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異世界のイージス~少女の中でコックピット生活〜  作者: 北佳凡人
五章

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19 休息

いつもお読みいただきありがとうございます。


 カントナ男爵の屋敷の中。光魔法を灯した燭台に包まれた部屋は、煌々と明るかった。さすが蛍光灯のようにはいかないが、文字が読める程度には明るいと十勝川が独り言。


 日の落ちる前に、これまたパーティ会場のような部屋で夕食をもてなされたが、喉を通るものではなかった。ほとんど手を付けずに与えられた部屋にもどる。「同じ部屋で」と告げたとき、怪訝から訳知りへ表情を変えたメイドが、手際よく用意してくれた部屋だ。


 パスを手放した喪失感は思いのほか大きく、明るい室内に小さくない影を落とす。

 同じ屋敷の中にいる。広い意味では同じ空間にいるのだが、あるはずの温もりの欠落は埋めようがなかった。軽い言葉で重さを消そうと、モリグズが声をかける。


「艦が出港するのは三日後。ということは、それまで屋敷で大人しくしていろという言うことだな」


「いいから、こっちふり向くんじゃない!」


 背中を睨んで着替えをしていたシエラが、振り向いたモリグスに枕を投げつけた。


 広い部屋だ。十勝川の見立てでは30畳ほど。欧州の高級リゾートレベルの質の高い設えから察すると、一泊するだけで札幌の標準的な2DKマンション家賃半年分は飛ぶだらう。キャッシング上限を振り切るのは間違いない。


 部屋は広いのだが、ワンルームだ。寄せるように並んだツ二つのベットも、シエラの怒りを煽っている。


「あの娘、絶対に勘違いしてるよ」


『勘違いするなってほうが、無理だろう』


「あんたの提案に乗ったせいだからね、貞淑が疑がわれてるわ」


『貞淑?殺人鬼が、嫁ぎ先を心配するとか……』


「るさい。わたしは人を殺したことはないからね。いつも偶然、邪魔がはいるんだ」


『殺す気、満々じゃないか。ギリギリセーフって、西川の盗塁かっての』


「なにそれ?」


『ヒイキしてる野球チームの話だ』


「わかる言葉を使いなさいよ」


 シエラは、夜着というよりも軽装着に近い服へ、ぱさぱさと着替えていった。昨夜まで馬車か天幕だった宿泊。せっかく建物のしかもふくふかのベッドに眠る機会を得たのだ。貴族らしい、上品な薄手の寝着を期待していた十勝川は、裏切られたような心持ちに沈む。


『なんだよ、その格好』


「宿なんかでは、いつもこんな服装だよ。悪い?」


 シエラに背を向けて、百合の花模様のソファで黙っていたモリグスが、イライラと口を開いた。


「お前たちうるさいぞ。建設的な話をできないのか。そうやって3日間、引きこもっているつもりか?」


 カントナ男爵が出航すると言った、3日という期限。ここまでは無事に着いたが、先の安全が保障されてはいない。屋敷から一歩外に出れば、警備隊や騎士兵の目が光ってるのだ。中にこもっていれば捕まる心配はないが、身の生殺を男爵に預けることもはばかれる。どちらも選べないし、選びたくないという困った現状に悶える。


「そうは言っても、今は言うことを聞いておくしかないでしょう。この街から出て、伯爵に御目通り叶えば。わたしは、後のことはどうでもいい」


「お前の望みがなにかとは詮索しないが。ここから無事に艦に乗れるかがおれは心配だ。あの男爵だぞ?そもそも、オレたちを乗せる艦というの本当に存在するのかすら怪しい」


『そう思うなら、さっきやっておけばよかったんだよ』


「過激だな十勝川。そんな簡単に人間を切り捨てる奴だったか?」


『シエラが死ねば、オレも死ぬ。危険な相手に気を使って、こっちの命が危なくなるのは本末転倒だ。平和な世界にいたオレだが、生前の仕事で、いろんな相手と交渉経験だけは豊富だ。まとまった話を後から裏でひっくり返すタイプだよアレは。信用ならない』


 この見解はマトを得ていた。実際あの面談の最中も、十勝川の言う【忍び擬き(もどき)】が身を潜めていた。話の向きによっては、シエラやモリグスの命が刈られていたかもしれなかったのだ。


「その点では、あんたは絶対にわたしを裏切らないわけね。十勝川」


『そのとおり。言葉通りの一連托生だ。気に入らない場合は、邪魔するかもしれないがな』


 シエラの命が脅かされれば、前回のように、別の人間へ移る可能性はあると、十勝川は振り返る。だがそれは不確定要素が大きすぎた。炭屋からシエラへ移動できたのは、様々な条件が重なった結果かもしれず、肝心の条件がわからない以上、二度と起こらないと決めてかかったほうがいい。シエラも口には出さないが、これは二人の暗黙の了解ともなっていた。


「ムカつくわね。なら伯爵に逢うまではあんたに任せた。〔索敵〕だっけ? 屋敷のどこまでわかるの?」


 部屋を移すメイン画面から目を移した十勝川は、常時モニターしているマップとその上にうごめく敵味方の識別カラーを検分していく。


 しょっちゅう使っていたせいで、マップ専用のモニター画面がいつのまにか増えていた。これもイメージをコックピット内に具現化するウィルの為せる業。コンバットナイフ類を作り出したときのように応用は無限大だ。なのだが、不思議だなと首を傾げただけで、深く考えない十勝川だった。


『およそ半径百メートルだ。屋敷はすっぽり収まるし、少しなら敷地外もわかる。ブタ男爵とパスは、まださっきの部屋だな』


「食事に来なかったからね。男爵は、会わせるつもりはないのかも」


「そうだな。歯向かって怪我でもしてなきゃいいが。パスはあれで気丈だからな」


 空気がまた、重くなる。


 コックピットのモニターには、この部屋を監視する忍びが、レッド寄りのイエローで点滅していた。完全な赤で無いのは、生かしておくよう命令されているのだろうと、十勝川は推測する。床や天井には人はいない。


 盗聴用らしきマジックアイテムを見つけたが、〔アルテルナリア 範囲0.2〕+〔急成長(10)〕+〔湿気(20)〕で覆って無効化した。アルテルナリアというのはススカビのこと。穀物や壁などどこにでもあるカビで、プラスチックやゴム手袋すら腐らせる。ホコリの多い壁や天井に置いたアイテムなど良いカモとなる。


 貴族の屋敷だけあって窓には、明り取りのガラスがはめ込んである。それもついでに〔空気圧縮固定〕で外側ガラスの空気密度を高めて防音ガラスのようにしておく。外からの盗み聞きも難しくなるし防寒対策になって一石二鳥だ。


 慣れた手つきでコントローラを操作し、コマンドを実行していく。


『とにかく、安全は請け負う。息抜きできるときに身体を休めておけよ。ブタ男爵の気が変わったとき、動けるようにな』


「了解したわ」


「オレも任せた。道中、無事に来れたのも貴様のおかげだからな」


 こっちから入るなと決めたスペースから、シエラが移動して、モリグズの向かい合うソファに、ぽふんと身体をのせた。


「あ~あ。そう思ったら、お腹すいてきたわ」


「あまり食べられなかったからな……夜食でも頼むか?」


『部屋食を頼めるのか? さっきは見てるだけだったからな。オレの分もよろしく。アルコール飲料付きで』



 メイドを呼び出して、何か食事を作ってくれと要求した。夕食は終わっているのでたいしたものは出せませんがと、言って、運び込まれた食事は予想以上に贅沢なものだった。


 旅での食事は、腹を満たすことが優先された。まして、方々から追われる身ともなれば、町には泊まることはできなかった。魔物や動物の肉は種類によっては美味だが、こまやかな味には程遠い。そういった意味でろくなものを食べてなかった口にとっても、提供された夜食はこれ以上ないご馳走だった。


 魚を中心に、肉と野菜をバランスよく調理してある料理の皿が、あっというまに食べ尽くされていく。




 腹が満たされた二人の人間は、建物にいる安心感から完全に熟睡する。安全とはいえない環境と知っているが、すべてを十勝川に丸投げ。いつぶりか思い出せないほど久しぶりのベッドの中で疲れた身心を癒していった。




 モリグズのみる夢は、兄の安全と自分が生まれ育った領内の安定だ。裕福にはほど遠いいくつかの村を従えた長閑な北の領地。人の良い気風だが、貧乏が板についてるせいで、住民の気性はいささか短気。代々、押さえつけるような政治を施行せざるをえず、なにかのきっかけで暴発する危うさがあった。


 北の辺境にあることから、最寄の都会よりもドリーヨーコ帝国のほうが近い。経済的にも半ば依存している。帝国からの支援が手厚くなれば、将来の見通しが明るくなり村の気風もよくなるだろう。切望する想いだけで、自国南方にある村の調査を引き受けたのだ。


 子供の誘拐などという、先祖の威厳を落とす真似までしでかした。身元はすでにばれていると思っていいだろうが、それならそれで、クレセントという自国が、領地に目をけけてくれるきっかけになればいいと希求する。とにかく、とっとと終わらせて、静かな生活に復せればいい思うだけだ。




『起きろ二人とも! ブタが動いたぞ』


 モリグズとシエラが、十勝川の声で覚醒させられたのは、めっきり日が高くなった時間だった。




ブクマありがとうございます。


事態を動かそうと、重い腰のキャラを叱咤してます

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