、混雑する道をなりふり構わない速度で突き進む。一台、二台……三台もか。


「提督の言うように、何かから逃げてるようだな。うん?」


 三台目の馬車は、複数の魔法使いの子供らに取り囲まれていた。貴族に金をせびる乞食かとも思ったが、小綺麗な衣服からは生活のよさがみられた。


「あの赤いロープの子供は、どこかで見たことがある」


 フゥレンは、わざとらしく頭をかかえてみせた。


「艦長、あれは、昨日会った魔法使いでは? すぐ上をアーヴァンクが付いてますし」


「ほんとだ! なんだあれは? 魔物じゃないか?」


「艦長、もう忘れたんですか? シャリーハット殿下が楽しそうにお戯れになっていた騒動を……」


 フゥレンが特大サイズのため息をつこうとしたとき、それを上回る轟音が鳴り響いた。


 ズガアァァーン!!


「なんですか!」


「あの音は……我が艦の狙撃砲だ。別名、ロングウンベッター!!」


 ウンベッター艦長は、港側のバルコニーに戻るために駆け出す。

 大砲に名前をつけてたんですか、と言いたいところを堪えて、フゥレン艦長の背中に続いた。そのとたん、ドカンという音が耳に届いてきた。

 

 今度のは街の側からだ。

 街の奥の、先ほどの馬車がやってきた方角。

 かすかな音だが間違いようのない爆裂音だ。


「まさか……街を砲撃したのか!?」


 ピングイーン号は、ルコニーから見えた港に浮かんでいた。姿は、さきほど最後に見えたときと同じ様であったが、その動静はまったく違うものに変化していた。


 バジプスル(先端の三角帆)とフォアトプスル(一番マストの真ん中の帆)を開いており、帆の受けた風によって、艦の前方は街側へと向けられていた。甲板搭載の砲門から立ち昇るのは白い煙。それは、いましがた聞こえた砲撃の動かぬ証拠だった。


「クレセントの軍艦が、街を攻撃したぞー!!」


 誰かが叫んだこの声がキッカケとなり、活気あった港に、大きな混乱が巻き起こった。


 船に移しかけた荷物は放置。運搬車を引いていた人夫らや、そこかしこの労働者らは、港から離れようと、ひしめきぶつかり合った。家族を連れていた物見遊佐の男が転倒したが、立ち上がる前に、逃げ惑う人々に踏み潰された。助けをよぶ女性の悲鳴は、方々から上がる怒声に掻き消された。


 クレセント海軍の士官や水兵たちは、自艦に戻ろうと待機するカッターへ乗り込み、急ぎ船をこぎ出す。自艦カッターのない水兵たちは、停泊するはしけ船に飛び乗ったが、そこの船長は船を出すことを拒否した。剣を抜いて脅しをかけた水兵たちの目が血走る。基地に戻ろうとする幹部軍人もいたが、人々に阻まれて動きがとれないでいた。


 群集に押されて、海に落ちて溺れる人が続出した。


 唯一規律正しく行動していたのは、ドリーヨーコ帝国の海兵部隊だった。彼らは、いち早く喧騒から離れると、街の中へと消えていった。


 一度に、さまざまな事態が勃発し、混乱が混乱を呼んでいる状況であったが、ウンベッターの眼はそうした騒動が映らなかった。自分が乗っておらず、動くはずのないフリゲート艦が風をはらんで航行してる。その事実だけが、彼にとっての全てだった。


「艦に、艦にもどるぞフゥレン!」


「はい艦長!」


 そして、彼の自慢の新造艦を狙って動き出した艦があった。


「やめろぉ――」


 ウンベッターの願いは届かない。

 動いたのは、ドリーヨーコの戦列艦キングウラガン号だ。片舷にある、およそ50門の魔大砲が火を噴いた。



うーん。お気楽な感じがなくなってしまった・・・・

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