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異世界のイージス~少女の中でコックピット生活〜  作者: 北佳凡人
五章

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22 包囲の中で


 ブタ子爵が動いた。

 パスを連れているという。

 十勝川からそう聞かされたシエラは、言葉の意味の理解が一瞬遅れた。叩き起こされた寝起き脳内に真っ先に思い浮かんだのは、頭が重い、だった。


「うう、ここはどこ? ああ、子爵の屋敷だっけ」


「頭が痛い。なんでベッドで寝ているんだ?」


 隣で目を覚ましたモリグスも、記憶があいまいらしく、しきりに頭を振っている。

 頭よりさらに重い体を動かし、どうにかベッドの縁に腰掛ける。

 視界の定まらない両目を擦る。

 この感覚には覚えがある。悪い酒を飲んで二日酔いになったときと似ているのだ。


『しっかりしろ二人とも、寝すぎでぼうっとしてるのか? 」


 そうかもしれない。ベッドに寝るなんて久しぶりで、これまでの疲れが一斉に噴き出したのかも。


『ん?シエラ、軽い状態異常になってるな』


「え?」


『〔全身怠惰(微弱)〕になってる。頼んだ酒か食事に微量の麻薬みたいなのを混入されたのかもしれん。遅効性かな。気づかなかったオレのミスだすまん』


 十勝川は謝りながら、シエラを蝕んている〔全身怠惰(微弱)〕を、〔異常回復〕で消し去った。


「起きる」


シエラはそれだけ言うと、少しふらつく身体を真っ直ぐに保つ。窓から差し込んでくる昼の太陽がまぶしい。〔異常回復〕のおかげで、徐々に軽くなっていくのを感じながら着替えを探し始めた。


『ブタは、もう外に出ている。すぐ追おう。パスを取り上げられたくないならな』


 パス。そう、パスだ。

 子爵の思惑は解らないけど、夕べの会話を実行する気ならは、黙っていれば二日後には同じ艦上に立っていよう。


 だが、心変わりであの子を連れていくのなら見過ごせない。大人しく渡すほど聞き分けのよい性格でない。手柄を横取りされては、ここまでの苦労が雲散し、伯爵に遭う機会を逃してしまう。


 人を人と思わない男に預けておきたくないが、そこは信じるしかない。確証でもあれば、奪い返す行動に出られるのに。沸き起こる胸騒ぎを深呼吸で沈める。


 慣れた手際で、ささっと着替えを済ませたシエラは、バシンと自らの頬を叩いて、気持ちを切り替えた。


「よし、行くよ!」


 ベッドの後ろを振り向くと、そこには、ズボンに脚をひっかけ、パンツ姿で倒れてるモリグスの姿があった。


「いてて。か、からだがおもい。待ってくれ」


 十勝川の回復スキルが有効なのは、宿主であるシエラだけ。スキルによってはエリア実行できるが、治癒とか回復にはそうした機能が無い。パスのように他人を治すことはできない。毒消しや麻痺回復などの薬類は携帯していたが、すべて旅で使い切っており持ち合わせがない。モリグスには自力で回復してもらうしかない。


「見苦しい。蹴飛ばしてもいいか?」


 ひとりだけ、元気に戻ったシエラは容赦がなかった。


『殺さない程度にな。戦力がへると、逃げられなくなる』


「お前らなあ……、力が、出ない」


 不調絶賛のモリグスは、文句を言うだけの気力さえ喪失。それでもどうにか立ち上がり、すっかり慣れた商人姿へと着替えていく。


 シエラは、十勝川の言い様に首をかしげた。


「逃げる? 追いかけるんじゃ……」


『この短時間に状況が変わった。ブタは馬車でお出かけで、入れ替わるように大勢の人間が押しかけてきてる。騎士か警備兵か冒険者かしらんが、屋敷は囲まれてるぞ。あの野郎は、オレたちをハメやがったようだ』


「なんだとぉー、痛っ!」


 力の入らないモリグスが、わずかな気力を絞って怒りあらわを試みるが、頭痛もおこしてらしく、頭を抑えてしゃがみこんでしまった。シエラは、情けない顔の相棒の腕をとって助けおこす。


「ぃ痛い、無理に、動かすなぁ」


「モリグス、あんたの薬を探すの先みたいね。誰か一人くらい屋敷に残ってるかも。いないなら家探しといくわ」


 痛がるモリグズを引きずり、すたすたと部屋の出口まで歩くシエラ。重い扉を開けようと取手を下げようとしたが、しかし、取手は動かなかった。ギシギシと、少しばかり下がるのだが、それ以上はびくともしない。


「く、やられた。この部屋に閉じ込められた」


「当然といえば、当然の処置か。部屋の脱出から、始めなきゃいけないのか……ならせめて、この痛みが消えるまで、待てない……か?」


『待てない。俺が壊す』


 十勝川の決断にシエラが目をむく。この男の、ウィルの破壊力は身に染みてる。即効力には欠けるが、林さえカンタンに作り出す能力はここでは過剰だ。周囲を巻き込みすぎる。


「デカイ樹木でも出すの?扉より先に、床と天井に穴があくんじゃない? 階下に飛び降りようってこと?」


『扉から出て行くよ。礼儀正しくな』


 十勝川は十字キーを操作し、画面に映ってる行く手を阻む扉を、カギカッコで囲んでロックする。コマンドの中から〔対象物理変化〕を選ぶと、〔カビ〕〔腐食〕〔劣化〕を次々スタックさせていった。


 最後に実行ボタンをクリックすると、手入れが行き届いて光沢のかかった扉は、薄汚れたカビに支配されていく。厳選された一枚板の素材が、まるで野ざらしにされた廃屋の板壁のごとく劣化していく。


『買えばそうとう高いな。もったいない気がするが、悪いのはブタだ』


 頑丈で、叩き破るには相応の手間がかかりそうな一枚木の扉が、みるみる朽ちていく様子は、パンが黒カビに覆われていく実験を、ビデオで早回しするのに似ていた。


『蹴り破っていいぞ』


「やだ気持ち悪っ。こんな真っ黒に腐ってる。触ったら病気になりそう」


 シエラは、棒にできるものか無いかと室内を物色。手頃といえる、身長サイズの金属製のしゃれた帽子掛けに目をつけた。ヤリを持つように構えると、底の丸板でグズグズに朽ちた扉を、突っついた。腐りきった扉は、面白いほどあっさり、べろべろに崩れおちる。




 屋敷には誰も残っていない。

 シエラはそう思っていたが、廊下に出ると、そこには昨夜のメイド達がずらりと待ち構えていた。


「お客様、どちらへ行かれるのですか?」


『言い方は、客扱いに聞えるがなあ』


 十勝川の言い草におおきく同意する。言葉は丁寧だが態度は相違。無表情で観察してくるような目つきは、どこにも行くんじゃねぇと告げていた。


 どうみても足止めだとしか思えない歓迎に、シエラはあえて踏み込む。


「モリグスの調子が悪いの。何か薬をと思ったんだけど」


「お薬なら、わたしがお持ちします。お部屋にお戻りなってください」


 メイドは引き下がらない。常識をいえば、薬うんぬんの前に、不自然に壊された扉の件を咎めそうなものだが、それもない。ヒラ押しに部屋に戻ることだけを繰り返てくる。


 部屋どころか、屋敷にいるわけにはいかないし、居られるわけがない。外では、シエラとモリグスを捕らえようと、冒険者や騎士らが取り囲んでいるのだ。


「わたしたちは、ここから出るわ。世話になったわね」


「主人からは、貴方がたをお引き止めするよう、申しつかっております。丁重に、街の警備の方にお渡しするようにと」


 そう言ったメイドたちは、どこから取り出したのか両手に短い刃物をもっていた。


 そういうこと、か。

 昨夜のうちに、子爵はすべての段取りを決めていたのだ。パスを独り占めして、誘拐犯だけをクレセントに売るってことを。寝起きが悪かったことも、身体が不調だったことも合点がいく。食事に睡眠薬を盛り、時間稼ぎを図ったのだ。


 シエラはようやく納得がいった。これまで、子爵を信じようとしていた自分を蹴飛ばしてやりたい。はっきりしたことで、気分はかえってスッキリしていた。


「丁重って言葉の意味、わかってる?」


 自分の手の中には、いましがた扉を崩した帽子掛けがあった。構え直したシエラは、視線を下げて、しばしそれをじっと見つめる。黙りこんでしまった女が見ている帽子掛けにメイドたちの視線が集まった。それから一拍。握った拳一つ分だけ腕を下げ、メイドの目が追ったのを知ると、上に向けて放り投げた。


 帽子掛けを武器にするものと思っていメイドたちは、シエラの行動に釣られて、上がったそれを目で追ってしまった。意識的に作り出した時間を無駄にはしない。隙のできたメイドの胸元に飛び込むなり、手のひらに現れたトンファーを力強く握り、その柄をみぞおちに叩き込んだ。


「ぐは……」


 防御の出来なかった一人目のメイドが、足元に倒れる。

 シエラはすかさず、次の、すぐ右後ろでうろたえているメイドに襲いかかった。





 没落した田舎貴族。カントナ子爵はそう聞いていたし、ドリーヨーコ帝国内部の評価も一部を除き、似たようなものであった。そもそもシエラの存在を知るものは少ない。伯爵家に仕えてはいるが、主人に目どおりはできない身分の女。名誉騎士という耳慣れない肩書きも虚言だと言われた。多少腕が立つ程度の、汚れ仕事に便利な女。それが彼女を知る者たちの評価だ。


 その麗美な美しさも、研ぎ澄まされた技術を過小評価させる。どこにでもいる、騎士にあこがれた娘のお遊び。誰もがそう思っていた。汚れ仕事で成果を上げたときも、運がよかった、色気でたぶらかしたのだと、噂されていた。


 要するに子爵は、シエラを甘くみていたのだ。クレセントのスパイに動向させられた、偽装のためだけの女だと。今、そのツケをメイド、いや子飼いの者たちが支払っていた。


 鍛えられ、影の仕事に卓越したはずの子爵のメイド配下たちを、シエラは蹂躙していく。そんな彼女に、唯一仕えていた老齢の臣下の言葉が脳裏をよぎった。


(お嬢様、あなた様は、ただの没落貴族ではありません)


 幻が、向かってシエラにつぶやいた。


「そのために、頑張っているのよ!」





 コックピットの画面に映し出されてる、倒れて呻いているメイドたちを見下ろしながら、十勝川は呆れた。


『お前なあ、先に言っとけよ。アイテムの取り出しが間に合わなかったら、どうするんだったんだ』


「そのときは、素手で行っただけ。だいたい、あんたがナイフを取り上げるから、こうなったんでしょう」


『ナイフはダメだ。俺はシエラに死んで欲しくないし、殺して欲しくも無い。トンフアーの実践も悪くなかったろう?』


「まぁね。慣れない武器だけど、防御と攻撃の両方ができるのは、すごくいい」


「だろう?4000年の歴史の国で生まれ琉球という島国で発達したとされてる。近代兵器国の警備でも正式採用になった武器だが威圧的すぎるという理由で廃止の風潮だ。攻防一体で素人でもそれなり使えてしまうし、なにより――」


「と、トカチガワ。講釈は、今度にしてくれ、オレの薬を探してくれるんだろう?」


『あ。わるい』


 頭痛と脱力感にあえでいるモリグズに、十勝川は素直に謝った。


『これも、ついでに渡しておこう。殺傷力は抑えてあるぞ?』


 二人の手に三個ずつ。クラウドポーチから出したのは、ちょうど手の中に納まるピンの突いたゴツゴツした異物だった。


 シエラが先行し、力の衰えているモリグズが後ろから付いて行く。負傷で動けないメイドたちを避けて、とんとんと階段を降りていった。薬を仕舞っていそうな、収納室かメイドの控え室をみつけよう。それらしい部屋を開けていくが、ベッドのある客室かリビングのような部屋ばかりで、薬らしきものが見つからない。


『時間がかかりすぎてる。敵はいまにも踏み込んできそうだぞ』


「そうは言っても、モリグズがこんな調子じゃ、逃げるに逃げられないわ」


 ここも違ったかと部屋から出る。隣の部屋の扉を開けて入り込もうとすると、シエラ以外ではない女の声に呼び止められた。


「驚きました。みんな倒してしまったようですね」


 そこにいたのは、昨夜のメイド。子爵により顔を切られ、パスの回復魔法に助けられた、見覚えある姿だった。昨日のやり取りを思い出したシエラは、ほっと緊張を抜くと、遠慮のない調子で声がけする。


「ああ。あんたね。助けてくれない?薬を探してるの。麻痺系か睡眠薬からのダメージを回復できるものはない?」


 構えを解いて気安く数歩。シエラはメイドに近づいた。


『シエラ、下がれ!』


 十勝川の怒声にあっとするが、持ったトンファーで弾くことはできなかった。

 メイドのナイフが鈍く光って、シエラの胸に狙いを定める。




(お嬢様、あなた様はクレセントの王族。ドリーヨーコ帝国で落ちぶれていることは許されません)


「うるさい!」



描きかたをいろいろ試してます。

あと数話で、五章も終わります。

誤字脱字に気付いて、それでも直す時間が足りなくて、うじうじしてます。


最近、詰め込みすぎの感がありますが、どうなんでしょうね?


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