21 行く手
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がっちりした制服の集団と、馬に乗った騎士らに護られた四頭立ての馬車が三台。鉄輪を軋ませて固いの上道をさっそうと近づいて来る。
「こ、これが、コーチアンドフォーか!」
思わず、とある巨大書店のデザインを思い出して、道民にしかわからない感激に胸をトキメかせてしまった。
「ハアハア、何に、感動してる、のかなモコト? こんな時に」
並走、いや、並浮遊してるオヤバンク〔私〕に、フェアが息を切らせ切らせ、冷たい視線でのツッコミをいれてきた。
真面目だね。
この、オヤバンクを〔直接操作〕するのってスゴく気持ちいい。まるでファンタジーアニメの五感を繋いだVRマシンみたいで、オヤバンクの体に風を感じる。フェアの中から画面を見てるのも楽しいけれど、リアル感ということでは断然勝ってる。
〔直接操作〕のとき私は、コックピットの安楽シートに寝そべった状態。
実態のないウィルの体で、寝転びながらバーチャルリアルって。なんと言うか、説明不可能な不条理だなぁ。よくわからんことになってるぞ。
先頭を走ってるリーゼ君が、目指す三番目の馬車に到着しそうだ。
「で、どうする?」
馬車の連中に注意しろ。そう言ったのは私だけど。はて。馬車を止める方法まで考えてなかった。敵認定してるとはいえ、相手は他国の貴族だという。盗賊を成敗するノリでの強行策は不味かろう。
長い物に巻かれる趣味はないんだけど、偉い人の行列を邪魔するとどうなるんだっけ。江戸時代なら打首。下手すればこっちが成敗されるじゃねーか?
「どうもこうも、ない」
おいおい!
リーゼ君はそのまま突っ込んでいった。
生麦事件って言葉が、私の頭をよぎっていく。
「リーゼ!」
叫んだのはフェアだ。
止まらないリーゼ君を、護衛集団が止めようとした。が、彼はその手を綺麗にかいくぐる。さらには勢いを殺すことなくジャンプ。馬車に飛びついて小窓をこじ開けた。
「パス! パスだ!」
どこにボールが?
この場面。この状況でつっこみをいれたくなった私は不謹慎だろうか。
馬車の小窓に取り付いたリーゼ君を引き離そうと、騎士が追いすがった。
レガ君も、助太刀とばかりに集団へと突っ込んだ。
しかし小柄な彼は、兵士だか騎士だかに、カンタンに取り押さえられてしまった。
哀れだ、レガ君。
「レガを離して! ファイアーボール!!!」
ボールは、ここにあったかとは言うまい。
フェアと私を追い越したカレンちゃんが炎を連発。レガ君を押さえてた連中を吹き飛ばした。
「ぐあっ」
「熱っ!」
「貴様ら!」
貴族相手にここまでやって大丈夫なのかいね?
案の定、騎士の一人が、馬上で言い放った。
「誰の馬車を襲ってるか、理解してるのか盗賊どもめ!」
貴族の馬車に狼藉を働いてる最中のリーゼ君を、行き交う街人達が、汚れ物を視界に入れたように眉をひそめる。
「盗賊――!?」
驚いて口元に手をやってるガスラーさんの顔が青い。
その反応が当たり前だと思うよ。
一人でも、常識的な味方がいて良かったよ。うん。
カレンちゃんが、目を回してるレガ君を助け起こしてる。
馬車は私たちの前を過ぎていく。それを横目に、二人の側まで駆け寄った。レガ君が回復魔法をかけ自分の擦り傷を治すのを見届けると、再び馬車を追いかける。
振り返ると、カレンちゃんに倒された護衛たちが、足をひきづりながらも後を追ってくる。
オヤバンク〔私〕はふわりと飛んで、フェアの直ぐ上にポジションをとる。
しかし、おかしくないか?
けっこうな騒動になってるわけだけど、馬車は留まる気配がない。
こっちはたかが数人。実際はシャリーちゃんの後ろ盾があるんだけど、彼らが知っているとは思えない。客観的に見れば、お子様たちの集団から逃げてる貴族の馬車という構図だ。
貴族ならば、一喝して切り捨てるのが当たり前。
私の知ってる歴史小説やマンガではそうだった。
しかしこの、馬車を護る行列は、さっき叫んだ騎士以外には権力を振りかざす気配がない。マジ、こっちのことを知っているのか。後ろからやってくる、ホラーにアリガチな何からか逃げているのか。
いや待てよ……。
誘拐犯が、一緒に馬車に乗ってると考えれば、つじつまが合う!
敵はもともと、帝国のエライさんと言うことだった。
停止して、実行犯が乗っているとわかれば、言い逃れができない。
例えそれが、お子様集団であったとしても。
「あ、リーゼ!」
ここまで粘ったけど、とうとう騎士に掴まれて馬車から落とされたリーゼ君。大人の腕力には敵わなかったようだ。
クルリと路上を転がされてホコリまみれだ。
過ぎていく馬車を、大人しく見送ってる……のかと思えば、背中越しに唐突に叫んだ。
「フェア! ひかりの壁だ!」
愛の力は偉大なり。
フェアは、言を聴くなり、直ちに呪文を唱えた。
「正面を邪魔しろ、ミラーウォール!」
おお、光魔法だ。久しぶりに見たせいか強化されてる気がする。これが私の〔パーティ配給〕効果か?
突然、光り輝くデカイ壁が現れて馬車と騎馬の行く手を阻んだ。
よし、護衛たちは怯んでる。馬車の列も年貢の納め時か!
「まやかしだ! 突っ切れ!」
馬車の中から、ドスの効いた命令がとぶ。発奮した護衛たちは、列を崩すことなく魔法の壁に正面からぶち当たった。
うーむ。
光で作った幻惑の弱点だね。魔法だと知ってる人がいるとカンタンに押し破られてしまう。先頭の騎馬に中心を破られた魔法の鏡は、呆気なく四散してしまった。
これじゃラチがあかないな。
ならここは、現場の責任者になんとかしてもらおうじゃないの。
せっかくの〔心話〕はここで使わなきゃ。
「シャリーちゃん、こちらモコト、男の子発見! こっち来て!」
逃げる偉い人を捕まえるなら、もっと偉い人に出張ってもらうってのが黄門様の印籠イズム。名実共に私の知ってる適任者に呼び出しをかけた。
『モコトか? どういうことだ? こっちは誘拐犯を見つけたぞ?』
「え?」
なにを言うー?
『帝国子爵からの情報でな、誘拐犯が屋敷を占拠してるから捕まえにきてくれと。いま、子爵邸を取り囲んでいるところだ』
子爵邸?
ホンマかい。
じゃ、目の前を通過してる仰々しい行列は一体何事?
『ずいぶんと賑やかな音が聞えてるけど、何をしてるのだ?』
「捕物の真っ最中。十手が欲しいところだね。ナントカ子爵の馬車の列を追ってるんだけど。なんか変。こっちを振り切ろうとしてる感じ」
『なんとか子爵? カントナ子爵のことだな。そして、そこにはパスがいるのだな? なるほど読めたよ』
三台目の馬車。金銀な内装の内壁、座り心地の良いクッションに、肉のはみ出た身を預けたカトンナ子爵がいた。揺らされる身体を持て余しつつ、止まらない脂汗をメイドに拭かせ、恨む言葉を吐いていた。
「まったくあの男爵は、子供を手に入れたと報せたとたん、予定を前倒しにするときたものだ。考える時間が三日もあったはずが、二時まで来いと言う。人の迷惑を省みぬ困った男だ。最低限の者を残して暇を取らせてあったが、慌ただしい出立は性にあわぬわ」
ちょこんと座るパスは、ぶすりとした顔で、耳触りな独り言を聞いている。そんな感じで、車輪の音とカントナ子爵のだけが馬車の室内に充満していた。リーゼライが取り付くまでは。
子爵は、今し方の光景に撫然とする。
「なぜだ?」
思いもよらない妨害行為に、贅肉を震わせて怒り狂う。
帝国とクレセントの、どちらに恩を売った方がよりお得か。短くなった時間のさなかで導き出した答えは「両方に売る」というものだった。
シエラとモリグスは冒険者ギルドに渡し、パスを伯爵への手土産とする。クレセントからは報奨金という実利を受け取れ、帝国の中枢にある伯爵に目をかけられれば、子爵から男爵へと地位向上も夢ではない。あの二人は名誉の戦死とでも報告すればよいと皮算用を打っていた。なかなか良い考えだ。カントナは独り微笑ったものだ。
計画は早くなったが、予定通り冒険者ギルドに伝えおいてから、身内や側近を引き連れて屋敷を後にした。ポートベル駐在兵や冒険者たちに包囲された屋敷に残るのは、シエラとモリグスら。
海賊退治と子供の捜索とで手薄になってるポートベルの警備。そこに、屋敷の誘拐犯捕縛の情報でさらに手薄となった街。その中を、悠々と移動できる計算でいた。
対面するクッションの上に座るパスが、思わず口元緩ませる。カントナはその細い首を、べた付くねっとりした手で引き寄せた。
「何をニヤついているのだ小僧。そこから入り込もうとしたヤツ、しつこく攻撃してきてる連中は、貴様の同郷の者たちか?」
衣服ごしでもタプタプ感じる身体。肉の中に押し付けられながら首を絞められたパスは、息のできない苦しさをガマンして、目で笑う。
「あやつら、全部ツェルト村の子供達か。全員が回復魔法を使えるというのか」
考える風のカントナ。
小窓の磨りガラスに影がさした。馬車の外を駆けている馬上の騎士が問いかけてくる。
「子供とはいえ、閣下への狼藉は捨て置けません。成敗いたしたく許可を」
カントナはそれを一蹴。
「ならん。出すぎた真似をするでない。時間が勝負なのだ。このまま予定通り。予定通りだ」
影が遠のくなり、騎士が謝る小さい声がした。
「申し訳ございませ……ぐあ!」
どさり。
ヒヒーン!
「どうしたのだ」
それきり、その騎士の声は聞えなくなった。
思わず手の力が弱まし、捉まれていたパスの身体が自由になった。
「コホコホッ、気をつけたいいよ。ぼくの村の人たちは荒っぽいからね」
「ええ? 身内を売って、手柄を独り占めしたってこと?」
シャリーちゃんの推測に、私は驚く。
なんの得があるの?
『おそらくだがな。図々しくも情報の報奨金を要求してきている。パスのほうは帝国に連れていくのだろう』
うっへー。
いかにも、小物のやりそうなズルっこい手口。
「このままにしておくつもり?」
『まさか。こちらは実行犯をひっ捕らえることにする。モコトは……好きに暴れても良いぞ。後でな』
「らじゃ」
じゃ、一人づつ潰していくとするか。
私はさっそく、馬車の中に話しかけている一人の騎士に、体当たりをぶちかました。
脂っこくなってきましたね。なのに時間が足りなくて、自転車操業!
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