8 火傷の記憶
本日2話目です。
リーゼライとレガレル。二人の肩を押さえたのは、村長だった。
「おうおう。この村長さんのいる前で、なに不穏な企みをしてんだ? 誘拐は犯罪だと知らないのか?」
「企みだなんてとんでもありません。ただの世間話ですよ」
「そうっすよ村長。魔の手からフェアを救い出すという、健全な陰謀っす」
「陰謀に健全ってか? あの戦いがなかったら、お前らがそんな話をすることも、なかったのにな」
尾根狐の鳴き声がひとつ、森の奥に響く。親狐が、人間を警戒してるのだろうか。村長は二人の肩に回してた腕を外して、自分の頭を掻きなでる。
「自分の親も、あの戦いで怪我してるっす。かなり酷かったそうで」
「フェアは、たまたまその場に居て、被害に遭ったのだと聞いてます。僕でさえ触れたことがない。責任のない彼女を、イジメる神経がわかりません」
あの闘い--魔物の討伐に失敗し、逆に襲われた5年前の出来事を思い出す。あれで、22人もの働き盛りの村人が殺されてしまった。家族や友人を失って、いまだに、心が整理できてない人達がたくさんいる。
「フェアの親は、二人とも最高の盾役だった。それが魔物の攻撃を抑えきれず、引き千切られて死んだ。防御を崩された味方は総崩れさ。魔物が強すぎたんだな。トッパの亭主も殺られた」
身内や仲間を失った本人達も、頭ではわかってるんだろうが、心が拒否してる。断罪できる生贄を欲しているのだ。
「そのまぁ、イジメは八つ当たりなんだわ」
イジメ場面に出くわしたときは諌めているのだが、改めさせるにはいたってない。根の深い問題だ。
「だけど村長。恋人のリーゼや、仲のいい俺たちは《合わせ月の焚》に行っちまう。家族のいないフェアはひとりぼっちだ。」
「誰が恋人ですか。そういう関係ではない」
「照れるなよ。とにかく村長、そういうことっす。一番の被害者なフェアに、トッパさんらの、あの仕打ちはないっすよ」
「だから、村の外へ連れ出すってか? 」
目を閉じて考えるそぶりを見せる村長。ゆっくりと目を開けてつぶやいた。
「そいつはダメだな。解決にはならん」
「どうして? ここにいるよりは……」
「レガレル。リーゼとフェアをくっつけようとしてるみたいだが、お前さんはどんなんだ? 」
「?どうって?」
「フェアと、所帯をもてるかってことだ」
レガレルは答えに窮する。
「その無言が答えだ。 あの顔の火傷は女にとって致命的だ。事情を知ってるお前さんでさえ、二の足を踏んじまうほどにな。知らない土地なんか連れてってみろ。どんな扱いをされると思う?」
他人の評価は見た目の印象で決まる。残酷なまでに内面を一切考慮しない。
フェアパールが、どれほど好ましい娘だったとしても、醜い火傷痕はマイナスに働き、態度として表れる。付き合いが深まれば、評価も改まるだろうが、スタート段階の負の空気は、フェアの心を軽々と傷めつける。
あの醜い痕には、事情を知る村の人間であってさえ、困惑しているのだ。まったくの他人ならゴブリンを見るよりも冷たい目になる。
「村長。あなたの治癒魔法では治せないのですか? 村で一番だと自慢してるでしょう。」
「無理だな。いや、無理だった」
「やはり、試してたんですね」
「もちろんだ。俺だけじゃない。ドジェル、シャーカ、ムルフィも治療魔法をかけて、やっとあそこまで治したんだ。ひどかったぞ。腕も足も千切れかけてて、片目は半分潰れてた。」
「そんなにすか! じゃあ、あんなに元気なっただけでも……」
「ああ、奇跡なんだ」
三人は黙り込んだ。今回、討伐隊に参加したほとんどは、あのとき一緒に戦った仲間だ。誰もが、耳をそばだてつつ何も言わない。思い出したくない戦いを振り返ってるかも知れない。みんな無言。足取りの重いまま、唯一の街道を歩いていく。背負った袋が重くなった気がした。
日の光が夕暮れの色になってきた頃、やっと村の入り口が見えてきた。
「あれ? 誰も見当たらないな」
村は、獣が入り込まないよう、高い木柵で囲ってある。人が出入りできるのは四方の門だけだ。
門は夜は閉ざす。人の多い昼間は解放してある。いつもならば村の大人たちがひっきりなしに出入りし、子供たちが遊んでいる時間のはずだ。
「なにかあったのかな?」
門を抜けてこちらに走ってくる姿があった。リーゼやレガレルとよく連んでる、クライデ・ロングスパンだ。
「村長! 丁度良かった。呼びに行こうとしてたんだ」
「いったい、どうしたって言うんだ。」
クライデは、息を整えて一言づつゆっくりと話す。
「 む、村が、ゴブリンの、集団に襲われた! 」